10 / 27
物語
8話 「痛む腕」 なら、……お前で試すだけだ
しおりを挟む
一瞬、時が止まったように思えた。
何が起きたか分からない。先ほどまでの高揚した感情も、力を込めた右腕も痺れるような感覚が抑え込む。それはダッシュの下にいる左目の無い男も同様だったのだろう。奴もまた、自分の体に起こった奇妙な感覚に啞然としていた。
にも拘わらず、先に動いたのは相手だった。異常な状態でもすぐに切り替えられる辺り、戦闘経験が違うのだろう。先ほどまで絞めていた手を払い退けると、ダッシュを押しのけた。
(しまった……!)
ドサっと腰をから倒れこむ。
立ちはだかる男の眼がこちらを睨む。
「……殺してやる」
ぜーぜーと息を吸いながら、言葉を発する口からだらりと涎が滴り落ちた。それを拭おうともせず、動揺するダッシュに右手を向ける。
死ぬのは嫌だ。でも、不思議と泣き喚き助けを乞い願う気はなかった。
(ここからの勝ち筋は無い……)
傷つき疲弊した体で避けるには時間が足りない。
苦痛に歪んだ男の掌をじっと見つめる。
(死ぬ?ここで?)
そうだ……負けたから……
「……やれよ」
―――ハァ
――ハァ
―ハァ
自分の呼吸音が頭に響き続ける。
これが、命を握られ死に向かって突き進む者の感覚。
握られた掌を見て頭を下げ、ギュッと目を瞑った。
「ッ……!」
だが、いくら待っても何も起きなかった。文字通り何も。
恐る恐る顔を上げ、前を見た。
ダッシュに向けた右手を何度も握りなおす男が1人。
視線はこちらを見ているのに、よろめきながら立ち上がっても気づかないほどに動揺していた。
「なぜっ!なぜ何も起こらない……!」
混乱する彼を放って、右手の手袋を取り外す。
『掴み取るように握られた拳』
甲に描かれたマーク、憎たらしくも思ったこの模様に変化は見られない。
次に、異様に熱い左手の手袋を外す。
以前にはなかったマークが描かれていた
『振り下ろされた戦鎚と砕ける岩』
見たことがある。そう、さっきまでこれはあいつの喉元にあった。
「そうか」
俺は右手で首を絞めた。まるで奴のマークを奪い取るように……その手を重ねた。
「こう、使うんだな……」
確証はない。能力と同じように、発動条件もまた、人の数ほど存在する。
単に首を絞めたからかもしれない。怒り、叫び、心のままに従ったからかもしれない。教える者は誰もいなかった。でも、不思議とこれだと思った。
「おい……、あんた!おい!」
呼びかけに、男はハっと我に返ると、大声で叫んだ。
「お前!私に何をした!!」
「これ、あんたならよく知ってるんじゃないか?」
ダッシュは左手の甲を見せた。
「なっ!?それは……!!なぜ、どうやって!?」
髭をかきわけ、喉を搔きむしるように触る。
奴のマークは消えていた。
あの男はまだ状況を理解してない、鏡でもあれば見れただろう。
ダッシュは視線を奴の頭に向け、それからゆっくりと左手を向けた。
「使えないんだろ、能力。今はそれだけ知っておけばいい」
「まさか……!お前!15年前に騒ぎを起こしたあのガキか!?」
「あんたには関係ないことだ」
「私の能力を返せ!この厄災が!」
「っ!!」
激怒し、吐き捨てられた言葉が胸に突き刺さる。
こちらを捉えては蔑む954の目玉とそれを超える幾多の人差し指。741の口から発せられる罵詈雑言と叩きつけられる832の拳。それは止まることを知らず、今もまた1つ、増えていく。
「黙れ……!それ以上触れるなら、まずその下顎を潰す!」
「なっ!た、例え奪えたとして、どうやって使うか知らないだろう!」
「あぁ、だからあんたが答えろ!なんで目を隠してた?なんで首を絞められた時、潰した目と同じ方向の手を使わなかった?」
「言うはずが無いだろう!」
「なら、……お前で試すだけだ」
「……」
苦悶にゆがみ黙り込む
「できないと思うか?この状況で……。俺だって予測はできる」
「……」
「『力がないなら、それに合った場所にいるべきだ』あんたが言った言葉だ。今ならまだ、居るべき場所へ生きたまま返してやる。選択肢はない!」
「……」
男はうなだれた。
その後はスムーズだった。男は淡々と自身の能力について述べた。
聞いて思ったことがある。能力というのはとても複雑だった。
―――――――――――――――――
マーク:『振り下ろされた戦鎚と砕ける岩』
能力:『粉砕』
・対象をみて、『粉砕』したいと思うこと
・対象は視界に映るものでなくてはならない
・視線の先と伸ばした手の先が破壊対象に一致すること
・指定した箇所の粉砕を行うにはこれを3秒以上行うこと
・大雑把であればその限りではない
・瞬きと手を握る動作。これを同時に行うこと
・ただし、左手で握った場合は左目で瞬きをする必要がある。その逆も同様である
―――――――――――――――――
「最初にあんたが腕を構えなおしたのは、俺じゃなく指輪を見たから視線がズレたのか。それに咄嗟に動けば避けれたし。この能力すげーと思ったけど、なんか……大変そうだな」
「ふん、そう思うなら返してくれ」
「行けよ。目的は達成したし、もう用済みだからさ」
「……厄災、お前は直に死ぬぞ」
男はそう言い残すと、よろめきながら去っていく。
その背中をじっと見つめた。
―――悪いな、生き続けるためだ
―――そして、奪い続けるために
痛む左腕を、男に向けた。
何が起きたか分からない。先ほどまでの高揚した感情も、力を込めた右腕も痺れるような感覚が抑え込む。それはダッシュの下にいる左目の無い男も同様だったのだろう。奴もまた、自分の体に起こった奇妙な感覚に啞然としていた。
にも拘わらず、先に動いたのは相手だった。異常な状態でもすぐに切り替えられる辺り、戦闘経験が違うのだろう。先ほどまで絞めていた手を払い退けると、ダッシュを押しのけた。
(しまった……!)
ドサっと腰をから倒れこむ。
立ちはだかる男の眼がこちらを睨む。
「……殺してやる」
ぜーぜーと息を吸いながら、言葉を発する口からだらりと涎が滴り落ちた。それを拭おうともせず、動揺するダッシュに右手を向ける。
死ぬのは嫌だ。でも、不思議と泣き喚き助けを乞い願う気はなかった。
(ここからの勝ち筋は無い……)
傷つき疲弊した体で避けるには時間が足りない。
苦痛に歪んだ男の掌をじっと見つめる。
(死ぬ?ここで?)
そうだ……負けたから……
「……やれよ」
―――ハァ
――ハァ
―ハァ
自分の呼吸音が頭に響き続ける。
これが、命を握られ死に向かって突き進む者の感覚。
握られた掌を見て頭を下げ、ギュッと目を瞑った。
「ッ……!」
だが、いくら待っても何も起きなかった。文字通り何も。
恐る恐る顔を上げ、前を見た。
ダッシュに向けた右手を何度も握りなおす男が1人。
視線はこちらを見ているのに、よろめきながら立ち上がっても気づかないほどに動揺していた。
「なぜっ!なぜ何も起こらない……!」
混乱する彼を放って、右手の手袋を取り外す。
『掴み取るように握られた拳』
甲に描かれたマーク、憎たらしくも思ったこの模様に変化は見られない。
次に、異様に熱い左手の手袋を外す。
以前にはなかったマークが描かれていた
『振り下ろされた戦鎚と砕ける岩』
見たことがある。そう、さっきまでこれはあいつの喉元にあった。
「そうか」
俺は右手で首を絞めた。まるで奴のマークを奪い取るように……その手を重ねた。
「こう、使うんだな……」
確証はない。能力と同じように、発動条件もまた、人の数ほど存在する。
単に首を絞めたからかもしれない。怒り、叫び、心のままに従ったからかもしれない。教える者は誰もいなかった。でも、不思議とこれだと思った。
「おい……、あんた!おい!」
呼びかけに、男はハっと我に返ると、大声で叫んだ。
「お前!私に何をした!!」
「これ、あんたならよく知ってるんじゃないか?」
ダッシュは左手の甲を見せた。
「なっ!?それは……!!なぜ、どうやって!?」
髭をかきわけ、喉を搔きむしるように触る。
奴のマークは消えていた。
あの男はまだ状況を理解してない、鏡でもあれば見れただろう。
ダッシュは視線を奴の頭に向け、それからゆっくりと左手を向けた。
「使えないんだろ、能力。今はそれだけ知っておけばいい」
「まさか……!お前!15年前に騒ぎを起こしたあのガキか!?」
「あんたには関係ないことだ」
「私の能力を返せ!この厄災が!」
「っ!!」
激怒し、吐き捨てられた言葉が胸に突き刺さる。
こちらを捉えては蔑む954の目玉とそれを超える幾多の人差し指。741の口から発せられる罵詈雑言と叩きつけられる832の拳。それは止まることを知らず、今もまた1つ、増えていく。
「黙れ……!それ以上触れるなら、まずその下顎を潰す!」
「なっ!た、例え奪えたとして、どうやって使うか知らないだろう!」
「あぁ、だからあんたが答えろ!なんで目を隠してた?なんで首を絞められた時、潰した目と同じ方向の手を使わなかった?」
「言うはずが無いだろう!」
「なら、……お前で試すだけだ」
「……」
苦悶にゆがみ黙り込む
「できないと思うか?この状況で……。俺だって予測はできる」
「……」
「『力がないなら、それに合った場所にいるべきだ』あんたが言った言葉だ。今ならまだ、居るべき場所へ生きたまま返してやる。選択肢はない!」
「……」
男はうなだれた。
その後はスムーズだった。男は淡々と自身の能力について述べた。
聞いて思ったことがある。能力というのはとても複雑だった。
―――――――――――――――――
マーク:『振り下ろされた戦鎚と砕ける岩』
能力:『粉砕』
・対象をみて、『粉砕』したいと思うこと
・対象は視界に映るものでなくてはならない
・視線の先と伸ばした手の先が破壊対象に一致すること
・指定した箇所の粉砕を行うにはこれを3秒以上行うこと
・大雑把であればその限りではない
・瞬きと手を握る動作。これを同時に行うこと
・ただし、左手で握った場合は左目で瞬きをする必要がある。その逆も同様である
―――――――――――――――――
「最初にあんたが腕を構えなおしたのは、俺じゃなく指輪を見たから視線がズレたのか。それに咄嗟に動けば避けれたし。この能力すげーと思ったけど、なんか……大変そうだな」
「ふん、そう思うなら返してくれ」
「行けよ。目的は達成したし、もう用済みだからさ」
「……厄災、お前は直に死ぬぞ」
男はそう言い残すと、よろめきながら去っていく。
その背中をじっと見つめた。
―――悪いな、生き続けるためだ
―――そして、奪い続けるために
痛む左腕を、男に向けた。
5
お気に入りに追加
391
あなたにおすすめの小説
異世界でスキルを奪います ~技能奪取は最強のチート~
星天
ファンタジー
幼馴染を庇って死んでしまった翔。でも、それは神様のミスだった!
創造神という女の子から交渉を受ける。そして、二つの【特殊技能】を貰って、異世界に飛び立つ。
『創り出す力』と『奪う力』を持って、異世界で技能を奪って、どんどん強くなっていく
はたして、翔は異世界でうまくやっていけるのだろうか!!!
転生した体のスペックがチート
モカ・ナト
ファンタジー
とある高校生が不注意でトラックに轢かれ死んでしまう。
目覚めたら自称神様がいてどうやら異世界に転生させてくれるらしい
このサイトでは10話まで投稿しています。
続きは小説投稿サイト「小説家になろう」で連載していますので、是非見に来てください!
世界最強の勇者は伯爵家の三男に転生し、落ちこぼれと疎まれるが、無自覚に無双する
平山和人
ファンタジー
世界最強の勇者と称えられる勇者アベルは、新たな人生を歩むべく今の人生を捨て、伯爵家の三男に転生する。
しかしアベルは忌み子と疎まれており、優秀な双子の兄たちと比べられ、学校や屋敷の人たちからは落ちこぼれと蔑まれる散々な日々を送っていた。
だが、彼らは知らなかったアベルが最強の勇者であり、自分たちとは遥かにレベルが違うから真の実力がわからないことに。
そんなことも知らずにアベルは自覚なく最強の力を振るい、世界中を驚かせるのであった。
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。
転移した異世界が無茶苦茶なのは、オレのせいではない!
どら焼き
ファンタジー
ありがとうございます。
おかげさまで、第一部無事終了しました。
これも、皆様が読んでくれたおかげです。
第二部は、ゆっくりな投稿頻度になると思われます。
不遇の生活を送っていた主人公が、ある日学校のクラスごと、異世界に強制召喚されてしまった。
しかもチートスキル無し!
生命維持用・基本・言語スキル無し!
そして、転移場所が地元の住民すら立ち入らないスーパーハードなモンスター地帯!
いきなり吐血から始まる、異世界生活!
何故か物理攻撃が効かない主人公は、生きるためなら何でも投げつけます!
たとえ、それがバナナでも!
ざまぁ要素はありますが、少し複雑です。
作者の初投稿作品です。拙い文章ですが、暖かく見守ってほしいいただけるとうれしいです。よろしくおねがいします。
異世界転生したのだけれど。〜チート隠して、目指せ! のんびり冒険者 (仮)
ひなた
ファンタジー
…どうやら私、神様のミスで死んだようです。
流行りの異世界転生?と内心(神様にモロバレしてたけど)わくわくしてたら案の定!
剣と魔法のファンタジー世界に転生することに。
せっかくだからと魔力多めにもらったら、多すぎた!?
オマケに最後の最後にまたもや神様がミス!
世界で自分しかいない特殊個体の猫獣人に
なっちゃって!?
規格外すぎて親に捨てられ早2年経ちました。
……路上生活、そろそろやめたいと思います。
異世界転生わくわくしてたけど
ちょっとだけ神様恨みそう。
脱路上生活!がしたかっただけなのに
なんで無双してるんだ私???
異世界転生はどん底人生の始まり~一時停止とステータス強奪で快適な人生を掴み取る!
夢・風魔
ファンタジー
若くして死んだ男は、異世界に転生した。恵まれた環境とは程遠い、ダンジョンの上層部に作られた居住区画で孤児として暮らしていた。
ある日、ダンジョンモンスターが暴走するスタンピードが発生し、彼──リヴァは死の縁に立たされていた。
そこで前世の記憶を思い出し、同時に転生特典のスキルに目覚める。
視界に映る者全ての動きを停止させる『一時停止』。任意のステータスを一日に1だけ奪い取れる『ステータス強奪』。
二つのスキルを駆使し、リヴァは地上での暮らしを夢見て今日もダンジョンへと潜る。
*カクヨムでも先行更新しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる