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第一章 ハンドリーツ編
14.第三攻撃部隊の戦い方(ユウタサイド)
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町中でのショーが始まって、一時間が経過しようとしていた。
ユウタは今、敵が全く現れないことで周囲を監視するのにも飽き、カマキリロボットの上で寝そべって携帯ゲームに興じていた。アサイチがいれば秒で怒りの雷が落ちてきそうだが、幸いにも、三部隊にユウタのやることを注意するような人間はいない。
今もトロッコではショーが繰り広げられ、その周りには観客たちが群がっている。だがユウタはそれを無視して、ゲームをやり続けていた。
それでもどこからか現れる敵を、全く警戒していなかったわけではない。
カマキリロボットのコントロールパネルの下、足下にあるスピーカーから、ピーピーピーという甲高い音が聞こえてくると、ユウタはボタンに置いていた指を止め、顔を上げる。
パネルを後ろ足で強く蹴って耳障りな音を止めると、ユウタはようやく、ゆっくりと体を起こしたのだった。
「やれやれ、やっとかよ。全く、遅過ぎだっつーの」
ゲーム機をロボット内の脇にあるポケットに突っ込み、運転席に体を戻す。
「さてと、どこだ……」
椅子に戻りながら、表示されている監視カメラの映像をチェックしていく。
その中に映る、明らかに一般市民とは違う動きをする青服の男たちを見つけると、ユウタはニヤリと笑みを浮かべた。
「ハハッ、そこから進入してくるか。人通りの少ない裏通りを使うとは、なかなかお目が高い」
満足げに、頬杖をつく。
「まっ、バレバレだけどな」
そこまではまだ、ユウタにとっても予測通りの動きだった。
だが、見覚えのある人物がとある家の前に立っている映像を目にした時、ユウタは動きを止め、目を見張った。
PPPの中でも指折りの明晰な頭脳が瞬時に働き、ユウタは眉間にしわを寄せる。
静かに息を吐くと、握った拳で右端にある大きなボタンを叩いた。
すると、ウィーン……という稼働音が響き、カマキリロボットに電気の血が通っていく。スリープ状態から目覚め、黄色い瞳には光が灯った。手先の鎌でトロッコの床を突き刺し、それを支えに足を踏ん張って上半身を起こす。トロッコからは少しばかり体をはみ出すことになった。
ショーの一環だと思っている観客たちからは、歓声と拍手が上がる。
「んー? 隊長、どうしたにゃ?」
隣のトロッコで小道具の準備をしていたリンリンは、不思議そうに振り返る。
「リンリン、こっちは任せるぞ。俺はちょっと野暮用だ」
「大丈夫にゃ? 何なら、何人か連れて行くといいにゃ」
リンリンは黒いマントを身にまとい、魔女のような黒いとんがり帽子をかぶっている。その帽子の下から、ユウタのことを気遣わしげに見上げた。
「ハッ、誰に向かって言ってんだよ。俺は天才だぞ」
けれどユウタがそう言って笑うと、リンリンも同じような笑みを浮かべた。
「それにリンリン、どうやらお前らも、遊んでばかりはいられないようだぜ」
ユウタの言葉を受けて、リンリンも周囲へと視線を巡らせた。今もトロッコの前に並び、ミュージカルに見入っている人々。その表情はみんな嬉々としているが、その背後の草むらや家々の隙間、建物の陰で暗躍する人たちの表情は、一様に張り詰めていた。
「どうやら、そのようだにゃ」
リンリンは目を細め、口元で笑い、マントの隙間から首にぶら下げていた小さな笛を取り出した。銀色に輝く長細いそれを、指先でつまんで口元に持っていく。
その時、ザッザッザッザッと冷たい靴音を響かせ、観衆をかき分けてその一団は現れた。青い軍用コートを身に纏う男たちが、トロッコの周りに一斉に押し寄せてきたのだ。
観客たちは不満顔だったり不安そうだったりしたが、兵隊たちが剣や銃を手にし、見るからに臨戦態勢だったことで、誰も、何も言えずに口をつぐんだ。
先頭に立つひげ面の男が、トロッコに向かって一人、前に歩み出た。
「我々はハロイン・ファミリーの由緒ある治安部隊である! 貴様らはチャールズ様よりトロッコを勝手に拝借し、町を騒がせた罪により逮捕する!」
観光客がいるためか、捕まえる理由をきちんと説明し始めた兵隊たちの隊長らしき男。ご丁寧に逮捕状まで掲げてきた。
「由緒あるねぇ……」
ユウタはちらりと手元の画面を見る。そこではまだ、大勢の兵隊たちがこの場所を取り囲むように隠れている様子が映っている。
――大見え切って出てきた割りに、騙し討ちする気満々だな。
ユウタは鼻で笑った。
この町の住人たちは、ハロイン・ファミリーの部隊が出てきたことで、一気に緊張感が増したようだった。さっきまでの楽しげな笑顔が消え去り、長きに渡ってこの町を包み込んできた恐怖の一端が、一人一人の顔に表れる。
恐れ、絶望、悲嘆、諦め、そして、そんな日常に慣れるということ。
「いやぁ、ほんと、バッカらしいよなぁ」
ユウタはさらりとつぶやいた。それが、当然のことであるかのように。
「そんなもんが、楽しいことに勝てるはずもないのに」
この町に巣くう負の感情の全てを、潔いほど無視して、リンリンは大きく息を吸い込んだ。
そして、思いっ切り笛に息を吹き込む。
ピ―――――――――――――――――――――――――――――――――――!
うるさいほどに、甲高い音が響き渡る。
実際、そのあまりの大きさに兵隊たちも、観客たちも、思わず耳を塞いだ。目を白黒させる。
想像以上に長いその音が鳴り止む頃、辺りはしんと静まり返っていた。
誰もが呆然とし、発言権を手放す中で、笛から手を離したリンリンが、そこに立つ全ての人間たちに向かって微笑んだ。
「我々、PPPの期間限定ショーへようこそ! 当隊は全てのお客様にご満足いただけるよう、ありとあらゆる催し物をご用意しております! どうぞ、最後までごゆっくりお楽しみ下さーい!」
リンリンは深々と、観客に向かってお辞儀をする。
呆気にとられていた髭面の隊長は、しかしみるみるうちに顔を真っ赤に染め上げていった。
「なっ、何をわけのわからないことを…………………………総員、かかれー!」
男は剣を振り上げた。
リンリンは黒のとんがり帽子を脱ぎ、男に向かってフリスビーのように投げながら、頭を上げる。
「ただし、本日のショーを皆さまによりお楽しみ頂くために、二、三、注意点がございます!」
男の顔面に帽子はぶち当たり、男はさらに金切り声を上げる。
声量で負けないよう、リンリンはトロッコの中から素早くマイクを持ち出した。
観客たちに向かって指を一本立てる。
『まず一つ! 我が可憐なる隊員たちはお触り厳禁です! お手を触れぬよう、お願い致します。美しい花に棘があるとは、昔の人もなかなか乙なことを申したものです。うちの隊員たちはどの子も自己防衛本能が過激なのものですので、是非ともご注意下さいませ』
リンリンはにっこりと笑う。
トロッコの中の女の子に斬りかかろうとしていた兵隊は、逆に女の子から顔面にパンチを食らい、一発KOでそのまま起き上がってこなくなった。
『さーて、続いて二つ目です!』
リンリンはにわかに騒がしくなる周囲の喧騒を気にも留めず、トロッコ内を歩きながら、二本目の指を立てる。
『我々はあくまでも、お客様第一主義で公演をさせて頂いております。よって、我々の大事なお客様に危害を加えようとするような輩は、残念ながらこの会場よりご退場頂くことになっております』
トロッコの向こう側に一般人がいるにも関わらず、男たちはトロッコに向かってライフル銃を構えた。途端、観客たちから悲鳴の声が上がる。
だがしかし、それをみすみす見殺しにする第三攻撃部隊ではない。
リンリンが指をパチンと鳴らすと、トロッコの後ろに控えていた三部隊の隊員たちが瞬時に動き、きれいな虹の描かれた特製繊維の布を観客たちの前に広げた。一斉に放たれた銃弾をしっかりと防ぎ切り、その間に、トロッコの横板を蹴飛ばして、電飾の付けられた派手な盾を手にする人間たちが現れる。盾であっさりと銃撃を防いだそれらの隊員たちは、全身防護服の体中に電飾を巻き付け、さながらクリスマスツリーのようだった。トロッコから道に降りてくると、なぜかそれぞれに考えたかっこいい筋肉ポーズをさっと取り、リンリンは思わず失笑した。
『えーっと…………そう、次は三つ目でしたね』
リンリンは力なく、三本目の指を立てる。
『まぁ、最後は簡単なことですよ。……えー、おっほん! 気を取り直して、元気に言わせて頂きます! さぁ、隊の皆さんは声を合わせて、せーのっ!』
楽しいことこそが正義!
