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(※スティーヴ視点)
おれは夜の闇に紛れて、ナンシーの屋敷の敷地内から出た。
警備の配置や巡回ルートなどはナンシーから聞いていたので、誰にも見られずにすんだ。
おれは一人で目的地へ向かって歩き始めた。
元々今回は一人でやるつもりだったが、ナンシーに協力を頼んだとしても、彼女は断っていたと思う。
なぜなら、彼女はマリアのことを極端に避けているからだ。
俺が彼女のことを話題に出すと、ナンシーは怯えた表情になり、すぐに話題をそらした。
おそらく講堂での一件で、怖い目にでもあったのだろう。
俺と違ってナンシーは、マリアに対する復讐心はないようだった。
まったく府抜けている。
顔だけでなく、心まで変わってしまったか……。
以前はマリアを傷つけると聞いたら、嬉しそうな表情で協力してくれた。
しかし、今では完全にマリアに怯えきっている。
おれは、ナンシーのようにはならない。
確かに講堂での一件は失敗した。
屈辱と絶望を与えられた。
しかし、それがなんだというのだ。
おれはその絶望すらも、復讐の炎に変えた。
やられたら、やり返すだけだ。
それに、前回の失敗した経験をいかして、今回は慎重に計画を練って準備をした。
もう、成功する未来しか見えないほど、この計画は完璧に思えた。
「よし、到着だ……」
おれは前方数十メートルの位置にある塀を見た。
その塀の内側は、マリアの屋敷がある敷地内だ。
といっても、屋敷は敷地の中心にあるので、マリアとの距離はまだまだある。
しかし、俺は今回、マリアに直接危害を加えるつもりはなかった。
屋敷の近くになれば、当然警備が厳重になっているだろうから、侵入するのは不可能だ。
かといって、彼女の通学中を狙うのも、得策ではない。
通学や帰宅時になると、人通りも増える。
そこで俺の行動が目撃されてしまったら、なにもかも終わってしまう。
今の俺には、権力という後ろ楯がない。
だから、失敗は許されないのだ。
当然、慎重になる必要がある。
そこで思い付いたのが、今回の計画だった。
前回は直接マリアに危害を加えるものだったが、今回は間接的なものだ。
精神的なダメージを彼女に与える。
といっても、間接的なものなら、マリアに与えるダメージは少なすぎる。
最初はそう思った。
しかし、そんなことはないと思い直した。
おれはマリアの元婚約者だ。
その時、彼女は言っていた。
彼女の母親は、彼女が幼い頃亡くなっている。
そして、その母親の持ち物が、マリアにとっての宝物なのだ。
しかし、父親はその持ち物を見ると、辛い気持ちになるそうだ。
そこで、母親の持ち物は、敷地の端にある倉庫に移された。
マリアは時々その倉庫で、母親の持ち物を眺めながら、優しかった母親との思い出を思い返している。
おれは、その倉庫に案内された時に見たマリアの表情を思い出した。
その表情から、どれだけ彼女がそれらのものを大切にしているかわかった。
だからこそ、それらのものを失ったら、マリアの心にどれ程大きな絶望が襲いかかるかは、容易に想像ができた。
そして、今前方に見えている塀の向こう側にあるのが、マリアの宝物がある倉庫なのだ。
塀があるので、侵入するのは難しい。
しかし、おれはその宝物を盗もうとしているわけではない。
壊すことさえできればいいのだ。
だから、侵入する必要はない。
破壊するだけなら、それほど難しいことではない。
おれは周りに誰もいないことを確認して、懐から準備していたあるものを取り出した。
それは、火炎瓶だ。
これを、あの倉庫に向かって投げる。
倉庫は木造の二階建てだ。
倉庫が焼き崩れたら、当然中のものも無事では済まない。
ようやく……、ようやくこのときが来たのだ……。
おれは火炎瓶を、数十メートル先にある倉庫に向かって投げた。
火炎瓶は塀を越えて、倉庫に当たった。
「よし、成功だ!」
おれは思わず歓喜の声をあげた。
一回で成功するとは運がいい。
一応失敗したときのために、予備の火炎瓶をあと二つ持ってきていた。
それらも、倉庫に向かって投げた。
そして、二つとも成功した。
何という強運だ。
神さえも俺に味方してくれるとは……。
しかし、喜んでばかりもいられない。
すぐにここを離れる必要がある。
本当は倉庫が燃え上がる様を見たいところが、俺がここにいたことを目撃される恐れがある。
火事の様子を見たい野次馬がそのうち集まってくるだろうから、そのまえに逃げる。
復讐のために捨て身になるつもりなんてなかった。
おれは倉庫に背を向けた。
そして、ナンシーの屋敷に向かって、おれは夜の暗い道を走り出した。
気分は最高潮に高まっていた。
やった……、ついにやったぞ!
マリアが絶望に包まれている表情をすぐにでも見たかったが、今は自分の安全が最優先だ。
彼女の絶望した顔は、明日の彼女の通学時に、ゆっくりと拝ませてもらうとしよう。
すべてうまくいった。
今度こそ、成功だ!
