上 下
39 / 69

38

しおりを挟む
 どうしたらいいのかわからないまま、日常を過ごしている。今、アンさんは元気だ。だからすぐ何か起こることはない、と思う。それにあの時のラシェットさんは、今よりも年上に見えた。

 急にアンさんに診断を受けてください、というのもおかしい。それになんの病かはわからない。いつ発症したのかも。一度は行ってくれたとしても、今何もなければきっと
この話は忘れられてしまう。

 やっぱり、一番確実なのは……。

 考え事をしていると、急にガチャッ、と少し乱暴に扉が開けられた。このお店のお客さんにしては珍しい音に、ばっと顔を上げる。リミーシャさんも驚いたように扉の方を見ている。

「あれ、カエリアおば様……?」

 そこに立っていたのは、このお店の常連さん。もちろん、いつもはこんな荒々しく扉を開けることはしない。どうしたのだろう、と2人で目を丸くしていると、カエリアおば様は興奮したように告げた。

「王太子が指名されたよ! 
 とうとう、陛下の後継ぎが決まったんだ」

「王太子殿下が……?」

 きょとん、と反応が遅れてしまうのは仕方ないこと。今までずっと確定しなかった王太子が指名されたのだ。これで少しは安定してくれればいいのだけれど。

「まあ……!
 それで、どちらの王子が?」

「それがね、第一王子であるユースルイベ殿下が王太子になったのよ!」

「第一王子が……、そう」

 そう、なんだ。陛下は結局第一王子を指名したんだ。それならば、なぜ今まで指名しなかったのか、という疑問が残るけれど、そこはいろいろな事情があるのだろう。

「これで治世が安定するといいのだけれど」

「本当よね」

 話がひと段落してふと我に返ったのか、カエリアおば様は荒々しく扉を開けたことを謝ってきた。つい先ほどその話を聞いて、ついつい、とのこと。そんなおば様にリミーシャさんはいいのよ、とほほ笑みかけた。

 はたと、記憶を取り戻したばかりのときに参加した茶会を思い出す。あの時、第二王子として紹介されていた、豪華な服を着て、演技がかった笑みを浮かべていた幼い王子。気の強そうな母親の傍で笑っていたあの子は、結局王太子にはなれなかったのだ。

 今は、どうしているのだろう。

 そんなことを考えている間に、リミーシャさんたちは何やら盛り上がっているよう。実は第一王子の顔を知っている人はほとんど知らない。王太子に就く記念品をつくりたいのだけれど、と悩ましそうにしている。これはセンタリア商会で何かするつもりなのかな。

「陛下も、亡き王妃陛下も顔立ちがとても整ってらしたもの。
 きっと美しい方なのでしょうね」

「ああ、そうだね。
 王太子になられたからには、きっと私たちに顔を見せる機会もあるだろう。
 楽しみだね」

 にこにこと話し合う二人に、お店にいたほかのお客さんも嬉しそうに会話に参加している。その様子を見ると、いかに国民が立太子を望んでいたかがわかる。正直、第一王子も第二王子もあまり噂を聞かない。それはいい噂も、悪い噂もだ。だから、どちらがいいとか判断しようがないのだろう。

 そんな店内の様子を見ていると、お店の扉が開く音がした。出入口を見ると、少し久しぶりに見かけるルイさんの姿があった。ただ、いつもとどこか様子が違う。ゆるっとおろしていた髪を上げて整えているし、服装もいつにもまして高価そうなものを着ている。

 店内はいつの間にか静まりかえっていて、いつもと雰囲気が異なるルイさんに目を奪われているようだった。

「こんにちは」

「こんにちは、ルイさん。
 あの、今日はなんだかいつもと雰囲気が違いますね……?」

 私の言葉にルイさんは少し驚いたように目を開く。しかし、次の瞬間にはいつもと同じ微笑みを見せてくれた。

「似合わないかな?」

「え、いいえ!
 とても似合っていてかっこいいです」

「ありがとう」

 服装以外はいつも通り。最初はそう思っていた。でも、言葉を重ねていると、違和感が強くなってくる。何が、と説明はできないんだけれど……。

「リミーシャさん」

「は、はいっ!」

 これは、大人っぽい? いいえ、なんというか、貴族のようなプレッシャーをかけている気がする。やっぱりいつもと違う。そんなルイさんが、不意にリミーシャさんの名を呼ぶ。リミーシャさんにとっても不意打ちだったみたいで、少し声が上ずっていた。

