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5章 ダンジョン
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気が付いたときには疑問を口にしていた。
「あの、どうして母は皇帝の側妃になったのでしょうか?」
わからない、そう返ってくるかと思ったのにリーンスタさんは俺の質問に考え込む。少しして、確実なことはわからないけれど、と付け加えたうえで教えてくれた。
「リゼッタが皇帝に嫁ぐことを私が知ったのはリゼッタの精霊の嘆きからだった。
各地を回っている私たちでもあまり皇国は寄らない。
でも、リゼッタは好奇心と行動力で皇国に足を踏み入れたようだ。
その先で、一体どんな偶然の結果か皇帝に見初められてしまった、と。
そのあとは早かった。
リゼッタは無理に皇宮へと召し上げられ、側妃になっていた。
そして我々がその情報を得ることができたときにはもう、リゼッタは助け出すことが難しい皇宮の奥にいた。
なんとかして救い出せないか、あの時はそればかり考えていたよ」
ああ、そうだよね。この結婚が母の望んだものであるはずがない。そんなこと、わかっていたはずなのに。
「我々の強みである精霊、その力を借りることもできずに、そのままリゼッタは亡くなってしまった……。
あの時のことは悔やんでも悔やみきれない」
ぐっと拳を握りこんだ様子にリーンスタさんの怒りが伝わってくる。そんなリーンスタさんを見ながら、少しだけ考えてしまう。初めから何となくわかっていたことではあったけれど。きっと、母は俺や兄を望んで孕んだのではないのだろう、と。母には確かに愛してもらっていた。大変なこともあったが母と二人のあの時間も好きだった。ただ、母は苦しかったのだろうか。自分を追い詰めた相手である皇帝の暴挙の結果である俺たちの存在は母にとってどういったものだったのだろうか。もしも、俺が産まれたときに精霊が祝福に来なければ、母は俺のことを……。
「スーベルハーニ?」
すぐ近くで聞こえたリーンスタさんの声にハッとする。いつの間にかうつむいていた顔をあげると、リーンスタさんがこちらを心配げに見ていた。
「あ、何でも……」
ない、そう言い切ろうとしたはずなのに言葉が消えていく。気が付けば俺は先ほど考えてしまったことをつい口に出してしまっていた。初めて会う伯父と名乗ったこの人の、今この皇国で誰よりも母を知っているこの人の、意見をききたかったのかもしれない。
「それはないよ、スーベルハーニ。
確かにリゼッタはあいつには苦しめられたかもしれない。
だが、あの子は自分の子を愛していたよ、絶対に。
我が一族の子、それだけで我々は隣人の子すら愛おしむ。
自分の子が愛おしくないはずがない」
だから、自信を持つんだ。そうリーンスタさんは付け加えた。言葉にはしなかったその先に、母のためにもという言葉が続いた気がした。
「……君の兄の話も、聞かせてくれないか?
名はなんという?」
少ししてリーンスタさんはそういった。そうか、兄の名も知らなかったのか。
「兄の名は、スランクレト、と言います。
兄は騎士で、とても頼りになる方でした。
ここに来るときに通った寮、あそこで暮らしていたんです。
今も多くの方に慕われていて……」
初めは淡々と話していたはずだった。でも、話しているうちにどうしてだろう、どんどん声が震えていく。口に出すたびにその光景が浮かんでいく。ああ、リキートやモンラース皇子と話しているときはこんなではなかったのに。穏やかな気持ちだったのに。
「そうか、会ってみたかったな……」
言いながら、リーンスタさんは俺のことを抱きしめてくれる。俺よりも年上の人の抱擁はなぜかひどく安心できて。そこから香ってくるものにどこか懐かしい記憶が刺激される。瞼を閉じると、幼いころ母の膝の上に乗りながら大好きだと笑いあった記憶。そこに久しぶりに帰った兄も合流して、最後はなんだかよくわからないことになっていた。
そうだ、この人から香ってくるのはあの母と似た匂いなのだ。
ああ、それに。どうして俺はそんな日々を忘れていたんだろうか。どうして俺はあんなに愛を注いでくれた母を一瞬でも疑ったのだろうか。
俺が泣き止むまでリーンスタさんはただ黙って抱きしめ続けてくれた。
「ここに案内してくれてありがとう。
ようやくリゼッタ、そしてスランクレトと会えたよ。
……もう戻ろうか」
