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三時間後、屋敷は騒然となっていた。
執事は病院に運ばれ、屋敷内は憲兵の人でいっぱいになっていた。
執事は命に別状はないそうだが、しばらく意識は戻らないそうだ。
とりあえず、死んでいたわけではないとわかってほっとした。
こんなことがあったのだから、さすがに今日のディナーは中止になるだろう。
憲兵の話によれば、執事はお腹の辺りを長い刃物で刺され、背中まで貫通していたそうだ。
部屋にあったシーツが彼にかぶせられていたのは、犯人が返り血を浴びることを防ぐために、刺す前にかぶせたのだろう、ということだった。
そして彼を刺した凶器は、まだ見つかっていない。
「いったい、誰があんなことを……」
テラス席でコーヒーを飲みながら、私は呟いた。
私の正面には、マッチョくんが座っている。
彼はまだ、コーヒーに口をつけていない。
「屋敷内への人の出入りは厳重にチェックしていましたが、侵入者はいなかったそうです。おそらく、屋敷にいた人が容疑者ということになるでしょう」
「ええ!? そうなの!?」
私はマッチョくんの言葉に驚く。
いや、でも考えてみたら、そう結論付けるしかないよね……。
「てことはえっとぉ、容疑者は……、アイザック、メイド、シェフ、あ、あと、警備の人が二人、それと、アイザック、合計で六人ね」
「お嬢様、アイザックを二回数えています。どれだけ彼を疑っているのですか……。それに、自分とお嬢様を含めれば、合計は七人です」
「えぇ!? 私たちも容疑者なの?」
「あくまでも可能性の話です。憲兵は、そう考えているでしょうね。事情聴取をした結果、全員にアリバイがなかったのですから」
そう。
先ほどの憲兵からの簡単な事情聴取で判明したのは、全員にアリバイがなかったということだった。
つまり、誰にでも可能だったのだ。
私とマッチョくんは執事が刺された時には一緒にいたのだけれど、身内の証言というのはアリバイ証明としては少し弱いらしい。
口裏を合わせている可能性があるからだ。
私たちはしばらく帰れない。
どうやら捜査は難航しているようで、一番の原因は、凶器が見つからないことだ。
既に数時間も捜しているのに、どうして、凶器が見つからないのだろう。
「私たちが悲鳴を聞いてから部屋に着くまでに、そんなに時間はかからなかったよね?」
「ええ、おそらく三分か、長くても五分もかかっていない程度でしょう」
「その間に犯人は凶器をどこかに隠したということかぁ……」
「第一発見者のアイザックが到着したのが一分後、そのさらに一分後にメイドが到着して、その一分後に自分たちが到着したのですから、アイザックかメイドが犯人だった場合、凶器を隠すのに、一分ほどしか時間はなかったことになります」
「うーん、それなら、すでに凶器が発見されていてもおかしくないけど……。というかさ、そもそも凶器をどうやってこの屋敷に持ち込んだの? この屋敷にいる人たちは、みんなボディチェックを受けていたのに」
「ボディチェックをしていた警備の者が犯人、あるいは犯人の共犯だった場合は、簡単に凶器を持ち込めますね」
「おお、マッチョくん、天才? 冴えてるね!」
「あ、いえ、単なる可能性の話で、言ってみただけです。警備の者はお嬢様の父上と長年働いている者たちですよ。信用できる人たちです」
「そうなんだ……。あ! シェフの人は? キッチンに包丁があったでしょう?」
「いえ、それはないそうです。包丁では、執事の体を貫通させるには長さが全然足りないので」
マッチョくん、ここでようやくコーヒーに口をつける。
どれだけ猫舌なのよ……。
私は既に飲み終えていた。
「なぁんだ、そうだったの。じゃあ、どうやって犯人は凶器を持ち込んだんだろう……」
「何らかの方法で、ボディチェックの際にも気付かれずに持ち込んだのでしょうね」
「えぇ? そんな方法ある? ……たとえば、どんな方法があるの?」
「いえ、自分にはわかりません。しかし、実際に凶器は持ち込まれていたわけですから、おそらくボディチェックに抜け穴があったのでしょう。常識にとらわれて、無意識のうちにチェックしそこなったところが、きっとあったのでしょうね」
「なるほどぉ、無意識にチェックしていないところかぁ。すぐに思い付くところとしては、チン……」
あぶなかったぁ……。
ぎりぎりで自分が侯爵令嬢だということを思い出した。
マッチョくんの誘導尋問を利用した高度なセクハラに引っかかるところだった。
私になんてワードを言わせようとしているのよ!
……いや、彼に悪気はなかったのだろう。
すぐに人を疑うのは根暗の悲しい性だ。
……あれ?
あれれ?
ちょっと待って……。
何か今、思い付いた……。
えっと……、確かさっき私が言いそうになったワードから連想して……、そうだ!
ボディチェックの抜け穴だ!
凶器の隠し場所が分かった!
「行くわよ、マッチョくん!」
私はマッチョくんを引き連れ、テラス席から屋敷内に戻る。
周りには憲兵がたくさんいて、凶器を捜している。
私は目的の人物のところまで速足で歩いて行った。
片手に松葉杖をついている、アイザックのところまで。
彼は憲兵の捜査を眺めているみたいなので、横から近づいている私に気付いていなかった。
アイザックの側まで来た私は、彼の松葉杖を思いっきり蹴飛ばした。
執事は病院に運ばれ、屋敷内は憲兵の人でいっぱいになっていた。
執事は命に別状はないそうだが、しばらく意識は戻らないそうだ。
とりあえず、死んでいたわけではないとわかってほっとした。
こんなことがあったのだから、さすがに今日のディナーは中止になるだろう。
憲兵の話によれば、執事はお腹の辺りを長い刃物で刺され、背中まで貫通していたそうだ。
部屋にあったシーツが彼にかぶせられていたのは、犯人が返り血を浴びることを防ぐために、刺す前にかぶせたのだろう、ということだった。
そして彼を刺した凶器は、まだ見つかっていない。
「いったい、誰があんなことを……」
テラス席でコーヒーを飲みながら、私は呟いた。
私の正面には、マッチョくんが座っている。
彼はまだ、コーヒーに口をつけていない。
「屋敷内への人の出入りは厳重にチェックしていましたが、侵入者はいなかったそうです。おそらく、屋敷にいた人が容疑者ということになるでしょう」
「ええ!? そうなの!?」
私はマッチョくんの言葉に驚く。
いや、でも考えてみたら、そう結論付けるしかないよね……。
「てことはえっとぉ、容疑者は……、アイザック、メイド、シェフ、あ、あと、警備の人が二人、それと、アイザック、合計で六人ね」
「お嬢様、アイザックを二回数えています。どれだけ彼を疑っているのですか……。それに、自分とお嬢様を含めれば、合計は七人です」
「えぇ!? 私たちも容疑者なの?」
「あくまでも可能性の話です。憲兵は、そう考えているでしょうね。事情聴取をした結果、全員にアリバイがなかったのですから」
そう。
先ほどの憲兵からの簡単な事情聴取で判明したのは、全員にアリバイがなかったということだった。
つまり、誰にでも可能だったのだ。
私とマッチョくんは執事が刺された時には一緒にいたのだけれど、身内の証言というのはアリバイ証明としては少し弱いらしい。
口裏を合わせている可能性があるからだ。
私たちはしばらく帰れない。
どうやら捜査は難航しているようで、一番の原因は、凶器が見つからないことだ。
既に数時間も捜しているのに、どうして、凶器が見つからないのだろう。
「私たちが悲鳴を聞いてから部屋に着くまでに、そんなに時間はかからなかったよね?」
「ええ、おそらく三分か、長くても五分もかかっていない程度でしょう」
「その間に犯人は凶器をどこかに隠したということかぁ……」
「第一発見者のアイザックが到着したのが一分後、そのさらに一分後にメイドが到着して、その一分後に自分たちが到着したのですから、アイザックかメイドが犯人だった場合、凶器を隠すのに、一分ほどしか時間はなかったことになります」
「うーん、それなら、すでに凶器が発見されていてもおかしくないけど……。というかさ、そもそも凶器をどうやってこの屋敷に持ち込んだの? この屋敷にいる人たちは、みんなボディチェックを受けていたのに」
「ボディチェックをしていた警備の者が犯人、あるいは犯人の共犯だった場合は、簡単に凶器を持ち込めますね」
「おお、マッチョくん、天才? 冴えてるね!」
「あ、いえ、単なる可能性の話で、言ってみただけです。警備の者はお嬢様の父上と長年働いている者たちですよ。信用できる人たちです」
「そうなんだ……。あ! シェフの人は? キッチンに包丁があったでしょう?」
「いえ、それはないそうです。包丁では、執事の体を貫通させるには長さが全然足りないので」
マッチョくん、ここでようやくコーヒーに口をつける。
どれだけ猫舌なのよ……。
私は既に飲み終えていた。
「なぁんだ、そうだったの。じゃあ、どうやって犯人は凶器を持ち込んだんだろう……」
「何らかの方法で、ボディチェックの際にも気付かれずに持ち込んだのでしょうね」
「えぇ? そんな方法ある? ……たとえば、どんな方法があるの?」
「いえ、自分にはわかりません。しかし、実際に凶器は持ち込まれていたわけですから、おそらくボディチェックに抜け穴があったのでしょう。常識にとらわれて、無意識のうちにチェックしそこなったところが、きっとあったのでしょうね」
「なるほどぉ、無意識にチェックしていないところかぁ。すぐに思い付くところとしては、チン……」
あぶなかったぁ……。
ぎりぎりで自分が侯爵令嬢だということを思い出した。
マッチョくんの誘導尋問を利用した高度なセクハラに引っかかるところだった。
私になんてワードを言わせようとしているのよ!
……いや、彼に悪気はなかったのだろう。
すぐに人を疑うのは根暗の悲しい性だ。
……あれ?
あれれ?
ちょっと待って……。
何か今、思い付いた……。
えっと……、確かさっき私が言いそうになったワードから連想して……、そうだ!
ボディチェックの抜け穴だ!
凶器の隠し場所が分かった!
「行くわよ、マッチョくん!」
私はマッチョくんを引き連れ、テラス席から屋敷内に戻る。
周りには憲兵がたくさんいて、凶器を捜している。
私は目的の人物のところまで速足で歩いて行った。
片手に松葉杖をついている、アイザックのところまで。
彼は憲兵の捜査を眺めているみたいなので、横から近づいている私に気付いていなかった。
アイザックの側まで来た私は、彼の松葉杖を思いっきり蹴飛ばした。
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