上 下
2 / 50
第1章 旅立ちと怒涛の出会いは濃い始まり?編

2.白い世界と女神様の事情説明

しおりを挟む


「ぅん………………」

    ゆっくりと目蓋を持ち上げて目を覚ました一人の女性が、体を起こしてぼんやりと辺りを眺め、奥行きの分からない真っ白い空間に戸惑った。
ゆるゆると頭を横に振って脳の覚醒を促していく。
覚醒してきた視界で捉えた不思議な空間には、何もない。
再びゆっくりと辺りを見回し、誰も居ないことに少し不安が過るが────意外に冷静な自分がいる。このままで居る、とはいかないので、取り敢えず自分がどうやってここに来たのか記憶を辿ってみる事にした。


─────確か、何時ものように会社に行って仕事をこなし、何のトラブルも無く今日は珍しく定時で終わった。

    久し振りの定時帰宅が嬉しくて、いつも行きつけにしている本屋に向かい、最近愛読している推理小説の最新刊を購入した後、バス停に向かった。
バス停に着いてからは、明日は久し振りの休みだから本を読んでまったり過ごそう!と意気込みつつバスの到着を待っていたのだ。そこに、高校生が3人で仲良く話しながらやって来た声に気付き、その方向に何となく視線を向けて少し離れた場所から眺めながら、ふっ……と思い出してしまった。
私にもあんな時期があったなぁ……と。


──────18歳の夏、4人の友人達が姿を消すまでは。


    あれは、夏休みに入る終業式後の放課後の教室だった。
友人達の飲み物を買いに、教室から出た瞬間。突然教室内が光り、思わず振り返った。教室内に幾何学模様の魔法陣が出現し、友人4人の周囲を囲んだのだ。慌てて教室内に戻ろうとしたが、魔法陣の外側にいた自分は何かに阻まれて中には行けず……4人の友人達はその魔法陣に飲み込まれて消え、一緒に行くことも、助ける事も出来なかった。
こんな不可思議な現象を、教師や友人達の親に説明しても信じてもらえないだろうと思い、どうすることも出来ず……ただただ知らないと言うしかなかった当時は、とても辛かった。


───あれから、10年の月日が流れた。当時に比べれば、辛さや寂しさは時間と共に随分と和らいできている。
友人4人の家族とも疎遠になっていき、卒業後、住んでいたアパートを解約して同級生達に何も伝えず祖父の家に身を寄せた。

    祖父には、その現象を見たことや、助けてあげられなかったこと、辛くて苦しいことを洗いざらい話し、思い切り泣いた。

    祖父は黙って聞いてくれ、泣き疲れて眠るまで、背中を擦ってくれたのがとても有り難かった。その祖父も既に他界して、自分には身寄りはいなくなってしまったが、祖父が臨終間際に《お前を信じているよ。この話はあの世まで持っていってやる》と言ってくれた事が何より嬉しかった。
寂しいときもあるけれど、頑張って生きていくと祖父と約束して、現在に至っている。
そういった思いに耽っている時に、起きたのだ。


   バス停にハンドルを切り損なった車が猛スピードで突っ込んで高校生3人を跳ね───それと同時に魔法陣が出現して高校生3人を飲み込んだのを見た。
その魔法陣に驚いて、自分の方へ進路変更して向かってきた車に気付くのが遅れてしまい、そのまま跳ねられてしまった。

───そこまでの記憶しかない。
と、言うことは。自分は死んだ、と考え付くのが妥当か。
だが、先に跳ねられた高校生たちの姿も見えない。
もしかして……思い返していた内容でフラグ立てたかも?
一瞬そんな考えが過ったが、首を振る。

「……まさかねぇ。誰もいないって困るなあ…………。───誰かいませんかー⁉」

女性は一応叫んでみる。
────静寂。小さく溜め息をつき、女性は一瞬過ったものについて改めて考える。
もしや、自分の身に小説───ラノベの定番が降りかかったのでは?と。
確かに、推理小説の他にラノベも好んで読んでいる。
手軽に読めて楽しめるからだ。こういう世界に行ってみたら面白そうだなぁ程度に思ったことはあるが、まさか現実に起こった?
────やっぱりあのバス停で、フラグ立てたかもしれない。
だが、この白い世界には、自分1人だ。少しずつ不安になりつつある自分自身を考えないようにして、頭を横に振ってはみるが、不安は大きくなっていく。堪らずに膝を抱えて座り込み、再び溜め息をついたところで声を掛けられた。

「─はい。こちらにいます」

自分の後ろに気配を感じ、ハッとして勢い良く振り向いた先に────見目麗しい女性が静かに微笑んで立っていた。

遠宮鈴霞とおみやりんかさん、ですね?私はこの世界《アークスライド》を統括する女神でリーシアと申します。貴方は今回、別の世界の勇者召喚に巻き込まれ、召喚の余波で死亡しました。申し訳有りません」

女神リーシアは鈴霞と呼ばれた女性に深々と頭を下げた。
「死亡しましたって……じゃあ私、地球に帰れないんですか?」

「───はい。鈴霞さんの肉体は消滅してしまったので……生き返りとしては帰れません。そのままだと、肉体と一緒に魂までもが消滅してしまうところでした。完全なこちらの不手際です、申し訳ありません。そういう状態でしたので、私の神界の者たち───貴方の世界の言葉を借りるならば、上司と部下ですね。その話し合いの結果、鈴霞さんに私の世界、《アークスライド》へ転生して頂こうと言う話になりました。
地球の神にも謝罪致しました。地球の神は、貴女が《アークスライド》への転生を選ぶならば好条件で、と仰いました。選ばないときは此方に魂を戻し、記憶を消した上で新しい命として輪廻転生させるから、鈴霞さんの意思を尊重してくれ、とも仰いました」

リーシアは淡々と説明する。
鈴霞は呆然と聞くしか出来なかったが、もう失うものは何もない。
両親は高校生の時に事故で失い、近しい親類もいない。─────友人たちも。

「…………まぁ良いですよ。向こうに大した未練も有りませんし。あ、気になることと言えば、異世界へ転生する場合の私の記憶ってどうなりますか?」

ここで異世界へ行ってみよう!と覚悟を決めたが、鈴霞としても気になるのは記憶に関して。
消えなければ、色々と都合が良い。

「鈴霞さん、何だか随分軽い感じが……」

「そうですか?だって、こうなったものはどうしようも無いじゃないですか。戻れないし、肉体が無いんですよね?それに、地球に戻って記憶消されてまた赤ちゃんからやり直す……なんて嫌ですし、身寄りも居ませんから」

だからこそ、ここで未来を選べるならば楽しいじゃないですか。と鈴霞は言葉を続け、異世界へ行くことを選んだのだ。

「意外とあっさり決められてしまったのには少し驚きましたが……。では、記憶に関してなどお答えします。────私の統括する世界に転生する条件として、記憶、地球で培ったスキルのうち実用性のあるスキルを持ったままの転生となります。この世界は剣と魔法の世界ですので、他に希望のスキル等を選んで頂いて、付与致します。先程も言いましたが、貴女の肉体は余波の影響で消えてしまいましたので、新たな器をこちらで準備致しました。ただ……」

「ただ?」

「条件として、私が管理している地上の《女神の森》へと降りて頂きたいのです。理由は、鈴霞さんの魂とこれからお渡しする器を馴染ませるためです。それから、この世界を学ぶための本をお渡しします。ナビゲーターも少しの間ですが置きますので、この世界の事を色々と学んで下さい」

神妙な面持ちのリーシアを見て、鈴霞はゆっくりと頷いた。

「……お願いします」

ペコリと鈴霞が頭を下げた。下げた顔はちょっとにやけそうになるが、我慢して顔を上げた。

「はい。では、まずスキルと魔法のリストをお見せします」

リーシアが出したのは……タブレット。
鈴霞は少し驚きながら受け取ると、画面を見た。

「まさか、タブレットとは」

「地球の神に融通していただきました。とても便利ですね。時間は充分ありますから、ゆっくり選んでくださいね」
優しく微笑むリーシアの言葉を聞きながら、鈴霞はタブレットを覗き込んだ。

「色々あるんですね」

鈴霞がリストをスクロールさせながら、リーシアへ振り返る。

「はい。魔法に関しては、属性のみになります。希望が有れば、タップしておいてくださいね」

リーシアの言葉を聞きながら、鈴霞はスキルと魔法属性を決めていく為に、タブレットへ視線を落とすのだった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

目覚めたら地下室!?~転生少女の夢の先~

そらのあお
ファンタジー
夢半ばに死んでしまった少女が異世界に転生して、様々な困難を乗り越えて行く物語。 *小説を読もう!にも掲載中

チートな私ののんびりスローライフ生活満喫します

りまり
ファンタジー
本当にふざけんなです。 どこをどう見れば私が虐めていることになるの! 毎回毎回義妹優先しろというお父様も、それが当然だというお義母様も大嫌いです。 私は神様のおっちょこちょいで死んでしまったので神様がいっぱい特典をつけてから転生させてくれたけど……こんな生活クソ喰らえだーーーーー 私は私らしく生きてやる!!!!!!!

転生してテイマーになった僕の異世界冒険譚

ノデミチ
ファンタジー
田中六朗、18歳。 原因不明の発熱が続き、ほぼ寝たきりの生活。結果死亡。 気が付けば異世界。10歳の少年に! 女神が現れ話を聞くと、六朗は本来、この異世界ルーセリアに生まれるはずが、間違えて地球に生まれてしまったとの事。莫大な魔力を持ったが為に、地球では使う事が出来ず魔力過多で燃え尽きてしまったらしい。 お詫びの転生ということで、病気にならないチートな身体と莫大な魔力を授かり、「この世界では思う存分人生を楽しんでください」と。 寝たきりだった六朗は、ライトノベルやゲームが大好き。今、自分がその世界にいる! 勇者? 王様? 何になる? ライトノベルで好きだった「魔物使い=モンスターテイマー」をやってみよう! 六朗=ロックと名乗り、チートな身体と莫大な魔力で異世界を自由に生きる! カクヨムでも公開しました。

みんなで転生〜チートな従魔と普通の私でほのぼの異世界生活〜

ノデミチ
ファンタジー
西門 愛衣楽、19歳。花の短大生。 年明けの誕生日も近いのに、未だ就活中。 そんな彼女の癒しは3匹のペット達。 シベリアンハスキーのコロ。 カナリアのカナ。 キバラガメのキィ。 犬と小鳥は、元は父のペットだったけど、母が出て行ってから父は変わってしまった…。 ペットの世話もせず、それどころか働く意欲も失い酒に溺れて…。 挙句に無理心中しようとして家に火を付けて焼け死んで。 アイラもペット達も焼け死んでしまう。 それを不憫に思った異世界の神が、自らの世界へ招き入れる。せっかくだからとペット達も一緒に。 何故かペット達がチートな力を持って…。 アイラは只の幼女になって…。 そんな彼女達のほのぼの異世界生活。 テイマー物 第3弾。 カクヨムでも公開中。

異世界転移~治癒師の日常

コリモ
ファンタジー
ある日看護師の真琴は仕事場からの帰り道、地面が陥没する事故に巻き込まれた。しかし、いつまでたっても衝撃が来ない。それどころか自分の下に草の感触が… こちらでは初投稿です。誤字脱字のご指摘ご感想お願いします なるだけ1日1話UP以上を目指していますが、用事がある時は間に合わないこともありますご了承ください(2017/12/18) すいません少し並びを変えております。(2017/12/25) カリエの過去編を削除して別なお話にしました(2018/01/15) エドとの話は「気が付いたら異世界領主〜ドラゴンが降り立つ平原を管理なんてムリだよ」にて掲載させてもらっています。(2018/08/19)

異世界に転生をしてバリアとアイテム生成スキルで幸せに生活をしたい。

みみっく
ファンタジー
女神様の手違いで通勤途中に気を失い、気が付くと見知らぬ場所だった。目の前には知らない少女が居て、彼女が言うには・・・手違いで俺は死んでしまったらしい。手違いなので新たな世界に転生をさせてくれると言うがモンスターが居る世界だと言うので、バリアとアイテム生成スキルと無限収納を付けてもらえる事になった。幸せに暮らすために行動をしてみる・・・

平民として生まれた男、努力でスキルと魔法が使える様になる。〜イージーな世界に生まれ変わった。

モンド
ファンタジー
1人の男が異世界に転生した。 日本に住んでいた頃の記憶を持ったまま、男は前世でサラリーマンとして長年働いてきた経験から。 今度生まれ変われるなら、自由に旅をしながら生きてみたいと思い描いていたのだ。 そんな彼が、15歳の成人の儀式の際に過去の記憶を思い出して旅立つことにした。 特に使命や野心のない男は、好きなように生きることにした。

気がついたら異世界に転生していた。

みみっく
ファンタジー
社畜として会社に愛されこき使われ日々のストレスとムリが原因で深夜の休憩中に死んでしまい。 気がついたら異世界に転生していた。 普通に愛情を受けて育てられ、普通に育ち屋敷を抜け出して子供達が集まる広場へ遊びに行くと自分の異常な身体能力に気が付き始めた・・・ 冒険がメインでは無く、冒険とほのぼのとした感じの日常と恋愛を書いていけたらと思って書いています。 戦闘もありますが少しだけです。

処理中です...