Lost Precious

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#6

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「大変だ! 魔物だ! 魔物が出たぞ!」

 エルフの集落にそんな声が響いたのは、日の暮れかかった夕刻の事だった。

「騒がしいな。少し落ち着け。種族は何だ?」

 一報を受けたリアンに、驚いた様子はない。
 森に居を構えるエルフにとって、魔族との戦闘は珍しくなかった。

 好戦的ではないが、徹底した統率力と防衛を主とするエルフの戦闘力はとても高く、並みの魔族では左程脅威にはならないからだ。

「リザードが十体程……」

 伝令が慌てるのも頷ける。
固い鱗に覆われたリザードにエルフの矢は通りにくく、俊敏さも持ち合わせているため、木の上から優位をとるのも難しい。
 エルフにとっては少し厄介な相手である。
 だが次の言葉を聞いた瞬間。リアンの表情が一変した。

「群れが迷い込んで来たか。場所は?」

「森の西です……その……妹さんも……」

「っ…!?」

 即座にリアンは駆け出した。
 今朝果実を収穫しに出かけた一行の中に、妹の姿を確認していた。

 1人で身も守れない程幼い妹を、集落の外に出すのは反対だった。
 だが、余り過保護な振る舞いは戦士としての威厳にも関わるし、何より不貞腐れた妹が垂れ流す愚痴に付き合うのも難儀な事。

 そんなものは些末に過ぎないと言うのに。

 悲観的な想像ばかりが脳裏を蝕み、焦燥感が頬を伝う。
 草木がまるで鋭利な刃物の様にリアンを傷つけても、痛みなど感じなかった。

「レン!」

 辿り着いた先でリアンが見た景色は。
 傷ついた仲間達と、その場に転がるリザードの死骸。
 怯えた妹の傍らに立つ、白銀の鎧を着た人間だった。

「人間か……貴様等が何故此処に居る?」

 リアンの言葉には、あからさまな敵意が込められていた。
 状況から鑑みるに、前に立つ人間がリザードを倒したのは間違いない。
 仲間も軽傷だが全員無事で、彼らが居なければどうなっていたか。
 先に礼の一つでも述べるのが道理だろうが、元来エルフは他種と関りを持たない。
 相手が気分を害しようが、気に病む必要もない。
 エルフにとっては、リザードも人間も大差はなかった。
 敵対するのなら――戦うまで。

「僕達は魔王を倒す為に旅をしている。迷い込んでしまっただけで、エルフの森を荒らすつもりはないが、無断で立ち入ってしまった件については謝罪したい。すまなかった」

 魔王討伐の旅。
 その言葉で、リアンは目の前の男が勇者であると確信した。

 勇者――『神に選ばれし人間』

 聞き及んではいたが、勿論会ったのは初めてだ。
 人間とは傲慢で貪欲で、知性を持ちながらも愚かで浅ましい種族。
 そんな種族が神に選ばれるとは一体どんな笑い話なのかと。
 勇者とは果たしてどんな人物かと思っていた。
 しかし目の前の男は、向けられた敵意に憤るわけでもなく。あまつさえ頭を下げた。

 これが――勇者。

「兄様。この方々は私達を助けてくれたんだよ! そんな怖い顔しないで!」

 張り詰めた空気の中、甲高く幼い声が響く。

 妹から向けられた愚直な非難の眼差しに、リアンは困窮交じりの溜息を吐いた。

「……もうすぐ日が落ちる。一晩だけなら宿を貸そう。我々エルフも、恩人に払う礼儀は持ち合わせているつもりだ」

「ご厚意感謝します。僕の名前はレン。貴方のお名前を伺ってもよろしいですか?」

「人間のお兄ちゃんレンって言うの? 私もレン! 同じ名前だね!」

 奇しくも妹と同じ名を持つ――人間の勇者。

「俺の名は――リアンだ」

 レンとリアン。
 これが二人の、初めての邂逅だった。
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