声を合わせて、昨日考えたばかりのてきとうな言葉をみんなで叫ぶ。そのおかしさから、三部隊内では拍手と爆笑が巻き起こり、まるでもう、戦いに勝ったかのような盛り上がりを見せていた。
リンリンだけはマイクを手に、冷静に言葉を続ける。目の前にいる髭面の男へと、意味深な視線を送った。
『つ・ま・りー、それを邪魔するような無粋な輩には全員、さっさとここから退場してもらいまーす!』
「そこの女を狙えー!」
怒りで顔を真っ赤にした髭面の男が叫ぶ。
リンリンは肩からマントを引き剥がし、前にいたライフル銃を構える男にがばっと被せる。そして剣を突き出してきた男の得物を、高々と蹴り上げた。
マイクはすでに、放り捨てている。
「誰に向かって言っているにゃ? 私は、この第三攻撃部隊の副隊長。この三部隊のナンバーツーにして、このショーのトップスターにゃ!」
マントによって隠されていた、短パンから伸びる美脚で、ライフル銃の男をも真正面から蹴り飛ばす。
拳を空に掲げ、周囲からの拍手喝采を、その身で気持ち良く受け止めた。
深く息を吐き出して、まだまだ奥の通りから溢れて出てくる敵兵に流し目を送った。
「さぁて、本当のショーはここからにゃ」
今回、ユウタがリュウから頼まれたことは三つあった。
一つは町で大騒ぎをして、城にいる兵隊たちを町に誘い出すこと。二つ目は、町でドンパチをやる際、一般人に死傷者を出さないようにすること。そして三つ目は――。
「これか……」
ユウタはズボンのポケットから、リュウの伝言が書かれた紙切れを取り出す。普段、電気機器と主に接しているユウタにとってはありえないような、アナログな方法の伝言だった。
「ったく、俺が動かずに済むように、もっと人員を呼べっつーの」
文句を言いつつも、ユウタの心はすでに決まっていた。
紙をぐしゃっと握り潰し、乱暴にポケットに突っ込む。
部下たちの繰り広げているショーの方は、幸いにも上手くいっているようだった。今は蛍光色唐辛子水をたっぷりと入れた水鉄砲を手にする隊員たちが、ハロイン・ファミリーの兵隊たちを笑いながら追っかけ回している。
次々に起こる予想外な攻撃。鮮やかな防御。大音量で響き続ける軽快なリズムの音楽と、伝染していく混乱。
人心など容易いものだった。
緊迫状態で自分の思い通りにならないことが二、三起こると、人の心は簡単に崩壊していく。
そして、市民や観光客をも巻き添えに攻撃しようとしたことがまずかった。
今や、場の空気は完全に三部隊の味方をしている。
まぬけにやられていく兵隊たちを、人々は指を差して笑っていた。
その様子に、ユウタは思わず、口元に笑みを浮かべてしまう。
「小さな目的のために、大きな目的を犠牲にすることになったな。……見てみろよ。お前らが金をばら撒いてまで築き上げてきた信頼関係があっさりとおじゃんだ。……人は、楽しいことが好きだ。甘いお菓子が好きだ。だから、一度でも苦いものを見せてしまったお前らは、もう誰にも求められていない。用済みなんだよ」
残酷なことを、ユウタは楽しげにつぶやいた。
「この町の主導権を握っているのはすでに俺たちの方だ」
明るい光と音楽が、町を血で染めようとしていた者たちの声を、動きを、飲み込んでいく。
「惑わされるなー! これは奴らの作戦だー!」
髭面の男がいくら大声を張り上げても、それはノリのいい音楽と何百人もの笑い声によってかき消される。男の額には、怒りの青筋が浮かび上がっていた。
