133 / 193
2章 学園生活
133話 とある侍女の思い出
しおりを挟むここがチェルビース公爵様のお屋敷……。今まではずっと遠くに見てきたお屋敷の大きさに、思わず固まってしまう。
でも、やっと。やっと認めてもらったのだ。ずっとこのお屋敷で働くお母さんやお父さんにあこがれてきた。でも、まだ幼くてお仕事なんてとてもできないからと、私はずっと家でお留守番だったのだ。
家のお嬢様のご年齢が私と近ければ、遊び相手としてお屋敷に通っていたかもしれないけれど、唯一のお嬢様であるアリストリア様はもうご成人しているから大分年上なのだ。
「ルナベーク、早くこちらへいらっしゃい」
「は、はい!」
まだ真新しい侍女服を握りしめると、私はお母さんの背中を追いかけた。
「あら、あなたがルーゼリアの娘?」
連れてこられた先はアリストリア様のお部屋。お母さんはアリストリア様の専属侍女をしているのだ。
「る、ルナベレーク、と申します。
よろしくお願いいたします」
教えられたとおりに何とか礼をする。いわれて顔を上げると、アリストリア様はとても柔らかい笑みを浮かべて私を見ていた。
「ええ、よろしくね。
私が嫁ぐまでの短い間にはなってしまうけれど……」
そういってアリストリア様は少し顔を曇らせる。今回のご結婚は相手側の強い要望の元、成立したと聞いていたけれど、やっぱり乗り気ではないのだろうか。
表情が少し気になったけれど、聞けるはずもなかった。
「ルーゼリア、お茶を入れてくれないかしら。
ルナベレークの分も」
「お嬢様!
娘は侍女見習いとしてこちらに来たのです。
ともにお茶を、なんて……」
「いいじゃない。
私、妹が欲しいなって思っていたのよ」
あ、アリストリア様とお茶⁉ なんて恐れ多いことを。
「アリストリア様!
あの、私何か仕事を……」
「あなたの仕事は私とお茶を飲むことよ」
ね? と言い切るアリストリア様に私もお母さんもそれ以上は強く言えない。結果、なぜか主と席とともにしてしまった。
お茶を飲み、お菓子を食べる。その間も私はずっと緊張しっぱなしだった。だって、まさか初めてお屋敷に来て、こんなことになるなんて思うはずがない。どうしてこうなった??
結局その日は侍女としての仕事は何もせず、一日アリストリア様の話し相手としてかわいがってもらっただけで終わってしまった。
次の日もお母さんとお父さんと一緒にお屋敷に行く。もう一人置いて行かれないで済むのは正直とても嬉しいのだ。でも、今日はどういう風に過ごすのだろう。
「ねえ、ルナベレーク。
昨日一日、私と一緒に過ごしてみてどうだった?」
「どう、ですか?
その、アリストリア様とともに過ごせてとても幸せでした」
なんと答えるのが正解かわからなくて、とりあえずぱっと思い浮かんだことを口にする。すると、アリストリア様は想定外のことを言われたかのように、きょとんとしてしまった。これは間違えたか。
失敗した、と謝ろうとする直前。驚いたことに聞こえてきたのはアリストリア様の控えめな笑い声だったのだ。
「ふ、ふふ。
あなたってとても面白いわ。
そんなことを言われるなんて思ってもいなかったもの。
でも、ありがとう」
今までもアリストリア様はおしとやかに微笑んでいた。でも、今は。周りの目なんて気にしていないように、アリストリア様はただ楽しそうに笑っていらしている?
「あのね、昨日は体験してもらおうと思ったのよ。
あなたがこれから仕える『お嬢様』という存在がどんな日常を送っているかを。
本当は私の専属として徐々に教えていければよかったのだけれど。
私はもうすぐ嫁いで行ってしまうでしょう?」
だから、とアリストリア様は言う。どうして、こんなにもただの使用人である私に心を砕いてくださるのだろうか。
「なぜ、なぜこんなことをしてくださるのですか?」
「ルーゼリアは私にとっても大切な人ですから。
もちろん、ルナベレークも。
でも、私のほうが大切なものをもらってしまったわね」
にこやかに笑いながら、そういうアリストリア様はとても美しかったのだ。
「私、誠心誠意アリストリア様にお仕えいたします」
それがたとえ限られた時間だったとしても。
その日から一年もしないよく晴れた日。アリストリア様は嫁いで行かれた。そしてそれ以来二度と会うことはなかったが、アリストリア様に誓った思いは今だに胸の中にある。
そして今、私の目の前にはアリストリア様によく似たお嬢様がいる。バーセリク侯爵への思いはきっと一生消えないけれど。もう二度とアリストリア様にお仕えできないのならば、その分もきっとこの方にお仕えしましょう。だから安心してください、アリストリア様。
10
お気に入りに追加
1,212
あなたにおすすめの小説
溺愛されている妹がお父様の子ではないと密告したら立場が逆転しました。ただお父様の溺愛なんて私には必要ありません。
木山楽斗
恋愛
伯爵令嬢であるレフティアの日常は、父親の再婚によって大きく変わることになった。
妾だった継母やその娘である妹は、レフティアのことを疎んでおり、父親はそんな二人を贔屓していた。故にレフティアは、苦しい生活を送ることになったのである。
しかし彼女は、ある時とある事実を知ることになった。
父親が溺愛している妹が、彼と血が繋がっていなかったのである。
レフティアは、その事実を父親に密告した。すると調査が行われて、それが事実であることが判明したのである。
その結果、父親は継母と妹を排斥して、レフティアに愛情を注ぐようになった。
だが、レフティアにとってそんなものは必要なかった。継母や妹ともに自分を虐げていた父親も、彼女にとっては排除するべき対象だったのである。
私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?
新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。
※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!
悪役令嬢は冷徹な師団長に何故か溺愛される
未知香
恋愛
「運命の出会いがあるのは今後じゃなくて、今じゃないか? お前が俺の顔を気に入っていることはわかったし、この顔を最大限に使ってお前を落とそうと思う」
目の前に居る、黒髪黒目の驚くほど整った顔の男。
冷徹な師団長と噂される彼は、乙女ゲームの攻略対象者だ。
だけど、何故か私には甘いし冷徹じゃないし言葉遣いだって崩れてるし!
大好きだった乙女ゲームの悪役令嬢に転生していた事に気がついたテレサ。
断罪されるような悪事はする予定はないが、万が一が怖すぎて、攻略対象者には近づかない決意をした。
しかし、決意もむなしく攻略対象者の何故か師団長に溺愛されている。
乙女ゲームの舞台がはじまるのはもうすぐ。無事に学園生活を乗り切れるのか……!
忘れられた妻
毛蟹葵葉
恋愛
結婚初夜、チネロは夫になったセインに抱かれることはなかった。
セインは彼女に積もり積もった怒りをぶつけた。
「浅ましいお前の母のわがままで、私は愛する者を伴侶にできなかった。それを止めなかったお前は罪人だ。顔を見るだけで吐き気がする」
セインは婚約者だった時とは別人のような冷たい目で、チネロを睨みつけて吐き捨てた。
「3年間、白い結婚が認められたらお前を自由にしてやる。私の妻になったのだから飢えない程度には生活の面倒は見てやるが、それ以上は求めるな」
セインはそれだけ言い残してチネロの前からいなくなった。
そして、チネロは、誰もいない別邸へと連れて行かれた。
三人称の練習で書いています。違和感があるかもしれません
元侯爵令嬢は冷遇を満喫する
cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。
しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は
「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」
夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。
自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。
お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。
本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。
※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります
※作者都合のご都合主義です。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。
せいめ
恋愛
メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。
頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。
ご都合主義です。誤字脱字お許しください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる