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4話
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しおりを挟むガチャリ。ガタン。
またも聞いたことのない音が鳴る。今度は、矢印の向きが変わるなんて意地悪な現象も無かった。つまり、ようやく解けた、と捉えて良いのか?信じて、俺は恐る恐る取手を引いた。
「開いた!!!!」
あんなに頑なだった引き出しがあっさりと開いたのだ。どれだけ時間を費やしたことか。いや、考えたくもないそんなこと。開いたんだから無駄じゃないんだ。全く、ここまでして一体何を隠していたんだ?屋敷の設計図か?ロボットの説明書か!?それとも・・・。
「た・・・ん?なんだこれ。」
中には、小さな薄い包装に包まれた四角の何かが数個無造作に入っていた(おそらく俺が揺らした際にそうなったのだろう)。触ると輪の状態に浮き出ている。
「見覚えありすぎ。」
さっきは俺と一緒に喜んでたのに、ブツを見た途端なんの感動も示さなかった。
俺もバカじゃない。知識としてあるだけでこれが何かを知っている。中身を開けなくても大体わかる。わかったと同時に、俺は膝をつき深くうなだれた。
「おお・・・ゴムだ・・・。」
コンドームだ。ふざけるな。あれだけ頑張った報酬がこれか。脱力感、絶望感、さらなる虚無感がこのブツから放たれている。耐えきれない俺の中のマイナスな感情は、やり場のない怒りへと次第に変わっていくのを感じる。
「わざわざこんな仕掛けをする必要あるのかな。うーん・・・つまんないの。」
つまんないどころの騒ぎじゃないぞ。
「ふざけるなーッ!!!」
限外だった。溜まりに溜まった疲れ、その他もろもろ、良い加減吐き出さないと気が狂いそうだ。
「あ、あんなに頑張ったのにこ、コレ?ふざけんのも大概にしろ!用意周到ですばらしいですね!!じゃあこんな訳わからんもの仕掛けて期待させんじゃねえ!!」
怒りに感情爆発させてまくしたてながら例のブツをおもいっきり床に叩きつける。ペチッとしょうもない音を立てて落ちやがった。ますます腹立つ。
「落ち着いてリュドミール。オスカーみたいになってる。」
ハーヴェイはそう言ったら落ち着くと思ったのだろう。俺もそう思ったが実際は逆だった。
「こんな時にアイツの名前を出すなー!うわーっ!!こんな物、こうしてやるーッ!」
あろうことか引き出しの中から無造作に掴んだそれを口の中に入れようとした。もう自分で自分を止められそうにない。
「リュドミール!ゴムの味しかしないよ!てか食べちゃダメ!」
必死に俺の腕を掴んで制止を試みる。うるさい。まだゴムの味がするだけいいじゃないか。こっちは昨日あたりから味というものを感じちゃいないんだぞ。
「だったら使い物にならなくしてくれる・・・!」
力づくでハーヴェイの上着の中に手を入れようとした。あの中か、あいつの銃があるのは・・・。どこだ?そいつでこいつに風穴を空けてやる!
「リュドミール!!」
名前を叫ばれた瞬間、足に強い衝撃が走った。とても形容しがたい、骨に直接重い打撃が加わるような感覚だった。俺はその場で足を抱えて床に崩れ落ち、転がり悶えた。
「痛ったああああああ!!!」
何が起こったのかはすぐに理解できた。必死に抱えている場所、脛を蹴られたのだ。
そう言えば名前を叫んだのも作戦だったのかもしれない。あの時、ハーヴェイは珍しく切羽詰まった表情だった。そして至近距離で突然の大声でお互い体の力がわずかに緩んだ。俺の注意がハーヴェイに向いてる、視線が上がった瞬間、視界から外れた場所を狙われたんだ。
ここまで分析したのはしばらく転がってるうちに痛みが引いた後だった。
「いって!」
今度は背中に衝撃が。視線の先は天井と、無表情で見下ろすハーヴェイ。まるでもんどりを打って転がり続ける俺を足で止めたのだ。
「うぅ・・・。」
その場で蹲ってしばし震える。なんだか惨めな気分だ。そんな俺にハーヴェイは手を差し伸べてくれたので、恥ずかしさを堪えて立ち上がった。一方のハーヴェイは本当に何もなかったような澄まし顔だ。
「でもさ、これが開かなきゃ何があるかすらわからなかったんだよ。だから、ありがと。」
・・・。解いたのはほとんど俺なんだが、ハーヴェイは出来た奴だ・・・。内心、どう感じたかまでは知らないが、そうやって礼を言ってもらえるだけで少しだけ報われた。
「しかし、なんでこんな物・・・。」
まだ納得いかない俺がぶつくさ言ってると。
「誰かを泊めるために用意しているんならまあ・・・仕掛けの意味はわからないけど。」
目的はわかる。だからこそ仕掛けについては全くもって意味不明だが、もう、触れないことにした。すると、ハーヴェイがズボンのポケットに突っ込んでいる。
「こんなにあるんなら、一つぐらいもらってもいいよね。」
もらってどうするんだ・・・。と言ってやりたいが、疲労が「そこまでいう必要はない」と無駄口を制止する。だが。
「リュドミールもいる?」
「いるか!!」
またもいつものノリで返してしまった。色々な意味でそんな物、見たくもない。取り乱した自分の無様も今しばらくは思い出しそうで余計に嫌だった。即座に断った。
「はぁ・・・。」
なんだか、気分転換のはずが余計に疲れた。アイツのせいにするわけではないが。でも、多少いつもの調子を取り戻せたような気はした。少なくとも、体のだるさや重苦しい虚無感はそこまで感じられなかった。
しかし・・・、選択肢の中にあったセドリックの部屋を訪れる予定は取り消した。純粋に疲れる。アイツの元気には今の俺にはキツすぎる。さて、どうしようか。もうこのまま戻ってもいいような・・・。
・・・・・・。
「気乗りはしないが・・・。」
コンコン、と二回ほどノックをする。少し時間が経ってから部屋の中から出てきたのは、まさか俺が一番見るのを嫌うはずの顔で、向こうもおそらく同じだ。
「・・・・・・・・・。」
・・・オスカーは、ドアを少しだけ開けてその隙間から怪訝そうに睨んでいる。そりゃあお互い嫌っていると認識している相手がわざわざ訪ねてくるんだもの。
「・・・何だよ。」
低く、重い声が返ってくる。いつもの視線を近くで感じると痛い。
俺だって用がないとお前のとこなんか行かねえよ。・・・実はそこまで大した用事はない。かといえ用もないのに会いたいわけない。少し気になっていたことがあるだけだ。
ここで出会ってからオスカーの様子がおかしい。俺たちの知るコイツは、傍若無人で傲慢な悪ガキ以上の問題児。女の子にも、先生にも、誰に対しても偉そうで反抗的。気に入らないことがあったらすぐ喚く。とにかく、セドリックとは反対の意味でうるさい奴なんだ。だが、ここにきてから大人しい。理由が不明瞭だったが、さっきの食事の時で大体察した。不味くなければ何も言わずに食べるし、まずかったらまずいと文句を言うような奴があんな顔して何も言わないのは異様に見えたのだ。もしかしたら、どこか体調が悪いのでは?それなら納得がいく。
まるで心配しているようだが、巻き込んでしまった手前もある。嫌いではあるがいなくなって欲しいわけじゃない。それとこれとは別だ。
「その・・・。・・・。」
やれやれ。気遣いの言葉をかけるのがこんなに難しかった試しは今まで一度もなかった。
「何だっつってんだよ!」
