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【第2章】彼女がいた世界、そして笑う
第4話
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「へぇ~、太田君って自分で料理を作ってるのね」
「まぁ、母さんや妹は料理が苦手だし、お弁当も作らなといけないからそのついでだよ」
「意外な一面見ちゃった」
「ほっとけ」
キッチンで朝食の準備を進めているすぐ傍らで、前橋さんは覗き込むように俺の一挙手一投足を見ていた。
正直やりづらいことこの上ない。
朝食の味噌汁を温めながら、卵焼きを作るために溶き卵を卵焼き器に流し込む。
砂糖はほのかに甘みがつくように5g程度。
他にもウインナーとサラダ、納豆と海苔、もちろん白米も準備し、定番の朝食メニューを簡単にこしらえる。
本当は余ってるほうれん草を茹でてお浸しを作りたかったところだが、朝のあの出来事のせいで時間がなくなってしまったため、定番だけどすぐ作れるものにシフトした。
「お兄ちゃん、おあよ~」
目をこすりながら咲良が起きてきた。
時刻は7時半過ぎ。いつもよりはやや遅めの起床だがあわてることなく、トコトコとダイニングにある椅子に腰かけた。
「今日の朝ごはんはな~にぃ?」
「太田家定番朝定食」
「そう」
ややそっけなく聞こえるが、これがデフォルト。
もうちょっと甘えてくれてもいいと思うが、このくらいの距離感が兄妹としては健全であろう。
「おはよう。君が太田君の妹さん? 太田君に似ず可愛らしいわね。特に目元が。私の妹にしたいくらいだわ」
「ちょっ、何話しかけてんだよ!」
「いきなり何? そんなに私に話しかけられるのが嫌なの?」
話しかけていた前橋さんの方には何の反応も示さず、代わりに俺に向けて、冷たく背筋も凍るような視線を向けてきた。
やばい、今日こそは穏やかに朝タイムを過ごせると思ったのに。
あれ? でも待てよ?
「もしかして見えてないのか?」
「何が?」
「え~と……そこにいる女の子が」
「ちょっと、お母さん! お兄ちゃんがとうとう現実とゲームの区別がつかなくなっちゃったよぉぉぉ!」
そう言って、おぞましいものを目の前にしたかのような反応をしながら、母さんのいる寝室に一目散に逃げ込んでいった。
起こしに行ってくれたのか、偉いぞ。
「って、違う! 違うぞ咲良! お兄ちゃんはいたって通常だ」
「きゃー! お母さん起きてよ!」
ドンドンドンと必死にドアを叩いて、母さんを起こそうともがいている音が聞こえる。
「どういうつもりだ。いきなり妹に話しかけるなんて」
俺が家庭内で危機的状況にあるのにも関わらず、先ほどと同じように平然と佇むお嬢様に苦言を呈する。
「だって、もし見えてたとしたら挨拶しないと不自然じゃない。それに、あなたに見えているのだから、妹さんにも見えてるのかもしれないし。だから試しによ、試しに」
「だったらやりようはいくらだってあるだろうが。仮に見えていたとして、家族になんて説明すればいいんだよ」
「死んだはずのクラスメイトを自分の部屋に連れ込みました?」
「アホか!」
そんなやりとりを繰り広げているうちに母さんと咲良がやってきた。
「直くん、大丈夫? 学校とかで何か辛いことがあったの? お母さんが聞いてあげるよ?」
ものすごく心配そうな目でこちらを見てくる。
心配してくれるのはありがたいが、この状況だと何を言っても変な風に捉えられてしまいそうだ。
「大丈夫だよ。咲良が寝ぼけて勘違いしただけだって。ほらはやく朝食食べちゃおうぜ」
「絶対変なこと言ったもん。いるはずもないのに、そこに女の子がいるとかさ。ろくに女の子とお話しできるはずもない、お兄ちゃんがさ」
「そんなわけないだろ、ははは。俺はゲームの中の美少女は好きだが、ちゃんと現実との区別くらいつけているさ。現に、しっかりと現実を見据えて勉強を頑張っているだろ。家事だってちゃんとやっている。何も心配することはないって」
焦っている表情を頑張って隠しつつ、何も変なことは言っていないという雰囲気を前面に醸し出す。
「だって焦った顔してるし、なんか納得いかない」
隠せていませんでしたね。はい。
そんな風に家族と折衝している隙に、前橋さんは、今度は母さんの目の前に行き、まじまじと顔を覗いている。
「このお姉さんが太田君のお母さんなの? どう見ても妹さんのお姉さんにしか見えないわ。しかも息子を心底可愛がってる感じも伝ってくる。妹さんもなんだかんだ言ってあなたとちゃんとお話ししているし、愛されてるのね、あなた」
恥ずかしいことを言いやがって。
しかも、しれっと「咲良のお姉さんにしか見えない」だと?
