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アルクフレッド殿下は帰還したばかりとはいえ、王への報告を終えて着替え終わっていた。報告に来てくれた侍従もそのくらいのタイミングになるように見計らってくれていたそう。さすが、優秀だわ。
「アルクフレッド殿下!」
「り、リーア⁉
どうしてここに」
「カルシベラ殿下にお会いするために王城に来ていたのです。
そうしたら、アルクフレッド殿下が帰還されたと報告を受けまして」
「そう、だったんだ。
ただいま」
「お帰りなさいませ。
無事に帰還されたようで何よりです」
本当に、よかった。もしこのまま戻られなかったら。何度そう考えたことか。そうして不安にさらされることで、自分の中の否定していた感情に向き合いざるを得なかった。実際にアルクフレッド殿下の顔を見ると、その感情が一気に高まってきて。だから、他に人がいることなんて気にする余裕はなかったのよ。
「アルクフレッド殿下……、私殿下のことが好きです。
婚約者とか幼馴染とか、そんなの関係ないんです。
殿下の帰還を待つ間、ずっと無事に帰ってきてくださるように祈っておりました。
その時に思い浮かんだのは、意地悪な殿下だけじゃなくて、不器用だけれど、そっと寄り添ってくださる姿でした。
私、ずっと不安だったのです。
殿下と共に夫婦としてやっていけるのか。
殿下が私のことをどう思ってらっしゃるのか。
でも、関係ありません。
私は殿下のことが好きですし、お支えしたいと、そう望んでおります。
これがたとえ一方向の想いだったとしても、かまわないのです」
殿下を待つ間に何度も考えていたこと。想いを相手にも求めようとするから苦しいのだ。だったら、求めなければいい。傍にいられないことに比べたら、一方向の想いを持っている方がいい。
「独りよがりの想いで申し訳ありません。
でも……。
殿下を、きっと幸せにしますから」
ぎゅっと手を握って、想いを込めてそう言う。見つめた先の殿下の顔はなぜかどんどん真っ赤に染まっていく。
「殿下……?」
「ど、どうしたんだ、急に……。
わ、私も、私もリーアのことが好き、だ。
だから、そんなこと不安に思う必要はないのだが。
というか、私の方こそ、不安だったぞ。
君は私となかなか目を合わせようともしないから。
だが、これは私も悪いな。
どうも思ったことを素直に口に出すのが、苦手でな、その……」
殿下が、照れてらっしゃる。こんな姿初めて見た。ああ、なんだ。殿下もきっと不安だったのだ。それがお互いの距離を生み出していて。その結果、さらに相手の気持ちがわからなくて不安になる。そんな負の連鎖がいつの間にか陥っていたのだ。
「……、え、あのような意地悪をしておいて、ですか?」
「それは、その。
つい君の反応が楽しくてだな……。
反省は、する」
「ええ、大いに反省してくださいませ」
これだけは譲れない。しっかりとそうくぎを刺すと、うなずいて下さる。
「幸せに、するから、君のこと。
だからどうか、共にいてくれ」
「っ、はい。
でも、殿下自身もどうか幸せになってください」
「もちろん。
君が傍に居てくれるなら、きっと」
そう言って抱きしめられる。ああ、なんて……。今日ばかりは顔が緩むのを許してほしい。カナの視線は怖いけれど。カナの、視線……? 待って、今は一体どういう状況、だった、かしら……?
「きゃ、キャー――――!」
「え、わ、どうした⁉」
「わ、私ったら、私ったら!
申し訳ございません、殿下!
こんな、人の目があるところで」
「人の、め……?」
私の言葉に殿下が周りを見渡す。ようやく状況が理解できたようだ。ガバリと顔を覆ってうずくまってしまわれた。こ、これは私が悪いわよね。
「み、皆さま!
どうかご自分のお仕事に戻ってください。
お騒がせして申し訳ございません」
何とかそう言うと、近くにいた人は生暖かい笑みを浮かべて一人、また一人と場を離れてくれる。い、いたたまれないわ。殿下はまだ復活されていないようですし。帰還早々申し訳ないことをしたわね。
「リンジベルアお嬢様」
「か、カナ……」
何を言われても文句は言えないわ! ぎゅっと目をつむって備えていると、予想外にそっと肩に手を置かれた。恐る恐る目を開けてみると、そこにはいつになく優しい笑みを浮かべたカナがいた。
「よかったですね、お嬢様。
今までで一番幸せそうな笑みを浮かべてらっしゃいましたよ」
「カナ……」
「私は誰よりも、お嬢様の幸せを応援しております」
それだけ言うと、カナもまた離れていく。その言葉にうっかりと泣きそうになったけれど、何とかそれを我慢する。本当に私の侍女ってば。
周りをもう一度見渡してみると、そこにはいつの間にかカルラがいた。あれをカルラにも聞かれていたってこと⁉
「カル、シベラ殿下!」
口止めをしないと、と声をかけてようやく気がついた。カルラは先ほどからこちらを見て全く動いていない。
「カルラ……?」
もう一度声をかける。その顔はだんだんとゆがんでいく。ああ、まただ。またこんな表情をさせてしまった。そのままカルラは去っていった。その背を追いかけることは、もうできなかった。
***
カルラが遺体で見つかったのはそれからしばらく経ったころだった。神殿でカルラは、眠るように亡くなっていたという。どうして亡くなったのか。傷ひとつなく、苦しそうな顔もしていないその遺体からは誰もわからなかった。
「アルクフレッド殿下!」
「り、リーア⁉
どうしてここに」
「カルシベラ殿下にお会いするために王城に来ていたのです。
そうしたら、アルクフレッド殿下が帰還されたと報告を受けまして」
「そう、だったんだ。
ただいま」
「お帰りなさいませ。
無事に帰還されたようで何よりです」
本当に、よかった。もしこのまま戻られなかったら。何度そう考えたことか。そうして不安にさらされることで、自分の中の否定していた感情に向き合いざるを得なかった。実際にアルクフレッド殿下の顔を見ると、その感情が一気に高まってきて。だから、他に人がいることなんて気にする余裕はなかったのよ。
「アルクフレッド殿下……、私殿下のことが好きです。
婚約者とか幼馴染とか、そんなの関係ないんです。
殿下の帰還を待つ間、ずっと無事に帰ってきてくださるように祈っておりました。
その時に思い浮かんだのは、意地悪な殿下だけじゃなくて、不器用だけれど、そっと寄り添ってくださる姿でした。
私、ずっと不安だったのです。
殿下と共に夫婦としてやっていけるのか。
殿下が私のことをどう思ってらっしゃるのか。
でも、関係ありません。
私は殿下のことが好きですし、お支えしたいと、そう望んでおります。
これがたとえ一方向の想いだったとしても、かまわないのです」
殿下を待つ間に何度も考えていたこと。想いを相手にも求めようとするから苦しいのだ。だったら、求めなければいい。傍にいられないことに比べたら、一方向の想いを持っている方がいい。
「独りよがりの想いで申し訳ありません。
でも……。
殿下を、きっと幸せにしますから」
ぎゅっと手を握って、想いを込めてそう言う。見つめた先の殿下の顔はなぜかどんどん真っ赤に染まっていく。
「殿下……?」
「ど、どうしたんだ、急に……。
わ、私も、私もリーアのことが好き、だ。
だから、そんなこと不安に思う必要はないのだが。
というか、私の方こそ、不安だったぞ。
君は私となかなか目を合わせようともしないから。
だが、これは私も悪いな。
どうも思ったことを素直に口に出すのが、苦手でな、その……」
殿下が、照れてらっしゃる。こんな姿初めて見た。ああ、なんだ。殿下もきっと不安だったのだ。それがお互いの距離を生み出していて。その結果、さらに相手の気持ちがわからなくて不安になる。そんな負の連鎖がいつの間にか陥っていたのだ。
「……、え、あのような意地悪をしておいて、ですか?」
「それは、その。
つい君の反応が楽しくてだな……。
反省は、する」
「ええ、大いに反省してくださいませ」
これだけは譲れない。しっかりとそうくぎを刺すと、うなずいて下さる。
「幸せに、するから、君のこと。
だからどうか、共にいてくれ」
「っ、はい。
でも、殿下自身もどうか幸せになってください」
「もちろん。
君が傍に居てくれるなら、きっと」
そう言って抱きしめられる。ああ、なんて……。今日ばかりは顔が緩むのを許してほしい。カナの視線は怖いけれど。カナの、視線……? 待って、今は一体どういう状況、だった、かしら……?
「きゃ、キャー――――!」
「え、わ、どうした⁉」
「わ、私ったら、私ったら!
申し訳ございません、殿下!
こんな、人の目があるところで」
「人の、め……?」
私の言葉に殿下が周りを見渡す。ようやく状況が理解できたようだ。ガバリと顔を覆ってうずくまってしまわれた。こ、これは私が悪いわよね。
「み、皆さま!
どうかご自分のお仕事に戻ってください。
お騒がせして申し訳ございません」
何とかそう言うと、近くにいた人は生暖かい笑みを浮かべて一人、また一人と場を離れてくれる。い、いたたまれないわ。殿下はまだ復活されていないようですし。帰還早々申し訳ないことをしたわね。
「リンジベルアお嬢様」
「か、カナ……」
何を言われても文句は言えないわ! ぎゅっと目をつむって備えていると、予想外にそっと肩に手を置かれた。恐る恐る目を開けてみると、そこにはいつになく優しい笑みを浮かべたカナがいた。
「よかったですね、お嬢様。
今までで一番幸せそうな笑みを浮かべてらっしゃいましたよ」
「カナ……」
「私は誰よりも、お嬢様の幸せを応援しております」
それだけ言うと、カナもまた離れていく。その言葉にうっかりと泣きそうになったけれど、何とかそれを我慢する。本当に私の侍女ってば。
周りをもう一度見渡してみると、そこにはいつの間にかカルラがいた。あれをカルラにも聞かれていたってこと⁉
「カル、シベラ殿下!」
口止めをしないと、と声をかけてようやく気がついた。カルラは先ほどからこちらを見て全く動いていない。
「カルラ……?」
もう一度声をかける。その顔はだんだんとゆがんでいく。ああ、まただ。またこんな表情をさせてしまった。そのままカルラは去っていった。その背を追いかけることは、もうできなかった。
***
カルラが遺体で見つかったのはそれからしばらく経ったころだった。神殿でカルラは、眠るように亡くなっていたという。どうして亡くなったのか。傷ひとつなく、苦しそうな顔もしていないその遺体からは誰もわからなかった。
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