苛立ちが込められた声に急かされる。いいか、俺。普通に聞きたい事を聞けばいいんだ。軽く深呼吸をして・・・。
「オスカー、お前、どっか体の調子が悪いのか?さっきも・・・。」
「なんでテメェに心配されなきゃなんないんだよ!気持ち悪いな!死ね!!」
即座に罵倒と共に返され、そのままドアを閉められそうになったが行動は先読みしていた。ドアが完全に閉められる前に、両手で前に押す。
「な、なん・・・っ!?」
予想外の行動に驚きをあらわにした。しかし、すぐに向こうも力を入れて押し返す。巨大な体から出される圧倒的な力には勝てそうにない。
「離せこの野郎!!」
ドアが二つの力に挟まれて前後に動いている。やはり俺が押され気味だ。だから足腰にも力を入れ、しっかりと地に足をついて踏ん張った。
「いーや!!離さない!!」
ここまできて離すものか。こうなったら意地だ。この時の俺は、いったいどんな顔してたんだろう。オスカーはたじろいでいた・・・いや、冷や汗かいている。これはドン引きしていると言った感じだ。
「お前マジで気持ち悪いんだけど!!」
間違いなく本音だろう。罵倒ではなく。
「なんと言われても離すものか・・・ッ!」
構うものか。知ったことか。なんか目的を見失ってるが、とりあえずこのドアを前に押さないと、こっちが押される。
「意味わかんねえよ!クソ!わかった!言うから離せ!!」
根負けしたのは向こうだった。ふっとドアが軽くなる。俺はゆっくりと力を抜いてドアから手を離し、オスカーはドアを更に奥へ開く。なぜか意地悪そうな笑みを浮かべたのを疑問に感じた時、俺の体は後ろ向きに倒れた。
「なーんてな!」
こっちの力が完全に抜けた隙に腹に蹴りを入れられた。尻餅をついた俺を見遣りもせず、必死に押したドアは無情にもバタンと閉められてしまった。挙句に鍵までかけられた。
「・・・・・・。」
まあ、そうだろうな・・・。頭を冷やすと、ハーヴェイの時といい、度々俺は冷静さを欠いていた。少しやりすぎたかもしれない。
オスカーの立場になって考えてみると、自分のした事がどれだけ迷惑で意味不明かを理解した。らしくない。
にしても、自業自得とはいえ脛をやられ、腹をやられと散々だ。部屋でじっとしとけばよかった。
「・・・おい。」
ドアの向こうから声がする。落ち着いた、普通の調子の声。さっきとは大違いだ。
「お前がまだそこにいるなら返事しろ。一つだけ教えてやる。」
こういうあたり、やたら慎重なんだよな。
「ああ、いるけど・・・。」
少し間を置いて、ドア越しに話してくれた。
「頭痛持ちなンだよ。ったく、味もしねーマズイもんよこしやがって、いつもならキレてる所だが・・・自分の声ですら煩くて儘ならねぇんだ。」
それは知らなかった。そこまでアイツのことを見ているわけではないが、そんな素振りを一度も見た事がなかったからだ。それも、頭痛なら薬を服用していたからかもしれないが。アイツはアイツなりに苦労しているんだな。待てよ?今、聞き捨てならない事を聞いたぞ?
「お前もか!?俺も、実は全く味がなかったんだ。」
まさか、俺の他にもいただなんて!これがどんな現象かわからないが同じ目に遭っている人がいるだけで安心した。嬉しいことでは、ないのだけれど!
「そうかい。そら気の毒なこった。」
だけど心底どうでも良さそうな反応だった。
「更に運悪く薬も持ってないときた。だから今日はほぼ一日、この痛みに耐えなきゃなんねぇんだよ。」
「そっか・・・。」
ああそうだ。今も頭の痛さを我慢しているんだ。なら、あれこれ聞かずにそっとしておこう。大丈夫?とかお大事に、の言葉をかけたかったが、そのいちいちが癪に障りそうなので理解を示す言葉だけを返した。
「いいか?この事は絶対誰にもいうんじゃねえぞ。もし言ってみろ・・・どんな状況だろうと容赦しないからな。」
「わかったよ。」
言わないよそんなの。全く・・・。
オスカーのおかしい状態の理由もなんだかんだ聞き出せたので、用事もなくなった俺は自分の部屋に戻ろうとした。
ドアの開く音がして、そこにいたのは聖音だった。・・・淡い色の、パジャマを着ていた。髪は半乾きで、清潔感溢れる香りがする。いかにもお風呂上がりといったところだ。
「リュドミール君!お久しぶり!」
