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さよなら編
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しおりを挟む〝誰と?〟とは、聞かれなかった。
「けんかなんか、はじめて、で…、ど、すればいいかっ、わからな、くて……」
一度口に出してしまうと、スルスル簡単に言葉が繋がっていく。
「成る程、喧嘩をしてしまったのか」
「それも初めてだったのね。それは驚いてしまうわね」
「っ、はぃ」
怒られることもなく優しく言われて、コクッと頷く。
涙は、もう止まらなかった。
「ふふふ、貴方もやっぱり男の子ね」
「誰かとぶつかり合うことは決して悪い事ではない。 寧ろ、凄くいい事だと私たちは思うなぁ」
「ぇ……?」
「ふふ。意見の食い違いなんて、生きていればこの先幾らでも出てくるわ?」
「〝君〟の場合、今回それが〝初めて〟だったんだろう?
それは、君の中に何か〝譲れないもの〟ができたという証拠さ」
「譲れない…もの……っ?」
「あぁそうだよ。
人はね?何か譲りたくないものや譲れない意見のために喧嘩をするものだ」
互いに譲れないからこそ喧嘩が起きる。
それは、幼い子どもから大人からお年寄りまでみんな一緒。
「〝この遊び場は私のだから〟・〝こっちのプレゼンの方が絶対うまくいく〟・〝今日の晩ご飯はこれがいい〟……
みんな、生きていれば沢山の譲れない意見を持つんだよ。そして相手もその件で譲れないものを持っていた場合、それは喧嘩に繋がる」
「貴方の場合は、それが初めてだったのでしょう?
だからね、まずはそれを〝褒めてあげる〟べきだわっ」
「褒め、る……?」
「そう。自分の中に譲れないものができたのだと、自分を褒めてあげるべきだ」
(ぁーー)
俺は、ハルに〝ハルはみんなに愛されてるんだよ〟という事を知ってて欲しかった。
屋敷から出られなくていつもベッドの上にいるハルだけど、でも、そんなハルにも学園ではちゃんと友だちがいて、安心できる環境があって、大切な人が隣にいてくれるんだよって事を…知ってて欲しかったんだ。
だから、メダルやこのネックレスや今回もらったイロハの和菓子を、持って帰ってハルに見せたりあげたりした。
(俺は、ハルはひとりじゃないよって事を…初めましての人たちばかりだろうけど、安心して外に出ても大丈夫だよって事を…言いたかったんだ……)
これが、今回自分の中にできた〝譲れないもの〟なのか?と問いかけると、それは簡単にするりと自分の中に溶けていって。
ぐちゃぐちゃになっていた心の中が、どんどん整理されていく。
「クスッ。どうやら、自分が何のために喧嘩をしてしまったのかが見えてきたようね」
「はぃ」
「うんうん、それじゃ次だ。
君は、相手の意見を聞く努力をしたかい?」
「ぇ?」
(ハルの、意見?)
「そう。君と対等にぶつかってきたのなら、恐らく君と同じくらい大切な意見を、相手も持っているはずだ」
「対等ではないのなら、それは喧嘩にはならないわ。対等だからこそ喧嘩がおきるものなの」
「対等な、意見……」
『どうして僕だけ食べなきゃいけないの…?僕宛のプレゼントだから? でもそれを貰ったのはアキだよ。そんなアキが食べないっていうなら、僕だって食べない』
『違う!確かにそれは僕の名前だとは思う…だけど、でもアキがいなかったら貰ってなかったものでもあるでしょ!
この和菓子だって、アキが頑張ったからーー』
(…………)
正直、ハルが何を言いたかったのかは…分からない。
(でも、ハルの意見…聞きたいな……)
ハルは、どんな譲れないものを持って俺とぶつかったんだろう。
俺にも譲れないものができて、ハルにもあって…だから喧嘩になっちゃって……でも、その意見を聞かずに俺は学園に帰ってきてしまった。
「~~~~っ、」
(ハルに、会いたぃ……)
ポロリと、また涙が落ちてくる。
(俺、最低だっ)
ハルの意見に聞く耳持たないで、最低な言葉を投げかけてしまった。
「っ、うぇぇ…、っ、ふっ」
『アキだって全然分かってない!そんなこと言うなら、どうして泣きそうな顔して笑うの…?
嫌だよっ、僕はアキにそんな顔して欲しくない!』
(ねぇハル。俺、どんな顔してたんだろ)
〝泣きそうな顔して笑う〟って、どんな顔?
教えてほしい、全部。
ハルの思ってる事、全部、教えてほしい。
「……次、お屋敷に帰るのはいつなのかしら?」
「2週間後、ですっ」
「そう。それなら、2週間じっくり考えてみるのがいいかもしれないわ」
自分が言いたいことは、何だったのかを。
相手が言いたかったことは、何だったのかを。
「しっかり整理して、また会った時に話してみればいいわ。相手も、きっとそれを望んでいるはずよ」
「うん、そうだね。逆に2週間の猶予があるって事をラッキーだと思うことにしようか。君にとっては初めての喧嘩なんだしね。きっと心がびっくりしているはずだ。
ちょっと落ち着く時間が必要なんだよ」
「っ、はぃ……」
(すごいな…2人とも……)
的確な意見と、落ち込まないようそれをプラスに変える方法を教えてくれる。
(心がびっくりしている、か…)
確かに、初めてのことに酷く掻き乱された感覚はする。
少しそれを落ち着けないと、またハルにひどい事を言ってしまうかもしれない…
(そうか…そうだな……)
「ありがとう、ございますっ」
話して良かった。
びっくりするくらい心の中が整理されて、息が吸いやすくなった。
「私たちは何もしてないわっ」
「これくらい、お安い御用だよ」
「ぁの……最後にっ、ひとつだけ………」
「? 何かしら」「何だい?」
(俺……)
俺…ハル、とーー
「〝仲直り〟…できるでしょう、か……っ」
恐る恐る聞くと、すぐに帰ってきたのは満面の笑みだった。
「「ふふ!勿論!!」」
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