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7話

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残りのクッキーを投げやりに口に全部放り込んで難しい顔でどこか遠くを見つめている。
「・・・・・・ん~、ま、私はやらなきゃいけないことがたくさんあるから好きにしてちょーだい。どこにも行くあてがないならここにいてもいいわ~。そのかわり、タダというわけにはいかないけどね。」
「・・・。」
ハーヴェイと顔を見合わせた。意表を突かれた表情だ。だって、散々人間に興味ある素振りを見せておいてあっさりと見放したんだもの。今までとは違う。アマリリアは庇護。パンドラは目的のための監禁。彼女は・・・放置。いわば、自由。別に今からでも出て行って構わないし、いても構わない。俺たちに選択肢がある。タダじゃないというのが気になるが・・・。
「あ、でも・・・。」
ゆっくりと椅子から腰を上げる。視線の先には気を失ったままの聖音。
「聖音が起きるまでは、ここにいてあげてほしいの。その間はくつろいでていいからね。ほら、こんな何もないとこにいても仕方ないわ~。ついてきて~。」
長い裾が円形に広がり、軽い足取りで階段を上がっていく。
「オスカー、起きて。」
「ふがっ!?」
大爆睡中のオスカーはハーヴェイに鼻をつままれて豚・・・苦しそうな呼吸とともに目を覚ました。俺は急いでリコリスについていく。
「あっ、あの!でも下に一人っきりでいいのか!?起きたら、なにがなんだかわからないと思うんだけど!」
「さっきのお手伝いさんをそばに置いておくかし、外には見張りを増やすし、とりま大丈夫よ~。」
聖音に関してもちゃんと考えていたようで、俺たちが心配するは必要ない。
「できれば私も力になりたいのだけど。」
中から板を開ける。外が特別明るいわけではない、むしろ廊下を照らす明かるの方がまだ眩しかった。
「助けを求められた時だけ私は協力する事にしたわ。多分、あなた達にとってそれが一番信頼してもらえると思うから。」
・・・?どういう意味だ?
地下室から出て、家を玄関から入る。その間もリコリスは、
「地下室から直接通れるようにしないとだめね。」
なんて呟いてた。
「ただいま、我が家!」
バァン!と壊れるかというぐらいに力強くドアを開ける。中は明かりがついてなくてよく見えないし、しんとしている誰もいない寂しい雰囲気・・・かと思いきや、勝手に中が明るくなった。そこにいたのはさっきのロボット。
「おかえりナサイ!!」
液晶には笑顔を意味する顔文字が表示していて、お互いが駆け寄り久しい再会の抱擁を交わした。最初は不法侵入者とそれを追い出そうとしていた関係だったのに。そして、明るみになった家の中はというと、最初に出迎えてくれたのは派手な服を着せられた骨格標本。血の気が足下から背中にかけてさーっと引いていくのを感じる。あとは、玄関入ったらすぐ台所。全体的に木製の家具がほとんどだ。といっても、なんとなくキッチンだと把握できそうな間取りに見えるだけであって、置いてある物は、不気味な壺、上から電気と一緒に吊るされた爬虫類のような生き物、カラフルな粉が入ったガラスの瓶がたくさんに、目玉のオブジェ・・・と信じたい。お世辞にも広いとは言えない(狭くはないんだろうが物がたくさんあるから場所がない)室内に、魔女が住んでいるのをいかにも強調するかみたいな混沌としたアイテムを集めた、そこだけがまるで異空間だった。まだライナスの店の方が、理解の範疇におさまるものを綺麗に陳列してあっただけまともに見れたのだけど、これはひどい。頭がクラクラする。
「えっとぉ、みんなが休む部屋は~。二階ね。」
「またのぼるのかよ・・・。」
不満を零すオスカーも渋々ついていく。さっきよりも狭い階段をあがり、二階にたどり着く。廊下と二つの部屋。
「こっちは物置みたいな部屋だからぁ~、えっと~みんなが休むとしたらそっちね。」
「ひとつだけ?」
ハーヴェイの悪気ない質問に頬を膨らませる。
「当然じゃないの~!私しか住んでないんだから一つしかないに決まってるでしょ!」
それもそうだ。アマリリアの家が特別なだけだったんだ・・・。ドアを開けると、中は個人部屋にしては中々の広さで、机と椅子、ゴミ箱、ベッド以外の無駄なものはなにもない全体的に全て木の板で囲まれているからこれはこれで落ち着いた雰囲気があっていい。なにより、長い間放置してあっただろうこの部屋がホコリもなく綺麗に掃除してあったことが驚きだ。きっとあのロボットが主人がいない間も、いつ帰ってきてもいいように掃除していたのだと想像すると、なんと健気なことか。
「休むならもう少し、こう・・・。」
ドア付近で腕を組んで何かを考え始める。
「あ、いいです、そんな・・・。」
「もう、敬語はやめて。あら?」
あくまで急に休ませてもらう立場なので遠慮すると、下から軽い跳ねるような足音が聞こえて、現れたのはとても小さなメイド服を着た笑顔の女の子二人で、それぞれ数枚の毛布を腕に抱えていた。二人は見た目がそっくりだ。双子なのだろうか・・・ん?背中にゼンマイがついている?
「あの子に指示されたの?」
差し出された毛布を全部持ち上げながらリコリスがたずねると元気よく二回頷いた。
「あらそ~。じゃあ、あなた達はお家を守る仕事をしてちょうだい。」
そう言って、背中からゼンマイを抜いて頭に刺した。衝撃的な光景に心臓が止まりそうだった。なるほど、これもロボットみたいな物なのか。ゼンマイでなんとなく違和感はあったが、人間にしか見えない容姿をしているのでわかるはずもなかった。
「ご覧の通り、何もない部屋だけどぉ~その分広いと思って我慢して~。」
ベッドの上に数人分は余裕であるだろう毛布を重ねて置く。ベッドはシングルなので、一人はここで寝れるとして他はこれを使ってくれ、ということ。
「私は下にいるわ。それじゃあごゆっくり~。」
「・・・・・・。」
さっさと降りてしまった。今まで俺が想像できないほどのとても大変な目にあって、ようやく自分の家、もとにいた世界に帰れたという苦労を全く感じさせないぐらいにきびきびして、陽気。いや、長い間家を開けていたからこそ、やる事が多くて忙しいからゆっくりしているのも惜しいんだ。・・・にしても、気持ちの切り替えが早い。魔女だからか?大人だから、なのか?
「俺はベッド!!」
せっかく綺麗に畳まれていた毛布を押しのけてベッドに飛び乗ったオスカー。今のでかなり床が軋んだのは皮肉でも嫌味でもない。下にまで響いてないといいけど。
「まあいいけど・・・じゃあ俺は・・・。」
わざわざ用意してくれたんだし、元から俺は毛布をどうにかするつもりだった。というか、しばらく使ってなかったとは言え女性の部屋の、女性が使っていた寝具で寝るのはなんだか落ち着かない。
「それなら俺は床で寝るからいいよ。」
ハーヴェイがベッドを背もたれに床に座り込んだ。
「彼女が部屋に泊まることになったけどベッドが狭いからって彼女をベッドで寝させて自分は床で寝る気遣いと理性を見せる優しい彼氏かお前は。」
肘を立てて横に寝転がるオスカーからなんとも具体的なツッコミが。言わなくても良くない?
