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番外編 元妻とストーカーの馴れ初め。

旅行と書いて、潜入と読む

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「これはこれは、皇太子殿下よくぞいらっしゃいました。」


 ニタニタ笑いかけるモンテクリストは、下品なほど大振りな指輪をつけた手を差し出した。
 皇太子の俺に対してこの態度とは、些かこの先が不安だ。
 差し出された手を鼻であしらって、俺は馬を前進させた。


「お聞きしました。こちらには皇太子妃もご一緒だと。」


 チラチラとあの女の乗った馬車を見ては、馬と並行して足を早める。
 なるほどと、俺は自分の中で得心を得た。


「ここには国一番の採掘場があると聞いた。見たことない大きな宝石が見たいらしい。」
「左様でございましたか。では、こちらの方で用意させましょう。」


 そばにいた従者にモンテクリストは二、三言葉を告げると早足にその場を後にする。
 形だけの出迎え……。
 モンテクリストが態々やって来るとは、やはり王妃が後ろにつくあの女を気にしてのことだった。
 俺のことなど眼中にない。
 皇太子になってさえこの扱い、いや皇太子になる前よりはマシになったのか。
 自嘲するように鼻を鳴らして、馬の腹を蹴った。


「ちょっとどう言うことなのモンテクリスト卿!」


 女特有のキンキンする声が響き渡ると、早足のモンテクリストがぎくりと肩を跳ねさせた。


「こんなに道が悪いなんて聞いていないわ!貴方、随分とお粗末な仕事をなさるのね!この私に、こんな苦痛を味合わせるなんて!」


 私から王妃にご報告させていただくわ!と早口に締め括った女は、ガラスが割れんばかりの跡を立てて窓を閉めた。
 贅肉だらけの身体を揺さぶりながら、元来た道を戻ってくるモンテクリスト。
 俺はにやける口元を隠しながら、馬車に近寄った。


「王妃の手下じゃないんだろう?」
「使えるものはなんでも使う主義よ。さっきも言ったように、私顔見られたくないから。」
「わかってるよ。我がままなお姫様。」
「意外と楽しいのよ、この役。」


 泥をかぶりやすいしと、クスクスいたずらっ子ぽく笑って、女は馬車を前に進めさせた。
 そう十歩遅れて、馬車のあった場所に到着したモンテクリストは、ダラダラと汗を流しながら俺を見上げた。


「こ、皇太子妃は?」
「先に行った。あいつが叫んだように、馬車酔いが酷いらしい。」


 途中からは元気に馬に乗ってはしゃいでいたが。
 その考えと、にやける口元を飲み込んだ。


「今回は俺の私用だ。あんたん所の仕事にとやかく言うつもりはなかった。」


 やや声を低くして言えば、モンテクリストは小さく息を飲んだ。


「だから、俺への無礼な態度も見逃してやろう。」


 公用の時は気をつけるんだなと吐き捨てれば、モンテクリストは顔を青ざめた。
 馬車を追うように、馬の腹を蹴れば爽快な風が俺を掠めた。
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