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(※アンドレ視点)
「いびきはしていなかったので、大丈夫ですよ。もう、死んだように眠っていました」
「あら、そうですか。それはよかったです。……えっと、ここはどこですか? 計画では、私は宿屋の一室で目覚める予定だったと思うのですが……」
そう、確かに彼女の言う通りだ。
彼女をここで起こすことは計画になかった。
ここで彼女にローブを羽織らせ、そのまま宿屋に向かうつもりだった。
しかし、私には彼女を起こさなければいけない、深刻な理由があったのだ。
「ここは、既に王宮からはかなり離れた町の裏通りです。夜だからあまり人も出歩いていないし、ここへ来る途中も、できるだけ裏通りを走ってきたので、誰にも見つかっていません。そして、ここが、私が街の見回り中に、荷物を隠しておいた場所です」
「ああ、ここだったのですか……。そのバッグが、そうなのですね?」
「ええ、ローブがあるので、これを羽織ってください」
私は彼女にローブを手渡した。
私もローブを羽織った。
これで、私は憲兵の者だとわからないし、彼女も髪を解いて前髪を垂らしているから、正体がバレる心配はない。
「あ、私にくっつけていたナイフの柄、そのバッグに入れておいてください」
「はい」
私は彼女からナイフの柄を受け取って、それをバッグの中に入れた。
あの状態でナイフの柄が見えれば、ナイフが刺さっていると、誰もが勘違いしただろう。
実際には、ナイフの柄だけが、彼女の体にくっついていただけなのだが。
「あ、そうだ、私を起こしたのって、何か理由があったのですか?」
「ええ、実はですね、ずっと貴女を抱えていたので、腕が痺れてしまいまして……、このまま走っていたら、あなたを落としてしまうかもしれないと、危惧したのです」
「まあ、私が重たいって言いたいのですか?」
「いえ、決してそのようなことは……、私の鍛錬不足です」
「ふふ、冗談ですよ。ここまで運んでくれたこと、私の計画に協力してくれたこと、本当に感謝しています」
彼女は、頭を下げた。
そして、その頭を上げると、私に笑顔を見せた。
「それではアンドレさん、行きましょう。脱獄記念として、宿屋でお祝いをしたいです」
「いいですね、それ」
私は笑顔になっていた。
そして、彼女と並んで歩き始めた。
「そういえば、どうして私に睡眠薬を差し入れるように頼んだのですか? 死んだように見せかけるなら、眠ったふりをしているだけでも、よかったのではないですか?」
私は彼女に尋ねた。
「ええ、その通りですね。私も、最初はそうしようと思いました。でも、偽の遺書を書いている途中で、騙された殿下の間抜けな顔が思い浮かんできたのです。私、そのせいで、笑いがとまらなくて、遺書を書く手が震えてしまったのです。だから、眠ったふりをしていても、騙された殿下のリアクションを聞いているだけで、きっと笑ってしまうだろうな、と思ったのです」
「ああ、なるほど……、だから、本当に眠る必要があったのですね」
私は納得して、小さく頷いた。
*
(※ウィリアム王子視点)
「ひっ!」
突然、私の側にいたヘレンが、小さな悲鳴を上げた。
「どうしたんだ、ヘレン」
私は彼女に呼び掛けた。
「殿下、あそこに……」
彼女は、床を指差しながら、怯えている。
そして、彼女が指差していたのは、エマが倒れていた場所だった。
その床には、エマの血がついている。
そして、その血の辺りを、たくさんの蟻がうろうろといていた。
「ああ、そうか、君は虫が苦手だったね。何もしてこないから、大丈夫だよ」
私は彼女の肩に腕を回し、抱き寄せた。
虫を怖がっている姿も可愛いな……。
「殿下、少し変です……」
兵が呟くようにそう言った。
「何がだ?」
私は彼に尋ねた。
「ただの血に、こんなに蟻が寄ってくるなんて……、もしかすると、これ、血ではないのかもしれません」
「……は!?」
私は兵の言葉に驚いた。
血ではない、だと?
それでは、エマは、どうして倒れていたんだ?
わからない……、何もわからない。
しかし、まずは本当に血ではないかどうかを確かめなければならない。
「おい、貴様、この血をなめてみろ」
「え……、私がですか? なめなくても、ほかにも調べる方法が……」
「それだと時間がかかってしまう。どうした、私に逆らうのか? 貴様が、血ではないかもしれないと言ったのだろう? それなら、貴様がその身を持って証明するのが、筋というものだ」
「……わ、わかりました」
兵は床に着いていた血を指に付け、その指をなめた。
「あ……、これ、血じゃありませんね。シロップです」
「はあ!? シロップだと!?」
私は彼の言葉に驚いた。
血では、なかったのか?
いったい、どうなっているんだ……。
「はい、おそらく、シロップと食紅ですね。これだと、見た目だけは、血に見えます」
「ちょっと、どういうことなの? お姉さまは、血を流していたから倒れていたんじゃないの? それが血でなかったとすると……」
「えっと……、どういうことになるのでしょうか……。彼女は、アンドレが連れて行って、行方が分からなくなっていますね……。えっと……、どうして彼女は、病院へ行っていないのでしょう……。とりあえず確かなことは、彼女は現在、牢獄の外にいるということですね……。あ……、まさか……」
「「「……脱獄!?」」」
私とヘレンと兵が、同時に声をあげた。
「いびきはしていなかったので、大丈夫ですよ。もう、死んだように眠っていました」
「あら、そうですか。それはよかったです。……えっと、ここはどこですか? 計画では、私は宿屋の一室で目覚める予定だったと思うのですが……」
そう、確かに彼女の言う通りだ。
彼女をここで起こすことは計画になかった。
ここで彼女にローブを羽織らせ、そのまま宿屋に向かうつもりだった。
しかし、私には彼女を起こさなければいけない、深刻な理由があったのだ。
「ここは、既に王宮からはかなり離れた町の裏通りです。夜だからあまり人も出歩いていないし、ここへ来る途中も、できるだけ裏通りを走ってきたので、誰にも見つかっていません。そして、ここが、私が街の見回り中に、荷物を隠しておいた場所です」
「ああ、ここだったのですか……。そのバッグが、そうなのですね?」
「ええ、ローブがあるので、これを羽織ってください」
私は彼女にローブを手渡した。
私もローブを羽織った。
これで、私は憲兵の者だとわからないし、彼女も髪を解いて前髪を垂らしているから、正体がバレる心配はない。
「あ、私にくっつけていたナイフの柄、そのバッグに入れておいてください」
「はい」
私は彼女からナイフの柄を受け取って、それをバッグの中に入れた。
あの状態でナイフの柄が見えれば、ナイフが刺さっていると、誰もが勘違いしただろう。
実際には、ナイフの柄だけが、彼女の体にくっついていただけなのだが。
「あ、そうだ、私を起こしたのって、何か理由があったのですか?」
「ええ、実はですね、ずっと貴女を抱えていたので、腕が痺れてしまいまして……、このまま走っていたら、あなたを落としてしまうかもしれないと、危惧したのです」
「まあ、私が重たいって言いたいのですか?」
「いえ、決してそのようなことは……、私の鍛錬不足です」
「ふふ、冗談ですよ。ここまで運んでくれたこと、私の計画に協力してくれたこと、本当に感謝しています」
彼女は、頭を下げた。
そして、その頭を上げると、私に笑顔を見せた。
「それではアンドレさん、行きましょう。脱獄記念として、宿屋でお祝いをしたいです」
「いいですね、それ」
私は笑顔になっていた。
そして、彼女と並んで歩き始めた。
「そういえば、どうして私に睡眠薬を差し入れるように頼んだのですか? 死んだように見せかけるなら、眠ったふりをしているだけでも、よかったのではないですか?」
私は彼女に尋ねた。
「ええ、その通りですね。私も、最初はそうしようと思いました。でも、偽の遺書を書いている途中で、騙された殿下の間抜けな顔が思い浮かんできたのです。私、そのせいで、笑いがとまらなくて、遺書を書く手が震えてしまったのです。だから、眠ったふりをしていても、騙された殿下のリアクションを聞いているだけで、きっと笑ってしまうだろうな、と思ったのです」
「ああ、なるほど……、だから、本当に眠る必要があったのですね」
私は納得して、小さく頷いた。
*
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「ひっ!」
突然、私の側にいたヘレンが、小さな悲鳴を上げた。
「どうしたんだ、ヘレン」
私は彼女に呼び掛けた。
「殿下、あそこに……」
彼女は、床を指差しながら、怯えている。
そして、彼女が指差していたのは、エマが倒れていた場所だった。
その床には、エマの血がついている。
そして、その血の辺りを、たくさんの蟻がうろうろといていた。
「ああ、そうか、君は虫が苦手だったね。何もしてこないから、大丈夫だよ」
私は彼女の肩に腕を回し、抱き寄せた。
虫を怖がっている姿も可愛いな……。
「殿下、少し変です……」
兵が呟くようにそう言った。
「何がだ?」
私は彼に尋ねた。
「ただの血に、こんなに蟻が寄ってくるなんて……、もしかすると、これ、血ではないのかもしれません」
「……は!?」
私は兵の言葉に驚いた。
血ではない、だと?
それでは、エマは、どうして倒れていたんだ?
わからない……、何もわからない。
しかし、まずは本当に血ではないかどうかを確かめなければならない。
「おい、貴様、この血をなめてみろ」
「え……、私がですか? なめなくても、ほかにも調べる方法が……」
「それだと時間がかかってしまう。どうした、私に逆らうのか? 貴様が、血ではないかもしれないと言ったのだろう? それなら、貴様がその身を持って証明するのが、筋というものだ」
「……わ、わかりました」
兵は床に着いていた血を指に付け、その指をなめた。
「あ……、これ、血じゃありませんね。シロップです」
「はあ!? シロップだと!?」
私は彼の言葉に驚いた。
血では、なかったのか?
いったい、どうなっているんだ……。
「はい、おそらく、シロップと食紅ですね。これだと、見た目だけは、血に見えます」
「ちょっと、どういうことなの? お姉さまは、血を流していたから倒れていたんじゃないの? それが血でなかったとすると……」
「えっと……、どういうことになるのでしょうか……。彼女は、アンドレが連れて行って、行方が分からなくなっていますね……。えっと……、どうして彼女は、病院へ行っていないのでしょう……。とりあえず確かなことは、彼女は現在、牢獄の外にいるということですね……。あ……、まさか……」
「「「……脱獄!?」」」
私とヘレンと兵が、同時に声をあげた。
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