干支っ娘!

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別荘殺人事件 3

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 三百万もの価値がある宝石が無くなっている。
 その事実は、決して無視できるものではない。
「ウチらはずっと四人で麻雀やってたんや。その間、誰一人部屋から出てへん」
 茜が口を開く。そして、チラリと狗飼さんの方を見た。
「なにそれ……アタシが盗ったって言いたいわけ!?」
 茜の視線に、狗飼さんが語気を強める。
「いや、別に朋子を疑っているわけじゃないんだ。ただ高価なモノだからな。何か知っていればと思って」
 先輩がなだめる様に口を挟んだ。

「確かにアタシは皆と居なかったけど、部屋でずっと本読んでたし。トイレにだって行ってない」
「そんなん言うたかて、アリバイが無いのはアンタだけやで」
 茜の態度は、完全に狗飼さんを疑っていた。
「ちょ、ちょっと待ってよ。それなら僕だって一緒だよ。それに、狗飼さんがそんな事するわけないじゃないか」
「修ちゃんはそんな事せんし、それに――」
 蔑む瞳で、茜が言い放った言葉。
「アンタには、『前科』があるやろ」
 何かを引き裂くように、雷鳴が響いた。

「……アタシ帰る!」
「あっ、朋子ちゃん! 茜さん、ちょっと酷いですよっ!」 
 走り去った狗飼さんの後を、中谷さんが追って行った。
「言い過ぎだぞ茜。前々から思ってはいたが、朋子に対して余り友好的ではないな?」
 先輩の言葉に何となく思い当たる節があった。
 そういえば、狗飼さんと茜が話しているのを見た事が無い、
「……なんか好かんねん」
 吐き捨てるようにそう言って、茜が立ち去った。
 楽しいはずの旅行――それは幻想になりつつあった。


「困ったモノだな……。宝石が勝手に消えるはずもない。誰かの手によって取り外されたのは明白だが……。他に侵入者が居る、という事は考えられんか?」
「それはありえませんわ。正面から勝手口まで全て施錠してありますし。最新の防犯センサーも完備して――」
 何かを思い出したように、龍ヶ崎さんが言葉を止めた。
「どうした? 何か思い当たる節があるのか?」
「ちょっとお付き合い願えますか?」
 そう言って歩き出す、龍ヶ崎さんの後を追った。

 一階に降り、リビングを抜けた先にある重厚な扉を開くと、下に降りる階段が続いていた。
「この建物は丘の上にありますでしょう? わざわざ外を歩かなくてもいいように、下の海まで繋がっているんですわ」
  龍ヶ崎さんが電気のスイッチを入れると、両サイドに備えられた、蝋燭を模したライトが一斉に点いた。
 いやはや、なんとも洒落ている。

 階段を下りた先に現れた鉄柵の扉。
 向こうは開けた空間になっていて、クルーザーが止めてある。
 ここから優雅に大海原に繰り出すのだろう。
 うん、お金持ち怖い。

「外部から侵入するとすればここしかありませんけど、どうやら違うみたいですわね」
 鉄柵の扉は、頑丈そうな南京錠で硬く閉じられている。
 頭を突っ込めば抜けなくなってしまいそうな隙間。
 普通の人はおろか、小柄な中谷さんでも通る事は出来ないだろう。

「ふむ……」
 先輩の困惑した表情。
 外部からの侵入は無し、アリバイが無いのは僕と狗飼さんだけ。
 その事実は、信頼をも鈍らせる。
 僕と狗飼さんを疑うのは当然かもしれない。
「戻って皆で探してみよう。誰かが盗ったなんて、私は考えたくもない」
 先輩の放った、仲間を信じる揺らぎ無い想い。
 それはとても頼もしくもあり、嬉しくもあった。


「……何か聞こえないか?」
 階段を戻る途中に言った、先輩の言葉に耳を澄ます。
 離れていても僅かに聞こえる狗飼さんの声は、ただ事ではない。
「朋子さんの声ですわね。急いで戻りましょう!」
 駆け足で戻った僕達が見たものは、怒りを露にした狗飼さんだった。

「アンタでしょ! こんな事するなんて最低よ!」
「はぁ? 何でウチがそんな事せなあかんのや?」
 興奮した狗飼さんが、茜に詰め寄っている。
 二人の間でまごまごしてる中谷さんが、僕達に目で助けを求めた。

「おい、一体どうしたというんだ?」
「……これがアタシの鞄に入ってたんだ」
 割って入った先輩に、狗飼さんが見せたモノ。それは青く輝くサファイアだった。 
「鞄の中に? 龍ヶ崎、無くなったのはこれで間違いないのか?」 
「ええ、間違いありませんわ。でも、どうして朋子さんの鞄に?」
「荷物をまとめてたら、中にこれが入ってた。誰かがアタシの鞄に入れたんだよ!」
 彼女の鞄の中に? 一体誰が、何でそんな事を?

「自分で盗ったのがバレたからって、人の所為にするのはどうかと思うで? 素直にごめんなさいしぃや」
「アンタが入れたんでしょ!? アタシが嫌いだからってわざわざこんな事して、恥ずかしくないわけ!?」
 このままじゃ収まりがつかない。
「恥ずかしいのはどっちやねん。泥棒がよう言うわ」
 止めようとした瞬間、茜の放った一言。
 その言葉を聞いた狗飼さんの表情に足が止まる。
「アタシじゃ……ないのに……」
 彼女の瞳から頬を伝って、ソレは雫と成る。
 走り去る彼女を、誰も後を追う事は出来なかった。
  
「ちょっと言い過ぎたわ……」
 思い空気の中、茜が呟いた。
 流石に反省したのか、珍しく浮かない表情。
「茜はどうして狗飼さんに冷たいの? さっきは好きじゃないって言ったけど、何か理由があるんだろ?」
 人を嫌いになるのには、何かしらの理由があるはず。
 どうしてそこまで茜が狗飼さんを嫌うのか、それがどうしても気になった。

「あの女は……修ちゃんを殺そうとしたんや……」
「殺そうとしたって……。アレは事故で悪気があったわけじゃないし、そんな事くらいで――」
「そんな事ちゃう!」
 声を荒げ、僕の言葉を遮る。
「ウチ、ちょっと謝ってくるわ」 
 そう言って、茜はその場から立ち去った。

「茜の気持ちも――分からなくはないんだ。君はそんな事、と思うかもしれないが、あの晩に見た光景は、私達十二支枝にとっては衝撃的なモノだったからな」
「そうですねっ。蓮ちゃんが泣――もごっ!?」
 何かを言い掛けた、中谷さんの口を先輩が塞いだ。
「ま、まぁ。だからだな、一概に茜が悪いとも言えなくてだな……」

「犬猿の仲――でしょうか?」 
 龍ヶ崎さんが、思い出したように呟く。
「朋子さんは狗、茜さんは猿。お互いの韻が反発しあっているのかもしれませんね」
「本能レベルで馬が合わないって事か? そうだとしたら、一筋縄ではいかなそうだな」
「ええ――と言うか貴女、百合子さんが死んでますわよ」
 先輩の手の中には、口を塞がれた、ぐったりとした中谷さん。
「えっ? あっ!? 百合子! しっかりしろ! 百合子――!」
 

「ふぅ。天国が見えましたよっ!」
「すまんすまん。そんなに強く押さえていたつもりはないんだが……」
 とりあえずリビングに戻った僕達。中谷さんも無事で一安心だったが――。
「それにしても、あの二人随分遅くないかしら?」
 茜が行ってから、かれこれ二十分は経っているだろうか。二人が降りてくる気配は無い。
「また喧嘩してたりしてな。静かだから大丈夫だとは思うが」
「私ちょっと見てきますねっ」
 心配になったのか、中谷さんがリビングから出て行った。
 そして数分後、叫び声が聞こえた。

「みっ、皆! どうしよう! 朋ちゃんがっ!」
 驚きと戸惑い、そして恐怖が混ざり合ったかのような、青ざめた中谷さんの表情に、僕達はすぐ二階に上がる。
 そして、狗飼さんの部屋で見た光景に、僕達は言葉を失った。
 
 白い大理石の床を赤く染めた血液の中、狗飼さんが倒れている。
 それを見下ろすように、茜が立っていた。
「あ……茜……。お前……?」
「う……ウチちゃうで! ウチは何も知らへんっ!」
「あっ、おい待て茜!」
 茜が、逃げる様に部屋を飛び出した。

「どうなっているんだ!? とりあえず救急車だ!」
 龍ヶ崎さんが袖口からスマホを取り出した。
「圏外!? ありえませんわ!?」
 自分のポケットからスマホを取り出す。が、僕も同じく圏外だった。
「わ、私もですっ!」
「こっちもだ……。つい先程までは繋がっていたのに何故なんだ!?」
 混乱が僕達を包む。備え付けの受話器を手にした龍ヶ崎さんが、困惑した表情で呟いた。
「電話が……通じませんわ……」
 外部から遮断された洋館で起こる惨劇。 
 僕は、狗飼さんが読んでいた本を思い出していた。
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