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流れついて厩舎
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HRが終わり、誰も居なくなった教室に一人。
全員が教室を出るまで席を立つ事が出来なかった。
クラスメイトの何気ない会話に含まれた、明らかな罵詈雑言は僕の心を完全に折る勢いだ。
これが男だったら『文句あるならはっきり言えよ』と喧嘩に発展する事もあるだろう。
殴りあったその先に、そこから始まる友情だって。
だが、相手は男じゃない。全員女子。いや、全員敵と言っても過言ではない。
そんな中、僕に何が出来るだろうか。
何も出来やしない。さっさと教室から出てしまえば楽になるのだろうが。
それじゃあ僕が逃げたみたいになってしまう。
僕は逃げ出さなかった。
その事実だけで、今は満足だった。
校舎を出て、宿舎に向かう。やはりすれ違う女子達の目は冷たい。
全てはあの悪意あるスピーチのせいなのだが、だけど一体、誰が何のために?
……考えてもしょうがないか。
一貫校の桃華学園じゃ僕はよそ者。これも洗礼だと受け取っておこう。
今まで男子生徒の姿は見えなかったけど、とりあえず部屋に戻ればルームメイトがいる。
彼なら説明すれば分かってくれるだろう。
そう思いながら宿舎に着くと、見覚えのあるバッグが入り口に投げ捨てられていた。
そう、僕の私物である。
「マジっすか……」
いくら何でもそこまでするかよ。子供じゃないんだから。
苛立ちを通り越して笑えてくる。バッグを拾い上げ、寮の扉を開けた。
「何しに来たんですか?」
扉の向こうに現われたのは、まるで聖地を守らんと立ちふさがる天使の大群。
その真ん中、眼鏡をかけた生真面目そうな女子が僕に声をかけた。
「何しにって、部屋に戻ろうと……」
「貴方の部屋はありません。というか、宿舎の立ち入りを禁止します」
優等生。
そんな印象を持たせる女子が、冷たく言い放った。
「えっ? どっ、どうしてですか?」
「貴方、あんなスピーチをした人間と一つ屋根の下で暮らせると思いますか?」
「あっ、いや! あれは違うんです! あのスピーチは――」
「問答無用!」
怒気のこもった言葉に、若干の苛立ちを覚える。
「……気に入らないのは承知ですが、僕も一応桃華学園の生徒、自分の部屋に戻る権利くらいあると思います」
はいそうですかと引き下がるわけにはいかない。
こんな理不尽があってたまるか。
「私はここの寮長です。私には寮生を守る義務があります。そして寮内の権限は全て私に。例え教員であろうと、それを覆す事は出来ません」
彼女が言っているのは見栄やハッタリではない。
たとえ僕が教師に泣きついても、多分無駄なんだろう。
そう思わせる気迫が彼女にはあった。
「そう言うわけですので。二度と立ち入らないようにお願いします」
そして、扉は閉められた。
肌寒い四月の風が、僕を責めるように吹き抜けた。
「何なんだよこの学校……」
バッグを抱えながら、一人園内をトボトボ歩く。
天使の楽園? 悪魔の巣窟の間違いじゃないのか?
ってか食道も寮内にあるんだぞ? 寮内立ち入り禁止って事は飯も食えないのか?
何なの? 馬鹿なの? 死ぬの?
「一体どうしろってんだよ……」
口をついて出るのは愚痴ばかり。
こんな状況で胸を張って歩けるほど肝も太くなく、人目を避けるように歩いていくと、他とは少し雰囲気が違う建物を見つけた。
校舎や宿舎、その他建造物に比べると小さなその建物は、なんとなく懐かしささえ覚える。
そして、近づくほどに香る獣臭。この臭いには嗅ぎ覚えがあった。
「やっぱり、厩舎だったのか」
小屋の扉を開けると、大きな窓から差し込む光が、其処にいた家主を照らしていた。
突然の来訪者を気にかけたのか、僕に視線を一瞬向けたが、興味がなさそうにそっぽを向いてしまった。
黒鹿毛と呼ばれる、暗い赤褐色の肌と黒い長毛が美しい馬。
どうしてそんな事を知っているかと言うと、小学生の頃、夏休みに旅行に行きたいと父に頼んだら、父の知人が経営する牧場に連れて行ってもらった事がある。
その時は初めて見る馬に感動し、父に感謝したものだが、それは旅行という名の#肉体労働_アルバイト__#だった。
朝から晩まで馬の世話をさせられて詳しくならないわけがない。
父が賃金の良さに味をしめ、毎年恒例になったのなら尚更だ。
あの頃の僕は――無邪気に楽しんでいったけなぁ――。
「お邪魔してもいいかな? 僕行く当てがないんだ」
声をかけながらゆっくりと近づく。
何を考えてるか分からないつぶらな瞳で、僕という侵入者をジッと見つめている。
恐れず、かつフレンドリーにそのたくましい首元に手を伸ばす。
艶やかな毛先に指先が触れた瞬間、願いを受け入れてくれた気がした。
「良かった。お前に断られたらどうしようかと思ってたよ」
厩舎の中は手入れが行き届いており、馬の健康状態も悪くない。
毛並みも綺麗で、血統書付きのサラブレッド然としているのは、流石桃華学園と言ったところか。 一頭だけってのが少々気になるが。
乗馬クラブとかなら多頭いてもいいはずなのに。
「おっ? 黒影は男なのか。この学園に来てから初めて同性にあったよ」
股間にぶらさがった立派な一物を見て、少しだけ嬉しくなる。
黒鹿毛だから黒影。
安易だが中々センスの良い(と自分では思う)名前を勝手につけてみた。
改めて周囲を見渡す。教室にあるタイプの机が一組。そして隅に詰まれた上質な藁束。
「ふむ。ここならとりあえず夜露は凌げるか……。なぁ黒影、僕もここに泊まって良いかな?」
黒影が「しょうがねーな」とばかりにブルンと鼻を鳴らした――気がする。
「しばらくよろしくな。黒影」
――明日からどうしよう。
そんな事を頭では考えつつ、不安に潰されないように、辺りが真っ暗になるまで馬に話し続けた。
高校生活初日を、馬と一緒に終えたのだった。
全員が教室を出るまで席を立つ事が出来なかった。
クラスメイトの何気ない会話に含まれた、明らかな罵詈雑言は僕の心を完全に折る勢いだ。
これが男だったら『文句あるならはっきり言えよ』と喧嘩に発展する事もあるだろう。
殴りあったその先に、そこから始まる友情だって。
だが、相手は男じゃない。全員女子。いや、全員敵と言っても過言ではない。
そんな中、僕に何が出来るだろうか。
何も出来やしない。さっさと教室から出てしまえば楽になるのだろうが。
それじゃあ僕が逃げたみたいになってしまう。
僕は逃げ出さなかった。
その事実だけで、今は満足だった。
校舎を出て、宿舎に向かう。やはりすれ違う女子達の目は冷たい。
全てはあの悪意あるスピーチのせいなのだが、だけど一体、誰が何のために?
……考えてもしょうがないか。
一貫校の桃華学園じゃ僕はよそ者。これも洗礼だと受け取っておこう。
今まで男子生徒の姿は見えなかったけど、とりあえず部屋に戻ればルームメイトがいる。
彼なら説明すれば分かってくれるだろう。
そう思いながら宿舎に着くと、見覚えのあるバッグが入り口に投げ捨てられていた。
そう、僕の私物である。
「マジっすか……」
いくら何でもそこまでするかよ。子供じゃないんだから。
苛立ちを通り越して笑えてくる。バッグを拾い上げ、寮の扉を開けた。
「何しに来たんですか?」
扉の向こうに現われたのは、まるで聖地を守らんと立ちふさがる天使の大群。
その真ん中、眼鏡をかけた生真面目そうな女子が僕に声をかけた。
「何しにって、部屋に戻ろうと……」
「貴方の部屋はありません。というか、宿舎の立ち入りを禁止します」
優等生。
そんな印象を持たせる女子が、冷たく言い放った。
「えっ? どっ、どうしてですか?」
「貴方、あんなスピーチをした人間と一つ屋根の下で暮らせると思いますか?」
「あっ、いや! あれは違うんです! あのスピーチは――」
「問答無用!」
怒気のこもった言葉に、若干の苛立ちを覚える。
「……気に入らないのは承知ですが、僕も一応桃華学園の生徒、自分の部屋に戻る権利くらいあると思います」
はいそうですかと引き下がるわけにはいかない。
こんな理不尽があってたまるか。
「私はここの寮長です。私には寮生を守る義務があります。そして寮内の権限は全て私に。例え教員であろうと、それを覆す事は出来ません」
彼女が言っているのは見栄やハッタリではない。
たとえ僕が教師に泣きついても、多分無駄なんだろう。
そう思わせる気迫が彼女にはあった。
「そう言うわけですので。二度と立ち入らないようにお願いします」
そして、扉は閉められた。
肌寒い四月の風が、僕を責めるように吹き抜けた。
「何なんだよこの学校……」
バッグを抱えながら、一人園内をトボトボ歩く。
天使の楽園? 悪魔の巣窟の間違いじゃないのか?
ってか食道も寮内にあるんだぞ? 寮内立ち入り禁止って事は飯も食えないのか?
何なの? 馬鹿なの? 死ぬの?
「一体どうしろってんだよ……」
口をついて出るのは愚痴ばかり。
こんな状況で胸を張って歩けるほど肝も太くなく、人目を避けるように歩いていくと、他とは少し雰囲気が違う建物を見つけた。
校舎や宿舎、その他建造物に比べると小さなその建物は、なんとなく懐かしささえ覚える。
そして、近づくほどに香る獣臭。この臭いには嗅ぎ覚えがあった。
「やっぱり、厩舎だったのか」
小屋の扉を開けると、大きな窓から差し込む光が、其処にいた家主を照らしていた。
突然の来訪者を気にかけたのか、僕に視線を一瞬向けたが、興味がなさそうにそっぽを向いてしまった。
黒鹿毛と呼ばれる、暗い赤褐色の肌と黒い長毛が美しい馬。
どうしてそんな事を知っているかと言うと、小学生の頃、夏休みに旅行に行きたいと父に頼んだら、父の知人が経営する牧場に連れて行ってもらった事がある。
その時は初めて見る馬に感動し、父に感謝したものだが、それは旅行という名の#肉体労働_アルバイト__#だった。
朝から晩まで馬の世話をさせられて詳しくならないわけがない。
父が賃金の良さに味をしめ、毎年恒例になったのなら尚更だ。
あの頃の僕は――無邪気に楽しんでいったけなぁ――。
「お邪魔してもいいかな? 僕行く当てがないんだ」
声をかけながらゆっくりと近づく。
何を考えてるか分からないつぶらな瞳で、僕という侵入者をジッと見つめている。
恐れず、かつフレンドリーにそのたくましい首元に手を伸ばす。
艶やかな毛先に指先が触れた瞬間、願いを受け入れてくれた気がした。
「良かった。お前に断られたらどうしようかと思ってたよ」
厩舎の中は手入れが行き届いており、馬の健康状態も悪くない。
毛並みも綺麗で、血統書付きのサラブレッド然としているのは、流石桃華学園と言ったところか。 一頭だけってのが少々気になるが。
乗馬クラブとかなら多頭いてもいいはずなのに。
「おっ? 黒影は男なのか。この学園に来てから初めて同性にあったよ」
股間にぶらさがった立派な一物を見て、少しだけ嬉しくなる。
黒鹿毛だから黒影。
安易だが中々センスの良い(と自分では思う)名前を勝手につけてみた。
改めて周囲を見渡す。教室にあるタイプの机が一組。そして隅に詰まれた上質な藁束。
「ふむ。ここならとりあえず夜露は凌げるか……。なぁ黒影、僕もここに泊まって良いかな?」
黒影が「しょうがねーな」とばかりにブルンと鼻を鳴らした――気がする。
「しばらくよろしくな。黒影」
――明日からどうしよう。
そんな事を頭では考えつつ、不安に潰されないように、辺りが真っ暗になるまで馬に話し続けた。
高校生活初日を、馬と一緒に終えたのだった。
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