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この国はおかしい
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パラパラと本のページがめくれる音がする。開けっ放しにしていた窓から入り込むいたずらな風は今度は椅子でうたた寝をしているライナの頬を撫でた。
「う、うーん……?」
その風に起こされたようでライナはゆっくりと瞼を開けた。そして周りを見渡すと開かれたページに乗せてある3輪の赤い薔薇が目に入った。それは先程まではたしかになかったものだ。シワだらけになってしまった手でそれをゆっくりと手に取る。するとどこからか長い間待ち望んでいた言葉が微かに聞こえてきた。
「ふふ。
もう、遅いわよ、イクト。
……私はあなたとの約束を果たせていたかしら?」
そう呟くライナの瞳からは一筋の線が伝っていった。
―――――――――――――――――――
「いいですか、みなさん!
魔力持ちというものは非常に危険な存在なのです。
奴らは1人で一般兵を万と倒せる力があり、故にその力は国が管理すべきなのです。
つい先日も……」
ああ、今日もよく口が回っていらっしゃる。こと、魔力持ちの悪口となると話題に尽きないようであるのは教養学のカラベリエート先生だ。その危険な存在をいいように使っているのはどこのどいつだよ、という言葉は今日も飲み込む。どうせ誰にも届きやしないんだ。理不尽な理由で家族を奪われた人の嘆きなんて。それが私ライナが今までの人生で学んできた最たるものだった。
「ライナさん、あなたも大変でしたね」
ええ、わかっておりますとも。そんな様子でかの先生はそうこちらに話題をむける。しかし、その目には労わりの色ではなく警戒の色が浮かんでいる。これはつまり私がきちんとこの国の洗脳に染まっているかを確認するためのものだ。
「ええ、そうなんです。
ですが、あの人はもう私とはなんの関係もない人物。
先生にお心配りをいただくこともございません」
その言葉にカラベリエートは満足そうに頷いた。ああ、やっぱり反吐が出る。
国立幼年学校。これは国の全ての子どもが行くことを義務とされる1年制の学校だ。ここで優秀な成績を残すとさらに上の学校にも行けるようになる。頭の硬いじーちゃんたちはこれを陛下のご慈悲だって言うけれど、そんなものではないと私は知っている。ようはただの洗脳のための場なのだ。魔力持ちは悪い人、陛下は慈悲深い人。そんな洗脳。なんの疑いもなくその洗脳にかかっている学友、と呼ばれる人達が私は気持ち悪くて仕方なかった。でも、そんな中。たった一人だけ心を許せる人がいた。
「いやー、今日も災難だったね、ライナ」
くすくすと笑いながら前を行くのは幼なじみのイクト。その手には今日も本が携えられている。
「本当よ、もう。
まあある意味勘が鋭いってことなんでしょうけど」
でも尻尾は出してやらない、そんな気持ちでべ、と舌を出す。バレたら叱責では済まないが要はバレなければいいのだ。
「エカーティさんが連れていかれて、もう8年か……」
エカーティ、もうその名を呼ぶ人さえ私とイクトしかいなくなってしまった大好きな私の姉。彼女は魔力持ちとして国に連れていかれたのだ。そうしてその5年後、帰ってきたのはたったの……。
「ああ、ごめん。
いやなこと思い出させた」
「ううん。
ねえ、イクト。
イクトは居なくならないでね………」
その私の言葉に今日も彼からの返事はない。お互いに分かっているのだ、その願いは果たされないと。
「人はその肉体が朽ちた時、魂が肉体から開放される。
そして魂は最後に親しいものへと別れを告げるのだ。
恐れてはいけない。
引き止めてはいけない。
生者はただそれを受け入れるのだ」
まだ声変わりをしていないイクトの高く澄んだ声ですらすらと紡がれていく言葉。それはイクトがいつも持っている本に書かれているものだ。
「また、それ?
