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chapter.10
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今にも雨が降り出しそうな程暗い顔をしているくせ、一度も雨を降らせたことのない空の下。スクラップの山から見付けた小型のテレビは、深くひび割れ壊れている筈の画面に、訳の分からないアップデート内容を映し出していた。砂嵐に紛れて今にも消えてしまいそうなその文面を目にした時、なぜか腹の底から暴れ出したくなった。
「つまらねえ」
ぽつりと溢れたそれはその青年、フレッドの自我の産声だった。
どこからか漏れ出たフレッドの呟きに応じるようにして、骨の髄まで震わせるような怪音が、彼の鼓膜を内側から突き破った。自らを襲う変化に、何が何だか分からず瞬きをすれば、次の瞬間から見える景色がいやにクリアになっていく。
そして次第に、自分の置かれている状況がひどくつまらないものだと確信を得ていった。
ボックスヤード、ユニットの仲間、アンプルの使用方法、中央区域、そして『扉』の向こう側――最初から頭の中にインプットされ、誰かに仕組まれていたかのような情報を辿ると、暴れ出したくなるような思いは加速する。まるで自分が誰かの言いなりになって動いているようではないか。これでは、死んでいるのと同じだ。
「……つまらねえ、つまらねえつまらねえ!こんなのつまらねえなあ!!」
腹の底で渦巻く怒りにも似た衝動に任せて、吐き出した叫びは大気を震わせ、異様な迫力を持って、その場にいた仲間たちに目覚めが伝染する。
「ちょっと、うるさい。フレッドの大声のせいで耳鳴りがひどい……」
随分と年若い少女が寝起きのように間延びした調子で、抗議の声を上げるが、フレッドの耳には届いていない。
「いつの間にこんなにもつまらねえ状況になってんだァ!?俺が楽しくねえことに価値はねえってのに!楽しくねえなら生きている価値もねえ!そう思わねえか?当然思うだろうヨミ!」
アッシュグレーの頭を両手で掻きむしりながら、この世で一番の悲劇へと放り込まれた理不尽に遭ったかのように叫ぶ。種々のペンキに塗れて汚れたツナギの上から着込んだ、安っぽい透明のレインコートがガサガサと音を立てる。
ヨミと呼ばれた少女は、声も動作も大袈裟に嘆くフレッドを不愉快そうに見るばかりで返事をしなかった。代わりに、妙に落ち着いた男性の声がそれに応じる。
「ふむ。楽しくないなら生きていても無価値、その点は同意致しましょうか。我が友、カリーナ」
「ええ、ドナテルロ。乱暴者は好みじゃないけど、楽しくない人生なんて死んでしまったほうがマシ。賛成してあげてもいいわ」
埃を被った灰色の世界では不釣り合いな程、整った燕尾服を着込んだ紳士が立っていた。手入れされた口髭と、櫛の通った髪にいくらかの白髪が混じる初老の男性。彼に同意を求められると、その場の誰よりも機嫌の良さそうな声音で応えたうら若き女性は、やはりボックスヤードには似合わない白のワンピースドレスをその身に纏っていた。
砂埃の舞う世界とは無縁そうな二人は、揃ってどこかの家の令嬢とその執事が絵画から飛び出してきたかのような印象を与える。そんな二人の同意が気に食わなかったのか、不満げにまだ幼い唇を尖らせてヨミが言う。
「あのね、こういう奴にうんって返したらその分つけあがるんだからね」
「お前ら話が分かる奴らだと思ってはいたが、本当に話の分かる奴らだなァ!」
「ほらね……」
ドナテルロとカリーナの賛同を得て一変、演技がかった口調で感激して見せるフレッドは、心底鬱陶しそうに溜息を付くヨミに構わず続ける。
「こいつァ深刻な事態だぜ。なにせ全然楽しくねえし面白くねえ。俺じゃねえ誰かが勝手に俺の行く先を決めて、誰かと殺り合うことを決めて、更にはこの命のリミットまで決めてきやがった!面白い筈がねえ!」
思うままに吐き出し、半ば空に叫ぶように語りながら、一同へと順に視線を向ける。埃っぽく汚れたレインコートの擦れる音と共に、フレッドは大袈裟に両腕を広げて主張する。
「俺が何者なのか思い出せねえがそんなことはどうでもいい、俺は俺だ。だが、こんなつまらねえことになったのは許せねえ!犯人がいるなら見付けだして直接言ってやらねえとダメだ、「俺が何をするのか決めていいのは俺だけだ」ってなァ!」
