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敗北の夕暮れ
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目が覚めた時、身体を包む甘い香りと柔らかな感触は、今まで味わった事の無い幸福感を僕にもたらした。そして理解する。
「ここは天国か――」
「残念っ、保健室でしたー!」
バッと顔を出したのはシスターマリ。
驚いて仰け反ると、首に激痛が走った。
「いたたたたた……」
「突然動いちゃダメですよ。綺麗に入りましたからねー。アクション映画みたいでしたよ!」
ああ。僕は負けたんだ。
決闘を受けられた挙句意識まで飛ばされるって、情けなさ過ぎて笑うしかない。
「何で笑ってるのかな? パンツ見えたから? それとも普段女の子が使ってるベッドに入ってるのが嬉しいから?」
「ちっ、違いまっ! あいたた……」
「だから突然動いちゃダメですってば~」
誰のせいか分からないのか、呆れた表情を浮かべるシスターマリ。
「何だか自分が情けなさ過ぎて笑ったんです。いくら口では強がってみせても『男に決闘を申し込まれたら怯むだろう』そんな浅はかな気持ちでこの様ですから」
「そうだったんですか~。まぁ彼女は強いですし、意識散漫の状態じゃ勝ち目はありませんよっ。次はきっちり準備して挑む事をお勧めしますっ」
ビシッと人差し指を立てるのは、シスターの癖。
その真っ直ぐな視線から逃げるように俯いた。
「……もう決闘は諦めました。元々本気でするつもりもありませんでしたし」
「あらら。諦めちゃうんですか? 一度負けた位で背を向けるのは男の子らしくないですよ~」
「確かにシスターの言うとおり、一度負けた位で諦めるのは男らしくないかもしれません。だけど、僕は女の子に手を上げるなと父に言われて来ましたし――あんな綺麗な子を傷つける事は出来ません」
この選択の方が男らしいと自分で思うから。
僕が言い終わると同時に、ドアの向こうで物音がした。
「あら。何の音でしょう?」
シスターがドアを開けて確認するも、どうやら誰も居なかったよう。
だが戻って来た彼女の手からはビニール袋がぶら下がっていた。
「凄いです! 桃ロールですよ! 桃ロールが落ちてましたっ! 神様のお恵みに違いありません!」
袋の中身を見るや否や、シスターが興奮気味に声を上げ、さらには小躍りまでし始めた。
中から出て来た細長い箱は、その外装からお菓子の類ではないかと推測する。
「お菓子……ですか?」
「これは一日五個しか販売していない桃華学園限定、幻のスイーツです! 最後に口にしたのはもう半年も前……。主は私を見捨ててはいなかったのですね!」
大事そうに抱えて喜ぶ姿は、本当に神の奇跡を信じているようだった。
どうみても誰かの落し物ですよね。音したし。
「はっ!? もしかして愛染君もこれを狙っているのですか!?」
奪われまいと身を引く姿に聖職者の面影は何処にも無い。
いや、そもそもそれは拾得物だろう。
まるで既に所有権が自分にあるか如く振る舞い。
神様が居たなら頭を抱えてるんじゃないのか?
「いや、そんな事ありませんよ」
甘い物に興味がないわけでもないし、好き嫌いもない。
廃棄された弁当を食べるのに抵抗はない。
だが、明らかにそれは誰かのモノだ。
シスターは一瞬安堵の表情を浮かべたかと思うと、真顔になり、さらには苦悶の表情で箱を差し出した。
「こっ、これは差し上げましょう……。しゅ、主はおっしゃいました……『与えるは受けるより幸福なり』と……」
顔を引きつらせながら言う!?
台詞と態度が合って無いよ! 怖いよ!
「いっ、いや! いいですよ! 僕は大丈夫ですから!」
「わっ、私ダイエット中ですしっ! まぁ、この学園に入った記念にでもどうぞ。外部の人は一生口に出来ませんし」
そう言って半ば無理矢理渡された箱は少し重くて。
『学園に入った記念』
その言葉もまた、重かった。
――敗者に残された道はたった一つだけ。
そう告げられているような気がして。
窓の外はもう、すっかり暗くなっていた。
「ここは天国か――」
「残念っ、保健室でしたー!」
バッと顔を出したのはシスターマリ。
驚いて仰け反ると、首に激痛が走った。
「いたたたたた……」
「突然動いちゃダメですよ。綺麗に入りましたからねー。アクション映画みたいでしたよ!」
ああ。僕は負けたんだ。
決闘を受けられた挙句意識まで飛ばされるって、情けなさ過ぎて笑うしかない。
「何で笑ってるのかな? パンツ見えたから? それとも普段女の子が使ってるベッドに入ってるのが嬉しいから?」
「ちっ、違いまっ! あいたた……」
「だから突然動いちゃダメですってば~」
誰のせいか分からないのか、呆れた表情を浮かべるシスターマリ。
「何だか自分が情けなさ過ぎて笑ったんです。いくら口では強がってみせても『男に決闘を申し込まれたら怯むだろう』そんな浅はかな気持ちでこの様ですから」
「そうだったんですか~。まぁ彼女は強いですし、意識散漫の状態じゃ勝ち目はありませんよっ。次はきっちり準備して挑む事をお勧めしますっ」
ビシッと人差し指を立てるのは、シスターの癖。
その真っ直ぐな視線から逃げるように俯いた。
「……もう決闘は諦めました。元々本気でするつもりもありませんでしたし」
「あらら。諦めちゃうんですか? 一度負けた位で背を向けるのは男の子らしくないですよ~」
「確かにシスターの言うとおり、一度負けた位で諦めるのは男らしくないかもしれません。だけど、僕は女の子に手を上げるなと父に言われて来ましたし――あんな綺麗な子を傷つける事は出来ません」
この選択の方が男らしいと自分で思うから。
僕が言い終わると同時に、ドアの向こうで物音がした。
「あら。何の音でしょう?」
シスターがドアを開けて確認するも、どうやら誰も居なかったよう。
だが戻って来た彼女の手からはビニール袋がぶら下がっていた。
「凄いです! 桃ロールですよ! 桃ロールが落ちてましたっ! 神様のお恵みに違いありません!」
袋の中身を見るや否や、シスターが興奮気味に声を上げ、さらには小躍りまでし始めた。
中から出て来た細長い箱は、その外装からお菓子の類ではないかと推測する。
「お菓子……ですか?」
「これは一日五個しか販売していない桃華学園限定、幻のスイーツです! 最後に口にしたのはもう半年も前……。主は私を見捨ててはいなかったのですね!」
大事そうに抱えて喜ぶ姿は、本当に神の奇跡を信じているようだった。
どうみても誰かの落し物ですよね。音したし。
「はっ!? もしかして愛染君もこれを狙っているのですか!?」
奪われまいと身を引く姿に聖職者の面影は何処にも無い。
いや、そもそもそれは拾得物だろう。
まるで既に所有権が自分にあるか如く振る舞い。
神様が居たなら頭を抱えてるんじゃないのか?
「いや、そんな事ありませんよ」
甘い物に興味がないわけでもないし、好き嫌いもない。
廃棄された弁当を食べるのに抵抗はない。
だが、明らかにそれは誰かのモノだ。
シスターは一瞬安堵の表情を浮かべたかと思うと、真顔になり、さらには苦悶の表情で箱を差し出した。
「こっ、これは差し上げましょう……。しゅ、主はおっしゃいました……『与えるは受けるより幸福なり』と……」
顔を引きつらせながら言う!?
台詞と態度が合って無いよ! 怖いよ!
「いっ、いや! いいですよ! 僕は大丈夫ですから!」
「わっ、私ダイエット中ですしっ! まぁ、この学園に入った記念にでもどうぞ。外部の人は一生口に出来ませんし」
そう言って半ば無理矢理渡された箱は少し重くて。
『学園に入った記念』
その言葉もまた、重かった。
――敗者に残された道はたった一つだけ。
そう告げられているような気がして。
窓の外はもう、すっかり暗くなっていた。
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