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三章~魔界冒険譚~
フラグ回収は早々に
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「ふぅ、喰った喰った。どうだ、中々の味だったろう?」
「うん。すごく美味しかったよ」
テーブルの上には、すっかり空になった皿が並んでいる。
魔界では一体どんな料理が食べられているのだろうかと内心構えていたけれど、どれも驚くほど美味しかった。
特に『チンピクのサキュ乳和え』は濃厚なシチューのようで、この世界で食べた料理の中でも上位にランクインすることは間違いないだろう。
素材がなんなのかは、ご想像にお任せする。
そんな余韻に浸っていると、扉が開き、鐘の音が鳴り響いた。
人気店なのだから人の出入りは多い。
最初こそ鳴る度にビクビクしていたけれど、途中からはすっかり気にならなくなった。
何でもかんでもフラグと決め付けるのは早計だ。
回収されない伏線だって沢山あってしかるべきだろう。
と思ったのだが、やはり僕の考えは甘かったらしい。
何度目かの鐘の音は、騒がしかった店内の雰囲気を一変させた。
現れたのは、黒の礼服に身を包んだ男。
男を一目見て『死』を連想したのは、その服装だけではない。
つばのついた帽子の下には、まるでミイラのようなしわがれた顔があった。
「――サタンだ」
「――地獄の王が来た」
「――あのアドミスも終わりね」
「――運の悪いやつらだ」
ひそひそとざわめく店内で、サタンと呼ばれた男は僕達を認識した。
サタン。
悪魔の王と畏怖される、最悪の存在。
これは僕のイメージだが、間違っていて欲しい。
出来れば頭に『ミスター』とかついていて欲しい。
しかし、周りの動揺を見るにあながち間違いではないらしい。
体格が大きいわけでも、奇形でもない。
確かに顔は生者のソレではないが、紳士的ですらある。
だが、僕でも感じた。
ただいるだけで、死を撒き散らすようなその存在感を。
「も、申し訳ありませんサタン様!」
店の女性が、またもや慌てた様子で飛び出してきた。
「あ、あのですね! これは、ちょ、ちょっとした手違いでして!」
「手違い――?」
地の底から響くような声は、慌てふためく女性の動きすら止める。
「私以外の誰にも、あの席に座らせるなと言ってあるはずだ」
「そ、そうですけど。あの、コレはなんと言うか――っ!?」
突然、サタンは女性の顔を鷲掴んだ。
「罪には罰を。その死を持って償いなさい」
その言葉が耳に届くと同時、僕は思わず鞘に手をかけ、飛び出そうとしていた。
「おい」
ソレを止めたのは、氷のように冷たくも、美しい声。
アミルは振り返る事もせず、
「責める相手を間違えてはおらぬか? のう、サタンとやらよ」
背後の男に声をかけた。
「ほう」
サタンは女性を掴んでいたその手を離すと、こっちに向かって歩を進める。
「私の席と知っていてそこに居るのであれば、なんと勇気のあるお嬢さんだ」
眼球があるその場所は、深く吸い込まれそうな深淵が広がっている。
近づく度に、鞘を握る手が震える。
これほどのモノなのか。悪魔の王と呼ばれる存在は。
「一体どんな顔をしているのか、拝ませてはもらえないだろ――」
サタンがその手を、アミルのローブに伸ばした瞬間。
振り向きざまに放ったアミルのナイフが、サタンの首を捉えた。
いや、捉えただけじゃない。スッパリ切り抜いたのだ。
「……え?」
あまりにも早過ぎる決着に、思わず声が漏れた。
当のサタンは声を漏らす暇もなく、喉を切り裂かれてその場に崩れ落ちると、やがて完全に動かなくなった。
「ふん。悪魔の王が聞いて呆れるわ。しかし、やはりこのナイフは良く切れるな。あの鍛冶師、中々腕は悪くない」
アミルは何事も無かったかのように椅子に座りなおし、満足気にナイフを眺める。
いや、そこはもうちょっとタメる場面じゃないの?
こう、首元にナイフを突きつけるぐらいで。
「命が惜しければ~」的なやり取りがあってもいいんじゃないの?
時間が止まったかのように静まり返った店内の皆さんも、きっとそう思っている事だろう。
止まった時を戻したのは、再度鳴り響いた鐘の音だった。
「ローブ姿の女と鎧を着たアドミスの二人組。間違いない、こいつらだな」
店に入ってきたのは、三人組の男。もちろん人間ではない。
皮膚は全て硬そうな鱗に覆われた、トカゲにも似た魔族。
リザードマンとでも言うのだろうか。人間界で一度だけ見た事がある。
明らかに客ではなさそうな雰囲気を醸し出しているのは、その手に握られた剣のせいだろう。
その腕には不思議な模様のついた腕章をつけていた。
「ふう。一難去ってまた一難とはこの事か。全く面倒だ」
アミルは呆れたように溜息をついてはいるが、さっきのあれを一難と言うには少しイージー過ぎると思う。
「ああ、間違いない。おい、お前た――っ!?」
近づいてきた一人が、無残に転がるサタンの死体に目を見張る。
「まさか――サタンか? 死んで……るのか……?」
「そ、そのようだ……。だが、何故こんなところで……?」
まるで腫れ物を触るように剣先でつつきながら、何やらブツブツと言っている。
「お、おい! サタンを殺したのはお前達か!?」
問い詰めるには少し遠すぎる距離で、男達が構える。
「だとしたら何だ? 貴様も其処に転がりたいと申すか?」
「おっ、お前達には! 魔王様の使いを騙り、宿の部屋を占拠した容疑がかかっている! 大人しく同行願おう!」
アミルの言葉に、少しだけ気圧された様子を見せながらも、それでも精一杯声を張った。
そしてその態度で、僕は何となく彼らの立場を察した。
きっと、自警団のようなモノなのだ、と。
「あのスライムめ。手間をかけさせおって。戻ったら氷漬けにしてやろうか」
彼の唯一の取り柄であるぷるぷる感を奪うとは、何と鬼畜な所業だろう。
いやしかし、彼の行動は当然と言えば当然だろう。何せ自分の命がかかっているのだから。
「ってかどうするの? 結構大事になってるみたいだけど」
「ん? まぁ丁度良い、食後の散歩と行こうではないか」
そう言ってアミルが席を立った瞬間、リザード自警団が示し合わせたように後ずさった。
「連行するのだろう? さっさと道を空けんか」
そう言って先頭を歩くその姿の、一体何処に連行要素があるのだろう。
おっかなびっくり彼女の後ろを歩く彼らを眺めながら、そんな事を思った。
「うん。すごく美味しかったよ」
テーブルの上には、すっかり空になった皿が並んでいる。
魔界では一体どんな料理が食べられているのだろうかと内心構えていたけれど、どれも驚くほど美味しかった。
特に『チンピクのサキュ乳和え』は濃厚なシチューのようで、この世界で食べた料理の中でも上位にランクインすることは間違いないだろう。
素材がなんなのかは、ご想像にお任せする。
そんな余韻に浸っていると、扉が開き、鐘の音が鳴り響いた。
人気店なのだから人の出入りは多い。
最初こそ鳴る度にビクビクしていたけれど、途中からはすっかり気にならなくなった。
何でもかんでもフラグと決め付けるのは早計だ。
回収されない伏線だって沢山あってしかるべきだろう。
と思ったのだが、やはり僕の考えは甘かったらしい。
何度目かの鐘の音は、騒がしかった店内の雰囲気を一変させた。
現れたのは、黒の礼服に身を包んだ男。
男を一目見て『死』を連想したのは、その服装だけではない。
つばのついた帽子の下には、まるでミイラのようなしわがれた顔があった。
「――サタンだ」
「――地獄の王が来た」
「――あのアドミスも終わりね」
「――運の悪いやつらだ」
ひそひそとざわめく店内で、サタンと呼ばれた男は僕達を認識した。
サタン。
悪魔の王と畏怖される、最悪の存在。
これは僕のイメージだが、間違っていて欲しい。
出来れば頭に『ミスター』とかついていて欲しい。
しかし、周りの動揺を見るにあながち間違いではないらしい。
体格が大きいわけでも、奇形でもない。
確かに顔は生者のソレではないが、紳士的ですらある。
だが、僕でも感じた。
ただいるだけで、死を撒き散らすようなその存在感を。
「も、申し訳ありませんサタン様!」
店の女性が、またもや慌てた様子で飛び出してきた。
「あ、あのですね! これは、ちょ、ちょっとした手違いでして!」
「手違い――?」
