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【第3章】恋愛フラグ、そして身悶える
第7話
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6月29日、火曜日。放課後。
昨日のことがあったからなのか、安中先生は俺の方を一度も見よとしてくれなかった。
そんなことはさておき、昨日みたいに事件が発生する前に、まっすぐ家を目指すことにした。
「はぁ~」
下駄箱で上履きからローファーに履き替える。思わずため息。
「あなたって、ラッキースケベというやつなのかしら。昨日の伊勢崎先輩といい、安中先生といい」
前橋さんが皮肉っぽく俺に尋ねた。
「なわけないだろ。ラッキースケベはラブコメの定番かもしれないけど」
「まさにそのラブコメ的展開のようだから言っているのだけど。あなたっていつもこうだったの?」
「そんな経験なかったよ。あったらあんなにビクビクしない」
やや気怠げに昇降口を降りる。
「それもそうね。でも、あそこまで情けないと、さすがにイライラしてくるわ」
「う……。ごめんなさい……」
「素直に謝れることは素敵なことよ。でも、ちゃんと行動が伴わいとダメ。次こそチャンスが
あったら絶対にものにしなさい」
「なるべく頑張ってみるよ」
怒っているのか励ましているのか、相変わらず表情から読み取れない前橋さん。
たしかに、情けないと思う。
何回も言い訳ばっかりしていると思うけど、いきなりボス戦をやってるみたいな感覚なんだよな。
どれもいきなり大ダメージを負わせてくる戦いばかりだ……
今までの戦いを思い返す。
柔らかい……いい匂い……温かい吐息……
いかん、いかん!
妄想だと平気なのに、いざ目の前にするとダメダメになってしまう。
もっとこう、スライム的な? ゴブリン的な? 初級者でも戦いやすい相手と戦って徐々にレベルアップしたいよな……
そんなことを考えながら校門へ向かっていたそのとき——
「あら、早速チャンスが訪れたのかもしれないわ」
「えっ」
前橋さんが校門の方を見ながら報告。
俺も合わせて視線の先を見てみると、この学校ではない制服の女の子が、そこにいた。
キョロキョロと落ち着きなく校門を通る生徒を観察している。
誰かを探しているのか?
それにしても、どこかで見覚えがあるような……
その女の子が俺の方を向く。
「あっ! 見つけました!」
まるで、投げたボールを犬が嬉しそうに追いかけるように、こちらに近づいてくる。迷わず俺の方を目掛けて。
あれ? 見つけたって……俺のこと?
ついに俺の目の前に来て立ち止まる。
短めのツインテールが、元気よく踊っているようにピョコピョコしている。
「待った甲斐がありました! やっとまた会えましたね! 太田先輩♪」
この子は……この前のママチャリ事件で会った伊勢崎先輩の妹の……
「愛と申します! この学校の2年生の伊勢崎律の妹です! 先日は助けていただきありがとうございました!」
元気はつらつに自己紹介する伊勢崎先輩の妹さん。
その元気のよさに思わず圧倒されてしまう。
この圧力……やっぱり姉妹なんだな。
「いや……たいしたことは……してないよ……」
「そんなことないです! あんなこと、なかなかできないですよ! 本当にかっこよかったです! お姉ちゃんから聞きましたが、先輩は全国でもトップクラスの短距離選手なんですよね? だから、ものすごい勢いで走る自転車に追い付いちゃうわけですよね!」
やばい、止まらないぞ、この子。
マシンガントーク過ぎてもはや唖然とするしかない。
「あっごめんさない。会って早々こんなにしゃべっちゃいまして。えへっ」
小さい拳で頭を軽くコツンとさせ、ぺろっと舌を出す。
少し先輩を幼くして、はつらつさを足した感じだな。
「今日は先輩にお礼がしたくて来ちゃいました! さっ、行きましょう!」
「ちょっ、うわっ! 待って待って!!」
いきなり手を掴まれて連行される。
この感じ。めちゃめちゃ既視感。
