16 / 55
16.
しおりを挟む
大きな声で、ハキハキと!
せーのっ!
「彼は殺意を隠したまま、準備を進めていた。そして、その準備も終わり、あとは実行するだけとなった。彼はもう一度、自分の気持ちを確かめるため──」
私は声の出し方を忘れそうだったので、部屋の中央に姿勢よく立って、読んでいる本を朗読していた。
しかし、私の朗読を邪魔する者が、突然現れたのだった。
「おい! さっきから何度も呼んでいるのだから、返事をしろ!」
いきなり後ろから聞こえてきた声に私は驚き、振り返った。
ノックもなしに部屋に入ってくるなんて、どこの馬の骨かしら?
朗読を聞かれてしまったことにはすぐに気付いたが、今の私はそんなことで恥ずかしがることはない。
以前にこのような状況は経験済みなので、素早く精神を守る術を、私は身につけている。
何事もないかのように振る舞えば、恥ずかしくなどないのだ!
「レディの部屋に勝手に入るなんて、少し無礼なんじゃありま──」
私は振り返りながら放った言葉を、途中で止めた。
どこの馬の骨なのかと思っていたけれど、この部屋に入ってきたのはなんと、ウィリアム王子だったのだ。
「あ、殿下でしたか……、ようこそわが家へ」
もう少し気付くのが遅かったら、殿下に失礼な言葉を浴びせるところだった。
私は何とか笑顔を取り繕って、殿下を迎え入れた。
「ここは君の家ではなく、牢獄だ。いったい、何をしていたんだ? 誰もいないのに一人で喋って──」
「あの、殿下! 私に何か、ご用件があるのですよね? わざわざこんなところまで来たのですから」
「……ああ、そうだ。実は君に、聞きたいことがある」
殿下は真剣な顔で、こちらを見ていた。
私に聞きたいこと?
いったい何かしら?
もちろん、何でも答えるつもりである。
さっきまでこの部屋で何をしていたか、以外のことなら……。
「聞きたいことですか……。いったい、なんでしょうか?」
「八年前、王族や貴族が集まるパーティに、私は参加していた。そこには、エマも参加していた。しかしヘレン、君は体調を崩したので、そのパーティには参加していなかった。そのパーティで、私はエマとある話をした。彼女に会ったのは、それで五回目だったが、とても楽しい時間を過ごすことができた。さて、そこで君に質問だ。私はエマと何の話をしていたか、君は答えられるか?」
殿下は、鋭い眼差しでこちらの顔を覗き込んでいた。
「えっと……」
いきなり昔の話を始めたので驚いたけれど、私はすぐに状況を理解した。
これはつまり、ついにヘレンがぼろを出し始めたということね……。
だから、殿下は自分の婚約者が、私に成りすました偽物だと思い始めた。
今はまだ確証はないけれど、少しは疑っているという段階だと思われる。
だから私にこんな話をしたのだ。
ここで私が、正解を導くことができれば、私がエマだと証明できる。
なぜなら、殿下の質問の答えは、エマしか知りえないことだからだ。
偽物のヘレンには、答えることができない。
つまり、私のやるべきことは決まっている。
殿下の問いに対して、正確な答えを言って、私が本物のエマだと証明する。
そして、ヘレンは両親の罪を、白日の下に晒す。
待ちに待っていたそのチャンスが、ついに私のもとに訪れたのだ。
しかし、一つだけ問題があった。
私には、その答えがわからなかった……。
できればもう少し、最近のことを聞いてほしかった。
人間って意外と、昔のことはそんなに覚えていないのですよ。
覚えていても、ぼんやりとした曖昧な記憶しかないなんてことも、ざらにあるのです。
しかし、ここで答えなければ、せっかくのチャンスを棒に振ることになる。
えっと……、パーティ会場で私は殿下と、何を話したのしょうか?
昨日の晩御飯でさえ正確に覚えていないようなこの私に、八年前のことがはたして思い出せるのでしょうか……。
せーのっ!
「彼は殺意を隠したまま、準備を進めていた。そして、その準備も終わり、あとは実行するだけとなった。彼はもう一度、自分の気持ちを確かめるため──」
私は声の出し方を忘れそうだったので、部屋の中央に姿勢よく立って、読んでいる本を朗読していた。
しかし、私の朗読を邪魔する者が、突然現れたのだった。
「おい! さっきから何度も呼んでいるのだから、返事をしろ!」
いきなり後ろから聞こえてきた声に私は驚き、振り返った。
ノックもなしに部屋に入ってくるなんて、どこの馬の骨かしら?
朗読を聞かれてしまったことにはすぐに気付いたが、今の私はそんなことで恥ずかしがることはない。
以前にこのような状況は経験済みなので、素早く精神を守る術を、私は身につけている。
何事もないかのように振る舞えば、恥ずかしくなどないのだ!
「レディの部屋に勝手に入るなんて、少し無礼なんじゃありま──」
私は振り返りながら放った言葉を、途中で止めた。
どこの馬の骨なのかと思っていたけれど、この部屋に入ってきたのはなんと、ウィリアム王子だったのだ。
「あ、殿下でしたか……、ようこそわが家へ」
もう少し気付くのが遅かったら、殿下に失礼な言葉を浴びせるところだった。
私は何とか笑顔を取り繕って、殿下を迎え入れた。
「ここは君の家ではなく、牢獄だ。いったい、何をしていたんだ? 誰もいないのに一人で喋って──」
「あの、殿下! 私に何か、ご用件があるのですよね? わざわざこんなところまで来たのですから」
「……ああ、そうだ。実は君に、聞きたいことがある」
殿下は真剣な顔で、こちらを見ていた。
私に聞きたいこと?
いったい何かしら?
もちろん、何でも答えるつもりである。
さっきまでこの部屋で何をしていたか、以外のことなら……。
「聞きたいことですか……。いったい、なんでしょうか?」
「八年前、王族や貴族が集まるパーティに、私は参加していた。そこには、エマも参加していた。しかしヘレン、君は体調を崩したので、そのパーティには参加していなかった。そのパーティで、私はエマとある話をした。彼女に会ったのは、それで五回目だったが、とても楽しい時間を過ごすことができた。さて、そこで君に質問だ。私はエマと何の話をしていたか、君は答えられるか?」
殿下は、鋭い眼差しでこちらの顔を覗き込んでいた。
「えっと……」
いきなり昔の話を始めたので驚いたけれど、私はすぐに状況を理解した。
これはつまり、ついにヘレンがぼろを出し始めたということね……。
だから、殿下は自分の婚約者が、私に成りすました偽物だと思い始めた。
今はまだ確証はないけれど、少しは疑っているという段階だと思われる。
だから私にこんな話をしたのだ。
ここで私が、正解を導くことができれば、私がエマだと証明できる。
なぜなら、殿下の質問の答えは、エマしか知りえないことだからだ。
偽物のヘレンには、答えることができない。
つまり、私のやるべきことは決まっている。
殿下の問いに対して、正確な答えを言って、私が本物のエマだと証明する。
そして、ヘレンは両親の罪を、白日の下に晒す。
待ちに待っていたそのチャンスが、ついに私のもとに訪れたのだ。
しかし、一つだけ問題があった。
私には、その答えがわからなかった……。
できればもう少し、最近のことを聞いてほしかった。
人間って意外と、昔のことはそんなに覚えていないのですよ。
覚えていても、ぼんやりとした曖昧な記憶しかないなんてことも、ざらにあるのです。
しかし、ここで答えなければ、せっかくのチャンスを棒に振ることになる。
えっと……、パーティ会場で私は殿下と、何を話したのしょうか?
昨日の晩御飯でさえ正確に覚えていないようなこの私に、八年前のことがはたして思い出せるのでしょうか……。
9
お気に入りに追加
525
あなたにおすすめの小説