地の底から響くような声は、慌てふためく女性の動きすら止める。
「私以外の誰にも、あの席に座らせるなと言ってあるはずだ」
「そ、そうですけど。あの、コレはなんと言うか――っ!?」
突然、サタンは女性の顔を鷲掴んだ。
「罪には罰を。その死を持って償いなさい」
その言葉が耳に届くと同時、僕は思わず鞘に手をかけ、飛び出そうとしていた。
「おい」
ソレを止めたのは、氷のように冷たくも、美しい声。
アミルは振り返る事もせず、
「責める相手を間違えてはおらぬか? のう、サタンとやらよ」
背後の男に声をかけた。
「ほう」
サタンは女性を掴んでいたその手を離すと、こっちに向かって歩を進める。
「私の席と知っていてそこに居るのであれば、なんと勇気のあるお嬢さんだ」
眼球があるその場所は、深く吸い込まれそうな深淵が広がっている。
近づく度に、鞘を握る手が震える。
これほどのモノなのか。悪魔の王と呼ばれる存在は。
「一体どんな顔をしているのか、拝ませてはもらえないだろ――」
サタンがその手を、アミルのローブに伸ばした瞬間。
振り向きざまに放ったアミルのナイフが、サタンの首を捉えた。
いや、捉えただけじゃない。スッパリ切り抜いたのだ。
「……え?」
あまりにも早過ぎる決着に、思わず声が漏れた。
当のサタンは声を漏らす暇もなく、喉を切り裂かれてその場に崩れ落ちると、やがて完全に動かなくなった。
「ふん。悪魔の王が聞いて呆れるわ。しかし、やはりこのナイフは良く切れるな。あの鍛冶師、中々腕は悪くない」
アミルは何事も無かったかのように椅子に座りなおし、満足気にナイフを眺める。
いや、そこはもうちょっとタメる場面じゃないの?
こう、首元にナイフを突きつけるぐらいで。
「命が惜しければ~」的なやり取りがあってもいいんじゃないの?
時間が止まったかのように静まり返った店内の皆さんも、きっとそう思っている事だろう。
止まった時を戻したのは、再度鳴り響いた鐘の音だった。
「ローブ姿の女と鎧を着たアドミスの二人組。間違いない、こいつらだな」
店に入ってきたのは、三人組の男。もちろん人間ではない。
皮膚は全て硬そうな鱗に覆われた、トカゲにも似た魔族。
リザードマンとでも言うのだろうか。人間界で一度だけ見た事がある。
明らかに客ではなさそうな雰囲気を醸し出しているのは、その手に握られた剣のせいだろう。
その腕には不思議な模様のついた腕章をつけていた。
「ふう。一難去ってまた一難とはこの事か。全く面倒だ」
アミルは呆れたように溜息をついてはいるが、さっきのあれを一難と言うには少しイージー過ぎると思う。
「ああ、間違いない。おい、お前た――っ!?」
近づいてきた一人が、無残に転がるサタンの死体に目を見張る。
「まさか――サタンか? 死んで……るのか……?」
「そ、そのようだ……。だが、何故こんなところで……?」
まるで腫れ物を触るように剣先でつつきながら、何やらブツブツと言っている。
「お、おい! サタンを殺したのはお前達か!?」
問い詰めるには少し遠すぎる距離で、男達が構える。
「だとしたら何だ? 貴様も其処に転がりたいと申すか?」
「おっ、お前達には! 魔王様の使いを騙り、宿の部屋を占拠した容疑がかかっている! 大人しく同行願おう!」
アミルの言葉に、少しだけ気圧された様子を見せながらも、それでも精一杯声を張った。
そしてその態度で、僕は何となく彼らの立場を察した。
きっと、自警団のようなモノなのだ、と。
「あのスライムめ。手間をかけさせおって。戻ったら氷漬けにしてやろうか」
彼の唯一の取り柄であるぷるぷる感を奪うとは、何と鬼畜な所業だろう。
いやしかし、彼の行動は当然と言えば当然だろう。何せ自分の命がかかっているのだから。
「ってかどうするの? 結構大事になってるみたいだけど」
「ん? まぁ丁度良い、食後の散歩と行こうではないか」
そう言ってアミルが席を立った瞬間、リザード自警団が示し合わせたように後ずさった。
「連行するのだろう? さっさと道を空けんか」
そう言って先頭を歩くその姿の、一体何処に連行要素があるのだろう。
おっかなびっくり彼女の後ろを歩く彼らを眺めながら、そんな事を思った。
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