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chapter.9
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太陽の位置も日の傾きも感じさせない曇天の下、五人が合流を果たしてから一時間程が経った頃、拠点として使い物にならなくなった映画館を後にすることにした。
スクリーンに映し出された例のボックスヤードのマップに、なぜ自分たちの現在地までもが丁寧に記されていたのかは分からなかったが、向かう先の方角は位置関係からおおよそ分かっていた。
この世界において、移動手段は己の両足のみだ。つい先程のような襲撃がいつあってもおかしくないと警戒しながらも、時折倒れた電柱や原形を留めない程に崩れた建物を横目に、道という道のない砂利にまみれた大地を進んで行く。
「そう言えば、アルコはいつから変身できるようになったん」
「え?」
後ろを歩いていたニシキに唐突に話を振られ、アルコが振り向く。
「自分は気付いたら刀と影が使えるようになってたけど、あんたもいつの間にか変身できるようになってたん?」
互いの情報を共有し、それぞれの身に何があったかを話し合った時点で、ニシキの能力は全員の目の前で披露された。本人曰く扱いにくいものらしいが、器用に刀を振るい実体を持った影の刃で、標的と設定した瓦礫を次々と突き崩していく様子は、相当上手く使いこなしているように見えた。
「う、うん。こんなことできるって気付いたのは本当についさっき。危ないのにヨウが飛び出して行こうとするから、なんとかしなきゃって思って」
「……はーん」
気怠そうな表情は変わらないものの、ニシキが何やら意味深に頷くのに、アルコが避難するようにジンリンの方に身を寄せた。
「え、なに?」
「いやあ、ヨウは罪な男やなあと思うて」
「そういうんじゃなくて……!」
ニシキの言わんとするところが分かり、アルコの頬にさっと朱が走る。その後、何か言いたげに口を開いたり閉じたりするが、良い反論は何も思いつかなかったらしく、結局は唇を引き結び何も返さずに大人しくジンリンの隣を歩いていく。
そんなアルコを気にする様子もなく、ニシキの話はヨウへと移る。ヨウは引き合いに出されたもののよく分かっていない様子だ。
「ヨウは何かあるん?なんかこう、特別これができるでって能力」
「俺?」
自分にアルコやニシキのような特別な能力があっただろうかと思い返してみるが、何も思い当たるものがなかった。アルコを助けなければと思って咄嗟に動いたあの時も、思うように動いただけで特別なことは何もしていない。
「ちょっとだけケンカが強い……かもしれない」
「それって能力なん?」
ヨウの答えに呆れたように溜息を吐いたところ、アルコの隣を歩きながら視線だけを後ろへとやるようにジンリンが軽く振り向く。
「その能力は、お前たちの言う耳鳴りと関係があるのか」
その問いにアルコは首を傾げ、ニシキは少し唸って言葉を探した後に答える。
「はっきりとは分からん、というのが正直なところやな。順番で言うたら、自分は耳鳴りに襲われるちょっと前から使えてたからな」
「あたしは……耳鳴りがして、世界がはっきり見えるようになった気がした時は、全然何もできなくてヨウに助けてもらったんだよね。ジンリンの能力は分からない?」
正直に答えるニシキに続いて、アルコがジンリンを覗き込むようにして訊ねる。その問いかけに彼女のいるあたりへと視線を戻し、ジンリンは頷く。
「ああ。あるかどうかも分からない。お前たちと同じ経験をすれば、また変わってくるのかもしれないが」
ヨウは仲間たちのそんな一連のやり取りを見ている内に、ふとカタルが気になった。
「なあ、カタルは――」
何ができるんだ?純粋な疑問と興味からそう話を振った瞬間だった。強く何かに引っ張られるような、強力な磁石でその場に引き留められるような感覚が、瞬間的に襲った。自分の周りの重力だけが一瞬狂ったような、眩暈ともあの耳鳴りとも違う妙な感覚に、思わず足を止める。
「ん?俺が何だよ?」