「こっちはもう、大丈夫そうだな」
ユウタは座席に座り直すと、いくつかのボタンを押して、カマキリロボットの腹部分を切り離す。それはこのトロッコの電力源にもなっているので、置いていくしかなかった。だが、充電満タンのバッテリーはカマキリロボットの本体にも積まれているので、問題はない。
カマキリロボットは透明な羽を羽ばたかせると、夜空へと浮かび上がった。
それに気づいたリンリンが、兵隊を一人蹴り飛ばしてから、ユウタを振り返る。口元に手を当てて、大きく手を振った。
「隊長―、いってらっしゃいにゃー!」
それにつられるように、三部隊のあちこちから同じような言葉がかけられる。
ユウタはパネル上のボタンを一つ押した。
「せっかくだから一つだけ、お前らにプレゼントだ」
カマキリロボットの口が開き、上空から、小さなボールがいくつも落とされる。
何だろうと顔を上げた敵兵の目前で、それは眩しく、ピカッと光った。
「閃光弾か!」
そう叫んだ頃にはもう遅く、その眩しさに目をつぶっている男たちの前で、三部隊の隊員たちは嬉々として次々にサングラスを投げ捨てる。その弾が見えた瞬間から、三部隊の隊員たちは全員、一瞬でそれが何であるのかを判断し、素早くサングラスを装着していたのだ。
三部隊は敵が目を使えずにフラフラしている間に、二人一組でロープを使ってグルグル巻きにしていく。そんな時ですら、三部隊はどこか楽しげだった。
そうしてあっという間に、道には抵抗できなくなったハロイン・ファミリーの兵隊たちが転がされていった。
ユウタはそれを見届けてから、三部隊からの拍手と歓声に見送られながら、カマキリロボットで飛び去って行く。
目的地は、ハンドリーツ城とは全くの反対方向だった。
ユウタは今、敵が全く現れないことで周囲を監視するのにも飽き、カマキリロボットの上で寝そべって携帯ゲームに興じていた。アサイチがいれば秒で怒りの雷が落ちてきそうだが、幸いにも、三部隊にユウタのやることを注意するような人間はいない。
今もトロッコではショーが繰り広げられ、その周りには観客たちが群がっている。だがユウタはそれを無視して、ゲームをやり続けていた。
それでもどこからか現れる敵を、全く警戒していなかったわけではない。
カマキリロボットのコントロールパネルの下、足下にあるスピーカーから、ピーピーピーという甲高い音が聞こえてくると、ユウタはボタンに置いていた指を止め、顔を上げる。
パネルを後ろ足で強く蹴って耳障りな音を止めると、ユウタはようやく、ゆっくりと体を起こしたのだった。
「やれやれ、やっとかよ。全く、遅過ぎだっつーの」
ゲーム機をロボット内の脇にあるポケットに突っ込み、運転席に体を戻す。
「さてと、どこだ……」
椅子に戻りながら、表示されている監視カメラの映像をチェックしていく。
その中に映る、明らかに一般市民とは違う動きをする青服の男たちを見つけると、ユウタはニヤリと笑みを浮かべた。
「ハハッ、そこから進入してくるか。人通りの少ない裏通りを使うとは、なかなかお目が高い」
満足げに、頬杖をつく。
「まっ、バレバレだけどな」
そこまではまだ、ユウタにとっても予測通りの動きだった。
だが、見覚えのある人物がとある家の前に立っている映像を目にした時、ユウタは動きを止め、目を見張った。
PPPの中でも指折りの明晰な頭脳が瞬時に働き、ユウタは眉間にしわを寄せる。
静かに息を吐くと、握った拳で右端にある大きなボタンを叩いた。
すると、ウィーン……という稼働音が響き、カマキリロボットに電気の血が通っていく。スリープ状態から目覚め、黄色い瞳には光が灯った。手先の鎌でトロッコの床を突き刺し、それを支えに足を踏ん張って上半身を起こす。トロッコからは少しばかり体をはみ出すことになった。
ショーの一環だと思っている観客たちからは、歓声と拍手が上がる。
「んー? 隊長、どうしたにゃ?」
隣のトロッコで小道具の準備をしていたリンリンは、不思議そうに振り返る。
「リンリン、こっちは任せるぞ。俺はちょっと野暮用だ」
「大丈夫にゃ? 何なら、何人か連れて行くといいにゃ」
リンリンは黒いマントを身にまとい、魔女のような黒いとんがり帽子をかぶっている。その帽子の下から、ユウタのことを気遣わしげに見上げた。
「ハッ、誰に向かって言ってんだよ。俺は天才だぞ」
けれどユウタがそう言って笑うと、リンリンも同じような笑みを浮かべた。
「それにリンリン、どうやらお前らも、遊んでばかりはいられないようだぜ」
ユウタの言葉を受けて、リンリンも周囲へと視線を巡らせた。今もトロッコの前に並び、ミュージカルに見入っている人々。その表情はみんな嬉々としているが、その背後の草むらや家々の隙間、建物の陰で暗躍する人たちの表情は、一様に張り詰めていた。
「どうやら、そのようだにゃ」
リンリンは目を細め、口元で笑い、マントの隙間から首にぶら下げていた小さな笛を取り出した。銀色に輝く長細いそれを、指先でつまんで口元に持っていく。
その時、ザッザッザッザッと冷たい靴音を響かせ、観衆をかき分けてその一団は現れた。青い軍用コートを身に纏う男たちが、トロッコの周りに一斉に押し寄せてきたのだ。
観客たちは不満顔だったり不安そうだったりしたが、兵隊たちが剣や銃を手にし、見るからに臨戦態勢だったことで、誰も、何も言えずに口をつぐんだ。
先頭に立つひげ面の男が、トロッコに向かって一人、前に歩み出た。
「我々はハロイン・ファミリーの由緒ある治安部隊である! 貴様らはチャールズ様よりトロッコを勝手に拝借し、町を騒がせた罪により逮捕する!」
観光客がいるためか、捕まえる理由をきちんと説明し始めた兵隊たちの隊長らしき男。ご丁寧に逮捕状まで掲げてきた。
「由緒あるねぇ……」
ユウタはちらりと手元の画面を見る。そこではまだ、大勢の兵隊たちがこの場所を取り囲むように隠れている様子が映っている。
――大見え切って出てきた割りに、騙し討ちする気満々だな。
ユウタは鼻で笑った。
この町の住人たちは、ハロイン・ファミリーの部隊が出てきたことで、一気に緊張感が増したようだった。さっきまでの楽しげな笑顔が消え去り、長きに渡ってこの町を包み込んできた恐怖の一端が、一人一人の顔に表れる。
恐れ、絶望、悲嘆、諦め、そして、そんな日常に慣れるということ。
「いやぁ、ほんと、バッカらしいよなぁ」
ユウタはさらりとつぶやいた。それが、当然のことであるかのように。
「そんなもんが、楽しいことに勝てるはずもないのに」
この町に巣くう負の感情の全てを、潔いほど無視して、リンリンは大きく息を吸い込んだ。
そして、思いっ切り笛に息を吹き込む。
ピ―――――――――――――――――――――――――――――――――――!
