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何も知らないストーカー、ショートケーキを食べる

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 扉がノックされ返事をすれば、やけにご機嫌そうなモモラが、手に持ったバスケットを見せびらかした。
 中身は匂いからしてケーキだろうか。
 同じくバスケットを持ったモモラの護衛達が入ると、モモラは俺が座る椅子の向かいに腰を下ろした。


「会議、ずいぶん長かったね。」
「待ってたのか?」
「うん。でも他の団員さん達に先に配ってたから、気に病むほど退屈はしなかったよ。」


 そうだろうなと、嬉しそうな表情と頭についた落ち葉で確信していた。
 気に入ったのなら何より。
 モモラは他人を差別することはないが、どこか気を許している人間とそうじゃない人間を区別しているところがある。
 どこが境界線なのか、誰が気を許せて誰がそうじゃないのか。
 ハロルドも俺も、もちろんビーやババロにもわからない。
 はたして、今側にいるこの護衛達も、モモラにとって気を許せる人間なのか……。
 俺がじっと顔を見ていることを不思議に感じたのか、アダムは首を傾げてバスケットから取り出した袋を見せた。


「今回、新商品を作ったんだ。」


 名付けてインスタントコーヒー。
 粉末状にしたコーヒーにお湯を注ぐだけで、家でもカフェのコーヒーを楽しめる代物らしい。
 ほぅと、俺が感嘆の声を出すと、アダムは銀色の筒を取り出して、カップに入った粉のコーヒーに注いだ。


「そりゃあ湯か?」
「ご名答。こちらはアイン商会で絶賛発売中、お湯が水にならない魔法のビンでござーい。」


 ケーキをさらに乗せフォークを取り出しながらそう言うと、モモラは俺の目の前にそれを並べた。


「これはショートケーキ。前に貴方がうちの店に来た時、珍しく二個も食べていったから。」


 その言葉に、一瞬肩が跳ねてチラリとモモラの顔を伺うと、ニヤニヤと挑発的な笑みを浮かべている。


「あんなに図体の大きい人、貴方以外にいるの?」
「気づいてたんなら言えよ。」


 恥ずかしいだろと、ため息を吐けばモモラは歯を見せて笑って、新商品のインスタントコーヒーの袋を俺の机に置いた。


「コーヒーも気に入ってたでしょ?また飲みたくなったら、これで飲んでね。しばらく店は出来そうにない。」


 モモラの言葉に眉を寄せて険しい顔をすれば、大丈夫だからと鼻で笑われた。


「あの大公が店に来たって言うんで噂になってるだけ。今は、いろいろ危険な時期だし、営業はしばらく見合わせるわ。」


 モモラの言葉に、そうだなと頷いた。
 自由にさせてやれないことへの謝罪を飲み込むため、コーヒーを一口飲む。
 確かに、店には劣るがそれでも美味いコーヒーに舌鼓を打つ。


「それ、気に入ったのならまた作るから。なくなったら言ってね。」
「あぁ、いくらだ?」


 新商品を買い取ると暗に伝えれば、お金はいらないよと微笑まれた。


「私は、アイン商会の会長として国賓になったんだよ?貴方がうちの商品持ってなかったら怪しまれる。」


 発売前の新商品を特別に手に入れられると言うのは、確かに誰が見ても良好な友好関係を意味しているだろう。
 相も変わらず用意周到なやつだと称賛の意味を込めて言うと、肩をすくめて照れ隠しをするモモラ。


「社交界や公式の場は出来るだけ避けてきたけど、必要なら私が会長だって発表してもいい。」


 貴方が私に配慮して、初めから国賓にしなかったのはわかっていると、聡明なモモラは言った。
 ハロルドはモモラのこういうところを尊敬し、恐れていた。
 そして、俺もまたそうだった。


「出来るだけ貴方の立場を考慮して、私も譲歩するから。」
「俺も同意見だ。出来るだけお前の行動に制限はかけない。」


 その言葉にホッとしたような顔をしたモモラは、俺の手を取ってありがとうと微笑んだ。
 その仕草に顔が熱くなったのがわかり、慌てて手を離そうとした。
 名残惜しさもなく離れたその手は、早々に入ってきた扉のノブを握る。
 未練なんて微塵もない彼女の背を見送って、俺は出されたケーキを静かに頬張った。
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