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1章 皇国での日々
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「スー皇子、今日も訓練参加すんのか?」
「あ、はい。
お願いします」
おうよ、とにかっと笑ってくれるのはレッツ。あの後、無事に自己紹介をしたのだけれど、なぜかその時にこの方が僕のことをスー、と呼び始めたのだ。曰く、スーベルハーニは長い! と兄上と同じスーハルと呼ぼうとしていたのだけれど、僕が拒否したのだ。何となく、そう呼ぶのは兄上と母上が良かったから。気分を悪くされてもおかしくないのに、ならスーでいいか? と言ってくれたのだ。
兄上とリヒト殿はちょっと待て、と止めていたけれど、僕は特に気にしない。結果、ほかの人がいるところではきちんと呼ぶ、で決まったのだ。そして、なにもしていなくても暇だから、と一緒に訓練にも参加することに。始めは少し遠巻きに見られていた気がしたけれど、今では結構なかよくなれたかな。
「はは、スー皇子、それじゃあだめだよ。
ほら、すぐに体勢が崩れる」
「ぐっ」
「もっと腰を入れないと」
今まで素振りしかしたことなかったんだもの。そりゃ打ち合いをしたら弱いよ……。今も木刀をはらわれただけで簡単に体勢崩れたし。
「でも、真剣にやっているから、ちゃんと続ければ上達できるよ」
「いつも付き合っていただきありがとうございます」
「全然!」
訓練の邪魔だよね、正直。でも、誰も文句を言わないでいてくれる。笑顔で付き合ってくれる。それが本当にありがたい。兄上は忙しくて、いつもここにいられるわけではないから。
「いたっ」
うっ、思いっきり腕に当たった! 力加減をしていない一撃は重い。腕がびりびりする。あ、痛すぎて涙出てきた……。
「ごめん、冷やさないと!」
すぐに冷やしたタオルがあてられる。少しましになったかも……。でもやっぱり痛い。
「スー皇子、あのね。
こういうときに涙を流してはいけないよ。
前が見えなくなるから危険だ」
僕の腕を冷やしながら、まっすぐに目を見て言われる。確かにそうだ。それに。
「こんな歳になって泣いてばかりで恥ずかしい……。
兄上の前でも泣いちゃったし、反省」
「隊長の前で?
なんで泣いたんですか?」
「母上がなくなって、それで……」
今更ながらあんなに号泣して恥ずかしい。兄上は泣いてなかったのに。
「それは泣いていいんですよ。
故人のためにも、自分の気持ちの為にも泣かないと。
人を想って泣くのは大切です」
だからいいんです。そう言い聞かせてくれる。そっか、泣いてよかったんだ。
「ただ、戦いの場では痛くても辛くても泣いてはダメです。
視界が歪むと自分すら守れなくなりますから」
「はい!」
さあ、痛みも引いたし気合を入れて再開だ! それなのにその気持ちを数分で砕く人物が表れてしまった……。
「は、なんだ。
こんな奴らにも負けるのか、お前は」
「……、こんにちは、ルックアラン皇子」
はっ、と嫌味たらしいこの人物、また来たのか。本当に兄上の言った通りというか、暇人だよね。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
「スーハル、ここに移動したことで一つ注意してほしいことがあるんだ」
ここへ来た翌日、急に真剣な顔で兄上は話を切り出した。もちろん何を言われるのだろう、とこちらも真剣な顔になる。
「ここは、今まで暮らしてきた離宮よりもずっと皇宮に近い。
だからあそこよりもずっと、面倒な人がやってくる可能性が高い。
特に厄介なのが、ルックアラン・アナベルク。
皇后の息子だ」
「ルックアラン……」
あの皇后の子。うん、関わりたくないですね。そして、兄上とは呼びたくない。
「ルックアラン皇子と呼ぶことにします」
あ、つい本音が漏れた。まあ、兄上は笑っているからいいか。それでいいよ、と言ってくれているし、うん。
「僕の兄上は、兄上だけですから」
「ふふ、嬉しいことを言ってくれる。
俺にとっての兄弟もスーハルだけだよ」
そういった兄上の目が、本当に僕を慈しむように見ていて。唯一の兄弟が、こんな優しい兄でよかった、と心からそう思った。
「ひとまず、あの人は皇后に甘やかされて育ったからか、なんというか残念な人なんだ。
自分が偉いと、きっと疑いもなく思っている。
それに我々と違って後ろ盾が強い。
そういう環境で育ったら、まあ、ああ成長するよな、という感じだ。
基本暇人だから、きっとここにも何度かスーハルを茶化しに来るだろうな……」
そんな会話があった後、兄上もリヒトもいないということで僕は騎士団の訓練に参加させてもらっていた。まあ、もちろんダメダメなんだけれど。それでも快く引き受けてくれた。話によると、第12部隊と呼ばれるここは騎士団のなかでも平民が多いらしい。ここの長が兄上ということで、みんな兄上のことを隊長と呼んでいるのだ。
そして副隊長がリヒト。これ、かなり異例らしい。この第12部隊は騎士団の中でも厄介者というか、あまり相手にされていないというか、とにかく花形ではない。だから、貴族は基本配属されないらしい。なのに第3皇子である兄上が隊長を務めているなんて、と隊員が以前愚痴をこぼしていたのだ。
まあ、そんな不遇の中でも兄上は着実に結果を残して、皇帝の目にとまっているらしいけれど。
「おい、お前がスーベルハーニか?」
急に聞こえてきた不遜な態度が伝わってくる声。初めて会う人なのに、いきなり呼び捨てとかかなり失礼では? そう思って視線を声の方に向けると、そこにいたのは自分と同じ蒼の瞳を持つ青年だった。あ、この人がきっとルックアラン皇子だ。なぜかすぐにわかってしまった。
「はい、そうです。
初めてお目にかかります、ルックアラン皇子」
決して兄とは呼ばない、そんな思いの元わざとらしく皇子、を強調してみる。でも、なぜか不機嫌にならずに、むしろ上機嫌な感じがする。あ、この人結構馬鹿? もちろんそう思ったことは口にも態度にも出しませんけど。
「ふん、よく俺のことが分かったな。
それに立場もわきまえているらしい。
母上がお前はどうしようもない不出来だ、とおしゃっていたが少しは見直してやろう」
うーわー。もしかして、くらいの気持ちだったけれど、確定ですね。お付き合いしている皆さんもお疲れ様です。少し同情を込めて近衛騎士と思われる人に視線を向ける。ああ、苦笑いしてらっしゃる。
「ありがとうございます」
こういうお坊ちゃんは機嫌を取っておくに限る!
「それにしても、そんな下民とともに暮らすなど、程度が知れるな。
せいぜい我が皇族の地位を落とす振る舞いはするなよ」
え、それはご自分のことですか? なんて言い返すこともできず、はい、と殊勝な返事を返す。すると、お坊ちゃまは満足げに帰って行かれました。あの人、本当にやばい。
そしてなぜか坊ちゃまはその後も何度かここに足を運ぶようになってしまうのだ。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
ふ、現実逃避しても目の前からいなくならないか……。
「スーベルハーニ皇子、その、頑張ってください」
ああ、相手に聞こえないようにひそめた声でもそれを聞けて嬉しいよ……。ひとまず早々にお引き取り願いたい。切実に。
「ふふ、俺などその年にはすでに騎士も相手にならないほどに強かったというのに。
その底辺のごろつき共にも勝てぬとはさすが落ちこぼれ。
せいぜいあがいていればよい」
それは絶対に相手の方気を使っていますね。かわいそうに。本当のことを言っても誰も得しないので黙っているけれど。
「次にきてやる時にはその腕をより磨いておくのだな。
せめてそこのやつらには勝てるように」
ではな、というと去っていく。これで邪魔されることもないし安心だ。本当に何をしに来たんだか。お付きの騎士だって毎回困った顔されているし。今日も去っていく皇子を追いかけるために、律義にこちらに一礼してから場を離れた。
「あれ見ているほんと、俺近衛騎士になれなくてよかったって思うわ」
本当に、とうなずく人多数。あれは本来の仕事ではないはずなのに、こちらへも気を配らないといけないと大変ですよね、本当に。
「あ、はい。
お願いします」
おうよ、とにかっと笑ってくれるのはレッツ。あの後、無事に自己紹介をしたのだけれど、なぜかその時にこの方が僕のことをスー、と呼び始めたのだ。曰く、スーベルハーニは長い! と兄上と同じスーハルと呼ぼうとしていたのだけれど、僕が拒否したのだ。何となく、そう呼ぶのは兄上と母上が良かったから。気分を悪くされてもおかしくないのに、ならスーでいいか? と言ってくれたのだ。
兄上とリヒト殿はちょっと待て、と止めていたけれど、僕は特に気にしない。結果、ほかの人がいるところではきちんと呼ぶ、で決まったのだ。そして、なにもしていなくても暇だから、と一緒に訓練にも参加することに。始めは少し遠巻きに見られていた気がしたけれど、今では結構なかよくなれたかな。
「はは、スー皇子、それじゃあだめだよ。
ほら、すぐに体勢が崩れる」
「ぐっ」
「もっと腰を入れないと」
今まで素振りしかしたことなかったんだもの。そりゃ打ち合いをしたら弱いよ……。今も木刀をはらわれただけで簡単に体勢崩れたし。
「でも、真剣にやっているから、ちゃんと続ければ上達できるよ」
「いつも付き合っていただきありがとうございます」
「全然!」
訓練の邪魔だよね、正直。でも、誰も文句を言わないでいてくれる。笑顔で付き合ってくれる。それが本当にありがたい。兄上は忙しくて、いつもここにいられるわけではないから。
「いたっ」
うっ、思いっきり腕に当たった! 力加減をしていない一撃は重い。腕がびりびりする。あ、痛すぎて涙出てきた……。
「ごめん、冷やさないと!」
すぐに冷やしたタオルがあてられる。少しましになったかも……。でもやっぱり痛い。
「スー皇子、あのね。
こういうときに涙を流してはいけないよ。
前が見えなくなるから危険だ」
僕の腕を冷やしながら、まっすぐに目を見て言われる。確かにそうだ。それに。
「こんな歳になって泣いてばかりで恥ずかしい……。
兄上の前でも泣いちゃったし、反省」
「隊長の前で?
なんで泣いたんですか?」
「母上がなくなって、それで……」
今更ながらあんなに号泣して恥ずかしい。兄上は泣いてなかったのに。
「それは泣いていいんですよ。
故人のためにも、自分の気持ちの為にも泣かないと。
人を想って泣くのは大切です」
だからいいんです。そう言い聞かせてくれる。そっか、泣いてよかったんだ。
「ただ、戦いの場では痛くても辛くても泣いてはダメです。
視界が歪むと自分すら守れなくなりますから」
「はい!」
さあ、痛みも引いたし気合を入れて再開だ! それなのにその気持ちを数分で砕く人物が表れてしまった……。
「は、なんだ。
こんな奴らにも負けるのか、お前は」
「……、こんにちは、ルックアラン皇子」
はっ、と嫌味たらしいこの人物、また来たのか。本当に兄上の言った通りというか、暇人だよね。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
「スーハル、ここに移動したことで一つ注意してほしいことがあるんだ」
ここへ来た翌日、急に真剣な顔で兄上は話を切り出した。もちろん何を言われるのだろう、とこちらも真剣な顔になる。
「ここは、今まで暮らしてきた離宮よりもずっと皇宮に近い。
だからあそこよりもずっと、面倒な人がやってくる可能性が高い。
特に厄介なのが、ルックアラン・アナベルク。
皇后の息子だ」
「ルックアラン……」
あの皇后の子。うん、関わりたくないですね。そして、兄上とは呼びたくない。
「ルックアラン皇子と呼ぶことにします」
あ、つい本音が漏れた。まあ、兄上は笑っているからいいか。それでいいよ、と言ってくれているし、うん。
「僕の兄上は、兄上だけですから」
「ふふ、嬉しいことを言ってくれる。
俺にとっての兄弟もスーハルだけだよ」
そういった兄上の目が、本当に僕を慈しむように見ていて。唯一の兄弟が、こんな優しい兄でよかった、と心からそう思った。
「ひとまず、あの人は皇后に甘やかされて育ったからか、なんというか残念な人なんだ。
自分が偉いと、きっと疑いもなく思っている。
それに我々と違って後ろ盾が強い。
そういう環境で育ったら、まあ、ああ成長するよな、という感じだ。
基本暇人だから、きっとここにも何度かスーハルを茶化しに来るだろうな……」
そんな会話があった後、兄上もリヒトもいないということで僕は騎士団の訓練に参加させてもらっていた。まあ、もちろんダメダメなんだけれど。それでも快く引き受けてくれた。話によると、第12部隊と呼ばれるここは騎士団のなかでも平民が多いらしい。ここの長が兄上ということで、みんな兄上のことを隊長と呼んでいるのだ。
そして副隊長がリヒト。これ、かなり異例らしい。この第12部隊は騎士団の中でも厄介者というか、あまり相手にされていないというか、とにかく花形ではない。だから、貴族は基本配属されないらしい。なのに第3皇子である兄上が隊長を務めているなんて、と隊員が以前愚痴をこぼしていたのだ。
まあ、そんな不遇の中でも兄上は着実に結果を残して、皇帝の目にとまっているらしいけれど。
「おい、お前がスーベルハーニか?」
急に聞こえてきた不遜な態度が伝わってくる声。初めて会う人なのに、いきなり呼び捨てとかかなり失礼では? そう思って視線を声の方に向けると、そこにいたのは自分と同じ蒼の瞳を持つ青年だった。あ、この人がきっとルックアラン皇子だ。なぜかすぐにわかってしまった。
「はい、そうです。
初めてお目にかかります、ルックアラン皇子」
決して兄とは呼ばない、そんな思いの元わざとらしく皇子、を強調してみる。でも、なぜか不機嫌にならずに、むしろ上機嫌な感じがする。あ、この人結構馬鹿? もちろんそう思ったことは口にも態度にも出しませんけど。
「ふん、よく俺のことが分かったな。
それに立場もわきまえているらしい。
母上がお前はどうしようもない不出来だ、とおしゃっていたが少しは見直してやろう」
うーわー。もしかして、くらいの気持ちだったけれど、確定ですね。お付き合いしている皆さんもお疲れ様です。少し同情を込めて近衛騎士と思われる人に視線を向ける。ああ、苦笑いしてらっしゃる。
「ありがとうございます」
こういうお坊ちゃんは機嫌を取っておくに限る!
「それにしても、そんな下民とともに暮らすなど、程度が知れるな。
せいぜい我が皇族の地位を落とす振る舞いはするなよ」
え、それはご自分のことですか? なんて言い返すこともできず、はい、と殊勝な返事を返す。すると、お坊ちゃまは満足げに帰って行かれました。あの人、本当にやばい。
そしてなぜか坊ちゃまはその後も何度かここに足を運ぶようになってしまうのだ。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
ふ、現実逃避しても目の前からいなくならないか……。
「スーベルハーニ皇子、その、頑張ってください」
ああ、相手に聞こえないようにひそめた声でもそれを聞けて嬉しいよ……。ひとまず早々にお引き取り願いたい。切実に。
「ふふ、俺などその年にはすでに騎士も相手にならないほどに強かったというのに。
その底辺のごろつき共にも勝てぬとはさすが落ちこぼれ。
せいぜいあがいていればよい」
それは絶対に相手の方気を使っていますね。かわいそうに。本当のことを言っても誰も得しないので黙っているけれど。
「次にきてやる時にはその腕をより磨いておくのだな。
せめてそこのやつらには勝てるように」
ではな、というと去っていく。これで邪魔されることもないし安心だ。本当に何をしに来たんだか。お付きの騎士だって毎回困った顔されているし。今日も去っていく皇子を追いかけるために、律義にこちらに一礼してから場を離れた。
「あれ見ているほんと、俺近衛騎士になれなくてよかったって思うわ」
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