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二章
居場所
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二階の角部屋。
宿の一室ではあるが、ほのかに香る女の子の香りが、彼女の専用部屋である事を告げる。
彼女をベッドに寝かせ、隣に腰を下ろした。
何も変な事をしようとしているわけじゃない。単純に疲れたのだ。
いくら軽い女の子だろうが、人一人抱えて階段を上がるのは中々疲れる。
かといって、長居は無用。
立ち上がり、部屋を出ようとした僕の手を――チェルが握った。
お酒のせいだろうか。熱く、じわりと汗が滲んだその手は、部屋の暗さと相まって気持ちを高揚させる。
「ケンセイさん。私の事――嫌いですか?」
薄明かりに光るチェルの潤んだ瞳は、少女のモノにしては少々妖艶すぎた。
「い、いや、嫌いじゃないよ……」
これはマズイ。この状況は非常に危険だ。
セクシーアーマーは腕輪状態。無防備《ノーガード》なのだ。
僕のセクシーソードを遮るものは、容易に解除可能な衣類のみ。
呪いが発動してしまったら、本当の初めてを奪ってしまいかねない。
「も、もう遅いからちゃんと寝たほういい――よっ!?」
グイと手を引かれて、そのままベッドへ倒される。
その隙に体勢を入れ替え、チェルはその小ぶりなお尻で僕の動きを完全に止めた。
鮮やかに決められたマウントポジション。
それを覆す術を僕は知っている。
簡単な体術はニーヤに学んでいた。習得したかは別として、不利な体勢から脱出するくらいは出来る。
だが、年下の、それも女の子の前では、僕はあまりにも無力だった。
「嫌いじゃないって――ずるい言葉ですね」
窓から差し込む月明かりが、彼女の顔を照らす。
「ゴメン……」
悲しげな表情に、責めるような視線。
僕はただ、謝る事しかできない。
「お願いがあります。キスしてもらますか?」
それは、彼女に僕が言った言葉。
助かるためとは言え、大切な初めてを奪った僕の言葉だ。
それを断れるはずなんて――ない。
重ねあった隙間から甘い吐息が漏れる。
空いた時間を埋め尽くす様についばむ口唇は、彼女の気持ちの表れ。
遠慮がちに絡ませるその舌も、聞こえる胸の鼓動も。
離れる瞬間、名残惜しそうな唾液の糸が光った。
「も、もうダメです! 赤ちゃん作りましょう!」
顔を上気させたチェルの目が不気味に輝く。
「はぁっ!?」
「だ、大丈夫です! 責任とって何て言いません! いや、とってもらうけど今はどうでもいいでしょう!? 家族を作りましょう!」
早口でまくし立てる勢いに任せ、おもむろに上着を脱ぎ捨てる。
――形の整った二つの膨らみが露《あらわ》れた!
――相手はぷるぷるしている!
「ちょ、待って! 見えてる! 見えてる!」
「前も見たじゃないですか! それどころか触ったじゃないですかっ!」
チェルはそう言いながらも、やはり恥ずかしかったのか、胸を隠すように僕に身体を重ねた。
――おっぱいの攻撃! 精神ダメージを受けた!
――相手はぷにぷにしている!
――呪いが発動した!
ひとりでに動く両腕は、彼女の身体を抱きしめようとその距離を縮めている。
「もう、一人は嫌なんです……」
今までになく、悲しげに呟いた。
指先で感じる、背中に刻まれた不幸の証。
ドラーシュの烙印。
彼女は両親を殺され、ドラーシュとしてさらわれた。
家族を作りたいと言った言葉は、紛れもない彼女の本心かもしれない。
奪われた居場所を、自分の居場所を、彼女は探している。
他の二人のように、何処かに行く事は出来たはず。
それなのに、戻るかも分からない僕を待っていたんだ。
痛々しい背中の傷は、決して消えることはない。
彼女の傷を、僕は癒してあげる事が出来るんだろうか。
「ごめん……なさい……」
彼女が呟いた。
「こんなの……ずるいですよね」
「いや……そんな事ないよ」
「そんなに泣かれたら――出来ませんよ」
彼女に言われて、自分の頬が濡れている事に気づく。
「それに、さっきまですっごい元気だったのに、今は全然――」
チェルが悪戯に、押し付けるように腰を動かす。
さっきまでは痛いほどやる気に満ちていたセクシーソードが今はその面影もない。
顔を見合わせ、二人で苦笑した。
「寝るまで、隣にいてもらってもいいですか?」
上着を着たチェルのお願いを断るわけもなく、僕は快く頷いた。
「その気になったら襲ってくれてもいいんですよ?」
そんな事を言いつつも、彼女が寝付くまでに時間はかからなかった。
安らかな寝顔を眺めながら、いつかきっと、彼女が自分の居場所を見つける事を願った。
彼女の部屋を出て――目が合った。
「あっ……」と声を漏らしたのは、肩にペロ様を乗せたモミさんだ。
その下には、潰れたニーヤが寝息を立てている。
ブレーメンの音楽隊ごっこをしてるわけではないだろう。
「も、もうニーヤったら。こんなとこで寝たらいけませんよ!」
「前にも――こんな事がありましたよね?」
「な、なんの事ですか!? 私はただ、ニーヤを起こしに来ただけですよ!?」
目を泳がせるモミさん。
ペロ様に聞けば一発で分かってしまう話なのだが、あえて追求はしない。
転がってるニーヤを抱きかかえ、そのまま部屋に戻った。
僕の居場所は――何処にあるんだろうか。
眠りにつくまで、そんな事を考えていた。
宿の一室ではあるが、ほのかに香る女の子の香りが、彼女の専用部屋である事を告げる。
彼女をベッドに寝かせ、隣に腰を下ろした。
何も変な事をしようとしているわけじゃない。単純に疲れたのだ。
いくら軽い女の子だろうが、人一人抱えて階段を上がるのは中々疲れる。
かといって、長居は無用。
立ち上がり、部屋を出ようとした僕の手を――チェルが握った。
お酒のせいだろうか。熱く、じわりと汗が滲んだその手は、部屋の暗さと相まって気持ちを高揚させる。
「ケンセイさん。私の事――嫌いですか?」
薄明かりに光るチェルの潤んだ瞳は、少女のモノにしては少々妖艶すぎた。
「い、いや、嫌いじゃないよ……」
これはマズイ。この状況は非常に危険だ。
セクシーアーマーは腕輪状態。無防備《ノーガード》なのだ。
僕のセクシーソードを遮るものは、容易に解除可能な衣類のみ。
呪いが発動してしまったら、本当の初めてを奪ってしまいかねない。
「も、もう遅いからちゃんと寝たほういい――よっ!?」
グイと手を引かれて、そのままベッドへ倒される。
その隙に体勢を入れ替え、チェルはその小ぶりなお尻で僕の動きを完全に止めた。
鮮やかに決められたマウントポジション。
それを覆す術を僕は知っている。
簡単な体術はニーヤに学んでいた。習得したかは別として、不利な体勢から脱出するくらいは出来る。
だが、年下の、それも女の子の前では、僕はあまりにも無力だった。
「嫌いじゃないって――ずるい言葉ですね」
窓から差し込む月明かりが、彼女の顔を照らす。
「ゴメン……」
悲しげな表情に、責めるような視線。
僕はただ、謝る事しかできない。
「お願いがあります。キスしてもらますか?」
それは、彼女に僕が言った言葉。
助かるためとは言え、大切な初めてを奪った僕の言葉だ。
それを断れるはずなんて――ない。
重ねあった隙間から甘い吐息が漏れる。
空いた時間を埋め尽くす様についばむ口唇は、彼女の気持ちの表れ。
遠慮がちに絡ませるその舌も、聞こえる胸の鼓動も。
離れる瞬間、名残惜しそうな唾液の糸が光った。
「も、もうダメです! 赤ちゃん作りましょう!」
顔を上気させたチェルの目が不気味に輝く。
「はぁっ!?」
「だ、大丈夫です! 責任とって何て言いません! いや、とってもらうけど今はどうでもいいでしょう!? 家族を作りましょう!」
早口でまくし立てる勢いに任せ、おもむろに上着を脱ぎ捨てる。
――形の整った二つの膨らみが露《あらわ》れた!
――相手はぷるぷるしている!
「ちょ、待って! 見えてる! 見えてる!」
「前も見たじゃないですか! それどころか触ったじゃないですかっ!」
チェルはそう言いながらも、やはり恥ずかしかったのか、胸を隠すように僕に身体を重ねた。
――おっぱいの攻撃! 精神ダメージを受けた!
――相手はぷにぷにしている!
――呪いが発動した!
ひとりでに動く両腕は、彼女の身体を抱きしめようとその距離を縮めている。
「もう、一人は嫌なんです……」
今までになく、悲しげに呟いた。
指先で感じる、背中に刻まれた不幸の証。
ドラーシュの烙印。
彼女は両親を殺され、ドラーシュとしてさらわれた。
家族を作りたいと言った言葉は、紛れもない彼女の本心かもしれない。
奪われた居場所を、自分の居場所を、彼女は探している。
他の二人のように、何処かに行く事は出来たはず。
それなのに、戻るかも分からない僕を待っていたんだ。
痛々しい背中の傷は、決して消えることはない。
彼女の傷を、僕は癒してあげる事が出来るんだろうか。
「ごめん……なさい……」
彼女が呟いた。
「こんなの……ずるいですよね」
「いや……そんな事ないよ」
「そんなに泣かれたら――出来ませんよ」
彼女に言われて、自分の頬が濡れている事に気づく。
「それに、さっきまですっごい元気だったのに、今は全然――」
チェルが悪戯に、押し付けるように腰を動かす。
さっきまでは痛いほどやる気に満ちていたセクシーソードが今はその面影もない。
顔を見合わせ、二人で苦笑した。
「寝るまで、隣にいてもらってもいいですか?」
上着を着たチェルのお願いを断るわけもなく、僕は快く頷いた。
「その気になったら襲ってくれてもいいんですよ?」
そんな事を言いつつも、彼女が寝付くまでに時間はかからなかった。
安らかな寝顔を眺めながら、いつかきっと、彼女が自分の居場所を見つける事を願った。
彼女の部屋を出て――目が合った。
「あっ……」と声を漏らしたのは、肩にペロ様を乗せたモミさんだ。
その下には、潰れたニーヤが寝息を立てている。
ブレーメンの音楽隊ごっこをしてるわけではないだろう。
「も、もうニーヤったら。こんなとこで寝たらいけませんよ!」
「前にも――こんな事がありましたよね?」
「な、なんの事ですか!? 私はただ、ニーヤを起こしに来ただけですよ!?」
目を泳がせるモミさん。
ペロ様に聞けば一発で分かってしまう話なのだが、あえて追求はしない。
転がってるニーヤを抱きかかえ、そのまま部屋に戻った。
僕の居場所は――何処にあるんだろうか。
眠りにつくまで、そんな事を考えていた。
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