一年後に離婚すると言われてから三年が経ちましたが、まだその気配はありません。
木山楽斗
恋愛
「君とは一年後に離婚するつもりだ」
結婚して早々、私は夫であるマグナスからそんなことを告げられた。
彼曰く、これは親に言われて仕方なくした結婚であり、義理を果たした後は自由な独り身に戻りたいらしい。
身勝手な要求ではあったが、その気持ちが理解できない訳ではなかった。私もまた、親に言われて結婚したからだ。
こうして私は、一年間の期限付きで夫婦生活を送ることになった。
マグナスは紳士的な人物であり、最初に言ってきた要求以外は良き夫であった。故に私は、それなりに楽しい生活を送ることができた。
「もう少し様子を見たいと思っている。流石に一年では両親も納得しそうにない」
一年が経った後、マグナスはそんなことを言ってきた。
それに関しては、私も納得した。彼の言う通り、流石に離婚までが早すぎると思ったからだ。
それから一年後も、マグナスは離婚の話をしなかった。まだ様子を見たいということなのだろう。
夫がいつ離婚を切り出してくるのか、そんなことを思いながら私は日々を過ごしている。今の所、その気配はまったくないのだが。

辺境の獣医令嬢〜婚約者を妹に奪われた伯爵令嬢ですが、辺境で獣医になって可愛い神獣たちと楽しくやってます〜
津ヶ谷
恋愛
ラース・ナイゲールはローラン王国の伯爵令嬢である。
次期公爵との婚約も決まっていた。
しかし、突然に婚約破棄を言い渡される。
次期公爵の新たな婚約者は妹のミーシャだった。
そう、妹に婚約者を奪われたのである。
そんなラースだったが、気持ちを新たに次期辺境伯様との婚約が決まった。
そして、王国の辺境の地でラースは持ち前の医学知識と治癒魔法を活かし、獣医となるのだった。
次々と魔獣や神獣を治していくラースは、魔物たちに気に入られて楽しく過ごすこととなる。
これは、辺境の獣医令嬢と呼ばれるラースが新たな幸せを掴む物語。

【完結】虐げられていた侯爵令嬢が幸せになるお話
彩伊
恋愛
歴史ある侯爵家のアルラーナ家、生まれてくる子供は皆決まって金髪碧眼。
しかし彼女は燃えるような紅眼の持ち主だったために、アルラーナ家の人間とは認められず、疎まれた。
彼女は敷地内の端にある寂れた塔に幽閉され、意地悪な義母そして義妹が幸せに暮らしているのをみているだけ。
............そんな彼女の生活を一変させたのは、王家からの”あるパーティー”への招待状。
招待状の主は義妹が恋い焦がれているこの国の”第3皇子”だった。
送り先を間違えたのだと、彼女はその招待状を義妹に渡してしまうが、実際に第3皇子が彼女を迎えにきて.........。
そして、このパーティーで彼女の紅眼には大きな秘密があることが明らかにされる。
『これは虐げられていた侯爵令嬢が”愛”を知り、幸せになるまでのお話。』
一日一話
14話完結

妹に全てを奪われた令嬢は第二の人生を満喫することにしました。
バナナマヨネーズ
恋愛
四大公爵家の一つ。アックァーノ公爵家に生まれたイシュミールは双子の妹であるイシュタルに慕われていたが、何故か両親と使用人たちに冷遇されていた。
瓜二つである妹のイシュタルは、それに比べて大切にされていた。
そんなある日、イシュミールは第三王子との婚約が決まった。
その時から、イシュミールの人生は最高の瞬間を経て、最悪な結末へと緩やかに向かうことになった。
そして……。
本編全79話
番外編全34話
※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しています。

