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第一章 ハンドリーツ編
11.ハンドリーツ城潜入作戦開始(リュウサイド)
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外から派手な花火の音が鳴り始め、ユウタたちが作戦を開始したのだとわかる。
「よし、これで最後だな」
そんな中、リュウは重い機材をリビングの床へと下ろしていた。
あっという間に、広いリビングは大きな機材でいっぱいになる。これらはモエギの部屋にあった機械とそれに使う研究材料だった。モエギの部屋が特効薬を作るための材料と、その失敗作でいっぱいになってしまったため、今日になってリビングの方に下ろしてきたのだ。
リュウは額の汗を拭うと、部屋の中を改めて見回した。
リビングは昨日の喧騒が嘘のように静まり返り、ほとんど人はいなくなっている。ここに昼までいた攻撃部隊の隊員たちは全員、今は作戦準備に取り掛かっていた。
「リュウ、お前、本当に行くつもりなのか?」
全ての機材を運び終えたところで、後ろから声がかかる。
振り返るとそこに、渋い顔をしたアサイチが立っていた。
「……あんなにあっさりと敵のところに行くなんて、どう考えてもおかしい。アンナはきっと、初めからハロイン・ファミリーのスパイだったんだ」
元よりアンナを怪しんでいたアサイチにとって、今回の結果は少しも意外なものではなかったのだろう。憤りを抱くアサイチの考えに、けれどリュウは表情を変えずに返した。
「……脅されていたとしたら、アンナがどう動いたとしたって不自然じゃないはずだろ」
「けど……!」
なおも続けようとするアサイチの言葉を、リュウは視線によって、その語気によって遮った。
「それでも、俺はアンナを助けるって決めたんだ。……それに、あのフォレストとかいう男は相当に強い。ソングやテツでも歯が立たなかった場合、どっちにしろ俺が前に出るしかない」
リュウの決意は、アサイチの言葉で揺らぐようなものではなかった。
むしろ確固たる意志を強め、その瞳を鋭くさせる。
「うん、アンナちゃんのことをお願いね。リュウ」
そこに、美しさと冷静さを兼ね備えた声音が響き、アサイチの後ろからモエギが現れた。
モエギはいつになく真剣な表情を浮かべ、リュウに語りかけてきた。
「……カルチェマニーターの第二段階を止めるためにはたぶん、アンナちゃんの力が必要になってくると思う。……だからそのためにも、アンナちゃんのことを助けてあげて」
リュウも、モエギも、アンナの抱えている事情を正確に理解できているわけではない。
けれどリュウはモエギに、アンナから聞いた話の全てを話してあった。
そしてモエギには科学者としての勘が、リュウとは違って働いているらしい。
「カルチェ? は? 何それ」
一方、アサイチは不可解そうな顔をする。
アサイチにはその辺のことを、一切何も話していないのである。
リュウはそんなアサイチは置いておくとして、目の前のモエギにうなずいた。
「……わかってる。モエギも、特効薬を頼むな」
作戦の当日になっても完成させることができなかった、カルチェマニーターの特効薬。
モエギが今までそれのために、どれほどの実験を繰り返し、そしてどれほどの絶望を味わってきたのか、リュウには正確に想像することさえできなかった。それでも、心がすでに折れていてもおかしくないような状況で、モエギは前を向き続けてくれている。
モエギは握り締めた拳を自分の胸に押し当て、力強い眼差しでリュウを見つめた。
「うん、必ず完成させるから…………待ってて」
小さく笑ったその瞳に、悲観や諦めの感情はない。
リュウはそれに、何の心配もいらないことを確信し、アサイチへと視線を移した。その納得し切れていないような微妙な顔を見る。
アサイチは三人の幼馴染の中でもおそらく、一番迷惑をかけている相棒だった。
「モエギのことを頼む」
「当たり前だろ」
それでもその一言には、アサイチも迷いなく答える。
