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 (※ジャック視点)

 ベラと結婚してから、一年が経過した。

 平民としての生活にも、少しは慣れてきた。
 とはいえ、以前のような贅沢な暮らしに、まったく未練がないわけではなかった。
 しかし、今の経済状況で、あの時のような金銭感覚で生活をするわけにはいかない。

 そんなことをすれば、瞬く間に破産してしまう。
 現在は家を買い、ベラと共働きすることによって、裕福とは言えないが、幸せな日々を送っている。
 たとえ贅沢はできなくても、隣にベラがいてくれる。
 それだけで、充分に幸せだった。

 このような生活をするに至るまでに、まったく苦労がなかったわけではない。

 追放されたときにお情けで持たされた金は、家を買うときにほとんど使ってしまったので、僕自身が働かなければならなかった。
 ベラだけに苦労をさせるわけにはいかないから、それは当然のことだ。
 しかし、職探しは想像以上に難しかった。

 いくつも断られた結果、僕はあるところで雇ってもらうことにした。
 それは、以前いくらか出資していた雑技団だ。
 観客が息を呑むような危険と隣り合わせの技や、不思議な現象を目の当たりにできる奇術など、どんなことでもやる団体である。
 
 自分が出資していたところに雇ってもらうなんて、屈辱以外のなにものでもなかった。
 しかし、ベラとの幸せな日々を送り続けるためには、必要なことだった。
 僕は屈辱に体を震わせながら、彼らに嘆願した。
 そして、なんとか雇ってもらうことができたのだった。

 そこでは当然、甘やかされることはなかった。
 座長の下について、芸を覚えるために厳しく指導された。
 一日のうちのほとんどを彼らと過ごす日々を送っているうちに、僕も庶民の生活というものを学んだ。

 安い食材を売っている場所、生命保険なるもののこと、様々な娯楽のこと……。
 気づけば僕は、庶民の仲間入りをしていた。
 しかし、それも悪くはないと思った。
 
 ベラと共に笑い、楽しい日々を送れるのなら、自分が庶民になってしまったことなど、気にもしなかった。
 しかし、幸せな日々も束の間だった。

 まさか、あのようなことになるなんて、幸せに浮かれていたこの時の僕は、想像すらしていなかったのだった……。

     *

 (※ベラ視点)

 まずいわ……、まさか、こんなことになるなんて……。

 絶対にばれないように、うまくやっていたのに……。
 このままでは、私の人生が終わってしまう。
 それだけは、なんとしてでも避けなければならない。

 勤め先の事務所のお金を横領していたことが、ばれそうな事態になったのである。

 こんなことになってしまったのには、理由があった。
 それは、ジャックの金遣いの荒さである。
 本人は節制しているつもりのようだけれど、私からすれば毎日豪遊しているようなものだった。
 元貴族の金銭感覚は、庶民の私の想像以上に狂っていた。

 それとなく、遠回しに指摘したことはある。
 しかし、ジャックが少し不機嫌になってしまったので、それ以降は指摘しなかった。
 せっかく始まった幸せな結婚生活に亀裂が生じると思ったからだ。

 当然、その間にもジャックのお金の無駄遣いは続いた。
 支出は、私たちの収入を合わせたものを遥かに越えていた。
 お金はなくなっていく一方で、なんとか手を打たなければならない状況に追い込まれていた。

 そこで私がとった行動が、勤め先のお金の横領である。

 ばれないように、金額は少しずつにして、経費としてごまかした。
 最終的に帳尻があっていればいいのだから、今まではなんの問題もなくやり過ごせた。
 しかし、ついに問題が起きてしまった。

 突然の監査が入ることになったのだ。

 その監査が入るまで、残り二日だった。
 当然、今のままでは不自然にお金がなくなっていることに気づかれてしまう。
 いつもなら月末に入ってくる売上金などから調整して、横領した分は誤魔化していたけれど、月末はまだまだ先なので、その手は使えない。

 期日まで残り二日……。
 いったい、どうすればいいの?

 もちろん、ジャックには相談できない。
 そもそも彼は、私が横領しているということすら知らないのだ。
 私がそんな悪事を働いていたと知られたら、きっと彼に嫌われてしまう。

 そんなことになってしまえば、幸せな結婚生活も終わってしまう。
 だから、なんとしてでもこの状況を乗り越えなければならなかった。

 どうしよう……、どうすればいいの?

 私は必死に考えた。
 期日もすぐそこまで迫っているので、悩んでいる時間なんてない。
 策を考えたら、すぐに行動に移さないと間に合わない。

「あ……、そうだわ!」

 必死に考えた結果、私はある策を思い付いた。
 そして、すぐに行動に移すことにした。

 それが、最悪の結果を招くことになるとも知らずに……。
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