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とうとう、セイラールさんのもとに赤ちゃんが生まれた。私たちが生まれた直後に会うことはやっぱり難しくて、侍女から生まれた、という話だけ聞いた。どうやら弟だったらしい。
「あいたいね」
「あいたいの?」
きっとリテマリアも会いたいだろうと声をかけると、きょとん、と首をかしげる。そっか、リテマリアは赤ちゃんと触れ合ったことないからピンとこないのか。と言っても、私もちゃんと理解できているわけではないけれど。
「弟様にお会いできるか、聞いてみますね」
私たちの様子をほほえましく見守っていた侍女はそのあとすぐに聞いてくれたようだった。エミルークさんが一緒にいるなら、という条件で少しだけ顔を見てもいい、と許可をもらえたのはその次の日のことだった。
「おなまえ、なんていうの?」
「まだ名付けられていないのです。
旦那様が明日お戻りになるので、そうしましたらきっと素敵な名前を付けますよ」
父様は弟が生まれたと聞いた次の日から出張中だった。先に付けておけば良かったのに、と思わなくもないが、まあ名付けには時間がかかるものか。ひとまず生まれたてほやほやの弟、楽しみ!
「こちらになります」
少しだけ廊下は肌寒くなってきたけれど、部屋の中は適度に温められている。まあ、私たちの部屋も一緒だけれど。そして、床にふかふかのマットが敷かれているのも一緒。一緒なことは多いけれど、やっぱり違う。部屋の中央にベビーベッドが置かれていて、ここにいるんだなってすぐに分かった。
恐る恐る、リテマリアとしっかり手をつないでベビーベッドに近づいていく。そしてベッドを覗くと、ぷくぷくのほっぺをした、小さい赤ちゃんがそこにいた。
か、か、かわいい……! ちょうど起きている時間だったようで、くりくりの瞳をこちらに向けている。
「さ、さわってもいい?」
「優しくですよ」
傍にいた乳母に許可をもらって、そっと赤ちゃんに手を伸ばす。小さい。かわいい。ほっぺやわらかい。すごい。私を真似してリテマリアもそっと手を伸ばす。赤ちゃんに触れるとすぐに手を引っ込めてじっと赤ちゃんを見つめていた。
「かわいい……」
うんうん、かわいいよね。二人でじっと弟を観察していると、少し乱暴に扉が開けられた。その音にびっくりしたのか、赤ちゃんが泣き声をあげる。誰⁉
「なぜ、あなたたちがここに……」
「セイラール様!
安静になさっていてください!」
そこにいたのは、疲れた顔をしているセイラールさん。出産したばかりだから、それは疲れているよね。ところでどうしてそんなに急いでこの部屋に?
「やめてよ!
この子に近づかないで」
入り口から走って赤ちゃんに近づくと、ばっと赤ちゃんを抱き上げる。ちょ、それは危ないのではないでしょうか⁉ 周りの人たちも唖然としていたけれど、すぐにセイラールさんに注意をする。
「この子は、私の子なの。
絶対に、渡さないんだから。
旦那様に、振り向いてもらうには、もうこの子しか……!」
「セイラール様。
その方をベッドに。
危ないですよ」
「嫌、嫌よ。
そしたら私から取り上げるんでしょう⁉
私が産んだ子なのよ」
「セイラール様!」
一体何が起きているのか。涙を流し、弟を離すまいとするセイラールさんにどうしたらいいのかわからなくなる。赤ちゃんをセイラールさんから取り上げるって、どういうこと? この子がセイラールさんの子なのはわかっている。私たちは別に弟をかわいがりたかっただけで、セイラールさんから取り上げたかったわけでは決してないのに。
違うんです、と弁解しようとした。だけれど、開いた口からは何も出てこない。気がつけば体が震えていた。それはリテマリアも一緒で。私たちは未だに声を荒げる女性がとても苦手なのだ。
「もうお部屋に戻りましょう?」
セイラールさんは未だに興奮していて、乳母の言葉もうまく耳に入っていないようだった。このままここにいても何もできないし、何よりリテマリアもかなり怖がっている。
何とかうなずくと、侍女が私たちを抱き上げてくれる。そのまま部屋を出ようとしたとき、セイラールさんと目があった。その目は一体何を訴えかけようとしていたのかはわからないが、憎悪が浮かんでいたわけではなかった。
その日からは、特にリテマリアが怖がって弟に会いに行くことは難しくなってしまった。でも、セイラールさんを刺激しないためにもそれが一番いいのかもしれない。後日、弟にはセスアルト、という名がついたことを教えてもらった。
「あいたいね」
「あいたいの?」
きっとリテマリアも会いたいだろうと声をかけると、きょとん、と首をかしげる。そっか、リテマリアは赤ちゃんと触れ合ったことないからピンとこないのか。と言っても、私もちゃんと理解できているわけではないけれど。
「弟様にお会いできるか、聞いてみますね」
私たちの様子をほほえましく見守っていた侍女はそのあとすぐに聞いてくれたようだった。エミルークさんが一緒にいるなら、という条件で少しだけ顔を見てもいい、と許可をもらえたのはその次の日のことだった。
「おなまえ、なんていうの?」
「まだ名付けられていないのです。
旦那様が明日お戻りになるので、そうしましたらきっと素敵な名前を付けますよ」
父様は弟が生まれたと聞いた次の日から出張中だった。先に付けておけば良かったのに、と思わなくもないが、まあ名付けには時間がかかるものか。ひとまず生まれたてほやほやの弟、楽しみ!
「こちらになります」
少しだけ廊下は肌寒くなってきたけれど、部屋の中は適度に温められている。まあ、私たちの部屋も一緒だけれど。そして、床にふかふかのマットが敷かれているのも一緒。一緒なことは多いけれど、やっぱり違う。部屋の中央にベビーベッドが置かれていて、ここにいるんだなってすぐに分かった。
恐る恐る、リテマリアとしっかり手をつないでベビーベッドに近づいていく。そしてベッドを覗くと、ぷくぷくのほっぺをした、小さい赤ちゃんがそこにいた。
か、か、かわいい……! ちょうど起きている時間だったようで、くりくりの瞳をこちらに向けている。
「さ、さわってもいい?」
「優しくですよ」
傍にいた乳母に許可をもらって、そっと赤ちゃんに手を伸ばす。小さい。かわいい。ほっぺやわらかい。すごい。私を真似してリテマリアもそっと手を伸ばす。赤ちゃんに触れるとすぐに手を引っ込めてじっと赤ちゃんを見つめていた。
「かわいい……」
うんうん、かわいいよね。二人でじっと弟を観察していると、少し乱暴に扉が開けられた。その音にびっくりしたのか、赤ちゃんが泣き声をあげる。誰⁉
「なぜ、あなたたちがここに……」
「セイラール様!
安静になさっていてください!」
そこにいたのは、疲れた顔をしているセイラールさん。出産したばかりだから、それは疲れているよね。ところでどうしてそんなに急いでこの部屋に?
「やめてよ!
この子に近づかないで」
入り口から走って赤ちゃんに近づくと、ばっと赤ちゃんを抱き上げる。ちょ、それは危ないのではないでしょうか⁉ 周りの人たちも唖然としていたけれど、すぐにセイラールさんに注意をする。
「この子は、私の子なの。
絶対に、渡さないんだから。
旦那様に、振り向いてもらうには、もうこの子しか……!」
「セイラール様。
その方をベッドに。
危ないですよ」
「嫌、嫌よ。
そしたら私から取り上げるんでしょう⁉
私が産んだ子なのよ」
「セイラール様!」
一体何が起きているのか。涙を流し、弟を離すまいとするセイラールさんにどうしたらいいのかわからなくなる。赤ちゃんをセイラールさんから取り上げるって、どういうこと? この子がセイラールさんの子なのはわかっている。私たちは別に弟をかわいがりたかっただけで、セイラールさんから取り上げたかったわけでは決してないのに。
違うんです、と弁解しようとした。だけれど、開いた口からは何も出てこない。気がつけば体が震えていた。それはリテマリアも一緒で。私たちは未だに声を荒げる女性がとても苦手なのだ。
「もうお部屋に戻りましょう?」
セイラールさんは未だに興奮していて、乳母の言葉もうまく耳に入っていないようだった。このままここにいても何もできないし、何よりリテマリアもかなり怖がっている。
何とかうなずくと、侍女が私たちを抱き上げてくれる。そのまま部屋を出ようとしたとき、セイラールさんと目があった。その目は一体何を訴えかけようとしていたのかはわからないが、憎悪が浮かんでいたわけではなかった。
その日からは、特にリテマリアが怖がって弟に会いに行くことは難しくなってしまった。でも、セイラールさんを刺激しないためにもそれが一番いいのかもしれない。後日、弟にはセスアルト、という名がついたことを教えてもらった。
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