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【第1章】日常、そして想い出す
第3話
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ようやく学校に到着し、自転車置き場から帰ってくる友助を待っていた。
校庭の方から何やら声がするなと思い、少し覗いてみることにした。
陸上部が朝練をしているところのようだ。
今まさに短距離走が行われようとしている。
選手たちは、クラウチングスタートをするための踏切版・スターティングブロックを各々の走りやすい位置に調節し、スタートの合図を待っている。
このスターティングブロック(通称:スタブロ)は、スタートダッシュをするうえで重要な器具になる。
選手それぞれで、最初に踏み出す足は左右どちらなのか、足の長さ、踏ん張りやすい足首の角度などが違うため、ブロックの前後の位置と角度を調節することができる。
通常、人間が後ろの足で地面を蹴り前に踏み込むとき、およそ120度くらいの角度で踏ん張るのが理想なのだそうだ。
これによってブロックからの反作用の力をより多く得ることができる。
当然、どの角度、どの位置で踏ん張るのが最適かは人によって違ってくる。
足だけではなく、スタブロで構えて地面に両手を付けるときの肩と指の開き幅をどのくらいにするのかも人によって違いがでてくる。
たとえ決まった位置があったとしても、その日の調子によって、さらに微調整を加えることもある。
そしてスタートは、その出来によってゼロコンマ1秒を左右する重要なファクターとなる。
陸上競技の世界で、ゼロコンマ1秒というのは、とてつもなく大きな壁であり、100m走でいうと、11秒1と11秒2の間にどれほどの選手がいるのかは測り知れない。
そんな世界で俺は、去年まで戦ってきた。
今でも走ることは好きだし、陸上を辞めてからも勉強の合間をぬってランニングをしている。
「オン・ユアー・マークス」
競技ルールで決められているのだが、スタートの合図は英語だ。これは〈位置について〉という意味。
女性陣が走るようだ。それぞれ自分のルーティーンに従ってジャンプをしたり、太ももやふくらはぎをたたいて刺激を与えている。
その中で一人、他とは比べ物にならないほど美しく、そして圧倒的なオーラを放つ人がいる。
遠くからでも分かるほど、すらっと伸びた手足、程よく日焼けした肌、そして走るのを妨げないようにまとめ上げたお団子ヘアー。
まっすぐゴールを見つめる集中しきった目。
思わず息を飲む。
選手の準備が整った。
スタブロで構え、地面に両手を付き、目線を下にしている。
静かな時が流れる。
もしかしたら登校中の生徒たちの話し声が聞こえているのかもしれないが、そんなこと気にならないほど、目を奪われていた。
「セット」
一斉に片膝を地面から離し、腰を上げる。
その美しい選手は、止まった態勢でも、これから鋭くスタートを切ることを予感させるほどの雰囲気をまとっていた。
パンッ
スタートの合図をするためのピストル・雷管から乾いた破裂音と微かな白い煙が放たれる。
すると、目を疑うほど一瞬で、先頭に立つ者が一人。
あの美しい選手だ。
前傾姿勢を維持し、徐々に目線を上にあげている。
速い。
それだけじゃない、踏み出す一歩一歩の足さばき、コンパクトで無駄のない腕振り、そのどれもが洗練されていて、走る姿までもが美しく圧倒的だ。
そしてあっという間に、50mの距離を1位で駆け抜けた。
タイムを測定していたマネージャーが飛び跳ねている。おそらくいい記録が出たのだろう。
「やっぱり律先輩は綺麗だよな」
いつの間にか自転車置き場から戻り、隣にいた友助が話しかけてきた。
隣にいたのに気付かなかったのか。
どれだけ見惚れていたんだ俺は。
友助は、伊勢崎先輩の美貌に当てられたがごとく、気持ち悪い満足笑みを浮かべながら、近くのマットに背中から倒れ込む。
高跳び用のマットだが、今は選手がいないらしく、校舎側に捌けてあるようだ。
「伊勢崎律(いせさき りつ)、県立賢明高校2年生で学校一の美女。そして陸上部の絶対的エース。2次元にしかブヒブヒ言わない直行には興味ないと思うがな」
「そんなわけあるか! 3次元女子とのつながりがないだけで、興味はある。むしろ興味しかない」
天は二物を与えずという言葉があるが、あの人ほど現実離れした才能を持っている人はいないのではなかろうか。
足が速くて美しい。
そして周りからも絶大な信頼を得ている。
「じゃあ、そのこじらせ癖をなんとかするために、律先輩に告白してみれば?」
「バカをいうな。告白とは好きになって一緒に添い遂げたいと誓うためにするものだ。まずはしっかりとお互いを知ってからだな――」
「あーはいはい、わかりましたよ。マジメ過ぎるんだよ直行は。告白を重く受け止めすぎ。結婚じゃあるまいし、まずはお互いを知るために付き合うっていうのもありなんじゃないか?」
「そんな軽率なことはできない。好きでもない相手と付き合っても、逆に相手に失礼だ」
「ひと昔前ならそうかもしれないが、今の世の中は色々な子と付き合って、失敗して、そうして学んだことを、最終的に一人の子を幸せにするために活かすんじゃねぇのか」
「いや、俺が付き合うのは結婚前提だ。それ以外のお付き合いは認めん」
「ダメだこりゃ。完全にこじらせてる」
これはこじらせているのではない。
一人の人だけを一生大切にするんだ。そのために将来のパートナーとなる人を見つけてやる。
そして俺の第六感は告げている。
この学校に、そのパートナーは存在すると!
待っていろ! 俺のバラ色のスクールライフ!