「それじゃあ何?君が俺のかっ!?」
オスカーの蹴りがハーヴェイの後頭部に入り、前のめりに倒れ込む。お前もお前で言っていいことと悪いことがあるぞ。リアルに想像してしまっただろうが・・・。
「あいてて・・・。」
「大人しく寝ろ、もう。」
一枚毛布を雑にかぶせる。
「え、俺の分はいいよ。」
「そこで遠慮してどうすんだバカ、さすがに一人でこんなにもいらねーよ。」
言葉の通りである。肌寒いとはいえ、一人で何枚も毛布をかぶるほどではない。普通にそんなにあっても邪魔なだけだし。

ひとつ大きな毛布を床にしいて、俺とハーヴェイはその上、隣に並ぶ。オスカーは早くもベッドの中に潜ってしまって寝息を立てている。
「・・・ねえ。」
静かな中、隣から声がする。
「ジェニーの事、気にしてる?」
「・・・・・・。」
ドタバタしてて考える余裕はあまりなかってが、それでも忘れたりするもんか。みんなのために自らを犠牲にしたジェニファー。あいつだけじゃない。理不尽にも殺されたセドリックのことだっていまだに引きずっている。当然だ。みんな死なせたくないし、誰かが死ぬなんて思ってもなかった。・・・甘く見ていたのかもしれない。死ぬはずない、なんて決めつけて危険を否定したのかもしれない。
それでも、もう遅い。
「気にしてないわけないだろ。」
今はそれ以外何も言えなかった。
「・・・。」
聞いておいて、だんまりはないだろう。まあ、気を遣ってくれているんならそれでいいけど・・・。
「・・・誰かと一緒に寝るのなんてほんと、何年ぶりだか。」
再び沈黙を破ったのはハーヴェイだった。わざとはぐらかしたりなんかして。
「俺は一回もないよ。いやいや、父さんと一緒に寝るのもなんかなぁ・・・。」
別に親と並んで寝るのが嫌なわけじゃないが、やっぱり男とくっついて寝るのはあんまりいい気分はしない。八歳あたりから抵抗もあったぐらい。ちなみに、ハーヴェイは俺に母親がいないことは知っている。さりげない会話の中でついつい俺から話してしまったためだ。しかし、ハーヴェイの事情は知らない。わざわざ聞きもしないし。
「リュドミールは、やっぱり元の世界に帰りたい?」
そうたずねる顔は、何を考えているかわからない無表情。
「そりゃ・・・当たり前・・・。」
「もし誰かが「どうしても帰りたくない、ここにいたい」って言ったら君はどうする?」
えっ・・・。なんだよそれ。
言葉が出ない・・・。
「お前は帰りたくないのか?」
誰かがって言ったろうが。聞いてどうするんだ。
「・・・俺帰りたいんだろうね。」
「俺はってなんだよ。」
背中を向けて毛布に肩まで潜り込んでしまう。
「そのまんまの意味だよ。おやすみ。」
にしては妙に意味深な気もするが。もう寝るつもりなら、どうせ大したことも言えそうにないし、この会話は終わりにしよう。短い時間で、アイツに振り回されたような・・・。

ずいぶんと時間がたった。眠気は全くこず、目がとても冴えていた。
「・・・・・・。」
ついでに言うとひどく喉も乾いていた。水でもなんでもいい、喉を潤すものが欲しい。これじゃあこの不快感でさらに寝れそうにない。二人を起こさないよう、足を擦ってそーっと歩く。まだ外が夜の真っ暗闇じゃなくて助かった。暗くて視界が悪いが、目が慣れるとだいぶ楽である。
「ひゃ・・・。」
ドアノブの調子が良くなかったのか、力を入れないと開けることができず、入れたら入れたらでガチャン!と大きな音が鳴ってびっくりしたもんだからこっちの声まで出る始末。慌ててふり向くと二人の体勢に変化はない。一安心して、部屋を出る。さっきみたいなことがあると二度はさすがに起こしてしまいかねないのでドアは閉めなかった。下の部屋に降りると、キッチンのテーブルに分厚い本が積み上げられていて、その中からリコリスの姿が見えた。向かいの席は、最初に出会ったロボットの頭に真剣な顔で花をさしている聖音がいた。いつの間にか復活して、見る限りではなんともなさそうだった。聖音は、リコリスが体から抜け出した状態でもやはりどこか抜けている性格なんだろうか。
「あらぁ?リュドミール君、どうしたの~?」
リコリスの声にはっと気付いた聖音がこっちを見ると驚きと嬉しさが混じった大袈裟な表情を浮かべた。
「リュドミール君!!!」
「しっ!あんま大きい声出さないで。上で二人が寝てるから。」
下からの大声が上にまで聞こえるかどうかわからないけど。
「あれから調子はどうなんだ?」
「起きたときは目眩がしたけど、薬草入りのお茶っていうのを飲んだらすっかり元気になっちゃった。」