いつの間にか日は傾いていて、夕日を浴びる花々が美しい。また会いに来るね、そう心の中で言って俺たちは皇宮へと戻っていった。
「あの、どうして母は皇帝の側妃になったのでしょうか?」
わからない、そう返ってくるかと思ったのにリーンスタさんは俺の質問に考え込む。少しして、確実なことはわからないけれど、と付け加えたうえで教えてくれた。
「リゼッタが皇帝に嫁ぐことを私が知ったのはリゼッタの精霊の嘆きからだった。
各地を回っている私たちでもあまり皇国は寄らない。
でも、リゼッタは好奇心と行動力で皇国に足を踏み入れたようだ。
その先で、一体どんな偶然の結果か皇帝に見初められてしまった、と。
そのあとは早かった。
リゼッタは無理に皇宮へと召し上げられ、側妃になっていた。
そして我々がその情報を得ることができたときにはもう、リゼッタは助け出すことが難しい皇宮の奥にいた。
なんとかして救い出せないか、あの時はそればかり考えていたよ」
ああ、そうだよね。この結婚が母の望んだものであるはずがない。そんなこと、わかっていたはずなのに。
「我々の強みである精霊、その力を借りることもできずに、そのままリゼッタは亡くなってしまった……。
あの時のことは悔やんでも悔やみきれない」
ぐっと拳を握りこんだ様子にリーンスタさんの怒りが伝わってくる。そんなリーンスタさんを見ながら、少しだけ考えてしまう。初めから何となくわかっていたことではあったけれど。きっと、母は俺や兄を望んで孕んだのではないのだろう、と。母には確かに愛してもらっていた。大変なこともあったが母と二人のあの時間も好きだった。ただ、母は苦しかったのだろうか。自分を追い詰めた相手である皇帝の暴挙の結果である俺たちの存在は母にとってどういったものだったのだろうか。もしも、俺が産まれたときに精霊が祝福に来なければ、母は俺のことを……。
「スーベルハーニ?」
すぐ近くで聞こえたリーンスタさんの声にハッとする。いつの間にかうつむいていた顔をあげると、リーンスタさんがこちらを心配げに見ていた。
「あ、何でも……」
ない、そう言い切ろうとしたはずなのに言葉が消えていく。気が付けば俺は先ほど考えてしまったことをつい口に出してしまっていた。初めて会う伯父と名乗ったこの人の、今この皇国で誰よりも母を知っているこの人の、意見をききたかったのかもしれない。
「それはないよ、スーベルハーニ。
確かにリゼッタはあいつには苦しめられたかもしれない。
だが、あの子は自分の子を愛していたよ、絶対に。
我が一族の子、それだけで我々は隣人の子すら愛おしむ。
自分の子が愛おしくないはずがない」
だから、自信を持つんだ。そうリーンスタさんは付け加えた。言葉にはしなかったその先に、母のためにもという言葉が続いた気がした。
「……君の兄の話も、聞かせてくれないか?
名はなんという?」
少ししてリーンスタさんはそういった。そうか、兄の名も知らなかったのか。
「兄の名は、スランクレト、と言います。
兄は騎士で、とても頼りになる方でした。
ここに来るときに通った寮、あそこで暮らしていたんです。
今も多くの方に慕われていて……」
初めは淡々と話していたはずだった。でも、話しているうちにどうしてだろう、どんどん声が震えていく。口に出すたびにその光景が浮かんでいく。ああ、リキートやモンラース皇子と話しているときはこんなではなかったのに。穏やかな気持ちだったのに。
「そうか、会ってみたかったな……」
言いながら、リーンスタさんは俺のことを抱きしめてくれる。俺よりも年上の人の抱擁はなぜかひどく安心できて。そこから香ってくるものにどこか懐かしい記憶が刺激される。瞼を閉じると、幼いころ母の膝の上に乗りながら大好きだと笑いあった記憶。そこに久しぶりに帰った兄も合流して、最後はなんだかよくわからないことになっていた。
そうだ、この人から香ってくるのはあの母と似た匂いなのだ。
ああ、それに。どうして俺はそんな日々を忘れていたんだろうか。どうして俺はあんなに愛を注いでくれた母を一瞬でも疑ったのだろうか。
俺が泣き止むまでリーンスタさんはただ黙って抱きしめ続けてくれた。
「ここに案内してくれてありがとう。
ようやくリゼッタ、そしてスランクレトと会えたよ。
……もう戻ろうか」
いつの間にか日は傾いていて、夕日を浴びる花々が美しい。また会いに来るね、そう心の中で言って俺たちは皇宮へと戻っていった。
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