そっちの方も、何も心配はいらないようだ。
「そうか…………そうだな。じゃあ、俺はこれからハンドリーツ城潜入作戦に加わってくる。ここからは一旦離れるけど、お前らもくれぐれも気をつけろよ」
二人がうなずくのを見届けてから、リュウは口元に小さく笑みを浮かべた。
「アンナを必ず連れて帰る」
誰よりも、己自身に誓うようにそうつぶやいた。
リュウは二人に軽く片手を挙げてから、リビングの大穴へと飛び込んだ。
すぐに冷たい土の上に着地し、リュウは正面を見据える。どこまでも続いているかのように思える暗い穴の先を見つめ、ハンドリーツ城へと潜入するための唯一の道をひた走り始めた。
しばらくは何もない空間を進み続けていたが、やがて、人の背中が見えてくる。それは上に出る時を今か今かと待ち構えている、待機中の五部隊と二部隊の隊員たちの後ろ姿だった。
汗臭い彼らに一瞬は躊躇したものの、意を決して、リュウはその集団の中に自分の体を押し込んでいった。以前、アンナを追いかけて人混みに突っ込んでいった経験が役立ち、小柄な体で先頭近くにまで出ることができた。
その集団の先頭にいるソングが、眉間にしわを寄せて振り返る。
「遅いぞ、リュウ! もうじき予定時刻だ!」
「悪い、機材の引っ越しに思ったより時間がかかった」
リュウは作戦の準備を攻撃部隊のみんなに任せ、自分はモエギの手伝いに専念していたのだ。
テツの手にする懐中時計を見せてもらい、現在の時刻を知る。
午後七時三十分。
ユウタたちのショーは午後七時からスタートしていた。
それに反応したハロイン・ファミリーの兵がハンドリーツ城から出ていき次第、クリアクレスたちは城の正面で残りの兵たちの相手をする手筈になっている。
そして、その戦闘開始の合図が――。
パァーン!
花火の音に紛れて響く、空砲の音だった。
「よし、俺たちも作戦開始だな」
ソング、テツと共にうなずき合い、まずは五部隊が地上に上がっていく。それに二部隊が続き、最後にリュウが頭上の穴から勢いよく、外へと飛び出した。
――待ってろよ、アンナ!
強い思いを胸に、ハンドリーツ城潜入作戦は開始された。
「よし、これで最後だな」
そんな中、リュウは重い機材をリビングの床へと下ろしていた。
あっという間に、広いリビングは大きな機材でいっぱいになる。これらはモエギの部屋にあった機械とそれに使う研究材料だった。モエギの部屋が特効薬を作るための材料と、その失敗作でいっぱいになってしまったため、今日になってリビングの方に下ろしてきたのだ。
リュウは額の汗を拭うと、部屋の中を改めて見回した。
リビングは昨日の喧騒が嘘のように静まり返り、ほとんど人はいなくなっている。ここに昼までいた攻撃部隊の隊員たちは全員、今は作戦準備に取り掛かっていた。
「リュウ、お前、本当に行くつもりなのか?」
全ての機材を運び終えたところで、後ろから声がかかる。
振り返るとそこに、渋い顔をしたアサイチが立っていた。
「……あんなにあっさりと敵のところに行くなんて、どう考えてもおかしい。アンナはきっと、初めからハロイン・ファミリーのスパイだったんだ」
元よりアンナを怪しんでいたアサイチにとって、今回の結果は少しも意外なものではなかったのだろう。憤りを抱くアサイチの考えに、けれどリュウは表情を変えずに返した。
「……脅されていたとしたら、アンナがどう動いたとしたって不自然じゃないはずだろ」
「けど……!」
なおも続けようとするアサイチの言葉を、リュウは視線によって、その語気によって遮った。
「それでも、俺はアンナを助けるって決めたんだ。……それに、あのフォレストとかいう男は相当に強い。ソングやテツでも歯が立たなかった場合、どっちにしろ俺が前に出るしかない」
リュウの決意は、アサイチの言葉で揺らぐようなものではなかった。
むしろ確固たる意志を強め、その瞳を鋭くさせる。
「うん、アンナちゃんのことをお願いね。リュウ」
そこに、美しさと冷静さを兼ね備えた声音が響き、アサイチの後ろからモエギが現れた。
モエギはいつになく真剣な表情を浮かべ、リュウに語りかけてきた。
「……カルチェマニーターの第二段階を止めるためにはたぶん、アンナちゃんの力が必要になってくると思う。……だからそのためにも、アンナちゃんのことを助けてあげて」
リュウも、モエギも、アンナの抱えている事情を正確に理解できているわけではない。
けれどリュウはモエギに、アンナから聞いた話の全てを話してあった。
そしてモエギには科学者としての勘が、リュウとは違って働いているらしい。
「カルチェ? は? 何それ」
一方、アサイチは不可解そうな顔をする。
アサイチにはその辺のことを、一切何も話していないのである。
リュウはそんなアサイチは置いておくとして、目の前のモエギにうなずいた。
「……わかってる。モエギも、特効薬を頼むな」
作戦の当日になっても完成させることができなかった、カルチェマニーターの特効薬。
モエギが今までそれのために、どれほどの実験を繰り返し、そしてどれほどの絶望を味わってきたのか、リュウには正確に想像することさえできなかった。それでも、心がすでに折れていてもおかしくないような状況で、モエギは前を向き続けてくれている。
モエギは握り締めた拳を自分の胸に押し当て、力強い眼差しでリュウを見つめた。
「うん、必ず完成させるから…………待ってて」
小さく笑ったその瞳に、悲観や諦めの感情はない。
リュウはそれに、何の心配もいらないことを確信し、アサイチへと視線を移した。その納得し切れていないような微妙な顔を見る。
アサイチは三人の幼馴染の中でもおそらく、一番迷惑をかけている相棒だった。
「モエギのことを頼む」
「当たり前だろ」
それでもその一言には、アサイチも迷いなく答える。
そっちの方も、何も心配はいらないようだ。
「そうか…………そうだな。じゃあ、俺はこれからハンドリーツ城潜入作戦に加わってくる。ここからは一旦離れるけど、お前らもくれぐれも気をつけろよ」
二人がうなずくのを見届けてから、リュウは口元に小さく笑みを浮かべた。
「アンナを必ず連れて帰る」
誰よりも、己自身に誓うようにそうつぶやいた。
リュウは二人に軽く片手を挙げてから、リビングの大穴へと飛び込んだ。
すぐに冷たい土の上に着地し、リュウは正面を見据える。どこまでも続いているかのように思える暗い穴の先を見つめ、ハンドリーツ城へと潜入するための唯一の道をひた走り始めた。
しばらくは何もない空間を進み続けていたが、やがて、人の背中が見えてくる。それは上に出る時を今か今かと待ち構えている、待機中の五部隊と二部隊の隊員たちの後ろ姿だった。
汗臭い彼らに一瞬は躊躇したものの、意を決して、リュウはその集団の中に自分の体を押し込んでいった。以前、アンナを追いかけて人混みに突っ込んでいった経験が役立ち、小柄な体で先頭近くにまで出ることができた。
その集団の先頭にいるソングが、眉間にしわを寄せて振り返る。
「遅いぞ、リュウ! もうじき予定時刻だ!」
「悪い、機材の引っ越しに思ったより時間がかかった」
リュウは作戦の準備を攻撃部隊のみんなに任せ、自分はモエギの手伝いに専念していたのだ。
テツの手にする懐中時計を見せてもらい、現在の時刻を知る。
午後七時三十分。
ユウタたちのショーは午後七時からスタートしていた。
それに反応したハロイン・ファミリーの兵がハンドリーツ城から出ていき次第、クリアクレスたちは城の正面で残りの兵たちの相手をする手筈になっている。
そして、その戦闘開始の合図が――。
パァーン!
花火の音に紛れて響く、空砲の音だった。
「よし、俺たちも作戦開始だな」
ソング、テツと共にうなずき合い、まずは五部隊が地上に上がっていく。それに二部隊が続き、最後にリュウが頭上の穴から勢いよく、外へと飛び出した。
――待ってろよ、アンナ!
強い思いを胸に、ハンドリーツ城潜入作戦は開始された。
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