ランカさんもそんなに持っていられるとは思わなかったんじゃない」
ふふ、と笑いがこぼれるのは許して欲しい。ランカさんの形見でもあるその本は本当にいつもイクトの手にあるのだ。イクトの姉のランカさん。彼女は姉の親友であり、同時に魔力持ちでもあった。普通はこんなに現れないはずなのに、と親達が嘆いていたのは今でも覚えている。
「ライナ。
僕は絶対に負けないよ、姉さんの為にも。
この国はおかしい」
ひっそりと周りに聞こえないように、でもキッパリとそうイクトは言う。仕方ないと親は言ったけれど、私のなかでもイクトのなかでも姉のことは決して終わってはいないのだ。だから、私は静かにうなずいた。
私の中には小さい頃から不思議な力があった。最初は訳が分からなかったそれも今ではもう慣れたものだ。その力とはここではない場所の様子が見れるというもの。このことを最初に姉に話した時、誰にも言ってはいけないよ、と言われた。
その時は意味が分からなかったけど、さすがに今ならわかる。これは私の魔力が起こしていることなんだ、と。
そしてこの力ゆえに私は見てしまったのだ、大好きな姉の最期を。魔力持ちが実際にはどんな扱いを受けていのかを。
許さないと、そう誓ったのはその時だった。
十分豊かなはずなのに際限のない欲望に領地を広げていこうとする国主。その犠牲になるのは魔力持ちであるのだと、私たちの平穏は忌み嫌う魔力持ちによって成り立っているのだとこの国のどれくらいの人は知っているのだろうか。
魔力持ちに人権などない。ゆえにただの便利な道具として国に使い潰されているのだ。
「ねえ、ライナ。
もうすぐだね、魔力検査」
いつものどこか飄々とした空気を潜ませてそういったのはイクト。そう、検査日である幼年学校卒業日が近づいているのだ。国の中枢に近かづこう、そう誓った私達はしっかりと優秀な成績を残している。これならきっと上級学校へといけるだろう。魔力さえなければ、だが。
「そうだね。
……魔力検査ってどうやるんだろう?」
ずっと疑問に思っていたことを口にするとイクトは首を横に振る。そう、当日まで、もっといえばその瞬間まで検査の方法は知らされないのだ。私は自分が魔力持ちだと確信しているが、その力はわかりやすいものではない。検査方法によってはきっとすり抜けられるだろう。だが、イクトは。
「きっと、これでお別れだねライナ。
でも、もしも試験の後にまた会えたなら。
ライナに受け取って欲しいものがあるんだ」
受け取ってほしいもの? 首を傾げるも今その答えを言う気はないようだ。満足したようにすたすたと先を行ってしまっている。私は慌ててその背を追いかけることとなってしまった。
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「う、うーん……?」
その風に起こされたようでライナはゆっくりと瞼を開けた。そして周りを見渡すと開かれたページに乗せてある3輪の赤い薔薇が目に入った。それは先程まではたしかになかったものだ。シワだらけになってしまった手でそれをゆっくりと手に取る。するとどこからか長い間待ち望んでいた言葉が微かに聞こえてきた。
「ふふ。
もう、遅いわよ、イクト。
……私はあなたとの約束を果たせていたかしら?」
そう呟くライナの瞳からは一筋の線が伝っていった。
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「いいですか、みなさん!
魔力持ちというものは非常に危険な存在なのです。
奴らは1人で一般兵を万と倒せる力があり、故にその力は国が管理すべきなのです。
つい先日も……」
ああ、今日もよく口が回っていらっしゃる。こと、魔力持ちの悪口となると話題に尽きないようであるのは教養学のカラベリエート先生だ。その危険な存在をいいように使っているのはどこのどいつだよ、という言葉は今日も飲み込む。どうせ誰にも届きやしないんだ。理不尽な理由で家族を奪われた人の嘆きなんて。それが私ライナが今までの人生で学んできた最たるものだった。
「ライナさん、あなたも大変でしたね」
ええ、わかっておりますとも。そんな様子でかの先生はそうこちらに話題をむける。しかし、その目には労わりの色ではなく警戒の色が浮かんでいる。これはつまり私がきちんとこの国の洗脳に染まっているかを確認するためのものだ。
「ええ、そうなんです。
ですが、あの人はもう私とはなんの関係もない人物。
先生にお心配りをいただくこともございません」
その言葉にカラベリエートは満足そうに頷いた。ああ、やっぱり反吐が出る。