うるさいほどに、甲高い音が響き渡る。
実際、そのあまりの大きさに兵隊たちも、観客たちも、思わず耳を塞いだ。目を白黒させる。
想像以上に長いその音が鳴り止む頃、辺りはしんと静まり返っていた。
誰もが呆然とし、発言権を手放す中で、笛から手を離したリンリンが、そこに立つ全ての人間たちに向かって微笑んだ。
「我々、PPPの期間限定ショーへようこそ! 当隊は全てのお客様にご満足いただけるよう、ありとあらゆる催し物をご用意しております! どうぞ、最後までごゆっくりお楽しみ下さーい!」
リンリンは深々と、観客に向かってお辞儀をする。
呆気にとられていた髭面の隊長は、しかしみるみるうちに顔を真っ赤に染め上げていった。
「なっ、何をわけのわからないことを…………………………総員、かかれー!」
男は剣を振り上げた。
リンリンは黒のとんがり帽子を脱ぎ、男に向かってフリスビーのように投げながら、頭を上げる。
「ただし、本日のショーを皆さまによりお楽しみ頂くために、二、三、注意点がございます!」
男の顔面に帽子はぶち当たり、男はさらに金切り声を上げる。
声量で負けないよう、リンリンはトロッコの中から素早くマイクを持ち出した。
観客たちに向かって指を一本立てる。
『まず一つ! 我が可憐なる隊員たちはお触り厳禁です! お手を触れぬよう、お願い致します。美しい花に棘があるとは、昔の人もなかなか乙なことを申したものです。うちの隊員たちはどの子も自己防衛本能が過激なのものですので、是非ともご注意下さいませ』
リンリンはにっこりと笑う。
トロッコの中の女の子に斬りかかろうとしていた兵隊は、逆に女の子から顔面にパンチを食らい、一発KOでそのまま起き上がってこなくなった。
『さーて、続いて二つ目です!』
リンリンはにわかに騒がしくなる周囲の喧騒を気にも留めず、トロッコ内を歩きながら、二本目の指を立てる。
『我々はあくまでも、お客様第一主義で公演をさせて頂いております。よって、我々の大事なお客様に危害を加えようとするような輩は、残念ながらこの会場よりご退場頂くことになっております』
トロッコの向こう側に一般人がいるにも関わらず、男たちはトロッコに向かってライフル銃を構えた。途端、観客たちから悲鳴の声が上がる。
だがしかし、それをみすみす見殺しにする第三攻撃部隊ではない。
リンリンが指をパチンと鳴らすと、トロッコの後ろに控えていた三部隊の隊員たちが瞬時に動き、きれいな虹の描かれた特製繊維の布を観客たちの前に広げた。一斉に放たれた銃弾をしっかりと防ぎ切り、その間に、トロッコの横板を蹴飛ばして、電飾の付けられた派手な盾を手にする人間たちが現れる。盾であっさりと銃撃を防いだそれらの隊員たちは、全身防護服の体中に電飾を巻き付け、さながらクリスマスツリーのようだった。トロッコから道に降りてくると、なぜかそれぞれに考えたかっこいい筋肉ポーズをさっと取り、リンリンは思わず失笑した。
『えーっと…………そう、次は三つ目でしたね』
リンリンは力なく、三本目の指を立てる。
『まぁ、最後は簡単なことですよ。……えー、おっほん! 気を取り直して、元気に言わせて頂きます! さぁ、隊の皆さんは声を合わせて、せーのっ!』
楽しいことこそが正義!
声を合わせて、昨日考えたばかりのてきとうな言葉をみんなで叫ぶ。そのおかしさから、三部隊内では拍手と爆笑が巻き起こり、まるでもう、戦いに勝ったかのような盛り上がりを見せていた。
リンリンだけはマイクを手に、冷静に言葉を続ける。目の前にいる髭面の男へと、意味深な視線を送った。
『つ・ま・りー、それを邪魔するような無粋な輩には全員、さっさとここから退場してもらいまーす!』
「そこの女を狙えー!」
怒りで顔を真っ赤にした髭面の男が叫ぶ。
リンリンは肩からマントを引き剥がし、前にいたライフル銃を構える男にがばっと被せる。そして剣を突き出してきた男の得物を、高々と蹴り上げた。
マイクはすでに、放り捨てている。
「誰に向かって言っているにゃ? 私は、この第三攻撃部隊の副隊長。この三部隊のナンバーツーにして、このショーのトップスターにゃ!」
マントによって隠されていた、短パンから伸びる美脚で、ライフル銃の男をも真正面から蹴り飛ばす。
