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 (※キティー視点)

 なんなのよ……、これ……。

 ハンクが、逮捕された。
 彼は、詐欺師だったのだ。

 憲兵がハンクを疑い、彼の周辺を詳しく捜査した結果、たくさんの証拠が出てきたそうだ。
 そのうちの一つとして、ハンクが経営している病院に現在通っている患者を、別の病院で検査してもらったところ、シガンスキー病の症状はなく、薬の過剰摂取だと診断されたそうだ。
 
 ようするに、彼はマッチポンプで金儲けをしていたのだ。
 彼に協力していた院長も、当然逮捕された。
 逮捕された院長は、「過ちだと分かっていたが、神はお許しになると思っていた」などと供述してるそうだ。
 
 そして彼の逮捕は、私たちブリガム家にも、多大な影響を与えた。
 そもそも、ハンクと私の婚約は、両家の関係を保つためのものだった。
 具体的にいえば、ハンクの家からの資金援助があったからだ。
 しかし、ハンクが逮捕され、婚約が破棄されたことによって、ブリガム家への資金援助は断たれた。

 それはつまり、私たちブリガム家の全員が、路頭に迷うことを意味していた。

 私たち家族は皆、絶望していた。
 平民へと成り下がり、それどころか、満足な生活もできないまでになってしまった……。
 こんな貧乏な生活が、この先もずっと続くのだ。

 こんなの、絶望以外のなにものでもない。

 それに、ブリガム家の全員が路頭に迷ったといったが、正確にいえば少し違う。
 新たに婚約して、既にこの家を出ていたお姉さまだけが、今でも幸せな生活を送っている。
 私たちは恥を忍んで、お姉さまに援助を頼み込んだが、あっけなく断られてしまった。

 お姉さまからハンクを奪った時は、まさかこんなことになるなんて、思ってもみなかった。
 こんなことになるくらいなら、お姉さまから婚約者を奪わなければよかったわ……。

 しかし、後悔したところで、時間が巻き戻るわけでもない。
 お姉さまは幸せな生活を謳歌し、私たちはずっと惨めな生活を送ることになってしまった……。
 こんな人生、到底受け入れられない。
 しかし、現実を受け入れる以外に、私たちにできることはなかった。

 ああ、私はいったい、どこで間違えてしまったの……。

     *

 (※隊長視点)

 私たちは事件解決を祝って、皆でピザを食べていた。

 憲兵では伝統の儀式のようなものである。

「いやあ、それにしても、キャサリンの推理は見事に的中していたなあ。さすが、首席で卒業しただけはある」

 部下の一人がそう言った。
 話題の中心は、今回活躍したキャサリンのことになっていた。

「いえいえ、たまたまですよ。私なんて、まだ経験の浅い新人です。それに、ずっと思っていたのですが、隊長は本当は、私よりも先に答えを導き出していたのではありませんか?」

「え……」

 急にこちらに振られたので、私は驚いた。
 とんでもない、私はなにも思い浮かぶようなことがなく、事件は迷宮入りかと諦めかけていたくらいだ。 
 そう説明しようと思ったのだが……。

「確かに、今まで難事件をいくつも解決してきた隊長が、キャサリンが推理したことに気づかないはずがない。しかし、それならどうして隊長は、それを言わなかったんだ?」

 部下の一人が言った。
 おいおい、どれだけ私を過大評価しているんだ。

 私が意見を言わなかった理由?
 そんなの、事件解決のきっかけとなる意見など、持ちあわせていなかったからだ。
 そう説明しようとしたのだが、私よりも先に、キャサリンが口を開いた。

「そんなの決まっていますよ。隊長は、私たち部下にも、考える力を身に付けてほしかったのです。私たちの成長に、隊長は期待していたのです。だから、今回は隊長自ら進んで意見を述べなかったのですよ」

「さすが隊長だ。周りから難事件をいくつも解決してきた天才と持て囃されても、決して威張ったりでしゃばったりしない。後進の育成にも余念がないなんて、完璧すぎる! ああ、僕はあなたの部下になれて、本当に幸せです」

 部下の一人が、感心しているような口調でそう言った。

 いやいや、大丈夫かお前たち……。
 私への過大評価のせいで、目が曇っていないか?
 本当の私なんて、運だけでこの立場まで上り詰めたつまらない男だぞ。
 キャサリン、些細な違和感を見逃さなかったお前はどこへ行った……。

 私は反論する機会を逃して、また勝手に株が上がってしまった。
 これからもまた期待の目を向けられ続け、そのプレッシャーに耐えなければいけないのか……。
 いや、これからはそんな重圧に苦しまなくても済む。
 なぜなら、私は……。

 部下たちは酒も入って、楽しそうにはしゃいでいた。
 そして、いつの間にかキャサリンが私のとなりにいた。

「私、今回の事件の捜査に加えていただけたこと、本当に感謝しています。いくら首席卒業といっても、普通はいきなり事件の捜査に加えてはもらえません。若い新人は、雑用などを押し付けられるものだと思っていました」

「まあ、そういうふうにする奴らは、確かに少なくないな。そういう風習があるのは確かだが、私にはどうも肌にあわないんだ。まあ、指揮系統としての上下関係は必要だけれど。君は優秀だと聞いていたから、捜査に加えた。ただ、それだけだよ」
 
「私、隊長が皆に好かれているのは、難事件をいくつも解決してきたからではなく、懐の深い人望にあると思います。私は隊長の部下になれて、本当によかったです」

 笑顔で言う彼女を見て、私も思わず笑みを浮かべていた。
 彼女の言葉で、少しは気が楽になったような気がする。
 彼女たちの成長を、もっと見守っていたいと思った。
 
 私は大きくため息をつき、ポケットに入れていた辞表を握りつぶした。
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