このまま男二人で陸上部の様子を見過ぎていると、妙な誤解をされかねないので、そのまま自分の教室へと向かうことにした。
校庭の方から何やら声がするなと思い、少し覗いてみることにした。
陸上部が朝練をしているところのようだ。
今まさに短距離走が行われようとしている。
選手たちは、クラウチングスタートをするための踏切版・スターティングブロックを各々の走りやすい位置に調節し、スタートの合図を待っている。
このスターティングブロック(通称:スタブロ)は、スタートダッシュをするうえで重要な器具になる。
選手それぞれで、最初に踏み出す足は左右どちらなのか、足の長さ、踏ん張りやすい足首の角度などが違うため、ブロックの前後の位置と角度を調節することができる。
通常、人間が後ろの足で地面を蹴り前に踏み込むとき、およそ120度くらいの角度で踏ん張るのが理想なのだそうだ。
これによってブロックからの反作用の力をより多く得ることができる。
当然、どの角度、どの位置で踏ん張るのが最適かは人によって違ってくる。
足だけではなく、スタブロで構えて地面に両手を付けるときの肩と指の開き幅をどのくらいにするのかも人によって違いがでてくる。
たとえ決まった位置があったとしても、その日の調子によって、さらに微調整を加えることもある。
そしてスタートは、その出来によってゼロコンマ1秒を左右する重要なファクターとなる。
陸上競技の世界で、ゼロコンマ1秒というのは、とてつもなく大きな壁であり、100m走でいうと、11秒1と11秒2の間にどれほどの選手がいるのかは測り知れない。
そんな世界で俺は、去年まで戦ってきた。
今でも走ることは好きだし、陸上を辞めてからも勉強の合間をぬってランニングをしている。
「オン・ユアー・マークス」
競技ルールで決められているのだが、スタートの合図は英語だ。これは〈位置について〉という意味。
女性陣が走るようだ。それぞれ自分のルーティーンに従ってジャンプをしたり、太ももやふくらはぎをたたいて刺激を与えている。
その中で一人、他とは比べ物にならないほど美しく、そして圧倒的なオーラを放つ人がいる。
遠くからでも分かるほど、すらっと伸びた手足、程よく日焼けした肌、そして走るのを妨げないようにまとめ上げたお団子ヘアー。
まっすぐゴールを見つめる集中しきった目。
思わず息を飲む。
選手の準備が整った。
スタブロで構え、地面に両手を付き、目線を下にしている。
静かな時が流れる。
もしかしたら登校中の生徒たちの話し声が聞こえているのかもしれないが、そんなこと気にならないほど、目を奪われていた。
「セット」
一斉に片膝を地面から離し、腰を上げる。
その美しい選手は、止まった態勢でも、これから鋭くスタートを切ることを予感させるほどの雰囲気をまとっていた。
パンッ
スタートの合図をするためのピストル・雷管から乾いた破裂音と微かな白い煙が放たれる。
すると、目を疑うほど一瞬で、先頭に立つ者が一人。
あの美しい選手だ。
前傾姿勢を維持し、徐々に目線を上にあげている。
速い。
それだけじゃない、踏み出す一歩一歩の足さばき、コンパクトで無駄のない腕振り、そのどれもが洗練されていて、走る姿までもが美しく圧倒的だ。
そしてあっという間に、50mの距離を1位で駆け抜けた。
タイムを測定していたマネージャーが飛び跳ねている。おそらくいい記録が出たのだろう。
「やっぱり律先輩は綺麗だよな」
いつの間にか自転車置き場から戻り、隣にいた友助が話しかけてきた。
隣にいたのに気付かなかったのか。
どれだけ見惚れていたんだ俺は。
友助は、伊勢崎先輩の美貌に当てられたがごとく、気持ち悪い満足笑みを浮かべながら、近くのマットに背中から倒れ込む。
高跳び用のマットだが、今は選手がいないらしく、校舎側に捌けてあるようだ。
「伊勢崎律(いせさき りつ)、県立賢明高校2年生で学校一の美女。そして陸上部の絶対的エース。2次元にしかブヒブヒ言わない直行には興味ないと思うがな」
「そんなわけあるか! 3次元女子とのつながりがないだけで、興味はある。むしろ興味しかない」
天は二物を与えずという言葉があるが、あの人ほど現実離れした才能を持っている人はいないのではなかろうか。
足が速くて美しい。
そして周りからも絶大な信頼を得ている。
「じゃあ、そのこじらせ癖をなんとかするために、律先輩に告白してみれば?」
「バカをいうな。告白とは好きになって一緒に添い遂げたいと誓うためにするものだ。まずはしっかりとお互いを知ってからだな――」
「あーはいはい、わかりましたよ。マジメ過ぎるんだよ直行は。告白を重く受け止めすぎ。結婚じゃあるまいし、まずはお互いを知るために付き合うっていうのもありなんじゃないか?」
「そんな軽率なことはできない。好きでもない相手と付き合っても、逆に相手に失礼だ」
「ひと昔前ならそうかもしれないが、今の世の中は色々な子と付き合って、失敗して、そうして学んだことを、最終的に一人の子を幸せにするために活かすんじゃねぇのか」
「いや、俺が付き合うのは結婚前提だ。それ以外のお付き合いは認めん」
「ダメだこりゃ。完全にこじらせてる」
これはこじらせているのではない。
一人の人だけを一生大切にするんだ。そのために将来のパートナーとなる人を見つけてやる。
そして俺の第六感は告げている。
この学校に、そのパートナーは存在すると!
待っていろ! 俺のバラ色のスクールライフ!
このまま男二人で陸上部の様子を見過ぎていると、妙な誤解をされかねないので、そのまま自分の教室へと向かうことにした。
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