私立桃華学園! ~性春謳歌の公式認可《フリーパス》~

cure456

文字の大きさ
上 下
1 / 48

春来たれり

しおりを挟む
私立桃華女学園しりつとうかじょがくえん

 初中高等部からなる全寮制の女子校で、生徒及び教職員全てにおいて女性のみ。
 入学に必要なのは平均以上の学力と財力。
 その名を知らぬ者はいない程の、超がつくお嬢様学校である。

 ~で在った。と言った方が正しいのかもしれない。

 何故なら、今から一年前に共学制となり『私立桃華学園』にその名を変えたからだ。
 普通の女子校が共学になったわけではない。
 天使達の楽園とまで言われる名だたる桃華女学園の共学制。
 それは全国ニュースになるほどの大改革だった。

 右を見ても、左を向いても女の子。
 胸いっぱいに深呼吸すれば、脳が蕩けそうな程芳しい桃の香り。
 下心を抱いた幾多の男子が涙を流し、笑みを浮かべたのか。
 そんなのは僕に関係なかった。遠い世界の話、別次元の話だと言っても過言ではなかった。
――つい先日までは。



 旅立ちを称える祝い桜も風に舞い、始まりを色づける。
 パリっと糊の効いた新品のワイシャツに桃色のブレザー。
 新しい服に袖を通したのは何年ぶりのことだろうか。
 鏡に映る自分の姿を眺めながら、僕は笑みを抑えきれずにいた。

「おお、良く似合ってんじゃねぇかたける
 背後から声をかけたのは僕の父。
 肉体労働で培った筋骨隆々な身体に無精ひげ、頬に残る大きな傷跡が、精悍な顔立ちにハードボイルドに引き立たせている。
 まぁ腹巻とステテコで台無しなのだが。

「そうかな? でも何だか落ち着かないよ、ピンクのブレザーなんて」
 褒められた嬉しさと気恥ずかしさを悟られまいと顔を逸らす。
 思春期ならではの行動だと自分でも思うが、素直にはなれない。
「ピンクが似合うのは男前の証拠だ。忘れ物ないか? 必要な物は全部バッグに詰めたか?」
 
「あ、うん。元々そんなに荷物なんてないし。――そう言えばコレ、手袋が片方しかないんだけど、父さん知らない?」
 高校から送られてきた制服など一式。
 その中に含まれていた薄ピンク色の手袋が何処を探しても片方しかない。
 荷物を開いた時から両方揃ってるのを見てないから、失くしたとは考えにくい。
「知らねぇなぁ。学校の方で忘れたんだろ、行った時聞いてみな。それより、急いで飯食えよ。入学式に遅刻じゃ目つけられんぞ」
「大丈夫だよ多分。そんな学校じゃないしさ」



「いただきまーす」
 傷だらけの欠けた丸テーブル。
 上に載っているのは具の無い味噌汁とししゃも三匹、そして漬物。
 貧相なのは父が給料日前だからではない。これが我が家の通常だ。
 貧相なのは食事だけでなく、住んでる建物も、築七十年はゆうに超えるトタン屋根の長屋。
 もちろん二階なんてない。
 絵に描いたような貧困家庭で父と二人、僕達はつつましく暮らしていた。

 食事を終え、準備を済ませて玄関に。
「じゃあ行ってくるよ」
「おお。頑張ってこいや――っと、渡すの忘れてた」
 無造作に放り投げられた箱を、慌ててキャッチする。
 それは我が家に存在しうるモノではない、文明の利器。スマートフォンだった。

「まさか……盗んで……? ――って痛っ!」
 岩のような拳骨が振り下ろされた。 
「馬鹿いってんじゃねぇよ。まぁ――高校生にもなれば必要だろうからな。寮に入るわけだし」
「あ、ありがとう……」
 一体どうしてしまったと言うのだろうか。夢にしてはスケールがでかすぎる。
『実はパラレルワールドでした』 
 そう言われたら無条件で信じてしまいそうだ。

「ほら早く行けよ」
 苦笑いを浮べながら、しっしっと手で追い払う仕草をする。
 これから当分会えなくなる息子に対してとても適切だとは思えないが、これが僕の父。
「じゃあ、行って来ます」
 既に父は背中を向け、肩越しにひらひらと手を振っていた。
 面と向かっては出来ないから、それを確認した後、深々と頭を下げる。
――ありがとうございました。
 心の中で、そう言いながら。
 


 事の始まりは、突然さらりと放った父の一言。
「そういえば、お前の高校が決まった」
 言われた時には、ついに父の頭がイカレてしまったかと心配した。
 高校も何も、試験はおろか願書すら出してはいない。
 高校のパンフレットではなく、職安のソレを見ていたくらいだ。
 我が家の経済状況を鑑みるに、それが一番の選択だと判断していたから。

 呆気にとられた僕を見て「何だ、高校行きたくないのか?」と言い放つ父に「行きたい」と告げた時。無造作に投げ捨てられた生徒手帳を見て、僕は思わず笑ってしまった。
 それが公立の底辺高なら目を輝かせて喜んだに違いない。
 だが、そこに書かれていた文字は余りにも馬鹿馬鹿しいモノだった。

『私立桃華学園』
 初中高等部からなる全寮制の一貫校で、県内屈指の進学校でもある。
 旧名が私立桃華女学園。いつから共学になったのかは分からないが、元々女子校な事もあり、男子の人数は驚くほど少ないとか何とか。

『桃華学園の制服に袖を通すのが女子の夢』

 その言葉に異論を唱える女子はまずいない。
『夢』と言い切るあたり、桃色の制服を着用するのは容易ではない事がお分かりだろう。
 成績優秀なのはもちろん、親の財力も必要だ。
 一説では『天下の東大より難関』とさえ言われている。 
 そんな学校の生徒手帳を出されて「はいそうですか」と言える人間は天然を通り越してただの馬鹿だ。
 そして、それが本当だと知った時の僕は、さぞ間抜けな顔をしていただろう。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

フラレたばかりのダメヒロインを応援したら修羅場が発生してしまった件

遊馬友仁
青春
校内ぼっちの立花宗重は、クラス委員の上坂部葉月が幼馴染にフラれる場面を目撃してしまう。さらに、葉月の恋敵である転校生・名和リッカの思惑を知った宗重は、葉月に想いを諦めるな、と助言し、叔母のワカ姉やクラスメートの大島睦月たちの協力を得ながら、葉月と幼馴染との仲を取りもつべく行動しはじめる。 一方、宗重と葉月の行動に気付いたリッカは、「私から彼を奪えるもの奪ってみれば?」と、挑発してきた! 宗重の前では、態度を豹変させる転校生の真意は、はたして―――!? ※本作は、2024年に投稿した『負けヒロインに花束を』を大幅にリニューアルした作品です。

心の中に白くて四角い部屋がありまして。

篠原愛紀
青春
その日、私は自分の白い心の部屋に鍵をかけた。 その日、私は自分の白い心の部屋に鍵をかけた。  もう二度と、誰にも侵入させないように。  大きな音を立てて、鍵をかけた。 何色にも染めないように、二度と誰にも見せないように。 一メートルと七十センチと少し。 これ以上近づくと、他人に自分の心が読まれてしまう香澄。  病気と偽りフリースクールに通うも、高校受験でどこに行けばいいか悩んでいた。 そんなある日、いつもフリースクールをさぼるときに観に行っていたプラネタリウムで、高校生の真中に出会う。彼に心が読まれてしまう秘密を知られてしまうが、そんな香澄を描きたいと近づいてきた。  一メートル七十センチと少し。 その身長の真中は、運命だねと香澄の心に入ってきた。 けれど絵が完成する前に真中は香澄の目の前で交通事故で亡くなってしまう。 香澄を描いた絵は、どこにあるのかもわからないまま。 兄の死は香澄のせいだと、真中の妹に責められ、 真中の親友を探すうちに、大切なものが見えていく。 青春の中で渦巻く、甘酸っぱく切なく、叫びたいほどの衝動と心の痛み。 もう二度と誰にも自分の心は見せない。 真っ白で綺麗だと真中に褒められた白い心に、香澄は鍵をかけた。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

北白川先生(♀ 独身)に召喚されました

よん
青春
小田原の県立高校に勤務する国語教諭――北白川。彼女はある目的を果たすために、自分が受け持つ五人の生徒を毎晩二時に召喚するようになった。一日一度のことわざ、そこに込められた思いとは……。 『イルカノスミカ』『フラれる前提で私にコクる鈴木くん』のスピンオフ。

ヤマネ姫の幸福論

ふくろう
青春
秋の長野行き中央本線、特急あずさの座席に座る一組の男女。 一見、恋人同士に見えるが、これが最初で最後の二人の旅行になるかもしれない。 彼らは霧ヶ峰高原に、「森の妖精」と呼ばれる小動物の棲み家を訪ね、夢のように楽しい二日間を過ごす。 しかし、運命の時は、刻一刻と迫っていた。 主人公達の恋の行方、霧ヶ峰の生き物のお話に添えて、世界中で愛されてきた好編「幸福論」を交え、お読みいただける方に、少しでも清々しく、優しい気持ちになっていただけますよう、精一杯、書いてます! どうぞ、よろしくお願いいたします!

全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―

入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。 遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。 本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。 優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

処理中です...