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(※父親視点)
王宮に仕える兵が、私たちの家に来ていた。
彼の要件は、先日王宮に無理やり入ろうとして捕らえられた、エマのことだ。
もちろん彼は、捕らえたのはヘレンだと思っているが……。
「それでですね……、うちにある特別棟でヘレン様を幽閉しているのですが、本当によろしかったのですか?」
兵が私に言った。
私の隣にいる妻も、彼の話を聞いている。
「ええ、もちろん、なにも問題ありません。ヘレンは王宮に許可なく入ろうとしたのですから、罰を受けるのは当然のことです。侯爵令嬢だからといって、甘やかす必要はありません」
私はきっぱりと言った。
エマが真実を話す前に手を打っておいて、本当によかった。
そうしていなければ、今頃ヘレンは殿下に嘘をついた重罪人となり、それに協力した私たちも、ただでは済まなかっただろう。
「では、引き続き、しばらくヘレン様は幽閉しておきます。王宮に無断で入ろうとしたことは事実ですから。それでは私はこれで、失礼致します」
兵はそう言って、王宮に戻ろうとした。
私は妻と共に、兵を玄関まで見送った。
しかしそこで、妻が放った言葉が、その場に不穏な空気を生み出した。
「そういえば、ヘレンは殿下とうまくやっているのかしら。婚約して家を出てからしばらく経つけれど、可愛い娘ですから、いくつになっても心配なんですよ」
妻は微笑みながら兵にそう言った。
私もすぐには気付かなかった。
初めに気付いたのは、兵だった。
「……あの、もしかして、エマ様のことですか? 殿下とエマ様なら、うまくいっているようですよ」
兵は苦笑いしながら答えた。
そこで、一瞬の沈黙が流れた。
その時の空気は、私を不安な気持ちにさせるのには充分だった。
「おほほ……、私ったら、勘違いして恥ずかしいわ。そうそう、エマのことを聞きたかったのよ。実の娘なのに、ときどき間違えてしまうんです。ねえ、あなた?」
妻は狼狽えそうになりながら、何とか答えた。
「ははは……、そうなんですよ。実の親である私たちですら間違うほど、あの二人はそっくりなんです」
私も妻をフォローしておいた。
しかし、兵は一瞬、何とも言えない表情をしていた。
まさか、この程度の間違いで、成りすましを疑われることはないだろう。
頭ではそう考えていても、心の中ではかなり焦っていた。
もしかしたら、殿下と婚約している人物が偽物だと思うきっかけを作ってしまったかもしれない。
私は焦りを隠しながら、兵の表情を伺った。
「はは、そうですか……。ご両親でも、間違うことがあるのですね。……それでは、私はこれで、失礼致します」
兵は王宮に戻っていった。
「ごめんなさい、あなた。私……、うっかりしていたわ……」
妻が申し訳なさそうな表情で私に言った。
「心配ないさ。あれくらいの間違いで、疑われるはずがない。まあ、次からは少し気を付けよう」
私は毅然とした態度でそう言った。
しかし、本心はそうではなかった。
何がきっかけで真実がバレるかわからないということに、今更ながら気付いた私は、不安な気持ちでいっぱいだった……。
王宮に仕える兵が、私たちの家に来ていた。
彼の要件は、先日王宮に無理やり入ろうとして捕らえられた、エマのことだ。
もちろん彼は、捕らえたのはヘレンだと思っているが……。
「それでですね……、うちにある特別棟でヘレン様を幽閉しているのですが、本当によろしかったのですか?」
兵が私に言った。
私の隣にいる妻も、彼の話を聞いている。
「ええ、もちろん、なにも問題ありません。ヘレンは王宮に許可なく入ろうとしたのですから、罰を受けるのは当然のことです。侯爵令嬢だからといって、甘やかす必要はありません」
私はきっぱりと言った。
エマが真実を話す前に手を打っておいて、本当によかった。
そうしていなければ、今頃ヘレンは殿下に嘘をついた重罪人となり、それに協力した私たちも、ただでは済まなかっただろう。
「では、引き続き、しばらくヘレン様は幽閉しておきます。王宮に無断で入ろうとしたことは事実ですから。それでは私はこれで、失礼致します」
兵はそう言って、王宮に戻ろうとした。
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しかしそこで、妻が放った言葉が、その場に不穏な空気を生み出した。
「そういえば、ヘレンは殿下とうまくやっているのかしら。婚約して家を出てからしばらく経つけれど、可愛い娘ですから、いくつになっても心配なんですよ」
妻は微笑みながら兵にそう言った。
私もすぐには気付かなかった。
初めに気付いたのは、兵だった。
「……あの、もしかして、エマ様のことですか? 殿下とエマ様なら、うまくいっているようですよ」
兵は苦笑いしながら答えた。
そこで、一瞬の沈黙が流れた。
その時の空気は、私を不安な気持ちにさせるのには充分だった。
「おほほ……、私ったら、勘違いして恥ずかしいわ。そうそう、エマのことを聞きたかったのよ。実の娘なのに、ときどき間違えてしまうんです。ねえ、あなた?」
妻は狼狽えそうになりながら、何とか答えた。
「ははは……、そうなんですよ。実の親である私たちですら間違うほど、あの二人はそっくりなんです」
私も妻をフォローしておいた。
しかし、兵は一瞬、何とも言えない表情をしていた。
まさか、この程度の間違いで、成りすましを疑われることはないだろう。
頭ではそう考えていても、心の中ではかなり焦っていた。
もしかしたら、殿下と婚約している人物が偽物だと思うきっかけを作ってしまったかもしれない。
私は焦りを隠しながら、兵の表情を伺った。
「はは、そうですか……。ご両親でも、間違うことがあるのですね。……それでは、私はこれで、失礼致します」
兵は王宮に戻っていった。
「ごめんなさい、あなた。私……、うっかりしていたわ……」
妻が申し訳なさそうな表情で私に言った。
「心配ないさ。あれくらいの間違いで、疑われるはずがない。まあ、次からは少し気を付けよう」
私は毅然とした態度でそう言った。
しかし、本心はそうではなかった。
何がきっかけで真実がバレるかわからないということに、今更ながら気付いた私は、不安な気持ちでいっぱいだった……。
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