仲間たちの話に耳を傾けながらも、適当に時計を弄っていたカタルが、名前を呼ばれて訝しげに顔をあげた。奇妙な引力はもう感じない。
(なんだ、今の……)
カタルを含め他の仲間たちは何もなかったらしく、動きを止めたヨウに気付きもせず先へ進んでいる。カタルは、不自然に言葉を切って立ち止まったヨウの次の言葉を隣で待っていたが、それもほんの数秒、進行方向に何かを見つけたらしく声を上げる。
「あっ、おい。みんなあれ見えるか?あのでかい建物」
多くの建造物があった形跡があるものの、その大半が原形を留めない程度に崩れ去っているボックスヤードでは、視界を遮る程の高い建物を見ることがほとんどない。あったとして、工事途中で放棄されたような瓦礫の寄せ集めが、ところどころうず高く積まれているのみだ。
そんな見通しがよくとも、静かな風によって常に砂埃が舞う霞んだ世界で、カタルが示した方向の遥か向こうに、確かに大きな建造物がそびえ立っているのが見える。透明度の低い大気を通してでは、その姿は蜃気楼のようにぼんやりと曖昧に見える。
「あんなの今まであったか?」
カタルと共に少し遅れた分、仲間たちのもとへと駆け寄りながら不思議に思ってヨウは目を凝らす。皆一様に足を止めて、遥か先にあるらしいその建物の方向を見詰めているが、ヨウの声にはジンリンが淡々と応える。
「覚えはない。だが、中央区域の方角にある。中央区域の開放と共に出現したのではないか」
「あんなでっかいもん今の今まで隠しとけるとか、ますますどうなってんねん」
気味悪そうにニシキが言う傍らで、ジンリンが止めていた足を再び前へと進める。それにまずはアルコが続き、後は皆それぞれ再び歩き出す。
「行ってみるしかないんじゃね?こんだけ言われてたら、あそこに『扉』があってもなくても何かはあんだろ。とりあえず、アンプルがあったら一番いいんだけどさあ」
大きな溜息を吐いて言うカタルに、適当に頷いてニシキが応える。
「まあ、何も分からんって時に、これ見よがしにあんなん出されて、行かんかったらアホやわな」
たとえ自分たちを監視している何者かに誘導されていて、これが何かの罠だったとしても。
その場の誰もが思ったが、一人として口にすることはしなかった。
スクリーンに映し出された例のボックスヤードのマップに、なぜ自分たちの現在地までもが丁寧に記されていたのかは分からなかったが、向かう先の方角は位置関係からおおよそ分かっていた。
この世界において、移動手段は己の両足のみだ。つい先程のような襲撃がいつあってもおかしくないと警戒しながらも、時折倒れた電柱や原形を留めない程に崩れた建物を横目に、道という道のない砂利にまみれた大地を進んで行く。
「そう言えば、アルコはいつから変身できるようになったん」
「え?」
後ろを歩いていたニシキに唐突に話を振られ、アルコが振り向く。
「自分は気付いたら刀と影が使えるようになってたけど、あんたもいつの間にか変身できるようになってたん?」
互いの情報を共有し、それぞれの身に何があったかを話し合った時点で、ニシキの能力は全員の目の前で披露された。本人曰く扱いにくいものらしいが、器用に刀を振るい実体を持った影の刃で、標的と設定した瓦礫を次々と突き崩していく様子は、相当上手く使いこなしているように見えた。
「う、うん。こんなことできるって気付いたのは本当についさっき。危ないのにヨウが飛び出して行こうとするから、なんとかしなきゃって思って」
「……はーん」
気怠そうな表情は変わらないものの、ニシキが何やら意味深に頷くのに、アルコが避難するようにジンリンの方に身を寄せた。
「え、なに?」
「いやあ、ヨウは罪な男やなあと思うて」
「そういうんじゃなくて……!」
ニシキの言わんとするところが分かり、アルコの頬にさっと朱が走る。その後、何か言いたげに口を開いたり閉じたりするが、良い反論は何も思いつかなかったらしく、結局は唇を引き結び何も返さずに大人しくジンリンの隣を歩いていく。
そんなアルコを気にする様子もなく、ニシキの話はヨウへと移る。ヨウは引き合いに出されたもののよく分かっていない様子だ。
