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第2章 和国オウラ騒動編
5.ライシードの別邸にて
しおりを挟む「────こちらが、ガルクード公爵家の別邸でございます」
従魔車を降りてアンバーに案内された、ガルクード公爵家の別邸。
白い壁に囲まれた、豪奢な造りの門を抜け、暫く従魔車で公園と言ってもおかしくない広さの庭を抜ける。
大きな扉の前に停車した従魔車から降りたリン達はその大きさに唖然とする。
煉瓦造りの、青い屋根。窓枠が白で統一され、街の景観を損なわない造りになっている大きな洋館。
外見から確認出来る窓の多さで部屋数を物語っているようだ。
「………………これで、別邸?」
ポツリと呟いたリンの様子に、セージが苦笑する。
「そう。こんな大きなのは必要ないって言ったんだけれどね。街の中心部になるから、ガルクード公爵家の別邸に利用してくれって街の人達からのお願いなんだよ」
管理の費用は出来るだけ低コストになるように魔法で何とかしているから、そこまで掛からないよ、とセージが続けた。
「そうなんだ……」
リンは若干引き気味に、コッソリと屋敷に《鑑定》を掛ける。
(状態保存の魔法に、防御魔法……。《堅牢》…………は魔道具みたいね。意図的に弱く発動させているみたいだから、魔道具の点検って所かしら。避難所も兼ねているんでしょうね)
じっと屋敷を見上げていたリンの表情を見て取ったセージが、リンへと声を掛けようとした時だった。
バアァンッ!と勢い良く眼前の大きな扉が開いた。
「私の可愛い姪っ子はどこですの!?」
緩かにウェーブした髪をハーフアップに纏めた艶やかな黒髪に、エメラルド色の瞳の貴婦人が息を切らせて飛び出してきた。
ぐるりとセージをはじめ、リリアナ、レイナと一人一人の顔を見ていくと、ある一点で視線を止める。
──────リンだ。
「貴方ね……!」
品のある美女のキラキラとした瞳に見つめられ、リンはどう言った反応をすればいいのか戸惑う。
「ミナ。そんなに見つめなくても、リンは逃げませんよ。リン、彼女は僕の妻でミナです」
セージの紹介で、息を整えた美女────ミナが背筋を伸ばす。
気品溢れる所作で、カーテシーを取る。
「お見苦しいところをお見せ致しまして申し訳ありません。────ガルクード公爵家が主、セージ・ガルクードの妻でミナ・オウラ・ガルクードと申します。宜しくお願い致します」
─────ん?今『オウラ』と聞こえたが…………。ふと視線を上げると、小さく頷くセージと目が合った。
間違いなく、ユイト様の関係者ということは分かった。
「初めまして。セージ叔父様の姪になります、リン・トウヤと申します。宜しくお願い致します」
冒険者の装備である姿だが、リンは静かにお辞儀をした。
「まあ…………!マナーをしっかりと学んでいらっしゃるのね!素晴らしいことですわ!」
「有難うございます」
微笑むリンと、嬉しそうにコロコロ笑うミナの姿を見たセージが苦笑する。
「まあ、ここでは何だから屋敷の中へ入ろうか」
「そうですわね。私が案内致しますわ。どうぞ、此方へ。アンバー、従魔車とヴィアインの方をお願いしますね」
「かしこまりました」
セージの左腕に軽く腕を絡めて歩きだしたミナに、屋敷の中へと促されたリン達一行は静かにセージ達の背中を追うように付いていった。
△▲△
「此方へどうぞ。お入りになって」
ミナの案内で到着したのは広い応接室だった。落ち着いた調度品で纏められたその部屋は、気品が溢れている。
ちょっとした会議にも対応可能な部屋だ。
向い合わせの赤いビロードの猫足のソファに合わせて、誂えられたかのようなガラスのテーブル。その上のベルを、ミナがチリンと振る。
直後に扉を開けて一人のメイドが入室し、頭を垂れる。
「お呼びでしょうか」
「ええ。今日はこちらにいらっしゃる方々が宿泊します。まずは休憩して頂きますから、お茶の準備と、2つ客間のご用意をして。1つは姪のリンの部屋ですから、先程の指示の通りに用意して」
「かしこまりました」
指示を受けたメイドは、綺麗なお辞儀をして退出。
ミナはセージと奥のソファへ腰かけて、向かいのソファへ手を差し出した。
「3人とも、此方へ座って?」
「「「失礼します」」」
少し躊躇い気味に、勧められたソファへと、リリアナ、リン、レイナの順に腰掛ける。
体が少し沈み込むが、その座り心地は素晴らしく気持ちいい柔らかさ。
先程のメイドがタイミングを見ていたかのようにして、お茶を運んできた。
それぞれの前にティーカップを置き、お茶菓子まで整えると退出していった。
「では、改めて。辺境の街ライシードへようこそ」
歓迎致しますわ!と、ニコリと笑うミナにつられてリン達は微笑み頭を下げた。