おれはナンシーの屋敷に向かって走りながら、笑みを浮かべていた。
この一件が、あの恐ろしい体験の引き金になるとも知らずに……。
おれは夜の闇に紛れて、ナンシーの屋敷の敷地内から出た。
警備の配置や巡回ルートなどはナンシーから聞いていたので、誰にも見られずにすんだ。
おれは一人で目的地へ向かって歩き始めた。
元々今回は一人でやるつもりだったが、ナンシーに協力を頼んだとしても、彼女は断っていたと思う。
なぜなら、彼女はマリアのことを極端に避けているからだ。
俺が彼女のことを話題に出すと、ナンシーは怯えた表情になり、すぐに話題をそらした。
おそらく講堂での一件で、怖い目にでもあったのだろう。
俺と違ってナンシーは、マリアに対する復讐心はないようだった。
まったく府抜けている。
顔だけでなく、心まで変わってしまったか……。
以前はマリアを傷つけると聞いたら、嬉しそうな表情で協力してくれた。
しかし、今では完全にマリアに怯えきっている。
おれは、ナンシーのようにはならない。
確かに講堂での一件は失敗した。
屈辱と絶望を与えられた。
しかし、それがなんだというのだ。
おれはその絶望すらも、復讐の炎に変えた。
やられたら、やり返すだけだ。
それに、前回の失敗した経験をいかして、今回は慎重に計画を練って準備をした。
もう、成功する未来しか見えないほど、この計画は完璧に思えた。
「よし、到着だ……」
おれは前方数十メートルの位置にある塀を見た。
その塀の内側は、マリアの屋敷がある敷地内だ。
といっても、屋敷は敷地の中心にあるので、マリアとの距離はまだまだある。
しかし、俺は今回、マリアに直接危害を加えるつもりはなかった。
屋敷の近くになれば、当然警備が厳重になっているだろうから、侵入するのは不可能だ。
かといって、彼女の通学中を狙うのも、得策ではない。
通学や帰宅時になると、人通りも増える。
そこで俺の行動が目撃されてしまったら、なにもかも終わってしまう。
今の俺には、権力という後ろ楯がない。
だから、失敗は許されないのだ。
当然、慎重になる必要がある。
そこで思い付いたのが、今回の計画だった。
前回は直接マリアに危害を加えるものだったが、今回は間接的なものだ。
精神的なダメージを彼女に与える。
といっても、間接的なものなら、マリアに与えるダメージは少なすぎる。
最初はそう思った。
しかし、そんなことはないと思い直した。
おれはマリアの元婚約者だ。
その時、彼女は言っていた。
彼女の母親は、彼女が幼い頃亡くなっている。
そして、その母親の持ち物が、マリアにとっての宝物なのだ。
しかし、父親はその持ち物を見ると、辛い気持ちになるそうだ。
そこで、母親の持ち物は、敷地の端にある倉庫に移された。
マリアは時々その倉庫で、母親の持ち物を眺めながら、優しかった母親との思い出を思い返している。
おれは、その倉庫に案内された時に見たマリアの表情を思い出した。
その表情から、どれだけ彼女がそれらのものを大切にしているかわかった。
だからこそ、それらのものを失ったら、マリアの心にどれ程大きな絶望が襲いかかるかは、容易に想像ができた。
そして、今前方に見えている塀の向こう側にあるのが、マリアの宝物がある倉庫なのだ。
塀があるので、侵入するのは難しい。
しかし、おれはその宝物を盗もうとしているわけではない。
壊すことさえできればいいのだ。
だから、侵入する必要はない。
破壊するだけなら、それほど難しいことではない。
おれは周りに誰もいないことを確認して、懐から準備していたあるものを取り出した。
それは、火炎瓶だ。
これを、あの倉庫に向かって投げる。
倉庫は木造の二階建てだ。
倉庫が焼き崩れたら、当然中のものも無事では済まない。
ようやく……、ようやくこのときが来たのだ……。
おれは火炎瓶を、数十メートル先にある倉庫に向かって投げた。
火炎瓶は塀を越えて、倉庫に当たった。
「よし、成功だ!」
おれは思わず歓喜の声をあげた。
一回で成功するとは運がいい。
一応失敗したときのために、予備の火炎瓶をあと二つ持ってきていた。
それらも、倉庫に向かって投げた。
そして、二つとも成功した。
何という強運だ。
神さえも俺に味方してくれるとは……。
しかし、喜んでばかりもいられない。
すぐにここを離れる必要がある。
本当は倉庫が燃え上がる様を見たいところが、俺がここにいたことを目撃される恐れがある。
火事の様子を見たい野次馬がそのうち集まってくるだろうから、そのまえに逃げる。
復讐のために捨て身になるつもりなんてなかった。
おれは倉庫に背を向けた。
そして、ナンシーの屋敷に向かって、おれは夜の暗い道を走り出した。
気分は最高潮に高まっていた。
やった……、ついにやったぞ!
マリアが絶望に包まれている表情をすぐにでも見たかったが、今は自分の安全が最優先だ。
彼女の絶望した顔は、明日の彼女の通学時に、ゆっくりと拝ませてもらうとしよう。
すべてうまくいった。
今度こそ、成功だ!
おれはナンシーの屋敷に向かって走りながら、笑みを浮かべていた。
この一件が、あの恐ろしい体験の引き金になるとも知らずに……。
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