国立幼年学校。これは国の全ての子どもが行くことを義務とされる1年制の学校だ。ここで優秀な成績を残すとさらに上の学校にも行けるようになる。頭の硬いじーちゃんたちはこれを陛下のご慈悲だって言うけれど、そんなものではないと私は知っている。ようはただの洗脳のための場なのだ。魔力持ちは悪い人、陛下は慈悲深い人。そんな洗脳。なんの疑いもなくその洗脳にかかっている学友、と呼ばれる人達が私は気持ち悪くて仕方なかった。でも、そんな中。たった一人だけ心を許せる人がいた。
「いやー、今日も災難だったね、ライナ」
くすくすと笑いながら前を行くのは幼なじみのイクト。その手には今日も本が携えられている。
「本当よ、もう。
まあある意味勘が鋭いってことなんでしょうけど」
でも尻尾は出してやらない、そんな気持ちでべ、と舌を出す。バレたら叱責では済まないが要はバレなければいいのだ。
「エカーティさんが連れていかれて、もう8年か……」
エカーティ、もうその名を呼ぶ人さえ私とイクトしかいなくなってしまった大好きな私の姉。彼女は魔力持ちとして国に連れていかれたのだ。そうしてその5年後、帰ってきたのはたったの……。
「ああ、ごめん。
いやなこと思い出させた」
「ううん。
ねえ、イクト。
イクトは居なくならないでね………」
その私の言葉に今日も彼からの返事はない。お互いに分かっているのだ、その願いは果たされないと。
「人はその肉体が朽ちた時、魂が肉体から開放される。
そして魂は最後に親しいものへと別れを告げるのだ。
恐れてはいけない。
引き止めてはいけない。
生者はただそれを受け入れるのだ」
まだ声変わりをしていないイクトの高く澄んだ声ですらすらと紡がれていく言葉。それはイクトがいつも持っている本に書かれているものだ。
「また、それ?
ランカさんもそんなに持っていられるとは思わなかったんじゃない」
ふふ、と笑いがこぼれるのは許して欲しい。ランカさんの形見でもあるその本は本当にいつもイクトの手にあるのだ。イクトの姉のランカさん。彼女は姉の親友であり、同時に魔力持ちでもあった。普通はこんなに現れないはずなのに、と親達が嘆いていたのは今でも覚えている。
「ライナ。
僕は絶対に負けないよ、姉さんの為にも。
この国はおかしい」
ひっそりと周りに聞こえないように、でもキッパリとそうイクトは言う。仕方ないと親は言ったけれど、私のなかでもイクトのなかでも姉のことは決して終わってはいないのだ。だから、私は静かにうなずいた。
私の中には小さい頃から不思議な力があった。最初は訳が分からなかったそれも今ではもう慣れたものだ。その力とはここではない場所の様子が見れるというもの。このことを最初に姉に話した時、誰にも言ってはいけないよ、と言われた。
その時は意味が分からなかったけど、さすがに今ならわかる。これは私の魔力が起こしていることなんだ、と。
そしてこの力ゆえに私は見てしまったのだ、大好きな姉の最期を。魔力持ちが実際にはどんな扱いを受けていのかを。
許さないと、そう誓ったのはその時だった。
十分豊かなはずなのに際限のない欲望に領地を広げていこうとする国主。その犠牲になるのは魔力持ちであるのだと、私たちの平穏は忌み嫌う魔力持ちによって成り立っているのだとこの国のどれくらいの人は知っているのだろうか。
魔力持ちに人権などない。ゆえにただの便利な道具として国に使い潰されているのだ。
「ねえ、ライナ。
もうすぐだね、魔力検査」
いつものどこか飄々とした空気を潜ませてそういったのはイクト。そう、検査日である幼年学校卒業日が近づいているのだ。国の中枢に近かづこう、そう誓った私達はしっかりと優秀な成績を残している。これならきっと上級学校へといけるだろう。魔力さえなければ、だが。
「そうだね。
……魔力検査ってどうやるんだろう?」
ずっと疑問に思っていたことを口にするとイクトは首を横に振る。そう、当日まで、もっといえばその瞬間まで検査の方法は知らされないのだ。私は自分が魔力持ちだと確信しているが、その力はわかりやすいものではない。検査方法によってはきっとすり抜けられるだろう。だが、イクトは。
「きっと、これでお別れだねライナ。
でも、もしも試験の後にまた会えたなら。
ライナに受け取って欲しいものがあるんだ」
受け取ってほしいもの? 首を傾げるも今その答えを言う気はないようだ。満足したようにすたすたと先を行ってしまっている。私は慌ててその背を追いかけることとなってしまった。
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