それだと俺とは見てくれが違い過ぎて家族には見えないってか?
自覚があるのかは分からないが、そういう毒をさらっと潜ませてきやがるなこの幽霊は!
反応するとまた変な風に勘違いされてしまうので、前橋さんの言葉を必死に無視した。
でも、こんなにまじまじと目の前で顔を見られているにも関わらず何も反応しないということは、やっぱり母さんにも前橋さんが見えていないみたいだ。
なんとかその場を静め、あえてテレビの音を大きくしながら気まずい空気にならないように黙々と食事を進める。
その間、前橋さんは部屋の中を物色し始める。
戸棚に飾ってある家族写真や幼い頃の俺と咲良の写真を見ながら表情を和らげている……ように、なんとなく見えた。
どうして死んだはずの前橋さんが俺の前に現れたのだろうか。
今のところ俺にしか見えていないっぽいし、そのことに意味があるのだろうか。
そんなことを思いながら朝食を済ませ、回していた洗濯機の中から洗濯物を取り出し、雨に備えて部屋干しにすることにした。
朝の情報番組で天気予報を見ると、案の定、夕方近くから雨が降るようだった。
「まぁ、母さんや妹は料理が苦手だし、お弁当も作らなといけないからそのついでだよ」
「意外な一面見ちゃった」
「ほっとけ」
キッチンで朝食の準備を進めているすぐ傍らで、前橋さんは覗き込むように俺の一挙手一投足を見ていた。
正直やりづらいことこの上ない。
朝食の味噌汁を温めながら、卵焼きを作るために溶き卵を卵焼き器に流し込む。
砂糖はほのかに甘みがつくように5g程度。
他にもウインナーとサラダ、納豆と海苔、もちろん白米も準備し、定番の朝食メニューを簡単にこしらえる。
本当は余ってるほうれん草を茹でてお浸しを作りたかったところだが、朝のあの出来事のせいで時間がなくなってしまったため、定番だけどすぐ作れるものにシフトした。
「お兄ちゃん、おあよ~」
目をこすりながら咲良が起きてきた。
時刻は7時半過ぎ。いつもよりはやや遅めの起床だがあわてることなく、トコトコとダイニングにある椅子に腰かけた。
「今日の朝ごはんはな~にぃ?」
「太田家定番朝定食」
「そう」
ややそっけなく聞こえるが、これがデフォルト。
もうちょっと甘えてくれてもいいと思うが、このくらいの距離感が兄妹としては健全であろう。
「おはよう。君が太田君の妹さん? 太田君に似ず可愛らしいわね。特に目元が。私の妹にしたいくらいだわ」
「ちょっ、何話しかけてんだよ!」
「いきなり何? そんなに私に話しかけられるのが嫌なの?」
話しかけていた前橋さんの方には何の反応も示さず、代わりに俺に向けて、冷たく背筋も凍るような視線を向けてきた。
やばい、今日こそは穏やかに朝タイムを過ごせると思ったのに。
あれ? でも待てよ?
「もしかして見えてないのか?」
「何が?」
「え~と……そこにいる女の子が」
「ちょっと、お母さん! お兄ちゃんがとうとう現実とゲームの区別がつかなくなっちゃったよぉぉぉ!」
そう言って、おぞましいものを目の前にしたかのような反応をしながら、母さんのいる寝室に一目散に逃げ込んでいった。
起こしに行ってくれたのか、偉いぞ。
「って、違う! 違うぞ咲良! お兄ちゃんはいたって通常だ」
「きゃー! お母さん起きてよ!」
ドンドンドンと必死にドアを叩いて、母さんを起こそうともがいている音が聞こえる。
「どういうつもりだ。いきなり妹に話しかけるなんて」
俺が家庭内で危機的状況にあるのにも関わらず、先ほどと同じように平然と佇むお嬢様に苦言を呈する。
「だって、もし見えてたとしたら挨拶しないと不自然じゃない。それに、あなたに見えているのだから、妹さんにも見えてるのかもしれないし。だから試しによ、試しに」
「だったらやりようはいくらだってあるだろうが。仮に見えていたとして、家族になんて説明すればいいんだよ」
「死んだはずのクラスメイトを自分の部屋に連れ込みました?」
「アホか!」
そんなやりとりを繰り広げているうちに母さんと咲良がやってきた。
「直くん、大丈夫? 学校とかで何か辛いことがあったの? お母さんが聞いてあげるよ?」
ものすごく心配そうな目でこちらを見てくる。
心配してくれるのはありがたいが、この状況だと何を言っても変な風に捉えられてしまいそうだ。
「大丈夫だよ。咲良が寝ぼけて勘違いしただけだって。ほらはやく朝食食べちゃおうぜ」
「絶対変なこと言ったもん。いるはずもないのに、そこに女の子がいるとかさ。ろくに女の子とお話しできるはずもない、お兄ちゃんがさ」
「そんなわけないだろ、ははは。俺はゲームの中の美少女は好きだが、ちゃんと現実との区別くらいつけているさ。現に、しっかりと現実を見据えて勉強を頑張っているだろ。家事だってちゃんとやっている。何も心配することはないって」
焦っている表情を頑張って隠しつつ、何も変なことは言っていないという雰囲気を前面に醸し出す。
「だって焦った顔してるし、なんか納得いかない」
隠せていませんでしたね。はい。
そんな風に家族と折衝している隙に、前橋さんは、今度は母さんの目の前に行き、まじまじと顔を覗いている。
「このお姉さんが太田君のお母さんなの? どう見ても妹さんのお姉さんにしか見えないわ。しかも息子を心底可愛がってる感じも伝ってくる。妹さんもなんだかんだ言ってあなたとちゃんとお話ししているし、愛されてるのね、あなた」
恥ずかしいことを言いやがって。
しかも、しれっと「咲良のお姉さんにしか見えない」だと?
それだと俺とは見てくれが違い過ぎて家族には見えないってか?
自覚があるのかは分からないが、そういう毒をさらっと潜ませてきやがるなこの幽霊は!
反応するとまた変な風に勘違いされてしまうので、前橋さんの言葉を必死に無視した。
でも、こんなにまじまじと目の前で顔を見られているにも関わらず何も反応しないということは、やっぱり母さんにも前橋さんが見えていないみたいだ。
なんとかその場を静め、あえてテレビの音を大きくしながら気まずい空気にならないように黙々と食事を進める。
その間、前橋さんは部屋の中を物色し始める。
戸棚に飾ってある家族写真や幼い頃の俺と咲良の写真を見ながら表情を和らげている……ように、なんとなく見えた。
どうして死んだはずの前橋さんが俺の前に現れたのだろうか。
今のところ俺にしか見えていないっぽいし、そのことに意味があるのだろうか。
そんなことを思いながら朝食を済ませ、回していた洗濯機の中から洗濯物を取り出し、雨に備えて部屋干しにすることにした。
朝の情報番組で天気予報を見ると、案の定、夕方近くから雨が降るようだった。
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