魔女が振る舞う薬草入り、なんだか聞いただけでとても効果がありそうだ。
「あの、喉が乾いて・・・。水をもらっ・・・。」
まだ言い終えていないのにリコリスは勢いよく立ち上がる。落ち着いて行動できないのか。
「紅茶があるわ!」
ふと思い出す。あの青色の紅茶を。贅沢は言わないけど、原色でも大丈夫な飲み物とそうでない物があって、紅茶は明らかに後者で、なんというか、脳が受け付けないというか・・・。
「座って座って。今淹れるわ。」
ちょうどそばに椅子があったので座る。
「また紅茶ナノ?本当に好きなのネ。」
背もたれのない小さな椅子にじっと座っているロボットが口を挟んだ。
「まあね❤︎買い出しに行けるまでは紅茶三昧ね~。」
別に水でいいんだけど。選択肢はないらしい。まあなんでもいいが。真っ白なカップを棚から取り出し手際よく、紅茶を入れる準備を始めた。箱の上に水を入れた小さな片手鍋を置いて、指を鳴らす。
「人間の世界でいうミルクティーていうのを再現したいのだけど、なかなか上手くいかないのよね~。」
じっと箱を見張る。なんだか懐かしい光景を目の当たりにしている気分だ。俺の父さんの仕事を後ろから眺めているみたいで。
「味はちゃんと再現できてたよ。」
「本当!?」
振り向いた顔はたいそう喜んでいた。
「味が分からないから、似たようなものを用意してこしらえたものだったんだけどよかった~。色はね、ミルクの代わりに入れた・・・あらあらあら。」
鍋からお湯が沸騰する音が聞こえてきたから慌てて鍋をのける。代わりに入れた・・・何を?疑問が湧いて悶々としていた俺の目の前に置かれたカップにお湯が注がれ、ティーパックから色が滲む。見た目は、やっと普通の紅茶。心の底からホッとする。
「・・・。」
しかし飲んでみたらやけに酸っぱくて辛い。紅茶がこんな刺激的な味をしてはいけない。飲めないことはないが、味覚を麻痺させるために飲むときは鼻での息を止めた。
「お味はいかがかしら~。」
俺は差し当たり愛想笑いを浮かべた。
「うん・・・おいし、かった・・・。」
「不味そうナ顔。」
ロボットに言われるほど、笑顔が不自然だったのか?
「あっ、やっぱり?」
やっぱりって!まずいとわかっているものを人に出すなよ!
「・・・そうだ。聞きたいことがあるんだ。」
沈黙が耐えられないわけではなかった。ただ、リコリスと二人でどうしても話したいことがあったんだ。聖音は俺と同じ夢を見たんだし、いても問題はない。・・・アマリリアから聞いた話をしなければ。
「ヘルベチカのことなんだけど。」
リコリスは再び椅子に腰をかけた。
「そうそう、それ、私も聞きたかったのよぉ。その名前を聖音から聞いた時びっくりしちゃった。」
「私の夢にも出てきた、あの子のことだよね。」
しばらく手が止まっていた聖音が会話に混ざりながらも花をどんどん挿し始める。
色とりどりのアフロヘアみたいになっていた。
「びっくりしたって、リコリスさん、知り合いなの?」
まずい!いや、別にまずくはないけどあまり話していい内容では・・・。
「そうなのよぉ。私の友達の魔女の弟子。死んじゃったんだけどねぇ。」
話を逸らさないよう咄嗟に考えただろう言い訳をまじえつつ、真実もしっかりと話した。
「そんな・・・。」
聖音はまだ小さな女の子を他人でありながらも可哀想と思っている。話さなくて大正解だ。
「じゃあ私たちが見たのって、幽霊なの?」
「幽霊なの・・・か?」
人間二人、頭を傾げる。俺は結局、ヘルベチカが何者かもよくわかっていない。もしかしたら、そうなのか?ふとリコリスの方を向くと彼女は頬杖をついて眉尻を下げて悲しそうにさえ見える思い詰めた表情で何もない、テーブルの何処か一点をじっと見つめていた。
「なんか、ヘンテコな存在になっちゃってるのよねぇ。話せるものなら話したいのだけど、あの子と同じ空間にいる間は私の意識がなくなっちゃうの。いつも聖音が聞く話でしか知らないわぁ。」
「あの、魔女って寝るんだよね?もしかしたらリコリスさんの夢にも出てくるかもしれないよ?わっ、わからないけど。」
何かをフォローするかのように途端に慌て出す聖音。あたふたする手の平から花が全て落ちた。
「はたしてそうかしら・・・。」
リコリスの表情は変わらない。彼女がそう言う理由はわかる。だって、仮にもリコリスはヘルベチカを殺した人物でもある。いくら夢の中とはいえ、会いたいとはとても思わないだろう。そしてそれをリコリスだって理解している。聖音がヘルベチカと話した内容をちゃんと伝えられているのなら、そっちの方が良いんじゃないか?
