ハルとアキ

花町 シュガー

文字の大きさ
上 下
382 / 536
中編: イロハ編

2

しおりを挟む


「私のこの判断は間違っていなかったと、今でもはっきり申し上げられます」

それくらいに、私は齢4歳にしてしっかりと主人の判断ができた。
あの時感じたパズルのピースがハマるような感覚は、今でも鮮明に覚えている。

「丸雛の家も、月森が来たことをとても喜んでおられました」

『これは可愛らしい月森が来たねぇ』『うちにピッタリじゃないか!』と、幼い私を温かく受け入れてくださった。

「ですがーー」


(だが、)


「その時期が、あまりにも〝早過ぎた〟のです」


もしも自分の隣に何でもしてくれて何でも言うことを聞いてくれる存在がいたら、人はどうなる?
大人になった者やある程度自分をしっかりもっている者、そして精神的に強い者は、その存在を上手く使うだろう。
だが、それは精神が弱ければ弱い程……


ーー人間が、腐ってしまうのだ。


「ミサコ様は、私に依存しはじめました」

何をするにも、私がいなければ出来なくなってしまった。
些細なことであっても行動を共にし、どんなことでも頼られた。

「ですが、ミサコ様は決して破天荒で我儘な方ではありません。丸雛の次期社長として、月森ほどではありませんが基礎的な教育は受けておいででした」

だから礼儀作法などひと通りのことは全て身につけてらっしゃった為、1人で何でも出来るように見えた。
だが、そういった外側の見える部分ではなく内側の精神的な部分…心の部分は、全面的に私に依存していた。

「周りの期待が、とても大きかったのです」

丸雛として次期社長となる事を幼い頃から告げられ、更には齢4歳にして月森を付けた。
それに、周りの目が一層増したのだ。

『ミサコ、お前は絶対いい社長となりなさい』

『はい、おとうさまっ』

『そして、そのままいい男の人と結婚して子どもを作るのよ』

『はいっ、おかあさま』

いつもいつもご両親はまるで能面のように、ミサコ様へ告げていた。

『いいかい?
必ず〝女の子〟を産むんだ。絶対にだよ。そうしなければ私たちはこの座に居られない』

『丸雛の分家なんていくつもあるから、ミサコのライバルなんていっぱいいるのよ?
だから、早くいい人を見つけて早く〝女の子〟を産みなさい。いいわね?』

『はいっ、わかってます。おとうさま、おかあさま』


「もう毎日 毎日…ご両親は呪文のようにそう仰られておりました。当時の私はそれがとても恐ろしく、そしてその中で笑って返事をされているミサコ様の心を支えたいと必死で…
依存されてはならないと教えられてきたのに、ずっとミサコ様の心に寄り添っておりました……っ」

このままでは彼女は壊れてしまうと、幼ながらに思った。
私が主人を早く見つけられたのは、きっと早く支えないと主人が壊れてしまっていたからだ。

小学校・中学校・高校・大学……
ミサコ様が、せめて家の外では心から笑えるようにと…全身全霊をかけてサポートした。
ミサコ様も全面的に私に心を依存させ、精神面を保っておられた。


そしてーーーー


「ちょ、ちょっと待ってくださいっ!」

「? はい、アキ様いかがなさいましたでしょうか……?」

「あの、どうして女の子を産まないといけなかったんですか…?」

「僕も気になりました。どうして両親はそんなにも強要していたんでしょうか…?」

「それはーー」


「私が話そう。

皆さん、まずはお茶を飲みなさい」


コホンと咳払いをして、カズマ様のお父様…矢野元の当主が笑った。

「私の前で私が出したお茶が冷えるのを見るのは心苦しくてね。取り敢えず筆休めだ、少し飲みなさい。丸雛の月森、貴女も」

「ぁ、は、はぃ…申し訳ありません……」

流石はお茶の御本家。
慌てて口に含んだその味は、とてもまろやかで優しい風味だった。

「さて小鳥遊くん。どうして丸雛の家では女の子が喜ばれるか、だね?」

「「はい」」


「それはね、

丸雛に生まれた女の子しか、丸雛の社長になることが出来ないからだよ」



「「…………え?」」




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

男色医師

虎 正規
BL
ゲイの医者、黒河の毒牙から逃れられるか?

同室のイケメンに毎晩オカズにされる件

おみなしづき
BL
 オカズといえば、美味しいご飯のお供でしょ?  それなのに、なんで俺がオカズにされてんだ⁉︎  毎晩って……いやいや、問題はそこじゃない。  段々と調子に乗ってくるあいつをどうにかしたいんです! ※がっつりR18です。予告はありません。

彼の理想に

いちみやりょう
BL
あの人が見つめる先はいつも、優しそうに、幸せそうに笑う人だった。 人は違ってもそれだけは変わらなかった。 だから俺は、幸せそうに笑う努力をした。 優しくする努力をした。 本当はそんな人間なんかじゃないのに。 俺はあの人の恋人になりたい。 だけど、そんなことノンケのあの人に頼めないから。 心は冗談の中に隠して、少しでもあの人に近づけるようにって笑った。ずっとずっと。そうしてきた。

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます

夏ノ宮萄玄
BL
 オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。  ――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。  懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。  義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。

告白ゲームの攻略対象にされたので面倒くさい奴になって嫌われることにした

雨宮里玖
BL
《あらすじ》 昼休みに乃木は、イケメン三人の話に聞き耳を立てていた。そこで「それぞれが最初にぶつかった奴を口説いて告白する。それで一番早く告白オッケーもらえた奴が勝ち」という告白ゲームをする話を聞いた。 その直後、乃木は三人のうちで一番のモテ男・早坂とぶつかってしまった。 その日の放課後から早坂は乃木にぐいぐい近づいてきて——。 早坂(18)モッテモテのイケメン帰国子女。勉強運動なんでもできる。物静か。 乃木(18)普通の高校三年生。 波田野(17)早坂の友人。 蓑島(17)早坂の友人。 石井(18)乃木の友人。

春を拒む【完結】

璃々丸
BL
 日本有数の財閥三男でΩの北條院環(ほうじょういん たまき)の目の前には見るからに可憐で儚げなΩの女子大生、桜雛子(さくら ひなこ)が座っていた。 「ケイト君を解放してあげてください!」  大きなおめめをうるうるさせながらそう訴えかけてきた。  ケイト君────諏訪恵都(すわ けいと)は環の婚約者であるαだった。  環とはひとまわり歳の差がある。この女はそんな環の負い目を突いてきたつもりだろうが、『こちとらお前等より人生経験それなりに積んどんねん────!』  そう簡単に譲って堪るか、と大人げない反撃を開始するのであった。  オメガバな設定ですが設定は緩めで独自設定があります、ご注意。 不定期更新になります。   

運命と運命の人【完結】

なこ
BL
ユアンには10歳のときに結ばれた婚約者がいる。政略でも婚約者とは互いに心を通わせ、3日後には婚姻の儀を控えていた。 しかし運命と出会ってしまった婚約者はそれに抗うこともできず、呆然とするユアンを前にその相手と番ってしまう。 傷ついたユアン、運命の番たち、その周りにいる人々の苦悩や再生の物語。 『孕み子』という設定のもとに書かれております。孕み子と呼ばれる男の子たちは、子どもを産むことができる、という、それぐらいの、ゆる~い設定です。 3章ぐらいまでは、文字数が少ないので、さくさく読めるかと思います。 R18シーンありますが、下手くそです。 長い話しになりそうなので、気長にお付き合いいただける方にお楽しみ頂ければと思います(◞‿◟) *R18の回にRつけました。気になる方はお避け下さい。そんなに激しいものではありませんが…

愛欲の炎に抱かれて

藤波蕚
BL
ベータの夫と政略結婚したオメガの理人。しかし夫には昔からの恋人が居て、ほとんど家に帰って来ない。 とある日、夫や理人の父の経営する会社の業界のパーティーに、パートナーとして参加する。そこで出会ったのは、ハーフリムの眼鏡をかけた怜悧な背の高い青年だった ▽追記 2023/09/15 感想にてご指摘頂いたので、登場人物の名前にふりがなをふりました

処理中です...