異世界娼館救世譚

九森隆弘

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虫歯と元締め

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 「よぉ、先生。姐さんに手を出さなかったんだって?」
 私がこの世界に来てから2週間目の昼食は、アーネストを初めとした面々に大いにからかわれた。
 まぁ、笑い話になっているのだから、悪い選択ではなかったのだと、一人納得してみる。
 会話が弾み、いつもより少しだけ遅く終わった昼食の後片付けをしていると、オセロットの戸が叩かれる。
 アーネストが戸を開けると、男が二人立っている。
 剣呑な雰囲気な二人組は、イレーヌ達の顔馴染みの様子で、2、3言話すと食堂に入ってくる。
 「アンタかい、異邦人の医者ってのは?」
 「ああ、そうだ。」
 「そうかい。じゃあ、話が早いや。マクロさんって人がアンタに話があるそうなんだが、一緒に来てくれるかい?」
 マクロという名前はオセロットのオーナーであり、この街の裏稼業の顔役の一人だ。
 そして、私が会いたかった人間だ。おそらく、日本円を売った質屋から情報を得て、接触してきたのだろう。
 リアーヌ達の不安そうな顔が見て取れる
 「とりあえず、行ってくるよ。」
 リスクはあるが、いつまでも隠れて生活出来るものではない。私という「異邦人」をこの世界の住人に認めてもらわなければならない。
 要するに「市民権」が欲しいのだ。
 もちろん、以前ローラが話したように城に行き、この国の為政者に保護を求める、という方法も考えた。
 しかし、あの質屋同様、然るべき準備がなければ「おかしい奴が来た」と、門前払いされてしまうのが落ちだろう。
 正直、怖いな。トントン拍子で事が上手く行くはずがない。
 鬼が出るか、蛇がでるか。煮て食われるか、焼いて食われるか。
 私は2人組に連れられて、オセロットを出る。リアーヌ達にすぐ帰ってくるとは言えなかった。
 
 馬車で移動すること15分ほど。マクロがいるという建物は首都の中でも立地の良い、メインストリートにあった。
 裏路地やスラムにないことは意外であったが、きっと表の商売もあるのだろう。
 3階建ての立派な建物はオセロットの何倍もあり、中の調度類は華美ではないが、素人目にも良いものが揃えられている。
 働いている人達も、ほとんどが街で見かける人達よりも、良い教育を受けているように見えた。
 まぁ、荒事を行う人間は何処かに隠れているだけであろう。
 待たされることなく、3階のマクロの部屋に通される。
 部屋には、年は40後半、灰色の髪をした痩せた男がいる。この世界の一般的な服装であるボダンシャツに綿のズボンを少し着崩し、頬も紅潮している様を見ると、体調が悪いのだろう。
 二人組に促され、室内に入る。
 「客人の前で申し訳ない。長く体調を崩していましてな。貴方ですか、異邦人の医者というのは」
 「はい、そうです。」
 そして、私は嘘偽りなく、自分の素性、この世界に来ることになった理由、来てからの2週間のことをマクロに伝えた。
 「医者というだけあって、賢明な方だ。」 
 マクロは私の話を一通り聞くと、静かに頷いた。
 「まず、リアーヌを救ってくれてありがとう。私も誠意に応え、貴方を今日、呼んだ理由をお話ししましょう。」
 
 マクロが言うのには、異邦人というのはとても珍しく、場合によっては価値のある存在だという。
 この世界にはない技術、知識。異邦人一人で今までの価値観が大きく変わることも多い。
 その為、歴史上ほとんどの異邦人は国家などの組織に保護、もしくは監視されて過ごすのだという。
 まぁ、当然だな。元の世界の歴史でも技術や知識を持って、渡来した外国人を公権力が保護、監視、独占してきたという歴史はある。
 「そこで、どうですか先生。我がマクロ商会が後ろ盾となり、先生の知識や技術を振るってみるというのは?」
 「分かりました。協力して下さい。」
 即答した。この後に及んで選択肢などはない。今は予定調和に従って、流れて行くしかないのだ。
 「すぐにお返事を頂けるとは嬉しい限りです。・・・先生は本当に賢明な方だ。」
 マクロが信用出来る男かどうか、それは分からない。だが、この世界で生きるためには、力の強い人間の後ろ盾が必要だ。
 「協力関係になれたということで、一つ相談があるのですが、3ヶ月前から、体調が悪いのです。どうか先生に診て貰えないでしょうか?」
 症状は・・・歯が痛いそうだ。
 「私は性病を専門としてきた医者です。」
 「ええ、知っています。それでも医者でしょう。診るだけ、診ていただけませんか。」
 有無を言わさぬ感じだ。この世界では医者も歯科医師も明確な区別がないのかもしれない。
 私は不承不承、マクロの口腔内を確認する。
 すると、右下奥歯に大きな穴が空いている。
 うん、虫歯だ。
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