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何も知らないストーカー、ショートケーキを食べる

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「あ、ワンコくん!」


 私が長い廊下で、小さく見える彼に手を振った。
 私に気づいた彼は、律儀に頭を下げると小走りで寄ってきた。


「今日はどうかしたんすか?大公は今会議中で……。」
「そうなの?じゃあ先に、他の方達に食べて貰おうかな。」


 私の言葉に首を傾げるワンコくんに、後ろのハジメとアダムが持ったバスケットの中身を見せた。


「新作のカップケーキ。良かったら試食してもらおうと思って。」
「え、俺たちがっすか?」


 そうだけどと私が言えば、口を引き締めて目をキョロキョロさせるワンコくん。
 何かまずいことでもあるのだろうか。


「その、お気持ちはありがたいんすけど、タイガーさん差し置いて俺たちが頂くのはちょっと……。」
「あぁ!大丈夫、彼には別のもの用意してあるから。」


 私が持っている小さめのバスケットを見せると、ワンコくんはそれならと首を縦に振った。
 今の時間、団員は皆訓練所にいるからと、ワンコくんの背中について行く。
 態々案内してくれなくても、場所くらいわかるのだがここは甘えておくことにしよう。

 訓練所の見える渡り廊下にやってくると、騎士団員達が輪を作りその中で一対一の剣の戦いが行われている。


「いやでも驚いたっす。あのアイン商会の会長なんて。」


 振り返って驚嘆の声を上げるワンコくんは、満面の意味で私に笑いかけた。


「俺がいた西のスラム。昔はもっと治安も悪くて、伝染病も絶えなかったっす。でも、アイン商会がそこに本拠地を建ててから、みんな仕事が貰えるようになって犯罪も病気も減ていったっす。」
「アイン商会はもとはよそ者だから、スラムの人達には迷惑をかけたよ。」


 スラムの人も最初はよく思ってなかったと聞いている。 
 もともとスラムはギャング組織の縄張りだったから、異国のキャラバンがやって来て一触即発の空気だったのだ。
 何もなかったとは言え、スラムの人達を不安にさせた事は大変気がかりだった。
 私の言葉にワンコくんは首を振ると、私の手を握りしめた。


「スラムには俺の兄弟達もいます。アイン商会のお陰で、病気が治った友人も。」


 ワンコくんは手を握りしめたまま片膝を吐くと、自分の額に私の手を当てた。
 騎士が主従の誓いを立てる時のお辞儀だ。
 

「このご恩は忘れません。」


 騎士になりたての彼のことだ、きっと正式な意味でやっているのではないのだろう。
 何より、親衛隊と言うならその誓いは大公に捧げられるものだ。
 こんなどこの馬の骨とも分からぬ女に捧げるものではない。
 ありがとうと彼に微笑みかけると、遠くの方から声が聞こえた。


「おーい!ジョー!」


 髪を上にあげた髭の男性が、ワンコくんに手を振っている。


「何やってんだよ。訓練終わっちまうぞ。」
「タイガーさんに呼び出されてて……。」


 タイガーさんのお気に入りだからなっと、ワンコくんもといジョーくんの肩を叩きながら私と目があった。


「お、姉ちゃん、ひょっとしてジョーのこれか?」


 ピンと小指を立てて私に話しかける彼は、ジョーくんの手によって口を塞がれた。


「バカっ!変なこと言うんじゃねぇ!」
「残念ながら、違います。」


 私が微笑んで返せば、ジョーくんがペコペコと頭を下げた。


「すみません!こいつ、北の大陸から来たばかりで礼儀とかなってなくて。」
「北の大陸、あの狩猟民族の?」


 ジョーくんがはいと頷くと、男性がドヤ顔で私を見た。
 北の最強狩猟民族、その身体能力はアダム達の民族と並ぶほどらしい。


「あ、ほら訓練終わっちまったじゃねぇか!」


 そう言ってジョーくんの腕を引っ張ると、急いで団体の方に走って行く。
 私達もそれを追うように歩いていくと、他の団員達も私に気付いて集まり始めた。
 親衛隊の子達は、私のことは見たことないのだろう。


「はじめまして、しばらく大公様のお世話になりますモモラと申します。」


 どうぞよろしくと、笑みをつけて頭を下げると懐かしい面々が声を上げた。


「モモラ嬢!」


 結婚していた頃、私の護衛についてくれたことのある面々である。
 ご無沙汰してますと手を差し伸べられ、私も握り返した。
 親衛隊の子達は突如現れた女に、先輩の力戦の団員達がペコペコとするのを見て、訝しげな目で私を見ている。
 だが、現金なことに私が持ってきたカップケーキを見せると、皆んな嬉々としてそれを受け取った。

 あっという間に空になったバスケットを見て、受け取っていない人はいなそうだと私をハジメを見た。


「これスッゲェうまいっす!」


 ジョーくんが頬張りながらそういうと、団員の一人が私に特殊な味ですねと問いかけた。


「甘いんですけど、ちょっと刺激があると言うか。」


 ジョーくんの言葉に、私は隠し味があるんだよと微笑んだ。


「昔、とある二人が一緒に作ったものなんだけどね。」


 かつて食用として使われていなかったそれは、その二人のおかげで商品開発が進み一財力を作るほどだった。
 ただ、それは熱しすぎると酸味が強くなってしまうと言う欠点があったのだ。
 私はそう説明しながら、隠し味の材料をバスケットから取り出した。


「その強すぎる酸味のせいで、毒と勘違いしたギャングのボスが、病院に駆け込むほどだったって言う伝説もあるぐらいでね。」


 へーっと感心の声を上げる団員達に、みんなも一度は食べたことあるよと材料の入った箱を見せた。
 毒が入っていたあの茶葉の箱である。


「もう使い切っちゃって空っぽなの。その噂が回った当時はギャング殺しとか言われてたけど、今はこっちの名称の方が有名かな?」

 
 emperor hero。
 皇帝の英雄である。
 私はにっこりと微笑んで、お味はいかがと問いかけた。
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