王子からの縁談の話が来たのですが、双子の妹が私に成りすまして王子に会いに行きました。しかしその結果……

水上

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 (※ヘレン視点)

「お姉さま? 何を言っているんだ? お姉さんなのは、エマ、君だろう?」

 ようやく、自分が口走ってしまったことに気が付いた。
 体中に緊張が走り、冷や汗が止まらなかった……。

 私ったら、何をやっているのよ……、今の私はヘレンではなく、エマなのに……。

 そんなことは、充分に承知していた。
 しかしそれでも、気が緩んだ瞬間に素が出て、うっかり口走ってしまった。
 
 殿下がこちらの顔を覗き込んでいる。
 先ほどまでの楽しそうだった表情とは完全に別物だった。

 数秒間の沈黙が流れる。
 何か、言い訳をしなくてはいけない。
 でも、なんて言えばいいの?
 考えている時間はあまりない。
 この沈黙が続けば続くほど、殿下の疑いは大きく膨れ上がってしまう。

 私は一瞬で、三通りの方法を考えた。

 まず一つ目。
 真顔で、「いえ、そんなこと言っていませんよ」と言い張る。
 動揺を一切顔に出さず、自然な表情で言うのがポイントだ。
 もし殿下が「いや、確かに言ったよ」と言っても、真顔で否定し続ける。
 そうすることによって、殿下は「なんだ、私の聞き間違えか」と思い直すはずだ。
 多分、思い直してくれるはず。
 思い直してくれるといいな……。

 そして二つ目の方法。
 それは、新たな衝撃によって記憶を上塗りする、というものだ。
 具体的にいえば、私が現在試着している服を、サイズが合わなかったという程で、脱げたように演出する。
 そうすれば、殿下は突然目の前に現れたセクシーボディにメロメロ。
 姉のことを言い間違えたなどと言う些末な問題は、頭から吹き飛ぶはず。
 殿下といえど、所詮は男性なのだ。
 これはかなり効果が期待できる……、ような気がする。
 正直いって、自信はない……。

 そこで私は、三つ目の作戦を実行することにした。

「……なんて、冗談ですよ、殿下。びっくりしましたか?」

 私は笑顔で言った。

「……え?」

 殿下は何が起きているのか、頭が追い付いていない様子だった。

「ですからこれは、ドッキリですよ。私は、もちろんエマです。どうでしたか? たまには、日常に刺激が必要かと思いまして、慣れないことをやってみたのですが……」

「はは……、驚いたよ。なんだ、ドッキリか……。あぁ、よかった……」

 殿下は半ば放心状態だったが、大きくため息をついていた。

「すいません、やり過ぎたようですね。少し、趣味の悪い冗談でしたね」

「……いや、いいんだ、気にしないでくれ。確かに、充分に刺激的で、驚いたよ……。たまにはこういうのも、悪くないかもね」

 殿下は微笑みながら言った。
 あぁ、本当によかった……。
 私は安堵のため息をついた。
 とりあえず、何とか危機的状況は脱したようだ。

 その後も、仕立て屋を出て、デートは続いた。
 楽しい時間を過ごすことができたし、何も問題は起きなかった。
 殿下との幸せな日々が終わるのかと思ったけれど、何とかなってよかったわ……。

     *

 (※ウィリアム王子視点)

 私たちは街で充分に楽しみ、王宮に帰ってきていた。

 本当に、楽しかった。
 しかし、一つだけ気がかりなことがあった。
 それは、あの仕立て屋での一件だ。

 エマは、あれはドッキリだと言っていた。
 もちろん私は、その言葉を信じている。
 しかし、どうしても、あの時のエマが一瞬みせた表情が、頭をよぎるのだ。

 私が、エマは君だろうと指摘した時、彼女は本当に驚いている様子だった。
 それも、ドッキリの一環だったのかもしれない。
 しかし、あの一瞬見た彼女の表情は、とても演技だとは思えなかった。
 心の底から、自分の失敗に気付いて驚いているように見えた。

 このことを、エマに問い質すか?
 いや、そんなことできない。
 せっかく今日は、彼女と楽しい一日を過ごすことができたのだ。
 それなのに、証拠もないただの私の憶測を話して、いったい何になるというのだ。
 そんなことで、私たちの関係に亀裂を入れる必要なんてない。

 しかし、気になるのもまた、事実であった。
 そこで私は、ある場所へ向かうことにした。
 初めて訪れる場所だ。
 それは、ヘレンが捕らわれている牢獄だ。

 私は彼女に会って、話を聞くつもりだった。
 昔のことを、エマしか知りえないことを聞いて、もし牢獄にいる彼女が正しく答えたら、彼女こそがエマということになる。

 そんなことはありえないと頭では考えているが、確かめずにはいられなかった。
 これでもし牢獄にいる彼女が正確に答えられなければ、私の婚約者は、本物のエマということになる。
 私はそれを確かめて、何の疑念もなく、彼女と共に送る毎日を楽しみたい。

 私は複雑な思いを抱えながら、彼女がいる牢獄へと向かったのだった……。
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