ハルとアキ

花町 シュガー

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夏休み編

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「やぁ」

「……こんにちは」

出会って10ヶ月目。
年も開けて少し落ち着いた頃から、龍ヶ崎が図書館へ来る頻度が多くなった。

東館特有のマニアックな専門書を読み漁ってるらしい。
それは近未来型のSFものだったり、ルネサンス等の世界史だったり、安土桃山時代等の歴史書だったり……

多岐にわたる分野を、とにかく片っ端から読み漁っている。

『もう直ぐ卒業だからね。この大学にある物は全て吸収しきってから去ろうと思って』

〝知らない事を知るのは、楽しい〟
そう言って、彼は最近私の前の椅子に座り無言で書籍を読んでいる。

私たちの間に、会話など無かった。
ただただ静かでゆっくりとした時間が、ここ2ヶ月程流れていて。

(もう卒業まで日が無いのにな。何も言ってこない)

私の出方を見ているのだろうか?
それとも、これも彼の戦略なのか……

どちらにせよ、私はこの空間を〝心地いい〟と思ってしまっている。

(不思議だ……)

こんなに長い時間を誰かと共に過ごした事が無かったからだろうか?
何を考えているかわからない龍ヶ崎の隣は、何故か不思議と心地がいい。


ーーもう間もなく、答えが出そうになっている私の心。


(今はまだ、この距離感で居たいな……)













「そろそろ帰りますよ。龍ヶざkーー」

(寝ている……)

暗くなって来たしそろそろ帰ろうかと声をかけると、積まれた本の上にうつ伏せになっていた。

(まぁ、まだ閉館までは時間があるか)

しょうがない、起きるまで待ってやるとしよう。


パタパタパタパタ……


「……ん?」

(何かが、こちらに近づいてくる音がする)

「あーここにいたのね~~! って、あら」

本棚からひょこっと現れたのは、お団子頭にクマのアップリケを付けた可愛らしいエプロンの、明らかにここの学生ではない綺麗な女性。

「あらあらあらっ。貴方、もしかして〝マーくん〟のお友だちかしら?」

マーくん?
も、もしや……

「龍ヶ崎マサトの事でしょうか?」

「えぇ、そうよ」

(この男にマーくんって……)

一体誰なんだ…この女性は………

「ふふふ、寝ちゃってるのね。誰かの前で寝るなんて珍しいわね。よっぽど貴方の事を信頼してるんでしょう」

「ぇ、」

信頼…そうなのか……?

クスッと優しく微笑んで、彼女は静かに龍ヶ崎の隣へ座った。

「ね。ちょっとお話しない?」






「初めまして、私はトウコっていうの。年はマサトの1つ上よ。いま保育士として働いているの」

(成る程、保育士)

だからそんなエプロンをしているのか。

「私は月森シズマ。彼の2つ下で、今大学2年生です」

「……ということは、私の3つ下…なのね………」

…お願いだから〝おばさん〟って呼ばないで。

呼びませんので、安心してください。


「失礼ですが、貴女と龍ヶ崎の関係は……」


「あぁ、彼氏と彼女で間違いないわ」


(やはり)

彼女の優しげな雰囲気や安心感から、そうなのではないかと思っていた。

「あの……」

「? なぁに?」

「貴女は、龍ヶ崎のどこがお好きなのですか?」

ただ、純粋に聞きたかった。

「……ふふふっ、そうねぇ…まだマサトも起きないみたいだし、少し昔話をしてもいいかしら?」




彼女と龍ヶ崎が出会ったのは、何と合コン。
トウコが短大生の時に、友だちから「あの有名大の1年生たちと合コンよ!玉の輿狙うわよ!!」と無理やり連れられた先にいたのだそう。

「まぁ、その時は私も2年生だったし保育士の試験勉強とかで大忙しで、彼氏なんて作る気なかったの」

早く帰りたいとひたすらに腕時計をチラチラと見ていた。
それが、龍ヶ崎の目に止まったらしい。

『お前も早く帰りたいのだろう? 抜けるぞ』

隣の席になった瞬間にそう言われて腕を取られ、皆んなの歓声を浴びながら見事にお持ち帰りというように出て行かされた。

『ーーん、協力有難う。じゃ、俺は行くから』

『ちょ、ちょっと待ちなさいよ!』

『あぁ? 何だ、俺はお前へ特に何の興味も無いぞ』

『なっ、そ、それは私もよ。でも、このままここで別れちゃうのは皆んなに示しがつかないというか……』

明日、絶対に根掘り葉掘り聞かれる筈だ。

(何かしら言える事がないと、1番人気のイケメンを掻っ攫った私は殺される…!)

『……ふむ、確かにそうか。それでは、あそこのカフェで一服してから別れよう。それでいいだろ』

『そうね、それならいいわ』


カフェに入ってそれぞれ飲み物を頼み、向かい合う席ではなくカウンターへと座る。

『お前、何でそんなに急いでいたんだ?』

『あぁ、私短大の2年生なの。来年卒業でもう直ぐ試験もあるし、正直合コンなんか参加してる暇なくて……』

『そういうことか。お前、将来何にもなりたいんだ?』

『保育士よ』

保育士は、トウコの幼い頃からの夢だった。
将来は絶対保育士になって沢山の子どもの世話がしたいと、その一心で短大へ進んでいた。

だが、

『はっ、保育士だと? 馬鹿じゃないのか』

『……ぇ?』

『この少子化の時代に何を言っている? 賃金も安いし何の為にもならないじゃないか』

ふんっと鼻を鳴らしながら、真っ向から否定された。

『俺の夢は、将来龍ヶ崎を継ぐことだ。今は7位8位あたりをうろちょろしているこの会社を、一気に1位へと上り詰めさせる。
そして、俺は〝夢を与える家具〟を作りたいんだ。幼い子からお年寄りまで全ての人に愛されるような、そんな家具をな。
そうだな……お前綺麗な顔をしているし、俺が会社を継いだ頃には雇ってやってもいいぞ?』


「ーーってね、言われたの」

「…それは、酷い……」

(こいつ、そんな事を言う奴だったのか?)

今の彼からは、とてもじゃないが想像できない。


「でしょう? それでね、わたし殴ったの」


「…………は? なぐっ、た……?」


「そう。平手でね、思いっきり」

「いやぁ、あれはいい音鳴ったのよ~」と思い出したように笑うトウコに、呆然とする。

(こいつを、殴るだと……? この龍ヶ崎を?)

あり得ない…一般の人だから出来る事なのだろうか……

「カフェにいる皆んなが私たちを見ていたわ。勿論彼も、まさか殴られるなんて思ってなかったみたいで凄くびっくりしてた」

そんな龍ヶ崎に、彼女は言ったそうだ。

『〝夢を与える家具〟ですって……?
あんた真っ向から人の夢否定しといて何言ってんのよ!そんな考えの人にそんな家具作れるわけないわ!!っていうか会社継ぐとかも絶対無理よ、貴方そんなタッパじゃないもの!今の考え方変えなきゃ、貴方にはそんな夢一生叶わないわ!!
人を外見ばっかりで判断して…私がどんな思いで保育士目指してるかも知らないで……!

ーーそんな外見重視の〝薄っぺらい人間〟にどうこう言われる程、私は落ちぶれていないのよ!!』





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