「あの子は、とにかくみんなを死なせたくないみたいなの・・・。あの子がなんでそう思うのかわからなかったけど、そもそもあの子がどういった子なのかをちゃんと見ていなかった。きっと、良い子なんでしょう。」
「・・・・・・。」
それほどまで彼女を、知的欲求を満たすための実験台としか見ていなかったことがわかる。でも今のリコリスはきっと、違う。聖音という人間を通して、人間を違うところから見ることができた。そもそも、人と感覚に差があるのと知りたい気持ちが合わさって行きすぎただけでそこに悪意はなかったのだ。
「私ね、あの子がそう言うなら聞いてあげたいの。罪滅ぼしでもあるけど、今度は・・・人間を守りたい。本心よ。」
そう言う声には力がこもっていた。
今度こそ、信じても良いのだろうか。
ここまで決意を固く決めた表情の彼女が裏切るなんて、考えたくない。
「・・・と、ゆーわけで。」
なんと俺に差し出されたはずの紅茶の残りを代わりに飲んでしまった。つっこみたいことは多々あるけど、間接・・・!
「物は試しよ、やってみないとわからないわ!そうと決まれば早速寝なくちゃ!あ、ついでに言っておくと~この紅茶、強い催眠効果があるの❤︎」
「はぁ!?」
聞いてびっくり。改めてなんてものを人に出してんだ!場合によってはただ事じゃないぞ!?
「良い子は寝る時間よ❤︎」
「寝る時間も何もナイでしょ。邪魔だからどっかイケって遠回しに言ってるのヨ。」
ウインクしたリコリスがロボットの辛辣なツッコミの間同じポーズで静止した。このロボット、慇懃無礼というか・・・違うな。意外と毒舌?こう、いちいち言わなくてもいいのに言ってしまうところ。
「違うわよぅ、んもう!」
またも頬を膨らまして反論しているが今のでなんとなく自分の中の気持ちが冷めていった。
「寝なばもろともってね。」
聖音がおかしく変えたことわざを挟んできた。場を和ませるための冗談なのか。案の定、なにもかもどうでもよくなった。
「ん?そういえば二人はどこで寝るんだ?」
「へっ?」
上手いことを言えたとしたり顔だった聖音が口も目もぽかんと開けた間抜け面になるまではほんの一瞬だった。まあ聞いたから何ってわけじゃないけど、地下室で寝るのかな?居心地は悪くなさそうだし、リコリスがなんとかしてくれると思うけど。なんて色々考えているとリコリスの意地の悪そうな顔が急に迫ってきた。
「女の子がぁどこで寝るのか~聞いてどうするの・・・?」
「なっ・・・。」
近い!それと、限りなく勘違いされている!
「気になったから聞いただけだろうが!!」
まるで真正面から湯が沸いた後の蒸気をもろに浴びたみたいに顔が熱くなる。多分、これさえも言い訳に聞こえるのかもなぁ。でも構うものか、どちらにせよもうここに用はない。俺は悪くないのにこんな無様を見せるのも耐えられない。部屋へ戻ろうとドアを開ける。
「わ・・・っ!!」
驚いた。当然だ。ドアのすぐそばにはしゃがんで聞き耳を立てていたハーヴェイとオスカーがいたのだから。オスカーは動揺していたがハーヴェイに至っては全く動じていない。あぁ、さっきのドアノブの音で起きてしまったのか。というのは、なんの免罪符にもならない!