【完結済】どうして無能な私を愛してくれるの?~双子の妹に全て劣り、婚約者を奪われた男爵令嬢は、侯爵子息様に溺愛される~
ゆうき
恋愛
優秀な双子の妹の足元にも及ばない男爵令嬢のアメリアは、屋敷ではいない者として扱われ、話しかけてくる数少ない人間である妹には馬鹿にされ、母には早く出て行けと怒鳴られ、学園ではいじめられて生活していた。
長年に渡って酷い仕打ちを受けていたアメリアには、侯爵子息の婚約者がいたが、妹に奪われて婚約破棄をされてしまい、一人ぼっちになってしまっていた。
心が冷え切ったアメリアは、今の生活を受け入れてしまっていた。
そんな彼女には魔法薬師になりたいという目標があり、虐げられながらも勉強を頑張る毎日を送っていた。
そんな彼女のクラスに、一人の侯爵子息が転校してきた。
レオと名乗った男子生徒は、何故かアメリアを気にかけて、アメリアに積極的に話しかけてくるようになった。
毎日のように話しかけられるようになるアメリア。その溺愛っぷりにアメリアは戸惑い、少々困っていたが、段々と自分で気づかないうちに、彼の優しさに惹かれていく。
レオと一緒にいるようになり、次第に打ち解けて心を許すアメリアは、レオと親密な関係になっていくが、アメリアを馬鹿にしている妹と、その友人がそれを許すはずもなく――
これは男爵令嬢であるアメリアが、とある秘密を抱える侯爵子息と幸せになるまでの物語。
※こちらの作品はなろう様にも投稿しております!3/8に女性ホットランキング二位になりました。読んでくださった方々、ありがとうございます!

【完結】新婚生活初日から、旦那の幼馴染も同居するってどういうことですか?
よどら文鳥
恋愛
デザイナーのシェリル=アルブライデと、婚約相手のガルカ=デーギスの結婚式が無事に終わった。
予め購入していた新居に向かうと、そこにはガルカの幼馴染レムが待っていた。
「シェリル、レムと仲良くしてやってくれ。今日からこの家に一緒に住むんだから」
「え!? どういうことです!? 使用人としてレムさんを雇うということですか?」
シェリルは何も事情を聞かされていなかった。
「いや、特にそう堅苦しく縛らなくても良いだろう。自主的な行動ができるし俺の幼馴染だし」
どちらにしても、新居に使用人を雇う予定でいた。シェリルは旦那の知り合いなら仕方ないかと諦めるしかなかった。
「……わかりました。よろしくお願いしますね、レムさん」
「はーい」
同居生活が始まって割とすぐに、ガルカとレムの関係はただの幼馴染というわけではないことに気がつく。
シェリルは離婚も視野に入れたいが、できない理由があった。
だが、周りの協力があって状況が大きく変わっていくのだった。

【電子書籍化進行中】声を失った令嬢は、次期公爵の義理のお兄さまに恋をしました
八重
恋愛
※発売日少し前を目安に作品を引き下げます
修道院で生まれ育ったローゼマリーは、14歳の時火事に巻き込まれる。
その火事の唯一の生き残りとなった彼女は、領主であるヴィルフェルト公爵に拾われ、彼の養子になる。
彼には息子が一人おり、名をラルス・ヴィルフェルトといった。
ラルスは容姿端麗で文武両道の次期公爵として申し分なく、社交界でも評価されていた。
一方、怠惰なシスターが文字を教えなかったため、ローゼマリーは読み書きができなかった。
必死になんとか義理の父や兄に身振り手振りで伝えようとも、なかなか伝わらない。
なぜなら、彼女は火事で声を失ってしまっていたからだ──
そして次第に優しく文字を教えてくれたり、面倒を見てくれるラルスに恋をしてしまって……。
これは、義理の家族の役に立ちたくて頑張りながら、言えない「好き」を内に秘める、そんな物語。
※小説家になろうが先行公開です

【完結】巻き戻したのだから何がなんでも幸せになる! 姉弟、母のために頑張ります!
金峯蓮華
恋愛
愛する人と引き離され、政略結婚で好きでもない人と結婚した。
夫になった男に人としての尊厳を踏みじにられても愛する子供達の為に頑張った。
なのに私は夫に殺された。
神様、こんど生まれ変わったら愛するあの人と結婚させて下さい。
子供達もあの人との子供として生まれてきてほしい。
あの人と結婚できず、幸せになれないのならもう生まれ変わらなくていいわ。
またこんな人生なら生きる意味がないものね。
時間が巻き戻ったブランシュのやり直しの物語。
ブランシュが幸せになるように導くのは娘と息子。
この物語は息子の視点とブランシュの視点が交差します。
おかしなところがあるかもしれませんが、独自の世界の物語なのでおおらかに見守っていただけるとうれしいです。
ご都合主義の緩いお話です。
よろしくお願いします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる