干支っ娘！

夏に降る雪

　早朝。僕達を迎えに来た帰りのバスの中は、来た時のテンションとはまるで正反対。
　完全にお通夜モードだった。
　その原因は、別に何があったわけでも、楽しかった旅行にしんみりしているわけでもない。
「頭が割れそうだ……」
　ボソリと先輩が呟く。
　そう思っているのは先輩だけでは無いだろう。
　茜も中谷さんも、龍ヶ崎さんも同じ表情を浮かべている。青白い表情はまるで死人の様。
　でも、蘭さんはケロリとしていた。
　もともと青白いからなのか、耐性がついていたのかは不明だが。
　
　白露町で龍ヶ崎さんを降ろし、バスは僕の家へ。
「ありがとうございました」
「ああ……ゆっくり休んでくれ……」
　未だグロッキーな先輩が僕を見送る。バスの窓から力なく振られる手は、知らない人が見たら完全にホラーだ。
　休みが必要なのは僕じゃない。
　
　バスが走り去るのを確認して石段を上がる。
　疲れたわけではないが、楽しい時間が去った後の喪失感と、家に戻って来た安堵。
　心地良い倦怠感が身体を包んでいく。
「あら、修ちゃん。おかえりなさい」
「ただいま」
　いつもと変わらない母の笑顔。見慣れた似合いすぎる巫女服も心を和ませる。

「何だかすっきりした顔してるわね。大人になっちゃった？　セクシーアピールが効いたのかしら」
　その言葉に思い出す、すりかえられた水着の事。
　帰ったら文句を言ってやろうと思ってたんだ。
「無駄に恥ずかしい思いをしただけだよ」
「あら、あれ履いたの……？勇気あるわねぇ」
　信じられないといった表情で僕を見る。
　いや、だったらいれるなよ。

「にぃに！」
　境内に響いた、聞き慣れない声。
　振り返ると、小さな女の子が立っていた。
　中谷さんみたいな人がそうそう居る訳じゃない、多分小学生くらいだろう。
　だが、それよりも印象的なのは彼女の白髪。それは真夏に降る雪の様な――。
「にぃにぃ！」
　少女は一目散に駆け寄ると、僕の胸にしがみついた。
「にぃに！　会いたかったよぉ！」
　嬉しそうに僕の胸に顔をこすり付ける。
　え？　誰？　何この子？

「親戚の恵《めぐみ》ちゃんよ。前から連絡があってね、ちょっとの間、家で預かる事になっていたの」
　多分昨日か一昨日。僕が居ない間に来たらしい。
　親戚？　こんな子親戚にいたか？　
　父の葬儀には居なかった気がする。
「にぃに！　遊びいこう！　遊びいこう！」
　全く誰かは分からないが、幼女を無下にはできない。

「よし、じゃあ行こうか！」
「わーい！　肩車する～！」
　無邪気な幼女の笑顔には勝てそうも無い。
　休む間もなく、再び石段を駆け下りた。