本当に姉妹って似るものなんだな。
そのまま有無を言わさず連れ出され、近くのファミレスへと収容されることとなった。
何も言えないままソファー席に通され、やっと一息。
「先輩、何飲みますか? ぜひおごらせてください!」
「えっと……じゃあ……オレンジジュースで……」
「了解であります!」
軍人のごとく敬礼。店員さんに、ドリンクバー単品を2つ注文し、すぐさまディスペンサーのあるところまで飲み物を取りに行くツインテ娘。
正直、女の子におごられるのは気が引ける。しかし、あの子の勢いが止まらなそうなので、とりあえず、なすがまま受け入れることにした。
伊勢崎先輩の妹さんは、頼んだオレンジジュースと自分で飲むための紅茶を手に取り、着席。
やっと落ち着いてくれるかと思ったが————
「改めまして、あのときは本当にありがとうございました! あんなこと生まれて初めてで、怖かったはずなのに、なんかこう……ワクワクみたいな? すごいドキドキが止まらなくて……。その……。先輩に会いたくなって来ちゃいました」
頬を赤らめながら言葉を紡ぐ。
「おごってもらうためにやったんじゃないし……本当に気にしなくていいよ……。ってか、なんで先輩なの?」
さらっとスルーしていたが、今さらになって気づいたので、質問してみることにした。
先輩って言うからには年下だろう。なんとなくタメ口で話してしまっているし。
「勝手にごめんなさい! でも、私、先輩やお姉ちゃんと同じ賢明高校を目指しているんです! 今年受験生なので今は勉強に励んでいます。絶対に合格してみせます! だから先んじて先輩と呼ばせていただきました。えへへ。迷惑ですか?」
目をウルウルさせながらこちらを見てくる。
そんな目で俺を見ないでくれっ!
でも、ということは、妹と同い年ってことか。
あらかじめ先輩の妹だと聞いていたってこともあるけど、なんかうちの妹を相手してるみたいで、そこまで緊張しなくなってきた。
でも、長居しても気まずいし、一杯だけ飲んでとっとと帰りたい……
そんな気持ちを見透かしたのか、
「年下相手だからかもしれないけど、あんまり緊張していないみたいね。だったらこれはチャンスなんだから、ちゃんと話を広げなさい」
息をひそめていた前橋さんが逃げ腰の俺の尻を叩く。
ですよね……
最近になって家族以外の女の人と話す機会が増えたが、逃げてばかりだった。
妹さんを練習台にするのは忍びないが、せっかく話しかけてくれているわけだし、もう少し頑張ってみようかな。
「べ、別に、迷惑じゃないよ」
「本当ですか? やったー! 先輩、先輩♪」
うん。可愛いんだけど、さすがにグイグイ来るのはやめて?
このまま相手のペースに飲み込まれるといつものように撃沈してしまう。
俺からも話題を振ってみるか。
「あの……伊勢崎先輩の妹さ————」
「愛です」
「コホン、えと……伊勢崎さ————」
「愛です~」
「あ……い……さん」
「なんか距離感があるみたいです~」
「う……。あい……ちゃん?」
「はい♪」
なんだこれは。
結局この子のペースじゃないか。
「本当は愛って呼び捨てにしてほしいんですけど、今はまだそれで我慢します。にひひっ」
最初はちょっと不服そうな感じだったが、冗談とばかりにニッコリ笑顔を見せる。
女の子を下の名前で呼ぶのは妹の咲良くらいだよ……
でも、これも一歩前進ってやつかな。
「なんか先輩って、ザ・男って感じですよね! 困っている人を何事もないかのように助ける正義の味方です! でもでも、あまり目を合わせてくれないし、女の子に慣れてない感じがしてちょっと可愛いです♪」
「バッ! バカにしないでくれ。女子と話すのが、ちょっとばかし苦手なだけだ」
「キャーっ! なんですかそれ~! ギャップ萌えってやつですぅ~」
急に甘い声を出す伊勢崎先輩の妹……いや、愛ちゃん。
「だから、からかうなって」
「あははっ、ごめんなさーい」
そこからは嘘のように早く時間が過ぎた。
ドリンクバーだけじゃ申し訳ないとケーキまでご馳走になってしまい、会話も弾んだ。
どちらかというと、愛ちゃんが話して、俺が聞き役に徹する形だったけど。
こんな元気な女の子でも悩みもあったし、話題には事欠かなかった。
勉強のこと、学校の友達のこと、部活のこと。
中でも興味深かったのは姉である伊勢崎先輩についての話だ。
姉妹ということもあり、出来のいい姉と比べられ、劣等感を抱くこともあるようだが、姉妹仲は良好らしい。
目指すべき目標だと愛ちゃんは言っていた。
姉妹でそこまで思えるのはすごいなと思う。
対して、うちの妹はというと……
うん、尊敬とか憧れとか絶対に俺に抱いていないだろうな……
そろそろ17時を回ろうかというところで、
「あっ! いけない! そろそろ塾に行かないと……。もう少しお話ししたかったのに……」
スクールバッグを口元に持ってきて残念そうに呟く。
「うちに合格したら、そのときは話す機会も増えるだろ」
「でも、そこまで我慢できるかな~」
「あはは~」
とりあえず笑ってごまかす。
でも、そんなごまかしはこの子には効かないようだ。
「あのあの~、もしよかったらなんですけど、連絡先を交換してもいいですか」
「えっ」
「ダメですかぁ~?」
めちゃめちゃ上目遣いで見てくる。
この子、絶対に分かってやってるよね? ね?
「い、いいよ」
「やったぁぁぁ! 実は今日の目的は、先輩と連絡先を交換することだったんです! これでいつでも先輩と連絡できますね!」
「べ、勉強には集中しないとダメ……だぞ」
「わかってます! だから無事に賢明高校に合格できたら、家族に知らせる前に初メールさせていただきます! それまではちゃんと我慢しますから! えへへっ」
「まずは家族が一番だろ」
「そうですよね。あははっ!」
今日見た中で最高の笑顔だ。
その屈託のない笑顔に思わずドキリとする。
これは、初めて女の子と連絡先を交換したからなのか、はたまた別のことが原因だったのかは俺には分からない。
無事に合格できるといいな。
こうして、名残惜しそうにしながらも、急いで塾へと向かう愛ちゃん。
俺はそのまま自宅に帰ることにした。
昨日のことがあったからなのか、安中先生は俺の方を一度も見よとしてくれなかった。
そんなことはさておき、昨日みたいに事件が発生する前に、まっすぐ家を目指すことにした。
「はぁ~」
下駄箱で上履きからローファーに履き替える。思わずため息。
「あなたって、ラッキースケベというやつなのかしら。昨日の伊勢崎先輩といい、安中先生といい」
前橋さんが皮肉っぽく俺に尋ねた。
「なわけないだろ。ラッキースケベはラブコメの定番かもしれないけど」
「まさにそのラブコメ的展開のようだから言っているのだけど。あなたっていつもこうだったの?」
「そんな経験なかったよ。あったらあんなにビクビクしない」
やや気怠げに昇降口を降りる。
「それもそうね。でも、あそこまで情けないと、さすがにイライラしてくるわ」
「う……。ごめんなさい……」
「素直に謝れることは素敵なことよ。でも、ちゃんと行動が伴わいとダメ。次こそチャンスが
あったら絶対にものにしなさい」
「なるべく頑張ってみるよ」
怒っているのか励ましているのか、相変わらず表情から読み取れない前橋さん。
たしかに、情けないと思う。
何回も言い訳ばっかりしていると思うけど、いきなりボス戦をやってるみたいな感覚なんだよな。
どれもいきなり大ダメージを負わせてくる戦いばかりだ……
今までの戦いを思い返す。
柔らかい……いい匂い……温かい吐息……
いかん、いかん!
妄想だと平気なのに、いざ目の前にするとダメダメになってしまう。
もっとこう、スライム的な? ゴブリン的な? 初級者でも戦いやすい相手と戦って徐々にレベルアップしたいよな……
そんなことを考えながら校門へ向かっていたそのとき——
「あら、早速チャンスが訪れたのかもしれないわ」
「えっ」
前橋さんが校門の方を見ながら報告。
俺も合わせて視線の先を見てみると、この学校ではない制服の女の子が、そこにいた。
キョロキョロと落ち着きなく校門を通る生徒を観察している。
誰かを探しているのか?