「フィーアさんを連れてもいいですか?
 お仕事中だとわかってはいるのですが……」

 申し訳なさそうに言うルイさんに、リミーシャさんはこちらを見た。一体何の用だろうか。心当たりがなくて困惑しているが、それはリミーシャさんも同じようだった。

「フィーアがいいと言えば、こちらは大丈夫ですが」

 困ったのであろうリミーシャさんは、結局私に判断を任せてきた。私としては、リミーシャさんがいいと言ってくれるのならば、断る理由はないけれど。今度は私の方を向いた目に、ゆっくりとうなずいた。

「ありがとうございます。
 それじゃあ、行こうか」

 戸惑いながらも、ルイさんが差し出してくれた手を取る。優しく手を握ってくれたルイさんに、心臓が勝手に音を立てる。スキルを使ったときのような、血の気が引くものではない。顔が暑くなって、一気に緊張するようなもの。ふいに、アンさんに尋ねられたことを思い出した。

 ふわふわとした気持ちのまま、お店を出る。迷いなく歩いた先には一台の馬車が止まっていた。馬車は豪華ではあったけれど、家紋は特に入っていない。そんな馬車の隣に立っていた人物、その人が目に入ったとたん、それまでの浮かれた気持ちが一気に落ちた。

「なぜ、ここに聖騎士様が……?」

「それは後で説明するよ。
 まずは馬車に乗って」

「はい……」

 どうして、と問を重ねることもできないまま、ルイさんに促されて馬車へと乗り込む。馬車はルイさんの合図を受けて、静かに動き出した。

しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

勇者パーティを追放された聖女ですが、やっと解放されてむしろ感謝します。なのにパーティの人たちが続々と私に助けを求めてくる件。

八木愛里
ファンタジー
聖女のロザリーは戦闘中でも回復魔法が使用できるが、勇者が見目麗しいソニアを新しい聖女として迎え入れた。ソニアからの入れ知恵で、勇者パーティから『役立たず』と侮辱されて、ついに追放されてしまう。 パーティの人間関係に疲れたロザリーは、ソロ冒険者になることを決意。 攻撃魔法の魔道具を求めて魔道具屋に行ったら、店主から才能を認められる。 ロザリーの実力を知らず愚かにも追放した勇者一行は、これまで攻略できたはずの中級のダンジョンでさえ失敗を繰り返し、仲間割れし破滅へ向かっていく。 一方ロザリーは上級の魔物討伐に成功したり、大魔法使いさまと協力して王女を襲ってきた魔獣を倒したり、国の英雄と呼ばれる存在になっていく。 これは真の実力者であるロザリーが、ソロ冒険者としての地位を確立していきながら、残念ながら追いかけてきた魔法使いや女剣士を「虫が良すぎるわ!」と追っ払い、入り浸っている魔道具屋の店主が実は憧れの大魔法使いさまだが、どうしても本人が気づかない話。 ※11話以降から勇者パーティの没落シーンがあります。 ※40話に鬱展開あり。苦手な方は読み飛ばし推奨します。 ※表紙はAIイラストを使用。

【完結】追放された生活錬金術師は好きなようにブランド運営します!

加藤伊織
ファンタジー
(全151話予定)世界からは魔法が消えていっており、錬金術師も賢者の石や金を作ることは不可能になっている。そんな中で、生活に必要な細々とした物を作る生活錬金術は「小さな錬金術」と呼ばれていた。 カモミールは師であるロクサーヌから勧められて「小さな錬金術」の道を歩み、ロクサーヌと共に化粧品のブランドを立ち上げて成功していた。しかし、ロクサーヌの突然の死により、その息子で兄弟子であるガストンから住み込んで働いていた家を追い出される。 落ち込みはしたが幼馴染みのヴァージルや友人のタマラに励まされ、独立して工房を持つことにしたカモミールだったが、師と共に運営してきたブランドは名義がガストンに引き継がれており、全て一から出直しという状況に。 そんな中、格安で見つけた恐ろしく古い工房を買い取ることができ、カモミールはその工房で新たなスタートを切ることにした。 器具付き・格安・ただし狭くてボロい……そんな訳あり物件だったが、更におまけが付いていた。据えられた錬金釜が1000年の時を経て精霊となり、人の姿を取ってカモミールの前に現れたのだ。 失われた栄光の過去を懐かしみ、賢者の石やホムンクルスの作成に挑ませようとする錬金釜の精霊・テオ。それに対して全く興味が無い日常指向のカモミール。 過保護な幼馴染みも隣に引っ越してきて、予想外に騒がしい日常が彼女を待っていた。 これは、ポーションも作れないし冒険もしない、ささやかな錬金術師の物語である。 彼女は化粧品や石けんを作り、「ささやかな小市民」でいたつもりなのだが、品質の良い化粧品を作る彼女を周囲が放っておく訳はなく――。 毎日15:10に1話ずつ更新です。 この作品は小説家になろう様・カクヨム様・ノベルアッププラス様にも掲載しています。

ギフト争奪戦に乗り遅れたら、ラストワン賞で最強スキルを手に入れた

みももも
ファンタジー
異世界召喚に巻き込まれたイツキは異空間でギフトの争奪戦に巻き込まれてしまう。 争奪戦に積極的に参加できなかったイツキは最後に残された余り物の最弱ギフトを選ぶことになってしまうが、イツキがギフトを手にしたその瞬間、イツキ一人が残された異空間に謎のファンファーレが鳴り響く。 イツキが手にしたのは誰にも選ばれることのなかった最弱ギフト。 そしてそれと、もう一つ……。

老女召喚〜聖女はまさかの80歳?!〜城を追い出されちゃったけど、何か若返ってるし、元気に異世界で生き抜きます!〜

二階堂吉乃
ファンタジー
 瘴気に脅かされる王国があった。それを祓うことが出来るのは異世界人の乙女だけ。王国の幹部は伝説の『聖女召喚』の儀を行う。だが現れたのは1人の老婆だった。「召喚は失敗だ!」聖女を娶るつもりだった王子は激怒した。そこら辺の平民だと思われた老女は金貨1枚を与えられると、城から追い出されてしまう。実はこの老婆こそが召喚された女性だった。  白石きよ子・80歳。寝ていた布団の中から異世界に連れてこられてしまった。始めは「ドッキリじゃないかしら」と疑っていた。頼れる知り合いも家族もいない。持病の関節痛と高血圧の薬もない。しかし生来の逞しさで異世界で生き抜いていく。  後日、召喚が成功していたと分かる。王や重臣たちは慌てて老女の行方を探し始めるが、一向に見つからない。それもそのはず、きよ子はどんどん若返っていた。行方不明の老聖女を探す副団長は、黒髪黒目の不思議な美女と出会うが…。  人の名前が何故か映画スターの名になっちゃう天然系若返り聖女の冒険。全14話。

【書籍化決定】俗世から離れてのんびり暮らしていたおっさんなのに、俺が書の守護者って何かの間違いじゃないですか?

歩く魚
ファンタジー
幼い頃に迫害され、一人孤独に山で暮らすようになったジオ・プライム。 それから数十年が経ち、気づけば38歳。 のんびりとした生活はこの上ない幸せで満たされていた。 しかしーー 「も、もう一度聞いて良いですか? ジオ・プライムさん、あなたはこの死の山に二十五年間も住んでいるんですか?」 突然の来訪者によると、この山は人間が住める山ではなく、彼は世間では「書の守護者」と呼ばれ都市伝説のような存在になっていた。 これは、自分のことを弱いと勘違いしているダジャレ好きのおっさんが、人々を導き、温かさを思い出す物語。 ※書籍化のため更新をストップします。

冤罪で山に追放された令嬢ですが、逞しく生きてます

里見知美
ファンタジー
王太子に呪いをかけたと断罪され、神の山と恐れられるセントポリオンに追放された公爵令嬢エリザベス。その姿は老婆のように皺だらけで、魔女のように醜い顔をしているという。 だが実は、誰にも言えない理由があり…。 ※もともとなろう様でも投稿していた作品ですが、手を加えちょっと長めの話になりました。作者としては抑えた内容になってるつもりですが、流血ありなので、ちょっとエグいかも。恋愛かファンタジーか迷ったんですがひとまず、ファンタジーにしてあります。 全28話で完結。

サイキック・ガール!

スズキアカネ
恋愛
『──あなたは、超能力者なんです』 そこは、不思議な能力を持つ人間が集う不思議な研究都市。ユニークな能力者に囲まれた、ハチャメチャな私の学園ライフがはじまる。 どんな場所に置かれようと、私はなにものにも縛られない! 車を再起不能にする程度の超能力を持つ少女・藤が織りなすサイキックラブコメディ! ※ 無断転載転用禁止 Do not repost.

処理中です...