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彼女の森

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 身支度の為、自室で侍女に髪を梳かされているアミルは、酷く浮かない顔をしていた。
「アミル様、どうかお気を落とさずに」
「ええ。ありがとうドミィ」
 気遣う侍女に、アミルは鏡越しに微笑んで見せた。

 ドミィは、アミルの御付としてこの城に使える侍女で、正確な年齢は不明だが、人間で言えば二十歳くらいの外見であろうか。
 アミルにとって、場内では唯一心を許せる相手だった。

 繊細な手運びで通される櫛は、頭を優しく撫でられている様な心地良さを感じさせ、胸のわだかまりが溶け出していく。
「ねぇドミィ。貴女は幸せ?」
「ええ。幸せです」
 唐突で、突拍子もないアミルの質問に、ドミィは手を休める事も無く、そう答えた。
 そんなドミィの態度が気に障ったのか、アミルは矢継ぎ早に質問を投げつける。

「でも、ずっと城の中で、毎日毎日私の世話をしているだけでしょ?」
「ええ。アミル様にお仕えし、アミル様のお世話が出来る事、それが私の幸せです」
 きっぱりと言い切ったドミィの言葉を聞いて、アミルは髪を梳いているドミィの邪魔をするように顔を背けた。
「その答えは、面白くない」
 くだけた口調ですねるアミルの態度に、ドミィは少しだけ微笑んだ。
 そのすました態度がまたも気に触ったアミルは、
「貧乳」
 ボソリとそう呟いた。
 
 ドミィの外見は決して悪くなく、美形と言ってもさしつかえはないだろう。
 だが、絶望的に胸が無い。小さいというレベルを通り越している。
 そして、それは彼女自身がもっとも気にしているコンプレックスであることをアミルは知っていた。
 いつだったか、ドミィがこっそりアミルのドレスを着て、そのあまりにも広すぎる胸元の隙間を眺めながら、大きく肩を落としている場面を偶然目撃してから、アミルは彼女をからかう時に胸の話をするようになった。
 
 そんな得意げなアミルの両頬に手を当て、ドミィは若干乱暴に前を向かせた。
 驚いたアミルが、鏡越しにドミィの顔を見つめる。そして、二人は微笑み合った。
「お相手の方、お気に入られませんか?」
「気に入らない――とかじゃない。多分、相手がどんな方でも、私のこの気持ちが変わるとは思えないの」
 決められた相手と契りを交わし、子を成す。
 そこに、アミルの意志は一片もない。
 運命であって、強制であって、命令であって、言いなり。
 突然現れたように抱いた疑問は、いつまでも消えることは無く、アミルの全身を見えない鎖となって締め付けていた。
「私は、もっと自由で生きたい。幸せに――なりたい」


「幸せとは――自分が思い描くモノとは随分違うモノなのかもしれませんよ」
「それは、どういう事?」
「私が初めてここに来た時、光栄には思えど、幸せではなかったと思います。でも、今は幸せです」
 ドミィは瞳を閉じ、アミルの髪をとても愛おしそうに梳かす。
「それに、自由に生きる事が幸せである事だとは思いませんね」
「どうして?」
「そうですね――ではアミル様、『自由』と聞いて、誰を思い浮かべますか?」
「それは、やっぱりお父様かしら」

 ガジガラを統べる、世界で最も強大な力を持つ魔界の王。
 魔王を縛るモノなど、この世には存在しない。
「ええ。私もそう思います。ではアミル様、魔王様は、幸せだと思いますか?」
 そう思う。とは言えなかった。
 傍若無人に魔界を駆け、暴虐に女を襲い、傲慢に命を奪っていても。
 全てにおいて自由な、今の父が幸せだとは思わなかった。

「自由と言うのは、孤独で、寂しいものだと思いますよ。例え重苦しい鎖でも、何も身に着けず、裸でいるよりは身の守りになります」
 髪を梳かし終えたドミィが、アミルの首に大きな宝石と煌びやかな彫刻の入った首飾りを着けた。 ソレはずっしりと重かったが、首元が寂しくなる事はない。
「そうかもしれませんわね」
 椅子から立ち上がったアミルの口調は、先程とは打って変わって、
「それでは、鎖を引きずって参るとしましょうか」
 肘まで隠れる白い絹の手袋に包まれた細指でドレスをつまみながら、アミルはそうおどけてみせた。
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