それにしても、どこかで見覚えがあるような……
その女の子が俺の方を向く。
「あっ! 見つけました!」
まるで、投げたボールを犬が嬉しそうに追いかけるように、こちらに近づいてくる。迷わず俺の方を目掛けて。
あれ? 見つけたって……俺のこと?
ついに俺の目の前に来て立ち止まる。
短めのツインテールが、元気よく踊っているようにピョコピョコしている。
「待った甲斐がありました! やっとまた会えましたね! 太田先輩♪」
この子は……この前のママチャリ事件で会った伊勢崎先輩の妹の……
「愛と申します! この学校の2年生の伊勢崎律の妹です! 先日は助けていただきありがとうございました!」
元気はつらつに自己紹介する伊勢崎先輩の妹さん。
その元気のよさに思わず圧倒されてしまう。
この圧力……やっぱり姉妹なんだな。
「いや……たいしたことは……してないよ……」
「そんなことないです! あんなこと、なかなかできないですよ! 本当にかっこよかったです! お姉ちゃんから聞きましたが、先輩は全国でもトップクラスの短距離選手なんですよね? だから、ものすごい勢いで走る自転車に追い付いちゃうわけですよね!」
やばい、止まらないぞ、この子。
マシンガントーク過ぎてもはや唖然とするしかない。
「あっごめんさない。会って早々こんなにしゃべっちゃいまして。えへっ」
小さい拳で頭を軽くコツンとさせ、ぺろっと舌を出す。
少し先輩を幼くして、はつらつさを足した感じだな。
「今日は先輩にお礼がしたくて来ちゃいました! さっ、行きましょう!」
「ちょっ、うわっ! 待って待って!!」
いきなり手を掴まれて連行される。
この感じ。めちゃめちゃ既視感。
本当に姉妹って似るものなんだな。
そのまま有無を言わさず連れ出され、近くのファミレスへと収容されることとなった。
何も言えないままソファー席に通され、やっと一息。
「先輩、何飲みますか? ぜひおごらせてください!」
「えっと……じゃあ……オレンジジュースで……」
「了解であります!」
軍人のごとく敬礼。店員さんに、ドリンクバー単品を2つ注文し、すぐさまディスペンサーのあるところまで飲み物を取りに行くツインテ娘。
正直、女の子におごられるのは気が引ける。しかし、あの子の勢いが止まらなそうなので、とりあえず、なすがまま受け入れることにした。
伊勢崎先輩の妹さんは、頼んだオレンジジュースと自分で飲むための紅茶を手に取り、着席。
やっと落ち着いてくれるかと思ったが————
「改めまして、あのときは本当にありがとうございました! あんなこと生まれて初めてで、怖かったはずなのに、なんかこう……ワクワクみたいな? すごいドキドキが止まらなくて……。その……。先輩に会いたくなって来ちゃいました」
頬を赤らめながら言葉を紡ぐ。
「おごってもらうためにやったんじゃないし……本当に気にしなくていいよ……。ってか、なんで先輩なの?」
さらっとスルーしていたが、今さらになって気づいたので、質問してみることにした。
先輩って言うからには年下だろう。なんとなくタメ口で話してしまっているし。
「勝手にごめんなさい! でも、私、先輩やお姉ちゃんと同じ賢明高校を目指しているんです! 今年受験生なので今は勉強に励んでいます。絶対に合格してみせます! だから先んじて先輩と呼ばせていただきました。えへへ。迷惑ですか?」
目をウルウルさせながらこちらを見てくる。
そんな目で俺を見ないでくれっ!
でも、ということは、妹と同い年ってことか。
あらかじめ先輩の妹だと聞いていたってこともあるけど、なんかうちの妹を相手してるみたいで、そこまで緊張しなくなってきた。
でも、長居しても気まずいし、一杯だけ飲んでとっとと帰りたい……
そんな気持ちを見透かしたのか、
「年下相手だからかもしれないけど、あんまり緊張していないみたいね。だったらこれはチャンスなんだから、ちゃんと話を広げなさい」
息をひそめていた前橋さんが逃げ腰の俺の尻を叩く。
ですよね……
最近になって家族以外の女の人と話す機会が増えたが、逃げてばかりだった。
妹さんを練習台にするのは忍びないが、せっかく話しかけてくれているわけだし、もう少し頑張ってみようかな。
「べ、別に、迷惑じゃないよ」
「本当ですか? やったー! 先輩、先輩♪」
うん。可愛いんだけど、さすがにグイグイ来るのはやめて?
このまま相手のペースに飲み込まれるといつものように撃沈してしまう。
俺からも話題を振ってみるか。
「あの……伊勢崎先輩の妹さ————」
「愛です」
「コホン、えと……伊勢崎さ————」
「愛です~」
「あ……い……さん」
「なんか距離感があるみたいです~」
「う……。あい……ちゃん?」
「はい♪」
なんだこれは。
結局この子のペースじゃないか。
「本当は愛って呼び捨てにしてほしいんですけど、今はまだそれで我慢します。にひひっ」
最初はちょっと不服そうな感じだったが、冗談とばかりにニッコリ笑顔を見せる。
女の子を下の名前で呼ぶのは妹の咲良くらいだよ……
でも、これも一歩前進ってやつかな。
「なんか先輩って、ザ・男って感じですよね! 困っている人を何事もないかのように助ける正義の味方です! でもでも、あまり目を合わせてくれないし、女の子に慣れてない感じがしてちょっと可愛いです♪」
「バッ! バカにしないでくれ。女子と話すのが、ちょっとばかし苦手なだけだ」
「キャーっ! なんですかそれ~! ギャップ萌えってやつですぅ~」
急に甘い声を出す伊勢崎先輩の妹……いや、愛ちゃん。
「だから、からかうなって」
「あははっ、ごめんなさーい」
そこからは嘘のように早く時間が過ぎた。
ドリンクバーだけじゃ申し訳ないとケーキまでご馳走になってしまい、会話も弾んだ。
どちらかというと、愛ちゃんが話して、俺が聞き役に徹する形だったけど。
こんな元気な女の子でも悩みもあったし、話題には事欠かなかった。
勉強のこと、学校の友達のこと、部活のこと。
中でも興味深かったのは姉である伊勢崎先輩についての話だ。
姉妹ということもあり、出来のいい姉と比べられ、劣等感を抱くこともあるようだが、姉妹仲は良好らしい。
目指すべき目標だと愛ちゃんは言っていた。
姉妹でそこまで思えるのはすごいなと思う。
対して、うちの妹はというと……
うん、尊敬とか憧れとか絶対に俺に抱いていないだろうな……
そろそろ17時を回ろうかというところで、
「あっ! いけない! そろそろ塾に行かないと……。もう少しお話ししたかったのに……」
スクールバッグを口元に持ってきて残念そうに呟く。
「うちに合格したら、そのときは話す機会も増えるだろ」
「でも、そこまで我慢できるかな~」
「あはは~」
とりあえず笑ってごまかす。
でも、そんなごまかしはこの子には効かないようだ。
「あのあの~、もしよかったらなんですけど、連絡先を交換してもいいですか」
「えっ」
「ダメですかぁ~?」
めちゃめちゃ上目遣いで見てくる。
この子、絶対に分かってやってるよね? ね?
「い、いいよ」
「やったぁぁぁ! 実は今日の目的は、先輩と連絡先を交換することだったんです! これでいつでも先輩と連絡できますね!」
「べ、勉強には集中しないとダメ……だぞ」
「わかってます! だから無事に賢明高校に合格できたら、家族に知らせる前に初メールさせていただきます! それまではちゃんと我慢しますから! えへへっ」
「まずは家族が一番だろ」
「そうですよね。あははっ!」
今日見た中で最高の笑顔だ。
その屈託のない笑顔に思わずドキリとする。
これは、初めて女の子と連絡先を交換したからなのか、はたまた別のことが原因だったのかは俺には分からない。
無事に合格できるといいな。
こうして、名残惜しそうにしながらも、急いで塾へと向かう愛ちゃん。
俺はそのまま自宅に帰ることにした。
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