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二章
帰り道
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ウイリアを後にした僕達は、ディーナスが牽引する幌馬車のおかげもあり、のんびりとテヘペロ村を目指していた。
思い出話に花をさかせつつ、見覚えのある道を通る。
とても穏やかで、幸せな時間。
「夢――みたいです」
御者台に座るモミさんが、ポツリと呟いた。
「この道を、再びこの四人で通れるだなんて、あの時は全く考えていませんでしたから」 前を見ながらも、その目は何処か遠くを見つめるように。
幸せそうに微笑む。
ここワーワルツには、誰もが知る有名な絵本がある。
三人の戦士が、魔王を倒しに行く英雄譚。
数々の苦難を乗り越え、彼らは無事に魔王を倒した。
でも最後のページに描かれていたのは、夕焼けを背に歩く、二人の戦士の姿。
戦士の一人は、魔王と戦って命を落とした。
自《みずか》らの命を青い炎に変えて、魔王を倒した。
そして、彼女達も同じだった。
あの時、彼女達が通ったこの道は、悲劇へと続いていた。
ペロ様が死ぬ事を知っていながら、この道を進んだ。
彼女達が魔王を倒す旅をしていたなんて、知っていたのは同郷の僅かな人達だけ。
声援も、期待も、褒章もない。
何も得るモノはなく。失うモノだけは決まっている。
あまりにも孤独で、辛い旅だった。
だけど、今はこうして皆いる。
誰一人欠かさず。同じ道を通っている。
「全部――ケンセイさんのおかげです。ケンセイさんが居てくれたから、私達はこうして村に戻る事が出来る」
「いや、それは違いますよ。モミさん達が居なかったら、僕は生きてるかどうかも怪しかったと思いますし。だから――そうですね。ミーの言葉を借りれば、結果が良かった。良い結果だったんですよ。色んな偶然が重なって、この道に辿り着いたんです」
僕の言葉に、モミさんが優しく微笑む。
そして、僕の手の上に自分の手を重ねた。
「少しだけ――こうしていてもよろしいですか?」
「あ、も、もちろんです……」
高鳴る鼓動は、彼女の手の温もりで落ち着きを徐々に取り戻す。
懐かしい景色が広がる道には、心地良い風が流れていた。
港町ラーバスに着いたのは、太陽が高く昇る頃。
その名の通り海に面した町で、テヘペロ村に行くには、ここから船に乗っていかなければならない。
鼻をくすぐる潮風が、空っぽになった胃袋を刺激する。
旅の食事と言えば、痛みにくく日持ちする物。そして腹持ちの良い物。味は二の次三の次。自然とそっけないものになってしまう。
店で食べるにしても、内陸に行くにつれ、新鮮な海産物は全くと言っていいほど口に入らない。
だから昼食は新鮮な海産物――と期待していたのだが、馬車はまっすぐ船着場へ。
そのまま手続きを済ませ――今は海の上だ。
「お魚……」
噛み切るのも困難な程硬い燕麦パンと塩っ辛い干し肉を両手に、遠ざかっていく町を眺める。
この世界には、エンジン付の高速船などない。
テヘペロ村がある島までは約五時間程かかる事から、船の運航は早朝から昼までと決められているらしい。
そして、僕達が乗っている船が最終便だった。
出航直前の船にギリギリ乗れたのは喜ばしい事だが、胃袋がおさかな天国になっていたから悲しい。
「ふふ。大丈夫ですよケンセイさん。シードラでもお魚は食べれますから」
くすくすと笑うモミさんの言葉に、はたと気づく。
港を出発したなら、たどりつくのもまた――港。
「ハハッ、そうですよね」
「シードラに着いたら、またペロリン亭に行きましょうね」
ペロリン亭。
その名前を初めて聞いた時は、歓楽街にありそうな、ピンクネオンで装飾された店を連想したけどそうじゃない。
テヘペロ村の出身者が営む酒場だ。
この前行った時は、結構な騒ぎになったんだっけ。
テヘペロ村が魔物に襲撃され、村人は全滅。
故郷を離れていた者達は、その悲報を聞いて悲しみに暮れていた。
ペロリン亭に集まり、村の習慣である、鎮魂の儀を執り行ってる最中に突然、死んだと思われていたニーヤとモミさん。そしてペロ様が現れたのだ。
騒ぎにならない方がおかしいだろう。
「皆――驚くだろうなぁ」
海を眺めながら、モミさんが一人呟く。
彼女達同様、ペロリン亭にいた人達――村の人間なら、魔王を倒した時、ペロ様がどうなるかを知っていた。
だから無事に戻って来た今回も、大騒ぎになるんだろう。
モミさんの嬉しそうな顔は、そんな光景を想像させた。
思い出話に花をさかせつつ、見覚えのある道を通る。
とても穏やかで、幸せな時間。
「夢――みたいです」
御者台に座るモミさんが、ポツリと呟いた。
「この道を、再びこの四人で通れるだなんて、あの時は全く考えていませんでしたから」 前を見ながらも、その目は何処か遠くを見つめるように。
幸せそうに微笑む。
ここワーワルツには、誰もが知る有名な絵本がある。
三人の戦士が、魔王を倒しに行く英雄譚。
数々の苦難を乗り越え、彼らは無事に魔王を倒した。
でも最後のページに描かれていたのは、夕焼けを背に歩く、二人の戦士の姿。
戦士の一人は、魔王と戦って命を落とした。
自《みずか》らの命を青い炎に変えて、魔王を倒した。
そして、彼女達も同じだった。
あの時、彼女達が通ったこの道は、悲劇へと続いていた。
ペロ様が死ぬ事を知っていながら、この道を進んだ。
彼女達が魔王を倒す旅をしていたなんて、知っていたのは同郷の僅かな人達だけ。
声援も、期待も、褒章もない。
何も得るモノはなく。失うモノだけは決まっている。
あまりにも孤独で、辛い旅だった。
だけど、今はこうして皆いる。
誰一人欠かさず。同じ道を通っている。
「全部――ケンセイさんのおかげです。ケンセイさんが居てくれたから、私達はこうして村に戻る事が出来る」
「いや、それは違いますよ。モミさん達が居なかったら、僕は生きてるかどうかも怪しかったと思いますし。だから――そうですね。ミーの言葉を借りれば、結果が良かった。良い結果だったんですよ。色んな偶然が重なって、この道に辿り着いたんです」
僕の言葉に、モミさんが優しく微笑む。
そして、僕の手の上に自分の手を重ねた。
「少しだけ――こうしていてもよろしいですか?」
「あ、も、もちろんです……」
高鳴る鼓動は、彼女の手の温もりで落ち着きを徐々に取り戻す。
懐かしい景色が広がる道には、心地良い風が流れていた。
港町ラーバスに着いたのは、太陽が高く昇る頃。
その名の通り海に面した町で、テヘペロ村に行くには、ここから船に乗っていかなければならない。
鼻をくすぐる潮風が、空っぽになった胃袋を刺激する。
旅の食事と言えば、痛みにくく日持ちする物。そして腹持ちの良い物。味は二の次三の次。自然とそっけないものになってしまう。
店で食べるにしても、内陸に行くにつれ、新鮮な海産物は全くと言っていいほど口に入らない。
だから昼食は新鮮な海産物――と期待していたのだが、馬車はまっすぐ船着場へ。
そのまま手続きを済ませ――今は海の上だ。
「お魚……」
噛み切るのも困難な程硬い燕麦パンと塩っ辛い干し肉を両手に、遠ざかっていく町を眺める。
この世界には、エンジン付の高速船などない。
テヘペロ村がある島までは約五時間程かかる事から、船の運航は早朝から昼までと決められているらしい。
そして、僕達が乗っている船が最終便だった。
出航直前の船にギリギリ乗れたのは喜ばしい事だが、胃袋がおさかな天国になっていたから悲しい。
「ふふ。大丈夫ですよケンセイさん。シードラでもお魚は食べれますから」
くすくすと笑うモミさんの言葉に、はたと気づく。
港を出発したなら、たどりつくのもまた――港。
「ハハッ、そうですよね」
「シードラに着いたら、またペロリン亭に行きましょうね」
ペロリン亭。
その名前を初めて聞いた時は、歓楽街にありそうな、ピンクネオンで装飾された店を連想したけどそうじゃない。
テヘペロ村の出身者が営む酒場だ。
この前行った時は、結構な騒ぎになったんだっけ。
テヘペロ村が魔物に襲撃され、村人は全滅。
故郷を離れていた者達は、その悲報を聞いて悲しみに暮れていた。
ペロリン亭に集まり、村の習慣である、鎮魂の儀を執り行ってる最中に突然、死んだと思われていたニーヤとモミさん。そしてペロ様が現れたのだ。
騒ぎにならない方がおかしいだろう。
「皆――驚くだろうなぁ」
海を眺めながら、モミさんが一人呟く。
彼女達同様、ペロリン亭にいた人達――村の人間なら、魔王を倒した時、ペロ様がどうなるかを知っていた。
だから無事に戻って来た今回も、大騒ぎになるんだろう。
モミさんの嬉しそうな顔は、そんな光景を想像させた。
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