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ユウ渡界編
隊長任命
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精霊界 とある地下 広間
光が全くない広間にキィィ…と重厚な扉を開く音が響き渡る。音を響かせた人物は息をつくと指を鳴らして広間中に明りを灯す。それまで暗闇だった空間に光が灯されたことにより広間の装飾と精霊の全体像も明らかになる。
広間は中世ヨーロッパの屋敷のような装飾。床一面には謎の魔法陣というアンバランスな空間。さらには中央に鎮座している円鏡が余計に恐怖感を煽らせる要因になっている。が、精霊は臆することなく鏡まで向かう。
精霊は深緑の髪を襟足まで伸ばし毛先をはねさせていない。そこだけ見れば近寄りがたい印象があるが、ぴょんと飛び出ているアホ毛と少し長い前髪に隠れている童顔により相殺となる。が、この広間に入室できる精霊は精霊界では一人だけである。この時点で精霊の立場はおおよそ察せられる。
精霊は謎の鏡に魔力を注ぎながら何かをつぶやく。魔力を注がれた鏡は薄く光りだし写す部分が白く濁る。暫くすると鏡に黒い文字が浮かび上がる。
〈精霊 騎士 ネリネ
孤独な精霊は血を纏い復讐に縋る〉
意味不明な単語を並べる鏡に、しかし精霊は鏡に浮き上がった文字を見て脳内に一人の精霊を思い浮かべる。
(また仕事中毒になるな…)
頭が痛いと言うように額に手を当てた精霊は数瞬して両手に妖精を召喚する。
「リズ。お前はアリーグ副団長のもとへ、フェイはウォターロルス騎士団長のもとへ行き、今すぐ精霊長室に来てほしいと伝えてきてほしい」
「はい!」
「任せろ!」
妖精―リズとフェイは召喚主の命令に従い広間から去り、精霊もまたを明かりをすべて消して広間を去った。
去ったあと円鏡がまたぼんやりと光り、ネリネの花を写すのだった。
✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿
精霊界 スピリル騎士団寄宿舎・騎士団長室
リズとフェイは探し人が同じ空間にいると妖精特有の察知能力で知り、二人で向かっていた。
この二人が探している人物たちは国が誇るスピリル騎士団の団長と副団長である。普段から大量の魔物討伐依頼に鍛錬に実践訓練のカリキュラムを組んだりと多忙な毎日を送っている。加えて団長は元平民なのもあり社交界について学んでいる最中だ。そんな二人を呼び出すとは余程のことなのかと思っていた。
「何か言うことは?」
「大変、申し訳ありませんでした!!!」
この光景を見るまでは。
男に向かって謝っていたのは少女だった。少女は胸当たりまで伸びている朱色の髪を一つにまとめて肩にかけ、服は黒とオレンジを基調とした騎士服。一見か弱そうに見える彼女こそが騎士団長のユウ・リート・ウォターロルスその人だ。が、土下座しながら謝るその姿に威厳などない。心なしか三本のアホ毛もションボリと下がっている。
その前で仁王立ちしている赤髪に右目に眼帯をつけ彼女と少し異なる騎士服を着用している男は副団長のジルド・アリーグである。二人はもともと同じ師を持つ兄妹弟子であり、ジルドはユウの保護者代理を任されていた。
「ゆ、ユウ。また何かしたの?」
リズがジト目でユウを見る。
また、というのも1か月に一度はユウが何かしら問題が起こしているからだ。例えば重要書類を無くしたやら、魔法薬を浴びて動物になったとか等々…。そのたびにジルドに雷を落とされるまでがルーティーンだった。
リズの言葉を察したユウは勢いよく頭を上げて首をフルフルと横に振る。
「ち、違うよ!今回はジルドが一方的に怒っているだけだから!!!」
「今日が自分の誕生日だということを忘れていたのはどこの誰だ」
呆れたようにカレンダーを示すジルドの言葉にリズとフェイは驚きながら祝福する。
「え、そうだったの?!ユウおめでとう!!」
