ハルとアキ

花町 シュガー

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中編: イロハ編

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(スズちゃん……スズちゃんだ!)

丸雛の件で、唯一犠牲となってしまった人。
ずっとずっとおれとお母さんの関係を悩んでくれてた人。

「ぁ…の、ぇと」

あまりに電話が突然過ぎて、言いたいことも聞きたいことも報告しなきゃいけないこともいっぱいあるのに、何から話せばいいのかわからない。

『……ふふ。社長とは、仲が戻られたようですね』

「っ、うん、そうなんだ!スズちゃんのおかげだよ!」

本当に、スズちゃんのおかげ。
スズちゃんが矢野元に行ってみんなを呼んでくれてなかったら、平行線のまま終わってたかもしれない。
学校も…もしかしたら転校しちゃってたかもしれない。

だから、今こうしてこの学園でカズマやみんなといられるのは、スズちゃんのお陰で……

『いいえイロハ様、全てあなたのお力です。
私は、もうずっと苦しまれるイロハ様を見て見ぬ振りをしていました。いくら社長が大事でも、いくら丸雛の月森だからと言っても…私は、私自身が許せません。
今もこうして何の挨拶もせず皆さまの元を去ってしまい、誠に申し訳ありません……』

「そんな、それは本当に全然……というかスズちゃんは!? 平気…なの?」

相手は、あの歴史ある月森だ。
その掟に歯向かってしまったのだから、きっとただでは済まない筈。
何かしらの処罰が、あったのではーー

『…クスクスッ、イロハ様は本当にお優しいですね。私は、あなたに怒られて当然なのに』

「ちが、そういうのは今はいいんだ…

ちゃんと話してよ……スズちゃん」


ねぇ今どこにいるの? 迎えに行ける距離?

どんな顔してる? 会いたい…会いたいよ。


『私は……』


じっと返事を待つ耳に、掠れた声が響く。
でも、その声はだんだん凛とした鈴の音のように強くなって。



『私は、月森の家に  ーー勘当されました』



「………ぇ、かん…どう……?」



「っ、」


おれの声を聞いたカズマの肩が、ピクリと震えた。

「勘当って…まさか」

『はい。縁切りをしてまいりました』

「ぅ、そ……そんなのって!」

『良いのです、イロハ様』

良くない、全然良くない!
やっぱり月森先輩や矢野元の月森さんだけでは力が及ばなかったのかな。
おれも、本家に行ってあげればーー


『でも、そのおかげで私はまた社長の…ミサコ様の元に、戻ってくることが出来ました』


「ーーえ?」


何…それ?
一体どういう……

〝?〟がいっぱいのおれに、クスクス笑う声が聞こえる。

『月森の掟は絶対です。江戸時代より今日まで途切れることなく月森があれるのは、全てその掟を確実に守り抜いてきたからこそ。それ故、私たちは先代の教えや現当主に逆らうことはできません』

〝主人に付き従い、守りぬく〟
これが〝付守〟の始まりであり、現在の〝月森〟になっている。

『ですが、私は今回それを破りました。主人に許可を貰うことなく自ら行動したのです。結果がどうであれ、その行動自体が月森にとってあるまじきこと。
ですから、今回勘当を言い渡されたことに私は納得しております』

「っ、でも、そんな一回くらいで…!」

『いいえイロハ様。一回〝でも〟なのです。
その一回が、命取りになるのですよ』

今回スズちゃんが駆け込んだのは、矢野元の家だった。
でもそれが、もし他の家だったとしたら? もしくは駆け込んだのを誰かに見られたり、矢野元の家に丁度誰かが訪ねていたりしてたら?
取り乱したスズちゃんの様子を見たら、きっと誰もが気づく ーー「丸雛に何かがあった」と。

会社は脆い。
僅かな歪み一つでも、そこを叩かれれば簡単に壊れる。
もし今回のスズちゃんの行動で、他の会社に丸雛のことを調べられ弱みを握られたとしたら…丸雛は崩れてしまうだろう。
そして崩れた原因が月森であった場合、月森の歴史と信用に泥を塗ることに繋がる。
結果的に、現在職務をまっとうしている全ての月森に迷惑がかかるのだ。

『月森は、ひとりひとりがそうした重い責任の中で育っております。将来それだけ重要な役に就くのですから当たり前ですが……
そんな中、私は今回の事を犯しました。月森として決してしてはいけないことです。

私は、もうあの由緒ある〝月森〟ではなく、ただの〝月森〟になってしまいました』


「………っ」


『ですが、そんな私に、現当主である大婆様とミサコ様は仰ったのです』

「今回は何とかなったが、もうこれ以上お前の行動に責任を持てん。勘当じゃ」と言われた。
何の驚きも無かったし、これまでの自分の行いを振り返ると当たり前の処罰だと感じた。

だが、大婆様は笑って仰った。


『〝これであんたは自由だよ〟と……
〝何処へでもお行き〟と、仰ってくださいました…っ』


「ーーっ、ぁ」


『その言葉の真意を…大婆様の言葉を聞き、私は真っ先にミサコ様の元へ向かいました』

私は、もうあの月森でも何でもない。
ただの〝月森 スズ〟だ。

〝一流企業に月森あり〟という言葉も、月森のブランドさえも無くしてしまった。
社長の側近としてではなく、他の仕事も沢山選ぶことができる。

だが、大婆様は〝月森として丸雛に戻すことはもう不可能だから行くなら自分の意思で行け〟と、勘当をくださったのだ。

私はイロハ様を沢山傷つけた。勝手に行動するという型破りな事もしてしまった。
でも…それでももし、また貴女の隣に置いていただけるのであればーー


『ミサコ様は…笑って〝おかえり〟と仰ってくださいました』


〝あら、スズちゃんおかえりなさい。遅かったわね?〟


「~~っ、そ、んなの当たり前じゃん!お母さんは月森じゃなくて、スズちゃんを見てたんだよ?」

『はい…はい……っ』

受話器越しに、泣いているような音が聞こえる。

そっか、スズちゃんもおれと一緒だったんだね。

お母さんは〝月森〟が欲しかったんじゃない。
ただ〝スズちゃん〟に、隣にいて欲しかったんだ。

『本当は、この件はイロハ様に直接お会いして伝えるつもりでした。しかし、ミサコ様が〝心配しているだろうからさっさ伝えちゃいなさい〟と……』

「あははっ、うん、確かに心配してた」

流石お母さん。
ぼくのことしっかり分かってる。

『カズマ様も、そこにおられるのですね』

「そうだよ。今の話ってカズマにもしていい?」

『はい。私も、これから矢野元の家を尋ねる予定です』

「そっ…か……さっき帰ってきたの?」

『そうです。本日の朝、帰ってまいりました』

「うん、そっか!

ーースズちゃん、お帰り!」


『ーーーーっ、はい。

ただいま戻りました、イロハ様』




それから少しだけ話して、電話が切れた。

「良かったな、イロハ」

「ん。本当に…良かった……」

本音は、月森を勘当された事は納得できない。
けど、スズちゃんの声は凄く明るくて、今までとは比べ物にならない程生き生きしてて。

(だから…良かったの、かなぁ……)

ただのスズちゃんでも月森のスズちゃんでも、ぼくやお母さんは変わらない。
だって、おれたちはスズちゃん自身が大好きなんだから。

「これからもお母さんの事よろしくね」って言ったら、泣いてたなぁ……

あ、それから、

「カズマ…おれスズちゃんにこの声凄く心配されたんだけど……」


『ところでイロハ様、その声はどうされたのですか? 風邪でしょうか…何か学園に持っていきましょうか?』


「っ、ククク……」

「もう!笑い事じゃない!!」

「ははっ、確かにこの声は傑作だな。のど飴買ってくるか」

「もーカズマまで!元はと言えばカズマの所為なんだからね!?」

「お前がアンアン叫びすぎたんだろ」

「言わせたのはそっちでしょー!?
もー…このっ!」

「うわ!」

お日様があたる、優しい時間。

再びカズマをベッドの中に引きずり戻し、わいわいじゃれ合っては、2人でクスクス笑った。




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