「3人とも済まないね。ミナは娘が欲しかったものだから、ちょっと舞い上がってしまったようだ」
「あら。セージだって『姪っ子が来るよ!』って舞い上がっていましたわ。同じではなくて?」
執務も放り出して私を連れてここまで来たものね?とにこやかにミナが付け加える。
「良いじゃないか。私は200年ぶりなんだから。もう会えないと思っていた姪っ子に会えたんだ。この嬉しさは誰にも分からないだろう?」
ニコニコ、ニコニコ。セージの屈託の無い笑顔に、リンは引き気味に様子を伺う。裏が無さそうな顔をしているが、笑顔が明らかにおかしすぎる。
───何か余計なことを企んでそうで怖い。先手を打たなければ。
「セージ叔父様」
「なんだい?」
「色々と聞きたい事があります。長くなっても大丈夫ですか?」
「ああ、それは構わないよ。もうじき部屋の準備も整うだろう。まずは部屋に案内させるから着替えてくると良い。リリアナさんとレイナはどうするんだい?」
セージが快く頷き、リリアナとレイナの方へと視線を向ける。
二人は少し俯いて何かを考えると、お互いに見合い、リリアナが視線を先に上げた。
「私達は部屋に荷物を置かせていただいたら、街へ行ってきます」
「そうかい?何だか気を遣わせたみたいで申し訳ないね」
「いいえっ。リンちゃんとゆっくりお話されて下さい」
ブンブンと首を横に振ったレイナが慌てて返す。
「ああ、有難う。今日から2日間は、この屋敷で過ごすと良い」
「「「有難うございます」」」
3人で同時に頭を下げると、先程のメイドが入室してきた。
「お部屋の準備が整いましたので、ご案内致します」
入室してきたメイドに促された3人は、席を立つと一礼して応接室を出る。
その3人が出ていったのを見計らうかのように、セージが小さく溜め息を吐いた。
「ミナ。『視えた』かい?」
「……ええ。だけど、確定出来たわけでは無いからそこは考慮してね」
「ああ」
セージの頷きを確認したミナは近くに置いていた羊皮紙とペンを引き寄せ、何やら書き込んで行く。
「名前は『リン・トウヤ』。これは間違いないわ。で、ステータスなのだけれど……言うより書いた方が理解しやすいからちょっと待ってね」
カリカリとペンを走らせ、書き込んで行くミナの横からセージが覗き込む。
ミナに『視えた?』と聞いたのは、リンのステータスだ。ミナのスキル『真実のベール』をコッソリとリンにかけたのだ。
『真実のベール』とは、掛けた相手に気付かれることなく、装備品の詳細とステータスを判定できるスキルだ。
「よし、出来たわ。これが『視えた』リンのステータスよ。大体Cランクのステータスだけれど……」
──────────────────
名前:リン・トウヤ
年齢:15
性別:女
種族:ヒューマン
LV:50
HP:3500
MP:3450
属性:火 聖
スキル:刀剣術 武闘術 家事 魔闘気
称号:無し
加護:女神リーシアの祝福《補正値+10000》
──────────────────
「『隠蔽』のスキルはすり抜けたと思うのだけれど……。何だか中途半端なのよ」
実レベルかどうかもちょっと怪しいわね、とミナが続ける。
「うん?スキルレベルは判明しなかったのかい?」
「……ええ。隠されているのか、このままで良いのかの判断も難しいわ。私の『真実のベール』を上回るレベルか、スキルを所持していれば難なく出来るでしょうけれど。そう言ったスキルの方も出てこなかったわ」
「そうか……。スキル統合も考えられるか?」
顎に軽く握った拳を当て、セージはそのまま考え込む。
ミナは軽く首を横に振った。
「それも違うわね。だって、装備品の詳細も判明しなかったのよ?」
「あー……。じゃあ隠蔽系のマジックアイテムか」
「多分。此方を完全に信用している訳では無さそうね。───それに」
「それに?」
「リンの従魔なのだけれど。『真実のベール』が効果を発揮しなかったわ」
「それって」
「こればかりは、リン本人に聞くしかないと思うわ。答えてくれれば良い方だけれど。もしかしたら警戒されるか、嫌われるかのどちらかね。ああ、この屋敷から出て宿を取る可能性も否定できないわね」
勝手にステータス覗いちゃったし、とミナが付け加えると、セージは少し項垂れた。
「セージ。落ち込んでも仕方がないわ。リンの聞きたい事に答えつつ、話の流れをステータスの方向に持って行くことが出来れば何とかなるでしょう」
「そう簡単にいけば良いけどね」
リンの性格からすれば、簡単にはいきそうに無い。
気持ちを吐き出すように小さく溜め息を吐いたセージはミナに気付かれないように苦笑した。
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