フレッドの演説に二人分の拍手が響く。ドナテルロとカリーナだ。心からの称賛の拍手なのか、あるいは適当にその場に合わせるだけの拍手なのかは分からないが、フレッドは前者として受け取ったようだ。大勢の観客を前に公演を終えた役者のように、大仰に一礼して見せた。
それまで座って馬鹿馬鹿しいものを見る目で見ていたヨミが、膝丈のパッチワークのスカートの埃を払って、瓦礫の山から立ち上がった。丸襟のブラウスと二つに分けられ小さな三つ編みが、彼女の幼さを更に際立たせているが、言動は外見よりもずっと大人びている。
「それで?これからフレッドはどうしたいのさ」
ヨミの問いかけによくぞ聞いてくれましたとばかりに、彼女の方へ体ごと振り返って答える。
「俺は思う。俺たちをこんなつまらねえ状況に追い込んだ奴らは、中央区域にいるに違いねえとな」
ふとフレッドの顔から笑みが消えると、その視線はヨミから遥か遠くにある巨大な建造物へと向けられる。くすんだ大気に紛れて幻のようにも見えるが、今にも消えそうなテレビ画面に映るマップから予測するに、間違いなく中央区域の方角に存在しているようだ。
「顔も名前も存在も分からねえ誰かの言いなりになっているようで気に食わねえが、あそこに犯人がいる筈だ。俺の全身がそう言っている」
「短絡的な気もしますけど、わたくし、ここまで招待して頂いたのに無視するのもいかがなものかと思いますわ。いかがかしら、ドナテルロ」
「我が友カリーナ、君の言う通りだ。他の者が襲ってきたとしても、君と私で返り討ちにしてしまおう」
晴れた日にピクニックへと誘う気軽さで話を振るカリーナと、昼食のメニューを提案するような調子で応えるドナテルロ。根拠のない答えに加え、緊張感のない二人のやり取りに頭を悩ませ、ヨミはつい溜息を止められずに吐き出してしまう。
「どいつもこいつも呑気なんだから……」
仲間たちの同意を得られたと判断したフレッドは、片足を上げたかと思えば足元に転がしていた旧型のテレビの画面を思い切り踏み付けた。その衝撃で派手な音を立てて粉々に割れると、煤けた画面はついに何も映し出さなくなってしまった。
「決まりだ。まずは中央区域に行ってやる。でも、つまらねえばっかりじゃ死んでるのと同じだからなァ、ついでに楽しいこともしながら行こうぜ」
足元に散らばった比較的大きなガラス片を拾い上げると、フレッドは力いっぱい手の中に握り込む。ガラス片は彼の手のひらを傷付けることなくその中で変形し、小型の手榴弾に姿形を変えてしまった。
「つまらねえ」
ぽつりと溢れたそれはその青年、フレッドの自我の産声だった。
どこからか漏れ出たフレッドの呟きに応じるようにして、骨の髄まで震わせるような怪音が、彼の鼓膜を内側から突き破った。自らを襲う変化に、何が何だか分からず瞬きをすれば、次の瞬間から見える景色がいやにクリアになっていく。
そして次第に、自分の置かれている状況がひどくつまらないものだと確信を得ていった。
ボックスヤード、ユニットの仲間、アンプルの使用方法、中央区域、そして『扉』の向こう側――最初から頭の中にインプットされ、誰かに仕組まれていたかのような情報を辿ると、暴れ出したくなるような思いは加速する。まるで自分が誰かの言いなりになって動いているようではないか。これでは、死んでいるのと同じだ。
「……つまらねえ、つまらねえつまらねえ!こんなのつまらねえなあ!!」
腹の底で渦巻く怒りにも似た衝動に任せて、吐き出した叫びは大気を震わせ、異様な迫力を持って、その場にいた仲間たちに目覚めが伝染する。
「ちょっと、うるさい。フレッドの大声のせいで耳鳴りがひどい……」
随分と年若い少女が寝起きのように間延びした調子で、抗議の声を上げるが、フレッドの耳には届いていない。
「いつの間にこんなにもつまらねえ状況になってんだァ!?俺が楽しくねえことに価値はねえってのに!楽しくねえなら生きている価値もねえ!そう思わねえか?当然思うだろうヨミ!」
アッシュグレーの頭を両手で掻きむしりながら、この世で一番の悲劇へと放り込まれた理不尽に遭ったかのように叫ぶ。種々のペンキに塗れて汚れたツナギの上から着込んだ、安っぽい透明のレインコートがガサガサと音を立てる。
ヨミと呼ばれた少女は、声も動作も大袈裟に嘆くフレッドを不愉快そうに見るばかりで返事をしなかった。代わりに、妙に落ち着いた男性の声がそれに応じる。
「ふむ。楽しくないなら生きていても無価値、その点は同意致しましょうか。我が友、カリーナ」
「ええ、ドナテルロ。乱暴者は好みじゃないけど、楽しくない人生なんて死んでしまったほうがマシ。賛成してあげてもいいわ」
埃を被った灰色の世界では不釣り合いな程、整った燕尾服を着込んだ紳士が立っていた。手入れされた口髭と、櫛の通った髪にいくらかの白髪が混じる初老の男性。彼に同意を求められると、その場の誰よりも機嫌の良さそうな声音で応えたうら若き女性は、やはりボックスヤードには似合わない白のワンピースドレスをその身に纏っていた。
砂埃の舞う世界とは無縁そうな二人は、揃ってどこかの家の令嬢とその執事が絵画から飛び出してきたかのような印象を与える。そんな二人の同意が気に食わなかったのか、不満げにまだ幼い唇を尖らせてヨミが言う。
「あのね、こういう奴にうんって返したらその分つけあがるんだからね」
「お前ら話が分かる奴らだと思ってはいたが、本当に話の分かる奴らだなァ!」
「ほらね……」
ドナテルロとカリーナの賛同を得て一変、演技がかった口調で感激して見せるフレッドは、心底鬱陶しそうに溜息を付くヨミに構わず続ける。
「こいつァ深刻な事態だぜ。なにせ全然楽しくねえし面白くねえ。俺じゃねえ誰かが勝手に俺の行く先を決めて、誰かと殺り合うことを決めて、更にはこの命のリミットまで決めてきやがった!面白い筈がねえ!」
思うままに吐き出し、半ば空に叫ぶように語りながら、一同へと順に視線を向ける。埃っぽく汚れたレインコートの擦れる音と共に、フレッドは大袈裟に両腕を広げて主張する。
「俺が何者なのか思い出せねえがそんなことはどうでもいい、俺は俺だ。だが、こんなつまらねえことになったのは許せねえ!犯人がいるなら見付けだして直接言ってやらねえとダメだ、「俺が何をするのか決めていいのは俺だけだ」ってなァ!」
フレッドの演説に二人分の拍手が響く。ドナテルロとカリーナだ。心からの称賛の拍手なのか、あるいは適当にその場に合わせるだけの拍手なのかは分からないが、フレッドは前者として受け取ったようだ。大勢の観客を前に公演を終えた役者のように、大仰に一礼して見せた。
それまで座って馬鹿馬鹿しいものを見る目で見ていたヨミが、膝丈のパッチワークのスカートの埃を払って、瓦礫の山から立ち上がった。丸襟のブラウスと二つに分けられ小さな三つ編みが、彼女の幼さを更に際立たせているが、言動は外見よりもずっと大人びている。
「それで?これからフレッドはどうしたいのさ」
ヨミの問いかけによくぞ聞いてくれましたとばかりに、彼女の方へ体ごと振り返って答える。
「俺は思う。俺たちをこんなつまらねえ状況に追い込んだ奴らは、中央区域にいるに違いねえとな」
ふとフレッドの顔から笑みが消えると、その視線はヨミから遥か遠くにある巨大な建造物へと向けられる。くすんだ大気に紛れて幻のようにも見えるが、今にも消えそうなテレビ画面に映るマップから予測するに、間違いなく中央区域の方角に存在しているようだ。
「顔も名前も存在も分からねえ誰かの言いなりになっているようで気に食わねえが、あそこに犯人がいる筈だ。俺の全身がそう言っている」
「短絡的な気もしますけど、わたくし、ここまで招待して頂いたのに無視するのもいかがなものかと思いますわ。いかがかしら、ドナテルロ」
「我が友カリーナ、君の言う通りだ。他の者が襲ってきたとしても、君と私で返り討ちにしてしまおう」
晴れた日にピクニックへと誘う気軽さで話を振るカリーナと、昼食のメニューを提案するような調子で応えるドナテルロ。根拠のない答えに加え、緊張感のない二人のやり取りに頭を悩ませ、ヨミはつい溜息を止められずに吐き出してしまう。
「どいつもこいつも呑気なんだから……」
仲間たちの同意を得られたと判断したフレッドは、片足を上げたかと思えば足元に転がしていた旧型のテレビの画面を思い切り踏み付けた。その衝撃で派手な音を立てて粉々に割れると、煤けた画面はついに何も映し出さなくなってしまった。
「決まりだ。まずは中央区域に行ってやる。でも、つまらねえばっかりじゃ死んでるのと同じだからなァ、ついでに楽しいこともしながら行こうぜ」
足元に散らばった比較的大きなガラス片を拾い上げると、フレッドは力いっぱい手の中に握り込む。ガラス片は彼の手のひらを傷付けることなくその中で変形し、小型の手榴弾に姿形を変えてしまった。
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