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 それから3年後に迎えた結婚式は念入りに準備を進めたこともあり、大成功を収めた。それと同時に公爵様は現役を退き、オーウェル様が新たに公爵となった。異例の若さで公爵となったが、オーウェル様の手腕に不安を抱く人はいない。むしろ、皆このことを心から喜んでいる様子だった。さすがオーウェル様、となんだか私まで誇らしくなる。そんな人の妻となり、公爵夫人となることに不安がないわけではないけれど、それでもオーウェル様の隣に居られるのならなんだってできる気がした。

 何度も時を巻き戻した私の寿命は後どれくらいあるのだろう。後どれくらいオーウェル様と一緒に居られるのだろう。指折り数えては、限られた今を精一杯大切にした。そうして子宝にも恵まれ、一層幸せな日々を過ごしていたころ、異変に気がついた。

 歳をとらないのだ。

『化け物』。30歳になっても、40歳になっても、10代後半のような容姿をする私を人々は陰でそう呼んだ。社交界でもこそこそと噂話をするくせに、表では私にすり寄ってきた。私の魔力が不老なのではないか、と言われ始めたころから、それは一層顕著になって。そうして私が他の人の若さに関われないと知ると、手のひらを反して、『化け物』と呼んだ。

 もしかして寿命に関わる、って。そう思い至った時にはもう手遅れだった。子供たちも私を置いて年を取っていく。少し距離を感じるときだってできてきた。それが私には耐えがたかった。

「ローゼ、今日も部屋から出ないのかい?」

 そうして部屋からでなくなっても、オーウェルは欠かすことなく私のところへとたずねて来てくれた。でも、オーウェルも内心では私のことを化け物と思っていたら? その瞳に畏怖の色を見つけてしまったら耐えられる気がしない。その一心で私はオーウェルのことも避けるようになっていた。

 でも、その日は違った。いつもなら返事をしないと去っていくオーウェルは勢いよく扉を開けると中に入ってきた。

「オーウェル」

「ローゼ。
 思っていたよりも元気そうで良かったよ」

 数日ぶりに見たその顔は以前よりも年を取ったように見えて。その事実に驚き、悲しくなる。何度鏡を見たって、私は年を取っていないのに。

「オーウェル。
 あなただって私のこと気持ち悪いって思っているんでしょう?
ば、化け物だって!」

 うなずかないで、そう思う気持ちとは裏腹に口は止まらなかった。出て行って、と叫ぶ私に、オーウェルはゆっくりと近づいてきた。

「ローゼ。
 そんなこと思うわけがないじゃないか。
 私が化け物だと言われていた時、君が真っ先に私の手を握ってくれたんだ。
 あの時の温かさを、私は一度だって忘れたことがない。
 ねえ、君はずっと美しいよ。 
 化け物だなんて、そんなわけないじゃないか」

「オー、ウェル……」

「大丈夫、大丈夫だよ。
 君が傷つくのなら、もう表にだって出なくていい。
 君が幸せでいてくれることが、私の最大の望みなのだから」

「うっ、うう……」

 子供みたい、と冷静な自分が言う。それでも久しぶりに感じた温かさに涙が止まることはなかった。自分が傷ついてきたからこそ、人にやさしくできる。そんなオーウェルだから、私は愛したのだ。

 その日から私はまた部屋から出るようになった。あんなに怯えていた子供たちの眼も、よく見てみれば変わらなくて。私が一人で怖くなって怯えていたのだという事実を根気強く教えてくれた。

 まだ外に出るのは怖いけれど、箱庭の中での生活は確かに幸せだった。だけれど、私とオーウェルに流れる時は確実にすれ違っていった。

「ローゼ、ローゼ」

「ちゃんとここにいますよ」

「ごめんなぁ、おいていくことになって」

「いいえ」

 すっかりしわの寄った手をしっかりと握り締める。そんな私の手は未だしわひとつない。でもおいていかれるなんて、そんなこと思ってもいないのだ。もうずっと前から決めていた。

「ああ、幸せだな」

 そんなこと、こちらの言葉です。そう口にすることもできず、ぽたり、とオーウェルの手に雫が零れ落ちる。あれ、おかしいな。何も悲しむ必要はないのに。

 緩く口角が上がる。そうしてオーウェルは静かに息を止めた。

「オーウェル、すぐに迎えに行きますよ」

 そう口にして、私は初めて、自分の願望のために時の力を使った。

***
「アンネローゼ!」

 あまりにも懐かしい、若々しい声に瞳を開ける。そこには在りし日のオーウェルの姿があった。ああ、無事に成功したのだ。
 そうして、オーウェルに返事をしようと口を開いたとき、胸元から何かがせりあがってくる感覚がして大きくせき込む。
 あれ……? おかしいな。こんなことは初めてだ。

 そんな思考も持たなくて。焦ったようなオーウェルの声を聴きながら、私は意識を手放した。

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