「ヨウは何かあるん?なんかこう、特別これができるでって能力」
「俺?」
自分にアルコやニシキのような特別な能力があっただろうかと思い返してみるが、何も思い当たるものがなかった。アルコを助けなければと思って咄嗟に動いたあの時も、思うように動いただけで特別なことは何もしていない。
「ちょっとだけケンカが強い……かもしれない」
「それって能力なん?」
ヨウの答えに呆れたように溜息を吐いたところ、アルコの隣を歩きながら視線だけを後ろへとやるようにジンリンが軽く振り向く。
「その能力は、お前たちの言う耳鳴りと関係があるのか」
その問いにアルコは首を傾げ、ニシキは少し唸って言葉を探した後に答える。
「はっきりとは分からん、というのが正直なところやな。順番で言うたら、自分は耳鳴りに襲われるちょっと前から使えてたからな」
「あたしは……耳鳴りがして、世界がはっきり見えるようになった気がした時は、全然何もできなくてヨウに助けてもらったんだよね。ジンリンの能力は分からない?」
正直に答えるニシキに続いて、アルコがジンリンを覗き込むようにして訊ねる。その問いかけに彼女のいるあたりへと視線を戻し、ジンリンは頷く。
「ああ。あるかどうかも分からない。お前たちと同じ経験をすれば、また変わってくるのかもしれないが」
ヨウは仲間たちのそんな一連のやり取りを見ている内に、ふとカタルが気になった。
「なあ、カタルは――」
何ができるんだ?純粋な疑問と興味からそう話を振った瞬間だった。強く何かに引っ張られるような、強力な磁石でその場に引き留められるような感覚が、瞬間的に襲った。自分の周りの重力だけが一瞬狂ったような、眩暈ともあの耳鳴りとも違う妙な感覚に、思わず足を止める。
「ん?俺が何だよ?」
仲間たちの話に耳を傾けながらも、適当に時計を弄っていたカタルが、名前を呼ばれて訝しげに顔をあげた。奇妙な引力はもう感じない。
(なんだ、今の……)
カタルを含め他の仲間たちは何もなかったらしく、動きを止めたヨウに気付きもせず先へ進んでいる。カタルは、不自然に言葉を切って立ち止まったヨウの次の言葉を隣で待っていたが、それもほんの数秒、進行方向に何かを見つけたらしく声を上げる。
「あっ、おい。みんなあれ見えるか?あのでかい建物」
多くの建造物があった形跡があるものの、その大半が原形を留めない程度に崩れ去っているボックスヤードでは、視界を遮る程の高い建物を見ることがほとんどない。あったとして、工事途中で放棄されたような瓦礫の寄せ集めが、ところどころうず高く積まれているのみだ。
そんな見通しがよくとも、静かな風によって常に砂埃が舞う霞んだ世界で、カタルが示した方向の遥か向こうに、確かに大きな建造物がそびえ立っているのが見える。透明度の低い大気を通してでは、その姿は蜃気楼のようにぼんやりと曖昧に見える。
「あんなの今まであったか?」
カタルと共に少し遅れた分、仲間たちのもとへと駆け寄りながら不思議に思ってヨウは目を凝らす。皆一様に足を止めて、遥か先にあるらしいその建物の方向を見詰めているが、ヨウの声にはジンリンが淡々と応える。
「覚えはない。だが、中央区域の方角にある。中央区域の開放と共に出現したのではないか」
「あんなでっかいもん今の今まで隠しとけるとか、ますますどうなってんねん」
気味悪そうにニシキが言う傍らで、ジンリンが止めていた足を再び前へと進める。それにまずはアルコが続き、後は皆それぞれ再び歩き出す。
「行ってみるしかないんじゃね?こんだけ言われてたら、あそこに『扉』があってもなくても何かはあんだろ。とりあえず、アンプルがあったら一番いいんだけどさあ」
大きな溜息を吐いて言うカタルに、適当に頷いてニシキが応える。
「まあ、何も分からんって時に、これ見よがしにあんなん出されて、行かんかったらアホやわな」
たとえ自分たちを監視している何者かに誘導されていて、これが何かの罠だったとしても。
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