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番外編 元妻とストーカーの馴れ初め。

スパイと書いて、カモと読む

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「本日より、こちらで奥様の護衛をすることになりました。ビーと申します。」


 ハキハキと、しかし物腰柔らかくそう言う彼は、私よりもずっと年下の少年だった。
 ブロンドの癖っ毛に、長い睫毛が愛らしい。
 弟がいればこんな感じなのかと、軽く膝を曲げて彼に手を差し出した。


「随分、お若いのですね。なんとお呼びすればよろしいかしら?」
「奥様のお好きなように。」


 手を握り返して、嬉しそうに微笑む彼に、ビーくんに致しますわと微笑み返す。
 わかっている。
 彼は王子様のいない間、私を監視する人間だ。
 年若いが、こんな仕事を任されるのだ。
 さぞ王子様からの信頼は厚いのだろう。
 
 彼に親睦の証にお茶でもどうかと、用意したばかりのティーセットを指さした。
 子供でも知る、この国で最も有名な紅茶だ。
 子供受けの良さそうなクッキーも見せると、一瞬ビーくんはポカンとした顔をして、眉尻を下げた。


「光栄です。ですが勤務中ですので、ご遠慮させて頂きます。」
「そうですか。では、休日の時にでも是非。」

 
 にこりと笑ってそう言うと、ビーくんはハイと微笑んだ。
 年のわりに、本性の見えない表情に私感心した。
 流石は王子様だ。
 いい部下を揃えている。

 ビーくんは私の後ろにある扉の側に行くと、控えるようにその場に佇んだ。
 見張りとは言え、まさか一日中そんな風に見張っているつもりなのだろうか。
 宣言通りいい子にしているつもりだったが、そんなに期待されてしまうと、答えないわけにはいかなくなるのが人のサガだ。

 ゆっくりとした動作でカップを床に滑り落とすと、ビーくんが慌てて駆け寄ってきた。


「ごめんなさい。手を滑らしてしまって。」
「いえ、お怪我は?」
「少し、紅茶がドレスにかかってしまったわ。」


 着替えてくるから、申し訳ないのだけれどここを片付けておいてと、言い残して私は部屋を後にする。
 自分の部屋に行き、わざとらしく鍵をかけて扉を椅子で押さえる。
 着ていたドレスを脱ぎ捨てれば、下に来ていた男性用の庶民服が現れる。
 動きやすいが、ドレスの下に着るにはちょっと暑すぎるのがマイナス。

 布同士を結び合わせたロープを身体に括り付けて、端をベットの柱に括り付ける。
 履いていた靴を部屋の隅に放り投げると、私は窓から身を投げ出した。
 実家から逃げ出す時によくやった手だが、まさか王宮に来てまでやるとは思わなかった。
 
 スルスルと布達が伸びて、私を下まで運んでいく。
 実家の周りには娯楽施設が少なかったが、ここは王都。
 きっと面白いものが沢山あるはずだ。
 チクチクとする芝生の感触が足に伝わって、身体のロープを解いた。
 ちょろいなと、鼻で笑い飛ばすと、後ろから私を讃える拍手が鳴った。


「素晴らしい身のこなしですね。」
「……どうも。」


 ニコニコと口元を軽く隠して笑う彼は、どうやら私が何をしていたのか全部見ていたらしい。


「是非、次は僕も一緒に。」
「残念だけれど、あなたにバレてしまっては次はないわ。」
「そうですか、残念ですね。」
「まぁでも、黙っててくれるなら、なくはないかもしれないわ。」


 そう言って私が手を差し出すと、彼はおかしそうにクスクス笑って手を握り返した。


「今回が初めてではありませんね?」
「ここでは初めてよ。王子様は見張が厳しいから。」
「……ここを抜け出して、どこにいかれるおつもりですか?」
「知りたい?残念だけれど、王妃の所じゃないわ。」


 そう言って肩を竦めると、ビーくんは眉を寄せた。
 

「貴族には、変わった趣味の人が多いの。」


 そう言った趣味を暴いてやるのも、楽しいものよ。
 私の言葉にやや解釈に戸惑ったのか、ビーくんは目をキョロキョロさせる。
 

「奥様も随分変わった趣味ですよね?」


 至って真面目な顔で言うビーくんに、私は声高らかに笑った。
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