ハルとアキ

花町 シュガー

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真実編

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『………月森』

『はい』

『気付いているか?』

『…はい、残念ながら』

『そうか……』

屋敷へ帰ってから数日。
あの病院での大変だった出来事が嘘だったのではないかと思うくらい、平和な日々を過ごしている。

ハル様の体調も最新の注意を払いながら屋敷のメイドたちと皆で管理し、少しでも気づくことがあれば逐一報告するよう体制を整えた。

だがーー


『今日〝も〟でしたか……?』

『あぁ、今日〝も〟だな。

今日も、フユミはハルだけだった』


ーーーー奥様が、アキ様を抱こうとしない。


それどころか、アキ様がどんなに小さな手をめいっぱい伸ばしても全く取り合わないのだ。

私たちの前では何の変化も見られないし、ハル様を抱いている時も本当に母の顔をしている。

だが、アキ様の前でだけ……その表情は抜け落ちてしまう。

『何も聞いてはいないんだよね、月森?』

『はい。何も聞かされておりませんし、何も聞いておりません』

『ふむ……始めだけだと思ったんだがね、こうも続くと心配になる。
確かにハルは時々は体調を崩す。が、病院ではなく屋敷で過ごす事の許可が降りているわけだから、多少は肩の力を抜いてもいいと思うのだが……』

もう、病院での時ほど不安にならずともいい筈……なのに。

(一体、どうして………?)


ふと思い出す、あの日病室で久しぶりにアキ様を抱いた奥様の表情。
とても硬くぎこちない様子のそれに、とても驚いた。

何か心境の変化でもあったのだろうか。
奥様の、アキ様に対しての何かが……

『まぁ、私たちが分からないのでは他の者に聞いても同じだな。 一度聞いてみるか』

『ご一緒しても……?』

『勿論』

決まれば直ぐに行動と、席を立った。







『ねぇ、フユミ。どうしてなんだろう?』

屋敷の1番奥の部屋。
人払いをし、社長が優しく奥様へ話しかける。

『……っ、アキの、事よね…?』

『あぁ、そうだな』

キツく唇を噛みながら苦しそうに顔を歪め始めた奥様に、チラリと2人で視線を合わせる。

『奥様……一体、何があったのでしょう』

何を、そんなに悩んでおられるのだろうか……
もう充分に苦しんだ筈なのに、何が奥様のことをまだ苦しめているのか……

俯いたまま微かに震える奥様の肩を、社長がそっと抱いた。


ポツリ

『………から、ないの……』


『フユミ…何だ?』 『奥様……?』



『っ、分からないの!!もう何もかも全てが!!!!』



『『ーーっ、』』


突然大きな声を上げて、ぐしゃりと自分の髪をかき混ぜ始める。


『私…変なのよ……

自分の中に、もうひとり自分がいるの………』


そして、アキを見る度

そんな自分が心の奥から話しかけてくる。


『〝お兄さんはあんなに大変で辛い思いをしたのに、どうしてこの子は元気なのかしら?〟って…語りかけてくるのよ……』


いつだってそうだ。

アキがハルの隣で寝ている時、共に笑っている時、泣いている時……

全ての場面において、そんな疑問を胸の内から投げかけられる。


『どうしてアキは、ハルの隣で眠ってられるのかしら。ハルはあんなに辛い思いをしたのに、どうしてあの子は…同じ顔で何も知らないように楽しそうに笑っているのかしら。

どうしてあんな平気な顔して、ハルの隣にいられるの……?』


『っ、フユミ違う、それはーー』



『分かっているのよっ!!!!』



『ーーっ、』


『ちゃんと…ちゃんと分かってるの……』


ガクリと床にしゃがみ込んで、両手で顔を覆う。


『本当は、ちゃんと理解してるの……

アキは何も悪くない。
あの子は双子で、だからハルと同じ顔なのは当然で、ただ元気に産まれてきてくれた……私たちの大切な子だってこと』


頭では、ちゃんと分かってる。

理解している、つもりなのにーー


『でも、そんな事を思ってしまう自分がいてっ!
そんな酷いことを、無意識に思ってしまう…自分が、いて……

私…わたしは……ぁあぁぁぁ!』


『っ、フユミ!』


顔を覆っている両手を無理やり外し、社長がその体をキツく抱きしめる。
縋り付くように両手を背中に回ししがみつきながら苦しそうに泣く奥様を、私はただ見ていることしか出来なかった。


(知らな、かった……)


奥様が、このような悩みを抱えていたなんて。

同じ顔なのに、生まれた時から屋敷へ来られるまで別々に過ごすことになってしまったハル様とアキ様。

同じなのに、違う。
でも、同じ双子の兄弟。

それなのにーー


(っ、そうか、あの時も……)

久しぶりに訪れた病室でアキ様を抱いた時の、奥様の表情。

あの時も……無意識に思っていたのだろうか?

〝どうしてこの子はこんなにも重く、元気に育っているの?〟と。

そして、そんな疑問が湧いてきてしまった自分に戸惑い、急ぎ部屋から出て行ってしまわれたのだろうか……

(あぁ。気付かな、かったな………)

本当に、気付けなかった。


ーー〝死〟というものは、とても重いものだ。


だって、死んでしまったらもう会うことが出来ない。

そんな生死の境を、ハル様はもう何度も何度も彷徨われた。

それを間近で見て、懸命に支え、『どうして元気に産む事が出来なかったのだろうか』と自責の念に囚われ

知らず知らずのうちに奥様の心はハル様に片寄り、崩れかけていた。


『ーーっ!』


気づけなかった自分に腹が立つ。

私は何のための〝月森〟なのだ。
奥様が、どんな思いでハル様の側にいたのか。
どんな思いで、あの時アキ様を抱いたのか……

(何も、気づくことが出来なかった)

グッと奥歯を噛み締め、震える拳を背中に隠す私に、ポツリと奥様の声が聞こえた。



『ーーーーねぇ。


〝母親〟って、どうやってなるものなのかしら』





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