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彼女の森

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 アミルは二階の庭園から、空に浮かぶ球体を眺めていた。
 燃えるような赤に輝くソレは、人間界のモノと違って沈むことは無い。
 ガジガラの月であり、太陽でもあった。
「次の赤が輝く日……」
 手すりに掴まり、そっと呟く。
 それは、あまりにも突然な話だった。
 赤が最も輝くのは、月が満ちた今日のような日だ。
 したがって、次に赤が輝くのは一月後。一月後には、アミルはザフズの妻になる。
 自分の意思とは無関係に。子を成すために。


「どうしたの? こんなところで」
 声のする方を振り向くと、その手に、青いガラスの瓶とグラスを持ったユーリアが立っていた。
 目を伏せたアミルにグラスを渡し、赤いワインを満たしていく。
 重ねたグラスの音が、魔界の空に散った。
「嫌――なの?」
「嫌――ってわけじゃない。でも、嬉しくはない」
 周囲には誰もおらず、自然と二人の口調も変わる。

「いつからなのかは分からないけど、本当にこれでいいのかなって、ずっと考えてる。この先、自分が幸せになれるのかが分からないの」
「う~ん。そんなに、深く考える事はないと思うんだけど」
「ユーリアはいいよ。ずっと想い続けた相手と一緒になれるんだもん。でも、私は違う。ユーリアみたいな顔は――出来ないよ」
 すねたように呟いて、グラスの中身をあおる。

――お母様が生きていたら、何と言うのだろう。  

 いつも優しく、傍に居てくれた母。
 慈愛をふんだんにたたえた笑みを浮かべながら、陽の当たる森で、色んな事を教えてくれた母。


『いつか、アミルも大切な人に巡り会って、幸せになるのよ』
『アミル、今幸せだよ』
『今より、もっともっと幸せになれるわ。誰かを心の底から愛した時、貴女は世界で一番幸せになるの』
『愛?』
『そうよ。貴女の名前、アミルには、愛と言う意味があるのよ』
『愛――。うん、なる。アミル、いつか世界で一番幸せになる』
『ええ。そうなったら、私は世界で二番目に幸せよ――』


「心配ないって。きっと大丈夫だから」 
 ユーリアが空になったアミルのグラスをそっとつまんで横に置く。
 そのまま、アミルの背中を抱いた。
「今はまだ、気持ちの整理がつかないだけだよ。ザフズ様より素敵な男はいないって。きっと、アミルを幸せにしてくれる」
「そう……かな……?」
「そうだよ。それに、淫魔の王でしょ? 多分こっちの方も――」
 ユーリアが腰に回した手をアミルの胸に当て、ゆっくりと動かしていく。
「えっ!? なっ、ユーリアっ!?」
「『ああアミル。君は何て素敵なんだ。この胸の柔らかさ、たまらないよ』」
 ザフズを意識した芝居ががった台詞と共に、官能的に胸をまさぐる。
 女だからわかる的確な指使いは、ワインで火照ったアミルの身体を通して、脳に快感を植えつける。

「ユ、ユーリアっ! そ、それ……以上……っ!」
 その指は、胸元をすり抜けてドレスの中へ。
 未だ、誰にも触れられた事のない蕾を摘まれた快感に吐息が漏れる。
 ユーリアの左手はそのまま、アミルの身体を滑らせるように、右手を下降させていく。
「『いいだろう? もう、我慢出来ないんだ』」
「よ、よくないっ!」
 下腹部に到達したユーリアの指を、アミルがぐっと理性で押し止める。
「もう。ふざけすぎよ」
 僅かに覚えた快感をかき消さんとばかりに、アミルはプイと横を向く。
 それと同時に、ある疑問が浮かんだ。

「ふふ。ゴメンゴメン。ワインのせいね」
「もしかして……ユーリアはその……。もうしちゃったの?」
 遠慮がちに、それでも興味を隠せない子猫の様なアミルの質問に、ユーリアは一瞬驚き、すぐにクスリと笑った。
「口付けだけ。その先はまだしてない。大切なモノだし、初めてはやっぱり婚姻の日に、ね」
「そ、そっか。そうだよね」  
 安堵したのか、落胆か。アミルが抱いた感情は、自分でも曖昧で分からなかった。
 変わらず純潔であれば何より。
 だが、もしも済ませていたならば、どのようなモノなのか訊ねてみたい気持ちもあったから。
「そろそろ戻ろうかな。アミルはどうする?」
「私は、少し部屋で休もうかな」
「そっか。じゃあ、後で遊びにいくわ」
「ええ。では、また後で」
 ユーリアを見送ってから、アミルは再び空を見上げる。
 赤い月が、強く輝いていた。
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