拳を空に掲げ、周囲からの拍手喝采を、その身で気持ち良く受け止めた。
深く息を吐き出して、まだまだ奥の通りから溢れて出てくる敵兵に流し目を送った。
「さぁて、本当のショーはここからにゃ」
今回、ユウタがリュウから頼まれたことは三つあった。
一つは町で大騒ぎをして、城にいる兵隊たちを町に誘い出すこと。二つ目は、町でドンパチをやる際、一般人に死傷者を出さないようにすること。そして三つ目は――。
「これか……」
ユウタはズボンのポケットから、リュウの伝言が書かれた紙切れを取り出す。普段、電気機器と主に接しているユウタにとってはありえないような、アナログな方法の伝言だった。
「ったく、俺が動かずに済むように、もっと人員を呼べっつーの」
文句を言いつつも、ユウタの心はすでに決まっていた。
紙をぐしゃっと握り潰し、乱暴にポケットに突っ込む。
部下たちの繰り広げているショーの方は、幸いにも上手くいっているようだった。今は蛍光色唐辛子水をたっぷりと入れた水鉄砲を手にする隊員たちが、ハロイン・ファミリーの兵隊たちを笑いながら追っかけ回している。
次々に起こる予想外な攻撃。鮮やかな防御。大音量で響き続ける軽快なリズムの音楽と、伝染していく混乱。
人心など容易いものだった。
緊迫状態で自分の思い通りにならないことが二、三起こると、人の心は簡単に崩壊していく。
そして、市民や観光客をも巻き添えに攻撃しようとしたことがまずかった。
今や、場の空気は完全に三部隊の味方をしている。
まぬけにやられていく兵隊たちを、人々は指を差して笑っていた。
その様子に、ユウタは思わず、口元に笑みを浮かべてしまう。
「小さな目的のために、大きな目的を犠牲にすることになったな。……見てみろよ。お前らが金をばら撒いてまで築き上げてきた信頼関係があっさりとおじゃんだ。……人は、楽しいことが好きだ。甘いお菓子が好きだ。だから、一度でも苦いものを見せてしまったお前らは、もう誰にも求められていない。用済みなんだよ」
残酷なことを、ユウタは楽しげにつぶやいた。
「この町の主導権を握っているのはすでに俺たちの方だ」
明るい光と音楽が、町を血で染めようとしていた者たちの声を、動きを、飲み込んでいく。
「惑わされるなー! これは奴らの作戦だー!」
髭面の男がいくら大声を張り上げても、それはノリのいい音楽と何百人もの笑い声によってかき消される。男の額には、怒りの青筋が浮かび上がっていた。
「こっちはもう、大丈夫そうだな」
ユウタは座席に座り直すと、いくつかのボタンを押して、カマキリロボットの腹部分を切り離す。それはこのトロッコの電力源にもなっているので、置いていくしかなかった。だが、充電満タンのバッテリーはカマキリロボットの本体にも積まれているので、問題はない。
カマキリロボットは透明な羽を羽ばたかせると、夜空へと浮かび上がった。
それに気づいたリンリンが、兵隊を一人蹴り飛ばしてから、ユウタを振り返る。口元に手を当てて、大きく手を振った。
「隊長―、いってらっしゃいにゃー!」
それにつられるように、三部隊のあちこちから同じような言葉がかけられる。
ユウタはパネル上のボタンを一つ押した。
「せっかくだから一つだけ、お前らにプレゼントだ」
カマキリロボットの口が開き、上空から、小さなボールがいくつも落とされる。
何だろうと顔を上げた敵兵の目前で、それは眩しく、ピカッと光った。
「閃光弾か!」
そう叫んだ頃にはもう遅く、その眩しさに目をつぶっている男たちの前で、三部隊の隊員たちは嬉々として次々にサングラスを投げ捨てる。その弾が見えた瞬間から、三部隊の隊員たちは全員、一瞬でそれが何であるのかを判断し、素早くサングラスを装着していたのだ。
三部隊は敵が目を使えずにフラフラしている間に、二人一組でロープを使ってグルグル巻きにしていく。そんな時ですら、三部隊はどこか楽しげだった。
そうしてあっという間に、道には抵抗できなくなったハロイン・ファミリーの兵隊たちが転がされていった。
ユウタはそれを見届けてから、三部隊からの拍手と歓声に見送られながら、カマキリロボットで飛び去って行く。
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