相変わらず、調子を狂わせる能天気な態度。落ち着きがある分セドリックよりマシだが、突拍子の無さとマイペースなところは上かもしれない。
「さっき会ったばかりだろうが。」
「えへへ・・・ねえ、何かあったの?びっくりして出てきちゃった。」
隣の部屋なら、今の騒ぎは余裕で聞こえていたに違いない。
「ごめん。気にすることのほどじゃないよ。」
「そう?だったらいいけど・・・。お風呂上がりに一杯牛乳でもいただこうかな。」
部屋を出たついでと言わんばかりに聖音は晩餐室の方へ向かった。まるで自分の家にいるみたいなくつろぎ具合で、信じられない。
「・・・すごいな、聖音は。」
名前を呼ばれると、きょとんとした顔で振り返った。
「何が?」
「その・・・なんか、落ち着いているというか呑気っていうのか・・・平気そうに見えるんだけど。」
オブラートに包んだ言葉が浮かんでこない。皮肉や嫌味じゃなく、ただただ純粋に羨ましいしすごいと思うし、褒めたいだけなのに。
俺はどうかしていた。すごい虚無感に襲われて何にもやる気が出なくて、復活したと思えばただただ喚いて、躁鬱みたいになってる。
「平気そうか・・・ふふっ、平気だよ、これぐらい!」
聖音はくるりとこっちを向いて腰に手をあてて胸を張る。
「私はお姉さん!大人じゃないけどみんなよりお姉さんなんだから、これぐらいなんてことないよ!」
自信満々で、側から見たらすごく頼もしい笑顔。違う、この違和感。俺はもしかして勘違いをしていた。考えすぎなのか、こんな状況だから。
あの電話越しの声、再会した時、あんなに泣いていたじゃないか。今の聖音は俺の家で見せてくれるまんまの聖音だった。
よく考えたら聖音もまた「何も知らず突然巻き込まれただけの人間」でありオスカーと違って「まだ自分の家があった場所にも行けていない」。更に家があったとされる場所がこの世界ではお墓だとも言われていて真意も確かめられていないんだ。時間が経ったにせよ、そんな中で平静を保っていられるのか?
あまりの元気さと、そこまで考える余裕がなかったせいで気付かなかった。
「聖音・・・。」
俺の顔を覗き込むと心配そうに顔をされる。なんでだよ。心配されなくてはいけないのは、どっちなんだ。
「リュドミール君は大丈夫じゃないんでしょ?」
なのに、俺も「大丈夫」と言い返せる状態でもなくて。辛いのは俺だけじゃないってわかっているのに、自分の気持ちを整理するのが上手くできなくて、色々な感情が込み上げてくる。自分より辛い思いをしているはずの人に慰められる。巻き込んだ面子の中にいるのは俺なのに。本当に自分が惨めで、小さくて、恥ずかしくて仕方がない。
「えっ、わわわっ、えっ?えっ!?」
勝手に溢れてきた涙が落ちる前に必死で袖で拭う。見られないよう顔を俯かせても仕草で一目瞭然だ。顔が熱い。本当なら今すぐこの場から逃げたかった。でもそれさえもできない。そしたら余計な心配をかけさせるんじゃないかと思うと足も動かない。
「えっ、どうしたの!?本当に大丈夫じゃなかった?え?どこか痛い・・・?どうしよう・・・。」
酷くうろたえる声が聞こえる。結果的に心配されている。なんでもないと言いたい。または落ち着くまで黙っていたいのに、今度は咽び始めた。こうなったらもうダメだ。言いたいことも言えやしない。
この涙のわけは、自分の情けなさからきたものだと思っていた。でも、それ以外にもあった。認めたくはなかったけど。
寂しかった。
甘えたかった。
許して欲しかった。
多分、口に出さない限り伝わらないこともあるだろうけど。だからせめて泣くぐらいはさせて欲しい。俺も何も言わないから。弱音なんか吐かないから。
「あー、聖音が子供泣かせてるー。」
今度はセドリックの声が聞こえた。ドアの音には気づかなかった。
「私が泣かせたの!?違うよ!違うと思うな・・・!」
俺はどう首を振ればいいんだ?
「親友として放っておけませんな!・・・でもー・・・聖音がそんな意地悪する人にも見えないし。ひとまずどっか部屋入らない?」
「う、うん!そうだね・・・。」
背中を、どちらかわからない掌が優しく押してくれる。押されるまま、二人も一緒に付き添いながら部屋の中へと入った。俯いてても、向かった先が俺の部屋なのはわかった。
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