「お前らなぁ・・・。」
さっきのこともあってか、恥ずかしい気持ち、どうしようもない怒り、呆れとか色々な感情がごちゃまぜになって最終的に怒りとして俺の体の中に充満する。手を出すつもりはない拳に力が入って震えるのはきっと感情任せに叫んでしまわないように耐えるためだ。
「コイツに無理やり誘われて・・・!」
言い訳にならないぞこの野郎。まあ、百歩譲ってお前は信じてやらんでもない。
「その割には最後までちゃんと聞いてたよね。」
「うるせぇ!」
しかし、怒りは案外すぐに冷めてしまった。後に残るは呆れ、のみ。なんか下々の民を見下すお偉いさんにでもなった気分だ。呆れつつ、今なら許せそうな気がする。オスカーが立ち上がり、一人先に階段を上がっていった。
「おいテメェ!なんか難しそうな話してたけど、もし隠し事でもしてたら承知しねえからな!」
「・・・・・・。」
難しそうな話、か。ええ、お前らの期待するようなシチュエーションにおこたえできなくて悪かったな。
「美人に呼び出されて二人きりだよ。リュドミールさ、フラグ立てまくって片っ端から折りまくってるよね。」
知らんがな。あと呼び出されたわけじゃないから。
「ご期待に添えられなくてすいませんでしたな。ほらもう部屋戻るぞ、どうせ他に用事はないんだろ?」
ハーヴェイに用事があるかどうかは知らないがどうでもいい。階段を上がると、あとからついてくりならでやっぱりなかったんだ、とさらに呆れた。
「・・・いつもの会話みたい。」
「お前といる時にかしこまったって仕方ないだろ。」
「そうじゃなくて、ほら、色々あったからこういう会話できるとも思わないし、できるとほっとする。」
こんなただのくだらない会話で安堵するほど、俺たちは追い詰められていたのだろうか。そう思うと、安堵のほかに悲しい気持ちにもなってくる。
「リュドミール。」
「なに?」
階段をあがって廊下に出たところで立ち止まる。
「辛いのが我慢できない時はさ、話なら聞くから。君、なんでも一人で考え込んだり我慢しようとするじゃん。」
・・・そうだったか?自分の事を言われているのにわからない。考え込んでしまうのはよくあるけど。
「・・・今まで以上に辛いことだらけなんだし、休んだり、吐き出したりしないとやってられないよ。」
「ありがとな。」
ハーヴェイの気遣いはいつだって気まぐれで突然だった。表情の変化も乏しいから、余計にわかりにくい。でもそんなことは言う必要はない。ただ、その言葉を受け取ったらいい。
「オスカーだって、君を気にしてるんだよ。」
まさかここでアイツの名前がでるなんてなぁ。でもきっとそうなのかもしれないと今は思える。気にしているかどうかはさておき、意外と気の利く奴なんだと。
「案外いい奴だったよ。ここに来るまではアイツのことなんか知ろうともしなかったけど、一緒にいる時間が増えるにつれて知らない部分を知ることができた、皮肉にもここに来てからだけどな。」
それが全然嬉しくないんだけどな。
「へぇ、やきもちしちゃう。」
「お前の冗談ってなんでか知らないがマジに聞こえるんだよな。・・・・・・えっ、否定しないの?マジなの?」
なんで黙ってるの?コイツ、時折意味深な冗談で人を困らせてきたが本当なのか!?
「まさか。ただ、一緒つっても俺といる時間よりは短いのにもうそんな仲良くなったのって。」
・・・言いたいことはわかる。ただ、先に言ってくれ。深読みした俺が悪いのか?っていうか、そこまで距離を縮めてない・・・。思わず苦笑いがこぼれた。
「ハハハ・・・別に仲良くはねぇよ。お前、今のオスカーに聞かれてたらぶん殴られてるかもな。」
「怖い怖い。」
一回(自業自得で)頭を蹴られてるハーヴェイはわざとらしく身震い。そのあとは二人で部屋に戻った。オスカーは寝ている。変なものを盛られた俺より早いだなんて、逆に引く。
「さっきまで寝れなかったんだけど、こんどは寝れそうな気がする・・・ふぁ~。」
大きなあくびが勝手に出た。ちょうどいいタイミングで眠気がやってきた。頭がぼーっとするけど、大丈夫なのか?アレ。
「そういやオスカーから聞いたよ。君さ、ここにきてからねぼすけになったんだって?」
オスカーから聞いたのか。しかもねぼすけって・・・。
「理由はわからん。自分が思っている以上に疲れてるのかもしれないな。」
「寝れないよりは全然いいじゃない。ま、かくいう俺も今はすっげー眠い。」
目を覚ました原因は俺かもしれないが、じゃあしょうもないことのために起きてないで早く寝ればよかったのに。
「とりあえず寝よう。寝たら多少マシになるよ、色々と。」
「今は起きてても仕方ないな。おやすみ。」
「おやすみー。」
再び毛布の中に潜り込む。それからおよそ五分も経ってないうちに深い闇の中に落ちていった。
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