「おめでとう!!」
「ありがとう、リズ。フェイ」
お祝いの言葉を貰ったユウは照れながら二人の頭をなでる。と言っても妖精は手のひらサイズであるため力加減に気を付けながらなため動作はゆっくりだったが。
ジルドは数分前まで誕生日にしっかり休むと約束したのに誕生日自体を忘れていたとは思えない対応にため息をしつつ精霊長の伝令妖精であるはずの二人が来たことに首を傾げる。
「…ところでお前たちは何しに来たんだ?」
「あ、忘れてた!」
「精霊長様が呼んでたよ!精霊長室に今すぐ来てほしいだって!」
「それを早く言え!?」
「それを早く言って!?」
その言葉でユウとジルドは慌てて騎士団長室を後にした。
✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿
精霊界 スピリル王国 スピリルパレス
数十分後。駆け足で到着したユウとジルドは息を整えながら精霊長室までの道のりを歩いていた。宮殿についた際にジルドがリズとフェイに到着したことを報告してくれと頼むと二人は敬礼しながら飛んで行った。
「今回は何なんだろうね~」
騎士団としてならわざわざ妖精を使いに出さずとも月に一度開催される定例会議で伝えればいい話だ。それをしないということは個人として呼び出したということなのだろう。
「お前。またやらかして…」
「ジルド酷い。いつも巻き込まれているだけなのに」
「着いたぞ」
「無視しないで?!」
ユウの叫びを意に介さずジルドは精霊長室の扉の前に立っている騎士に入室する旨を伝える。来客のことを聞いていたのか騎士は頷いて扉をコンコンと叩く。
「精霊長。騎士団長、副騎士団長がお見えです」
「入れ」
入室許可を貰った二人は扉を開く。
精霊長室は書斎のような内装だ。青や緑を基調とした部屋にアンティーク風の家具。そして存在を主張するように視界に写る大量の書物。
「ワーカーホリック」
「お前にだけは言われたくない」
思わずとつぶやいたユウの言葉に部屋の主―精霊長セルト・モン・クィーレンがジト目で反論する。
精霊長というのは精霊界で一番権力がある。王族はあくまで各国の顔。日本の象徴天皇制と同じだ。ほんの数百年前までは君主国家であったがクーデターにより完全に精霊長が実権を握ることになった。
当代の精霊長は代々精霊長を輩出する御三家の一つ『大地のクィーレン』の嫡子である。齢28にして傾きかけていた母国の国家を安定に導き、失われかけた外国の信頼を取り戻した実績者として支持されている。が、その分仕事量が多く常に忙しい状態なのを役職持ちや使用人たちは心配に思っている。仕事量に関しては最年少騎士団長のユウも同じだ。元平民ということで貴族に疎まれている中、実績を積むために大量に仕事を仕入れている。結果的にワーカーホリックな二人を止めるのはジルドになりもはや日常になりかけている。
閑話休題
「セル…精霊長。どのような呼び出しでしょうか?」
「個人として呼んだからセルトでいい」
セルトもユウの兄弟子であるため呼び捨てになりかけることが多々ある。が公の場で親しくするのは貴族として許されないため精霊長と呼びなおしている。今回も精霊長と呼んだところ本人からセルトと呼ぶ許可を貰ったユウは感謝を述べながら来客用のソファに座る。ジルドもそれに倣う。
「個人で呼んだということは少なくとも騎士団関連ではないという解釈でいいかセルト」
「関連があるかないかで言えばあるが、今回呼んだのは機密情報だ」
パチン、と指を鳴らしたセルトにユウは目を丸くする。
(え、何急に…)
(防音か…)
ジルドは部屋全体に張られた防音魔法にこれから聞かされる内容の重さを察してセルトを見据える。セルトはそんなジルドの様子に苦笑しながら正方形の箱をユウに差し出す。
「なにこれ?」
「開けてみろ」
一瞬誕生日プレゼントかと思ったが、真剣な表情のセルトを見て違うと分かったユウは頭の中を疑問符で埋めながら箱を開ける。
箱の中に丁重にしまわれていたのは石板のカケラだった。手に持ってみても手のひらサイズで一見なんの変哲もないただのカケラだとユウは思った。
その瞬間。カケラが淡い光を放ちながら浮かぶ。呆気にとられている二人をよそにカケラはユウの首の前に移動すると一瞬強く光る。目を瞑った3人が次に瞼を上げた時にはカケラはネックレスに変わっていた。
「…やっぱりか…」
予想が当たってしまったと言いたげな様子のセルトと何の事情も知らされていない二人。ジルドはユウの首に光るネックレスを観察する。
ネックレスは金色の鎖にネリネのレリーフが描かれたロケット。一見すれば市場に売ってそうな見た目だが精巧に作られているとジルドは思った。
「…セルト。このアクセサリーは一体…?」
訝しげに問うユウにセルトは一冊の本を開きながら口を開く。
「友情隊。といえば分かるか」
「!まさか…っ!?」
首を傾げるユウに意図に気づいたジルドはユウと視線を合わせる。
「リート。友情隊は知ってるな?」
ジルドの問いにユウは頷く。
友情隊について語る前にまず、日本で言う戦国時代初期頃に起こったある事件について語ろう。
精霊界には『感情の石板』という石板があった。その石板は淡く光っていれば正常であり光っていなければ異常を示す魔法具は当時の精霊にとって人間界のことを知れるということで重宝されていた。が、ある日感情の石板を壊そうとする精霊が石板がある神殿に侵入した。結果、友情の石板は15個に、愛情の石板は5個に、喜情・怒情・哀情・楽情・恐情の石板は一部が砕けた。そして友情の石板のカケラと愛情の石板のカケラは人間界に渡ってしまう。
そのころ。人間界では謎の生物が人間を襲う現象が起きていた。今の東京郊外らへんに起こっていた現象だったがカケラを回収しようと人間界に渡った精霊はある光景を目の当たりにした。
ただの人間が謎の生物に対抗していたのだ
その要因について当時の有識者が議論し導き出した答えは『石版のカケラが人間に加護を与えている』という事だった。
「そこから謎の生物―仮名『常闇軍を討伐するために精霊と人間の対常闇軍混合討伐特殊部隊』が結成され、その部隊の名前を一番カケラになった石版、『友情の石版』からとって『友情隊』になった」
ユウが思い出しながら語った友情隊設立秘話にセルトは頷く。
「ああ。そして討伐は叶わぬまま今日まで続いている」
「前友情隊は10年ほど前に解散し、次の隊長が見つからずに停滞していると聞いていたが…」
額に手を当てたジルドの言わんとしていることを察したセルト。セルトも同じような表情をしながら本のあるページを二人に見せる。
「代々隊長は精霊長にしか伝えられていないある儀式の間に保管されている円鏡で選出されている。本当ならば世代交代の時点で次の隊長を決めなければいけないのが保留になっていたのはそこら辺の引き継ぎが曖昧だったからだ」
深く溜息を吐くセルトに二人は訳知り顔で遠い目をする。
前精霊長は独裁政治を行い、ヘイトを貯めまくった結果家臣に暗殺された。その後で実力者と名高いセルトが精霊長の座についたが、公務は出来ても古くから受け継がれる儀式や伝統関連の事を記した書物がほとんど残っておらず、また精霊長にしか使えない秘術なども代々の精霊長が遺した記録から読み取って考察するという面倒くさいことになっていた。特に『友情隊』関連の書物が残っておらずこの間ようやくそれらしき文献を発見したらしい。
「それが『隊長任命の儀』の箇条書きか…」
説明し終えて机に伏せたセルトの指し示す年季を感じる一枚の紙切れを手に取ったジルドが同情の眼差しでセルトを見やる。
「でも、それが私達が呼び出されたのとなにか関係あるの?まさかと思うけどその隊長が私…って訳じゃ…ない、よね…?」
ロケットの装飾を観察しながら用件を問うユウは後半にかけて呼び出された理由と先程起きたことと今の話を聞いて口元を引きつらせる。嘘だろと言いたげな彼女の視線から顔を背ける精霊長と諦めろと言いたげな兄弟子の表情に確定的になった事実にユウは叫んだ。
「私が友情隊隊長ーーーーー!!!!!!?????」
友情隊。隊長1名。残り???名。
光が全くない広間にキィィ…と重厚な扉を開く音が響き渡る。音を響かせた人物は息をつくと指を鳴らして広間中に明りを灯す。それまで暗闇だった空間に光が灯されたことにより広間の装飾と精霊の全体像も明らかになる。
広間は中世ヨーロッパの屋敷のような装飾。床一面には謎の魔法陣というアンバランスな空間。さらには中央に鎮座している円鏡が余計に恐怖感を煽らせる要因になっている。が、精霊は臆することなく鏡まで向かう。
精霊は深緑の髪を襟足まで伸ばし毛先をはねさせていない。そこだけ見れば近寄りがたい印象があるが、ぴょんと飛び出ているアホ毛と少し長い前髪に隠れている童顔により相殺となる。が、この広間に入室できる精霊は精霊界では一人だけである。この時点で精霊の立場はおおよそ察せられる。
精霊は謎の鏡に魔力を注ぎながら何かをつぶやく。魔力を注がれた鏡は薄く光りだし写す部分が白く濁る。暫くすると鏡に黒い文字が浮かび上がる。
〈精霊 騎士 ネリネ
孤独な精霊は血を纏い復讐に縋る〉
意味不明な単語を並べる鏡に、しかし精霊は鏡に浮き上がった文字を見て脳内に一人の精霊を思い浮かべる。
(また仕事中毒になるな…)
頭が痛いと言うように額に手を当てた精霊は数瞬して両手に妖精を召喚する。
「リズ。お前はアリーグ副団長のもとへ、フェイはウォターロルス騎士団長のもとへ行き、今すぐ精霊長室に来てほしいと伝えてきてほしい」
「はい!」
「任せろ!」
妖精―リズとフェイは召喚主の命令に従い広間から去り、精霊もまたを明かりをすべて消して広間を去った。
去ったあと円鏡がまたぼんやりと光り、ネリネの花を写すのだった。
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精霊界 スピリル騎士団寄宿舎・騎士団長室
リズとフェイは探し人が同じ空間にいると妖精特有の察知能力で知り、二人で向かっていた。
この二人が探している人物たちは国が誇るスピリル騎士団の団長と副団長である。普段から大量の魔物討伐依頼に鍛錬に実践訓練のカリキュラムを組んだりと多忙な毎日を送っている。加えて団長は元平民なのもあり社交界について学んでいる最中だ。そんな二人を呼び出すとは余程のことなのかと思っていた。
「何か言うことは?」
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男に向かって謝っていたのは少女だった。少女は胸当たりまで伸びている朱色の髪を一つにまとめて肩にかけ、服は黒とオレンジを基調とした騎士服。一見か弱そうに見える彼女こそが騎士団長のユウ・リート・ウォターロルスその人だ。が、土下座しながら謝るその姿に威厳などない。心なしか三本のアホ毛もションボリと下がっている。
その前で仁王立ちしている赤髪に右目に眼帯をつけ彼女と少し異なる騎士服を着用している男は副団長のジルド・アリーグである。二人はもともと同じ師を持つ兄妹弟子であり、ジルドはユウの保護者代理を任されていた。
「ゆ、ユウ。また何かしたの?」
リズがジト目でユウを見る。
また、というのも1か月に一度はユウが何かしら問題が起こしているからだ。例えば重要書類を無くしたやら、魔法薬を浴びて動物になったとか等々…。そのたびにジルドに雷を落とされるまでがルーティーンだった。
リズの言葉を察したユウは勢いよく頭を上げて首をフルフルと横に振る。
「ち、違うよ!今回はジルドが一方的に怒っているだけだから!!!」
「今日が自分の誕生日だということを忘れていたのはどこの誰だ」
呆れたようにカレンダーを示すジルドの言葉にリズとフェイは驚きながら祝福する。
「え、そうだったの?!ユウおめでとう!!」
「おめでとう!!」
「ありがとう、リズ。フェイ」
お祝いの言葉を貰ったユウは照れながら二人の頭をなでる。と言っても妖精は手のひらサイズであるため力加減に気を付けながらなため動作はゆっくりだったが。
ジルドは数分前まで誕生日にしっかり休むと約束したのに誕生日自体を忘れていたとは思えない対応にため息をしつつ精霊長の伝令妖精であるはずの二人が来たことに首を傾げる。
「…ところでお前たちは何しに来たんだ?」
「あ、忘れてた!」
「精霊長様が呼んでたよ!精霊長室に今すぐ来てほしいだって!」
「それを早く言え!?」
「それを早く言って!?」
その言葉でユウとジルドは慌てて騎士団長室を後にした。
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精霊界 スピリル王国 スピリルパレス
数十分後。駆け足で到着したユウとジルドは息を整えながら精霊長室までの道のりを歩いていた。宮殿についた際にジルドがリズとフェイに到着したことを報告してくれと頼むと二人は敬礼しながら飛んで行った。
「今回は何なんだろうね~」
騎士団としてならわざわざ妖精を使いに出さずとも月に一度開催される定例会議で伝えればいい話だ。それをしないということは個人として呼び出したということなのだろう。
「お前。またやらかして…」
「ジルド酷い。いつも巻き込まれているだけなのに」
「着いたぞ」
「無視しないで?!」
ユウの叫びを意に介さずジルドは精霊長室の扉の前に立っている騎士に入室する旨を伝える。来客のことを聞いていたのか騎士は頷いて扉をコンコンと叩く。
「精霊長。騎士団長、副騎士団長がお見えです」
「入れ」
入室許可を貰った二人は扉を開く。
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「お前にだけは言われたくない」
思わずとつぶやいたユウの言葉に部屋の主―精霊長セルト・モン・クィーレンがジト目で反論する。
精霊長というのは精霊界で一番権力がある。王族はあくまで各国の顔。日本の象徴天皇制と同じだ。ほんの数百年前までは君主国家であったがクーデターにより完全に精霊長が実権を握ることになった。
当代の精霊長は代々精霊長を輩出する御三家の一つ『大地のクィーレン』の嫡子である。齢28にして傾きかけていた母国の国家を安定に導き、失われかけた外国の信頼を取り戻した実績者として支持されている。が、その分仕事量が多く常に忙しい状態なのを役職持ちや使用人たちは心配に思っている。仕事量に関しては最年少騎士団長のユウも同じだ。元平民ということで貴族に疎まれている中、実績を積むために大量に仕事を仕入れている。結果的にワーカーホリックな二人を止めるのはジルドになりもはや日常になりかけている。
閑話休題
「セル…精霊長。どのような呼び出しでしょうか?」
「個人として呼んだからセルトでいい」
セルトもユウの兄弟子であるため呼び捨てになりかけることが多々ある。が公の場で親しくするのは貴族として許されないため精霊長と呼びなおしている。今回も精霊長と呼んだところ本人からセルトと呼ぶ許可を貰ったユウは感謝を述べながら来客用のソファに座る。ジルドもそれに倣う。
「個人で呼んだということは少なくとも騎士団関連ではないという解釈でいいかセルト」
「関連があるかないかで言えばあるが、今回呼んだのは機密情報だ」
パチン、と指を鳴らしたセルトにユウは目を丸くする。
(え、何急に…)
(防音か…)
ジルドは部屋全体に張られた防音魔法にこれから聞かされる内容の重さを察してセルトを見据える。セルトはそんなジルドの様子に苦笑しながら正方形の箱をユウに差し出す。
「なにこれ?」
「開けてみろ」
一瞬誕生日プレゼントかと思ったが、真剣な表情のセルトを見て違うと分かったユウは頭の中を疑問符で埋めながら箱を開ける。
箱の中に丁重にしまわれていたのは石板のカケラだった。手に持ってみても手のひらサイズで一見なんの変哲もないただのカケラだとユウは思った。
その瞬間。カケラが淡い光を放ちながら浮かぶ。呆気にとられている二人をよそにカケラはユウの首の前に移動すると一瞬強く光る。目を瞑った3人が次に瞼を上げた時にはカケラはネックレスに変わっていた。
「…やっぱりか…」
予想が当たってしまったと言いたげな様子のセルトと何の事情も知らされていない二人。ジルドはユウの首に光るネックレスを観察する。
ネックレスは金色の鎖にネリネのレリーフが描かれたロケット。一見すれば市場に売ってそうな見た目だが精巧に作られているとジルドは思った。
「…セルト。このアクセサリーは一体…?」
訝しげに問うユウにセルトは一冊の本を開きながら口を開く。
「友情隊。といえば分かるか」
「!まさか…っ!?」
首を傾げるユウに意図に気づいたジルドはユウと視線を合わせる。
「リート。友情隊は知ってるな?」
ジルドの問いにユウは頷く。
友情隊について語る前にまず、日本で言う戦国時代初期頃に起こったある事件について語ろう。
精霊界には『感情の石板』という石板があった。その石板は淡く光っていれば正常であり光っていなければ異常を示す魔法具は当時の精霊にとって人間界のことを知れるということで重宝されていた。が、ある日感情の石板を壊そうとする精霊が石板がある神殿に侵入した。結果、友情の石板は15個に、愛情の石板は5個に、喜情・怒情・哀情・楽情・恐情の石板は一部が砕けた。そして友情の石板のカケラと愛情の石板のカケラは人間界に渡ってしまう。
そのころ。人間界では謎の生物が人間を襲う現象が起きていた。今の東京郊外らへんに起こっていた現象だったがカケラを回収しようと人間界に渡った精霊はある光景を目の当たりにした。
ただの人間が謎の生物に対抗していたのだ
その要因について当時の有識者が議論し導き出した答えは『石版のカケラが人間に加護を与えている』という事だった。
「そこから謎の生物―仮名『常闇軍を討伐するために精霊と人間の対常闇軍混合討伐特殊部隊』が結成され、その部隊の名前を一番カケラになった石版、『友情の石版』からとって『友情隊』になった」
ユウが思い出しながら語った友情隊設立秘話にセルトは頷く。
「ああ。そして討伐は叶わぬまま今日まで続いている」
「前友情隊は10年ほど前に解散し、次の隊長が見つからずに停滞していると聞いていたが…」
額に手を当てたジルドの言わんとしていることを察したセルト。セルトも同じような表情をしながら本のあるページを二人に見せる。
「代々隊長は精霊長にしか伝えられていないある儀式の間に保管されている円鏡で選出されている。本当ならば世代交代の時点で次の隊長を決めなければいけないのが保留になっていたのはそこら辺の引き継ぎが曖昧だったからだ」
深く溜息を吐くセルトに二人は訳知り顔で遠い目をする。
前精霊長は独裁政治を行い、ヘイトを貯めまくった結果家臣に暗殺された。その後で実力者と名高いセルトが精霊長の座についたが、公務は出来ても古くから受け継がれる儀式や伝統関連の事を記した書物がほとんど残っておらず、また精霊長にしか使えない秘術なども代々の精霊長が遺した記録から読み取って考察するという面倒くさいことになっていた。特に『友情隊』関連の書物が残っておらずこの間ようやくそれらしき文献を発見したらしい。
「それが『隊長任命の儀』の箇条書きか…」
説明し終えて机に伏せたセルトの指し示す年季を感じる一枚の紙切れを手に取ったジルドが同情の眼差しでセルトを見やる。
「でも、それが私達が呼び出されたのとなにか関係あるの?まさかと思うけどその隊長が私…って訳じゃ…ない、よね…?」
ロケットの装飾を観察しながら用件を問うユウは後半にかけて呼び出された理由と先程起きたことと今の話を聞いて口元を引きつらせる。嘘だろと言いたげな彼女の視線から顔を背ける精霊長と諦めろと言いたげな兄弟子の表情に確定的になった事実にユウは叫んだ。
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