58 / 78
番外編 元妻とストーカーの馴れ初め。
スパイと書いて、カモと読む
しおりを挟む「本日より、こちらで奥様の護衛をすることになりました。ビーと申します。」
ハキハキと、しかし物腰柔らかくそう言う彼は、私よりもずっと年下の少年だった。
ブロンドの癖っ毛に、長い睫毛が愛らしい。
弟がいればこんな感じなのかと、軽く膝を曲げて彼に手を差し出した。
「随分、お若いのですね。なんとお呼びすればよろしいかしら?」
「奥様のお好きなように。」
手を握り返して、嬉しそうに微笑む彼に、ビーくんに致しますわと微笑み返す。
わかっている。
彼は王子様のいない間、私を監視する人間だ。
年若いが、こんな仕事を任されるのだ。
さぞ王子様からの信頼は厚いのだろう。
彼に親睦の証にお茶でもどうかと、用意したばかりのティーセットを指さした。
子供でも知る、この国で最も有名な紅茶だ。
子供受けの良さそうなクッキーも見せると、一瞬ビーくんはポカンとした顔をして、眉尻を下げた。
「光栄です。ですが勤務中ですので、ご遠慮させて頂きます。」
「そうですか。では、休日の時にでも是非。」
にこりと笑ってそう言うと、ビーくんはハイと微笑んだ。
年のわりに、本性の見えない表情に私感心した。
流石は王子様だ。
いい部下を揃えている。
ビーくんは私の後ろにある扉の側に行くと、控えるようにその場に佇んだ。
見張りとは言え、まさか一日中そんな風に見張っているつもりなのだろうか。
宣言通りいい子にしているつもりだったが、そんなに期待されてしまうと、答えないわけにはいかなくなるのが人のサガだ。
ゆっくりとした動作でカップを床に滑り落とすと、ビーくんが慌てて駆け寄ってきた。
「ごめんなさい。手を滑らしてしまって。」
「いえ、お怪我は?」
「少し、紅茶がドレスにかかってしまったわ。」
着替えてくるから、申し訳ないのだけれどここを片付けておいてと、言い残して私は部屋を後にする。
自分の部屋に行き、わざとらしく鍵をかけて扉を椅子で押さえる。
着ていたドレスを脱ぎ捨てれば、下に来ていた男性用の庶民服が現れる。
動きやすいが、ドレスの下に着るにはちょっと暑すぎるのがマイナス。
布同士を結び合わせたロープを身体に括り付けて、端をベットの柱に括り付ける。
履いていた靴を部屋の隅に放り投げると、私は窓から身を投げ出した。
実家から逃げ出す時によくやった手だが、まさか王宮に来てまでやるとは思わなかった。
スルスルと布達が伸びて、私を下まで運んでいく。
実家の周りには娯楽施設が少なかったが、ここは王都。
きっと面白いものが沢山あるはずだ。
チクチクとする芝生の感触が足に伝わって、身体のロープを解いた。
ちょろいなと、鼻で笑い飛ばすと、後ろから私を讃える拍手が鳴った。
「素晴らしい身のこなしですね。」
「……どうも。」
ニコニコと口元を軽く隠して笑う彼は、どうやら私が何をしていたのか全部見ていたらしい。
「是非、次は僕も一緒に。」
「残念だけれど、あなたにバレてしまっては次はないわ。」
「そうですか、残念ですね。」
「まぁでも、黙っててくれるなら、なくはないかもしれないわ。」
そう言って私が手を差し出すと、彼はおかしそうにクスクス笑って手を握り返した。
「今回が初めてではありませんね?」
「ここでは初めてよ。王子様は見張が厳しいから。」
「……ここを抜け出して、どこにいかれるおつもりですか?」
「知りたい?残念だけれど、王妃の所じゃないわ。」
そう言って肩を竦めると、ビーくんは眉を寄せた。
「貴族には、変わった趣味の人が多いの。」
そう言った趣味を暴いてやるのも、楽しいものよ。
私の言葉にやや解釈に戸惑ったのか、ビーくんは目をキョロキョロさせる。
「奥様も随分変わった趣味ですよね?」
至って真面目な顔で言うビーくんに、私は声高らかに笑った。
0
お気に入りに追加
525
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
逃げて、追われて、捕まって
あみにあ
恋愛
平民に生まれた私には、なぜか生まれる前の記憶があった。
この世界で王妃として生きてきた記憶。
過去の私は貴族社会の頂点に立ち、さながら悪役令嬢のような存在だった。
人を蹴落とし、気に食わない女を断罪し、今思えばひどい令嬢だったと思うわ。
だから今度は平民としての幸せをつかみたい、そう願っていたはずなのに、一体全体どうしてこんな事になってしまたのかしら……。
2020年1月5日より 番外編:続編随時アップ
2020年1月28日より 続編となります第二章スタートです。
**********お知らせ***********
2020年 1月末 レジーナブックス 様より書籍化します。
それに伴い短編で掲載している以外の話をレンタルと致します。
ご理解ご了承の程、宜しくお願い致します。
逃げて、追われて、捕まって (元悪役令嬢編)
あみにあ
恋愛
平民に生まれた私には、なぜか生まれる前の記憶があった。
この世界で貴族令嬢として生きてきた記憶。
過去の私は貴族社会の頂点に立ち、さながら悪役令嬢のような存在だった。
人を蹴落とし、気に食わない女を断罪し、今思えばひどい令嬢だったと思うわ。
だから今度は平民としての幸せをつかみたい、そう願っていたはずなのに、一体全体どうしてこんな事になってしまたのかしら……。
*****ご報告****
「逃げて、追われて、捕まって」連載版については、2020年 1月28日 レジーナブックス 様より書籍化しております。
****************
サクサクと読める、5000字程度の短編を書いてみました!
なろうでも同じ話を投稿しております。
こんにちは、女嫌いの旦那様!……あれ?
夕立悠理
恋愛
リミカ・ブラウンは前世の記憶があること以外は、いたって普通の伯爵令嬢だ。そんな彼女はある日、超がつくほど女嫌いで有名なチェスター・ロペス公爵と結婚することになる。
しかし、女嫌いのはずのチェスターはリミカのことを溺愛し──!?
※小説家になろう様にも掲載しています
※主人公が肉食系かも?
婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。
束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。
だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。
そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。
全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。
気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。
そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。
すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。
私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜
月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。
だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。
「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。
私は心を捨てたのに。
あなたはいきなり許しを乞うてきた。
そして優しくしてくるようになった。
ーー私が想いを捨てた後で。
どうして今更なのですかーー。
*この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。
まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?
せいめ
恋愛
政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。
喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。
そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。
その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。
閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。
でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。
家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。
その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。
まずは亡くなったはずの旦那様との話から。
ご都合主義です。
設定は緩いです。
誤字脱字申し訳ありません。
主人公の名前を途中から間違えていました。
アメリアです。すみません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる